第26話 駆けるは彗星、妖艶なる鬼の姫 其の八

『なんか、雰囲気が変わったかな?』


「別に、少し考え方が変わっただけさ。」  


あの空間にいる間は一切の時間が進まないため、蠍からしたら先程までブチギレていた僕がいきなり冷静になったみたいな状況なのだろう。そりゃあの蠍ですらちょっと困惑するわけだ。


(リミットブレイクは制限時間は5分、最も有効な状況で使わないとな。)


リミットブレイクを使わなければ、僕はさっきと同じ強さだ。だけど、さっきまでは守ること、勝つことにばかり注視していた。今度は時間を稼いでタイミング作りに集中すれば、致命的な攻撃は喰らわない。


『それじゃ、行くよ〜』


「せいッ!!」


ネメシスを殺した時の、あの馬鹿みたいな速さで飛んでくる凶悪な尻尾。極限まで集中力を高め蠍の動きを注視、奴の体がブレたその一瞬に僕は槍を振り抜いた。


『へぇ?反応するんだ〜』


頭上から墜ちてくる巨大な尻尾の一撃。極限まで高めた集中力によって弾き出した一閃は今までで一番の速度と威力を叩き出し超高速度の尻尾を弾き返し、尻尾を覆う超硬い黒鱗を何枚か破壊する。


(ダメージが入った!大丈夫だ!落ち着け!)


「行くぞ」


僕は言葉をその場に残し、地面を蹴り抜き一気に加速する。全身から感じる強烈な激痛も熱も色も、戦闘に関係のないすべての機能を遮断して戦闘に集中する。


「《カルス・ヒルド》」


『学習能力ないね〜』


「それは、お前だろ!!」


地面を蹴り抜いたと同時に発動する雷魔術、蠍の頭上から1億ボルトの巨大落雷が降り注ぐがそれは屋根のように展開される尻尾によって防御される。だが、それが狙いだ。


「《アーク・ファイア》」


鉄槍に周辺の地面を溶解させるほどの熱量を持った業火を付与し、尻尾を屋根に利用したことで尻尾を使えない蠍に業火の突きを繰り出す。


『ふぅん?ちょっと頭使えるようになってきたね〜』


「ここで終わりだと思ってるのか?」


奴は黒大剣の腹で業火の突きを防御、尻尾だけでもあり得ないくらい強いのに、コイツがさらに厄介なのはこの筋力だ。軽く数十キロはありそうな黒大剣を片手で持ち、僕の渾身の突きを小揺るぎもせず受け止めやがる。


だが、今の冴えまくった僕の脳みそを舐めるんじゃないぞ。


「《パージ》」


僕がパージと呟くと、蠍の四肢と尻尾が虹色の光の鎖によって拘束される。蠍は一瞬何が起きたのか分かっていなかったが、すぐに理解した。だが、もう遅い。


「《オリジン・フレアブラスト》、そんでもって【星穿】!!」


動きを封じ、防御も回避もできなくさせたこの状況で王級火魔術オリジン・フレアブラストを発動しアーク・ファイアよりもさらに高威力の炎を槍に付与。そして最大火力で星穿を無防備な奴の腹部へと抜き放つ。


放たれる業火の突き、それが奴の腹部に衝突した瞬間、僕は唇を噛んで憎たらしく蠍を睨みつける。


なぜなら、突きを放った瞬間、蠍の腹部は黒紫の鎧のようなものに覆われ、衝突した瞬間に僕の槍は粉々に砕け散り屋根を解除した尻尾が降り注いできたからだ。


「ッチ!」


僕は槍が砕けたことに困惑はしたが、襲い来る死毒の尻尾を感知し全力でバックステップ。僕がさっきまでいた蠍の正面の地面は5メートルほどのクレーターができるほどの威力だ。


『【黒蠍鎧】。これを使わせるなんて、中々やるね〜』


「ここでさらにパワーアップとか、ほんと化け物だな。」


蠍の全身を覆うのは、黒紫色のフルプレートアーマー。その憎たらしいほどに美しい美貌は鎧によって隠れ、こうして相対してるだけで冷や汗をかくほどのとてつもない魔力と殺気を放っている。


『そんじゃ、さいなら〜』


「ぐぉぉぉ!!???」


ギアが上がってきたのか、先程よりもさらに高まった集中力が織りなす動体視力がなんとか捉えたのは、音なんて軽く置いてった蠍が僕の頭に向けて黒大剣を振り下ろした所だった。


動死領域によるオート反射が発動、槍の柄で防御したが絶対に筋力で押し切られるためゴリ押される前に技術をフル活用して受け流す。


「ふぅぅー、ふぅぅー、危ねえ、、、」


僕の全身は冷や汗でびっしょりだ。今のは本当に危ない、本当に死ぬかと思った。


『あ、それ受け流しきれてないよ〜』


奴の指摘により僕は自身の左足を見る。そこには本当に薄皮一枚だけ切れた太ももがあり、そこから伝わるのはとてつもない激痛と叫んで壊れてしまいたいほどの熱さ。


(毒の効力も上がっている、だが、今の僕の精神力を舐めるなよ。痛み程度で、僕が止まると思うな。)


『少し、手札を見せて上げるよ〜』


「上等!!」


黒蠍鎧を装着した蠍の右手から黒大剣が消失し、代わりにリーチが普通の黒紫の片手剣が握られる。


次の瞬間。再び認識できないほどの速度で振られる片手剣の一閃、オート反射ですら追いつけないほどの速度で放たれた剣撃を僕は反応することが出来ずにモロに脇腹を切り裂かれる。


瞬時に治療魔術を発動し傷を塞ぎ、オート反射によって蠍の腹部に突きを繰り出す。だが万能過ぎる尻尾が前方に展開され突きは簡単に防がれた。


『まだまだ、終わらないよ〜』


「受け切ってやらぁ!!」


そこから始まったのは、馬鹿げた速度の剣撃の嵐。奴がブレたと感じた瞬間には斬られているという絶望的な実力差は、僕の全身にとてつもない量の毒を蓄積するという形で牙を剥く。


(攻撃を食らうたびに毒が強くなっていきやがる、このままだと普通に毒で死ぬな。)


「ならば、予定変更だ。」


僕はさっと治療魔術を発動し傷だけ塞ぐ。そして鋭く殺意と戦意しか籠もっていない瞳で蠍を睨みつけた。


『ッ!良いね!君の全力を見せてよ!』


僕の全身から立ち昇る、今までに無い強烈な圧力を見て口角を釣り上げ面白そうにする蠍。僕はそれをスルーして、有資格者の奥義を発動する。


「【リミットブレイク】!!!!!!」


僕は高らかに叫び、チエリが教えてくれた有資格者の奥義を発動する。僕の全身からは金色のオーラが爆発するように放たれ、舞い上がった土煙によって両者の視界が塞がれる。


感じる全能感、吹き飛んだ激痛と巡った毒。先程まで奴に痛めつけられた全てのダメージが消え去り、万全の体制へと回復する。


『へぇ?随分カッコよくなったじゃん?』


土煙が晴れると、蠍の視線が僕の全身に突き刺さる。少し驚いたような反応だ。


僕の紅色の瞳は明緑へと変化し、左頬には明緑の紋章が現れる。両腕の肩と肘、両足の脛、左胸には明緑の鎧が取り付けられ、右腕にはまるでセルスの白銀の髪のような色をした、白銀の槍が握られていた。


「【守護者】、他人も自分も護る人類の護り手。我ながら自分らしすぎて笑えるよ。」


僕の最奥は【守護者】、アイアンが【彗星】で、ハルマさんが【紅死戦斧】、セルスの最奥は、聞いたことなかったな。


それはともかく、今は、、、


「絶対に勝つ。」


『やってみなよ〜』


第二ラウンドの、始まりだ。









  





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