第25話 駆けるは彗星、妖艶なる鬼の姫 其の七
ひたすらに広がる真っ黒な空間、そこに存在する一つの真っ白な扉。そして、立っているのかも空中にいるのかも分からない不思議な存在感を持つ緑髪の青年、チエリが目の前に居た。
「また、ここか、、、」
『そんなガッカリしないでくれよ。』
僕は今、とてもとても大事な戦闘中で絶賛ブチギレ中心なんだ。正直、今すぐにでも自分の頬をぶん殴りたい。
『はは、懐かしいね。500年前の僕を思い出すような雰囲気だ。』
「なにが、言いたいんですか、、、」
『僕も君と同じように、絶望を味わったのさ。僕だけじゃない、君が懇意にしているアイアンもスカーレットもね。あぁそうか、今はスカーレットじゃなくてボーロだっけ。』
チエリは僕のことを、少し穏やかな目つきで見つめる。なんだかこうして感情を湧き立てている自分が愚かしく思えてくる表情だ。
「戻して、ください。僕にはまだ、やるべきことがあります、、、」
『それは出来ない、折角『彼女』を見つけ出したんだからね。』
チエリがそんな言葉を言い放ち、ニヤッとした表情を浮かべた瞬間、僕にとって何よりも誰よりも大切で、恩人であり師匠でもある人の懐かしい気配がした。
『シオン、久し振りだね。』
「せ、るす、、、???」
僕は言葉を失い、思考を停止する。脳が情報を処理し切れていない、なんで、どうして?なぜここに?
『あはは、シオンは変わってないね。泣き虫なままだ。』
「せ、セル、セルス、、、」
僕の目からは、大粒の涙が流れてくる。止めようとしても止まらない、泣いてる時間なんて、一秒たりとも無いというのに。
『まったく、シオン。やっぱり私の弟子なだけあって怒る感覚が同じなんだよね、最も、とても悪い怒り方だけど。』
僕は涙で視界が塞がり、言葉しか聞こえないがその言葉岳を必死に聞き取る。滲んで見えたセルスの顔は、生前のものと待つ全く一緒の、美しい顔のままだった。
『良い、シオン?自分だけを責めちゃだめ。なんでもかんでも自分のせいにするのは、シオンの悪い癖だ。』
「で、でも!僕は、弱い、、、自分で、決めた目標も、守れない、、、」
『でもじゃないよ、シオン。君を一年間見てきた私が保証する、君は自分にできる全て以上のことをやってきた。チエリに聞いたけど、私が死んでからもっと過酷なトレーニングをしてることも知ってる。』
「それじゃ、駄目なんです、結局僕は、弱くて助けると決めた人も助けられなかったんです。」
僕はセルスの目を滲んだ視界で見つめる。そこには、いつも僕を見守っていてくれた紫色のきれいな瞳があった。
『シオン、君の信念は人を守ること。それは知ってるよ。だけどね、前提が間違ってるんだ。』
「間違ってない!!!どれだけ理屈を並べようが、理由を作ろうが、僕が決めた信念も突き通せなかったのは、事実なんです!!」
『違う!!私が言いたいのは、シオンが信念を突き通せなかったことじゃない!!』
僕が思わず声を荒げてセルスの両肩を掴むと、セルスはおでことおでこがつきそうになるくらいの距離まで顔を近づけて僕の瞳を真っ直ぐ見つめてこう言った。
『なんで、その守る人の中に、自分が入ってないのよ、シオン!!!』
「は、、、???」
いつの間にか涙を流し、声を荒げて反論するセルスに、僕は思わず言葉を失った。そんなものは、今まで一度も考えたことすらないものだったからだ。
『シオン!!君が死んで悲しむ人のことを考えてよ!私が死んでシオンがショックを受けたように、シオンが死んで悲しむ人はたくさん居るのよ!?』
「そ、そんな人、いるわけ、、、」
『居るわよ!!私はたくさん見てきた!森から出て、街に買い物に行った時迷子の子供の親を探すのを手伝ったシオンのことを!モンスターに襲われて殺されそうになった村人を助けたシオンを!たっくさん、見てきたのよ!!』
巡る記憶、セルスと過ごした一年間が雷鳴のように僕の脳内で追憶を辿る。
風船が手から離れて泣いていた子どもの風船を取ってあげたこと、商品が売れなくて困っていた商品の香辛料を大量買いしたこと、自分よりランクの高いモンスターに襲われて死にかけていた冒険者を助けたこと、大火災で一人だけ生き残った村娘に大量のお金を渡して孤児院に引き渡したこと。
全て、僕が今まで行ってきた事だ。僕の生きてきた、軌跡だ。
『だからシオン、もっと自分を大切に生きなさいよ。私、シオンがあんまり早くこっちに来たら蹴り飛ばして向こうの世界に戻すわよ?』
「セルス、、、」
僕はより一層号泣する。セルスが少し笑いかけながら言った言葉は、僕の背中を強く押した。
「うん、分かったよ。セルス。あんまり早く、こっちには来ない。」
『それでいいのよ、シオン。大丈夫、わたしはいつでも見守ってる。』
僕は近すぎる距離感のまま、セルスの瞳を見つめて言い切る。死んでまでこんな迷惑をかけて申し訳ないけど、本当に助けられた。本当に、セルスには感謝してもしきれない。
『ふふ、頑張って。』
「なっ!?」
だが、セルスはこの近すぎる距離感を利用して僕の頬にキスする。僕は顔を真っ赤に染め、驚いた表情でセルスから離れてその瞳を覗いた。
「セルス、、、」
僕は憎たらしそうに、でもどこか嬉しげな表情を浮かべる。まったく、こういうところは死んでも変わってない。
(でも、ありがとう。)
「チエリ、戻してください。」
『はいはい、あと、眼の前でイチャつかれたのはムカつくけど一つアドバイスだ。』
僕が真剣な眼差しに戻り、チエリに戻すことを要求する。すると、チエリはやれやれと手を振りながら僕にアドバイスを授けた。
『【リミットブレイク】。5分後に必ず気絶し、復活から一ヶ月魔力使用不可になる代わりに自身を強化し、その有資格者だけが使える固有技能【最奥】と呼ばれる有資格者の奥義が、これで君も使えるようになったはずだ。習得条件は、愛する人との接触だからね。』
「なっ!?愛する人って!?」
『実際そうだろう?ラブラブだったし。』
「ぐぬぬ、、、」
否定はしないが、なんだか凄く癪に障る。おいそこ、セルス。ニヤニヤしながら頬を赤らめてこっちを見るな、あともう一回する?みたいな表情辞めてくれ。
『はは、まぁ頑張ってくれよ。なんだかんだ言って、僕も君がお気に入りだからさ。』
「はい、絶対に、勝ってきます。」
僕は強く頷き、チエリを見つめる。セルスが最後に、頑張れと告げたのを聞いた瞬間、僕の意識は薄れていくのだった。
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