化け物は確かに愛した
潤
第1話
「…お…て…起き…て…」
遠くから声が聞こえる。君かな。
「…起きて、朝だよ」
目を開く、ぼやけた視界に徐々にピントが合っていく、見慣れた天井を見上げる。
君は横に居ていつも私を起こしてくれる。
「いつまで寝てるのよ。」
今起きるよ、ごめんごめんと軽く流しつつ時計を見た。
10時半を少し過ぎたくらい、確かにちょっと寝過ぎたかもしれない。
君の体を起こしてあげて、壁に貼ってある数百人の君にも挨拶をしてリビングに一緒に向かう。
君と出会ったのは3月も終わるというのにまだ寒い時期。
朝方、出勤ラッシュで忙しいコンビニで一生懸命働く君に私は瞬く間に心奪われたよ。
健気にテキパキと働く君、私は足繁く君のいるコンビニに毎日通った。
そのうち君は顔を覚えてくれた。
私は毎日煙草を買った。96番金のピース。
煙草を買うお客さんは自然と覚える、私もコンビニ店員を経験した事があるから少しくらいはわかる。
よく話すようになって初めて遊びに行く誘いをして君がいいよって言ってくれて嬉しかったな。
君の名前、住所、家族構成、好きな物、もちろん嫌いな物、幼い頃の様子、下着の色、聞いてる音楽、趣味。
何でも解るよ。何でも知ってるよ。
初めてのお出かけはありきたりだけどカフェに行ったね。
君はブラックが好きだったね。甘い物にはブラックがよく合うものね。
君が可愛いと言った雑貨、買ったよ。プレゼントする勇気が出なくて渡せたのは3ヶ月後だったけど。
何回か一緒に出掛けてお出かけからデートになったね。
一緒に居れば居るほど君の知らない部分を知っていく。
政治情勢ネタ好きなんだね、そんな顔で笑うんだね、笑いのツボよく分かんないとこにあるね、面白いよ。
君を知れば知るほど君の事を好きになって行った。
毎日君を撮ったよ、毎日君は私の知らない顔をする。新鮮で新鮮で仕方がなかった。
ニュースで梅雨入りしましたねなんて言い出したそんな蒸暑くなり始めた時期。
私は君を誘拐した。
仲良くしていた人に裏切られた気分だったんだろうね。
少し悲しそうだったね、でもすぐに新しい生活に君は慣れてくれた。
君はタバコは吸わないの?なんて聞いてきた。
吸わないよ、君に覚えて欲しくて煙草は買ってたんだから。
君の声、君の顔、君の体、君のその気の使えるところ、君の楽しませ上手なところ、君の健気なところ。
大好きだよ、食べたいくらいだ。
私の自室には数百枚を超える君の写真、君が生活する上で出たモノ、髪の毛何でも揃ってるよ。
君は初めてこれを見た時、私がもう1人作れそうだねとはにかんだ。
君は私の家に来てから外に出ていない、私は不自由していないかと君に尋ねた。
君は私が居ればそれでいいと私に言ってくれた。
君はどれほど私の心を奪えば気が済むんだい。
これ以上奪われるものもないのにさ。
今の世の中AIがあるんだよ、便利だね、こうやって君の声を作れるんだ。
もちろん本物には負けるけどね、人は亡くなったら声を一番最初に忘れるって聞く。
君の声を思い出せなくなるなんてことは、あってはならないことだから。
さて、そろそろかな。
化け物は確かに愛した 潤 @Uxuki
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