第24話 駆けるは彗星、妖艶なる鬼の姫 其の六


『せいやっと』


「ッ!?」


気だるげな掛け声と同時に放たれるのは、逆手に黒大剣を持った状態からの投擲。あの華奢な見た目に反して剛力過ぎる力で放たれた黒大剣はとんでもないスピードを誇っており、僕は思わず後ろにステップして回避する。


『まぁそっち行くよね』

 

「重たいなぁ!!」


『女の子に重いだなんて、失礼な男だね〜。』


ステップして回避した瞬間、動きを読まれていたのか瞬き一瞬の時間もなく襲い掛かってくる巨大な尻尾。僕はなんとか槍でガードするがあり得ないほどに重く、受け止めただけで腕の骨がミシミシいっている。


しかし、僕には魔術もある。


「《ダークネスアーム》」


僕が魔術を発動すると、背中から一本の巨大な黒い腕が出現する。それは拳を握ると思い切り振り抜き尻尾を殴り飛ばす。

 

『残念、それも読めてるんだな〜』


「っぶねぇ!?」


尻尾を殴り飛ばした瞬間、尻尾と入れ替わるように蠍が飛び出してきて片手でその大剣を振り下ろす。僕はほぼ神経反射で後ろにステップして回避するが、本当に危なかった。今のはほぼ勘である。


(基礎身体能力が桁違いに高いくせに、戦闘センスも高い。特にあの尻尾硬すぎるし速すぎるし痛すぎる。)


「《業鎧》、《動死領域》」


僕は出し惜しみなんてしてる場合じゃないと決断し、防御力向上の業鎧と脊髄反射をオートで発動する動死領域を展開。身体強化なんてとっくのとうにMaxまで発動している。


「俺も無視すんじゃねぇよ!!!!」


『君は軽いからね〜、無視しても問題なし〜』


ネメシスという冒険者が全身から金色のオーラを放ったと思った次の瞬間、蠍の眼の前まで移動しておりその刃を振り下ろす。 


だが、僕の目から見ても速いと感じるほどの速度の振り下ろしは尻尾によって簡単に防御される。マジであの尻尾ズルい、馬鹿みたいに速いくせにメチャクチャ硬いんだもん。


「【獄牢、老練、閻魔の響き。吠え渡るは三ツ首の獣。】」


僕は早口での詠唱を開始、これから発動する魔術は難易度が高く僕でも詠唱を使わなければ発動できないほどの魔術だ。それの発動を、奴が見逃すはずない。


『悠長だね〜』


「それを待ってた!!」


詠唱キャンセル。先程まで練り上げていた魔術陣や魔術式を全て破棄して動死領域の効果で、こちらにアホみたいな速さで迫ってくる尻尾を切り飛ばす。切断は出来なかったが、相当な衝撃が入ったはずだ。


「当たってくれよ、《核爆炎進》!!!」


僕の全身から周辺の建物を熱波だけで溶解させるほどの熱量を纏った炎が吹き出す。次の瞬間、僕は飛び出した。


『熱いねぇ〜!今日って真夏日?』


「そうかもしれないなぁ!!!」


王級火魔術『核爆炎進』、全身から超高密度に加えて超高熱の炎を大量に噴射し加速、触れただけで溶かし尽くす一撃を繰り出す魔術。それで奴に向けて突進し突きを繰り出したのだが、それはあまりにもズルすぎる尻尾によって防がれる。この魔術で溶かせないって、マジかよ。


「《ライトブレイブレイン》!!!」


僕は尻尾を蹴り飛ばして後方に退避、それと同時に聖級光魔術ライトブレイブレインを発動。人体を破壊する光剣の雨が蠍に降り注ぐ。


『私からも攻めようかな〜?』


「遠慮しとけよ!!!」


光剣の雨は尻尾を屋根代わりにしてあっさりと防がれ、蠍の右手に黒大剣が出現する。


次の瞬間、地面を尻尾で叩きつけ一気に加速した蠍が僕の眼の前まで迫る。そのときには既に黒大剣は振り下ろされていた。


「ぐおおおお!!!!!」


『残念だけど、パワー不足だね〜』


僕は動死領域の効果でオート反射で防御するが、力任せに押し切られ、僕の右肩は深く切り裂かれる。その瞬間、ネメシスという冒険者の顔色が真っ青に変化する。


「少年!!治療魔術が使えるなら今すぐ使え!!毒があるぞ!!!!!!!」


冒険者らしき男の決死の咆哮、僕はその通りに聖級治療魔術アークヒールを発動する。僕の右肩は緑色の優しい光に包まれ傷が塞がるが、次の瞬間襲い掛かってくる激痛は治すことが出来なかった。


「ぐぁぁぁぁ!!!!!????」


突如、僕の全身は激しい痛みと熱さを発した。叫んでも地面に膝をついても一切衰えることのない不快感と壮絶な痛みに僕は思わず意識を飛ばしそうになる。


「ふぅぅー、、、ふぅぅー、、、」


だが、失神寸前で踏みとどまる。息を深く吐き全身から発せられるとんでもない痛みに抗う。


(治療魔術は聖級までしか使えないのにこれで直せないとなると、本当に不味いな。)


「ぐぁぁ、、、!!!!」


『へぇ?立つんだ。若いのにすごい精神力だ。』


僕は鍛え上げた鋼の精神力で立ち上がり、動死領域を展開する。もう長く戦闘することは不可能、ならば短期決戦しかない。


『でも、もう終わり〜』


次の瞬間、飄々とした態度から急変して威圧的な気配を解き放つ蠍。そのときにはすでに、僕の頭目掛けて尻尾が放たれていた。


あまりにも速すぎる攻撃。さっきまではお遊びとでも言うようなそんなスピードで放たれた尻尾を僕は見て、僕は絶望する。だが、その死を齎す尻尾が僕に命中することは無かった。


「ぐふっ!?、、、」


僕をタックルで突き飛ばし、横に吹き飛ばしたのは全身から金色のオーラを放つネメシス。僕はそれによって尻尾を回避するが、ネメシスの腹部は尻尾に貫通され、明らかな致命傷を負う。最後に口がモゴモゴと動いていたが、その内容は恐らく『任せた』だ。


「は、、、???」


「ネメシス!!!!????」


僕はそれを見て思考停止する。後ろで必死に回復魔術を発動する金髪の女性は居た堪れない悲鳴を上げ涙を流す。


(おい、なに、やってんだよ。)


「お前ェェェェェェ!!!!!!!!」


『大きい声出さなくても聞こえてるよ〜』


僕はいろんな感情がごちゃごちゃになった結果、身体強化を僕の肉体では耐えきれないほどの倍率まで強引に引き上げ奴に突撃する。全身の骨が軋むがそんなのは気にもならなかった。


「なんなんだぁぁ!!お前はぁぁ!!!!」


『蠍です〜蠍、知らない?』


通常時の星穿など比べ物にもならない威力、スピードで放たれた渾身の突きは奴の前方に展開される尻尾によって容易に防がれる。決して一ミリとも壊れる気配はない。


(僕の、僕のせいだ!!あの冒険者、かなり強かった。なのに僕を庇って死んだ、きっと大事な人だっていたはずなのに。)


「許せない!!守るどころか、僕が死なせたようなものだ!!!!」


『耳元で叫ばないでよ〜』


僕が腰をガッチリと据え、先ほどと同威力かそれ以上の火力を持った突きを連続で繰り出す。だがそれでも、尻尾を突破することは叶わず黒大剣の振り抜かれ、後方に退避させられる。


(なんなんだよ、クソ。この街に来てから、ずっとそうじゃないか。)


デュランに建物や人を大量に殺され、ハルマは殺され、その敵討ちにすら行けずにアイアンやボーロさんに危険なことは任せっきり。アイアンは街を任せたと僕に眼で訴えたというのに街も半壊状態で、こうして僕を庇ってネメシスも死んだ。


(なにが、守るだ。なにが、勝つだ。何も守れてなんていないじゃないか。)


僕は許せない。僕の生きる目的であり生きるうえでの信念、あらゆる行動理念にしてきた人を守るをずっと達成できていないことを。なによりも、自分の信念すら突き通せない自分に苛立ってしょうがない。


力が無ければ、信念は突き通せない。弱ければ何もかも奪われる。


(なんでも良い!!!アイツに勝つ力が、欲しい!!!!) 


心からの渇望。残酷すぎる現実を知ったが故の力への強すぎる渇望は、僕を『例の場所』に誘った。









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