第21話 駆けるは彗星、妖艶なる鬼の姫 其の参


『アッハッハッハ!!!!!!!』


「《ステラ・シャルフィン》」 


フォビアが大きすぎる叫び声を上げると、地獄のような結界内の至るところから黒光線が射出される。これだけならばアイアンは余裕で回避できるが、神域の恐ろしさはそこにない。


「ぐっ!?」


必中付与。神域内では対象となる悪魔術は確実に当たる。青白いシャチで自分を囲ったアイアンの腹部も、シャチたちの隙間を縫って入ってきた黒光線によって貫かれ、腹部が弾け飛ぶ。


「《ステラ・シャルバット》」


だが、アイアンはその激痛をものともせずその右手をシャチの合間から翳し、軽く500を超える青白いコウモリをアイアンと同程度の速度で放つ。


『効かないねぇ!!!!』


だが、フォビアの全身を高速で回る堕天の渦によってコウモリの全てを吸い込む。先程までのフォビアとはもはや、まったく別物の強さにアイアンは舌打ちをする。


(まったく、理不尽すぎる強さだな。)


「出し惜しみは、ナシだな。」


アイアンは両目を瞑り、完全に無防備な状態になる。それをフォビアが見逃すわけはなく、空から漆黒の落雷がアイアンに降り注ぐ。


「【モード・ソワレ】」


刹那。


アイアンの全身から赤黒いオーラが爆発すると、降り注いだ落雷を完璧に防御する。


モード・ソワレ。速度に特化したモード・ステラよりも防御や火力も上昇した赤黒いオーラを操るモード。赤黒いオーラで全身を包んだアイアンに、中途半端な堕天は通用しない。


(でもこのソワレは消費が激しい、さっさとリリスが来てくれれば勝てるんだが、、、)


「《ソワレ・スピアバレッド》」


アイアンは右手をフォビアに向けると、赤黒いオーラが槍の形を為す。それは超高速で放たれ、まるでマシンガンのように連射される。


『だぁかぁらぁ!意味ないってぇ!!』


「それは、私が決める」


赤黒い槍がフォビアを貫くことはなく、フォビアが纏う漆黒の渦によって吸収される。だが彗星は、既に駆けていた。


「《ソワレ》」


アイアンは真魔天戎を発動したフォビアですら見きれない速度でフォビアの懐に潜り込み、その側頭部を蹴り飛ばす。だが依然フォビアは無傷で、蹴りと同時に繰り出された黒光線がアイアンの左頬を削る。


(悔しいがただの打撃じゃ効かない、もう一つ手札を切るしか無いか。)


「【ステラブレード】」


瞬間、アイアンの両手に青白い剣が出現する。フォビアはそれを見た瞬間ニヤニヤしていた顔面を一気に真顔に戻し、その右目をかっぴらいた。


「借りるぞ、お前の技。」


アイアンは冷徹に呟くと、全身に纏う赤黒いオーラをさらに大量に纏い地面を蹴る。その脳裏に思い浮かぶのは赤髪の戦士の豪快な振り下ろしだった。


『ぐッ!?』


次の瞬間、振り抜かれる彗星剣。フォビアは切られてからその事実に気付くほどの超スピードで放たれた斬撃は、フォビアの両腕を一瞬で切断する。


「たかだか数百年生きただけの半魔が、私の術に勝てると思うなよ。」


『ククク、中々やるじゃないかぁ?』


だが、フォビアの顔に焦りは見えず、奴が歪な笑顔を浮かべた瞬間切り捨てられた両腕は一瞬で再生する。


(超速再生、悪魔特有の再生能力も大罪司教となるとかなりのものだ。)


「ボーロが出てから5分、か、、、」


(しんどいな、まったく。)


アイアンは二度とこんな瀬戸際の戦いはやらんと呟き、彗星の双剣を構える。フォビアはそれを見てニヤリと笑い、両手を地面につけた。


『【悪魔術行使権発動】―――堕天吹炎』


「熱いな!!!」


刹那。


必ず当たる堕天の炎がアイアンの足元から吹き出し、かろうじて回避しようとしたアイアンの左脚を燃やし尽くす。アイアンはそれを認識した瞬間左脚を赤黒いオーラで補強し地面を蹴り抜いてフォビアに向けて加速する。


「《彗星剣》!!」


光を超越する4連撃、それはフォビアの四肢を容赦なく切り落としらさらには腹部に蹴りを叩き込む。


『アハッ!!!』


だが、フォビアは笑う。奴の再生速度は尋常ではなく一瞬で四肢が再生されていた。さらに、大きくその口を開け豪快に笑うと全身から500など簡単に超える漆黒の糸がとんでもない速度で射出される。


本来のアイアンならば余裕で回避できる数だけの技、だがこの神域内では最凶の技。漆黒の糸はアイアンの全身を小さな穴だらけにする。


「ハァ!!」


『なにっ!?』


しかし、痛みなんてもので止まるほどアイアンは甘くない。全身から大量の出血をするアイアンだが重要な臓器はしっかりと避けたため動き続け、油断したフォビアの両足を切り落とす。


「《ソワレ・デフュージョン》!!」


さらにアイアンは、フォビアのスピードを下げる術を発動する。次の瞬間には両足は再生されたが、同時に右腕を切り落とし顔面を蹴り抜いたのでおあいこだろう。


そこから始まったのは持久戦。文字通り世界の誰よりも速いスピードを持つアイアンがフォビアを切り刻み、フォビアがそれを再生する。それ以上でもそれ以下でもない時間が、なんと1時間も続いた。


『随分苦しそうだねぇ!!!』


「黙ってろ!!!」


アイアンは息を乱し、その瞳からはさっきまでの元気は消えている。対してフォビアは元気ピンピンであり、今もアイアンから受けた上半身と下半身を分断された傷を即座につなげ、漆黒の拳をアイアンに飛ばす。


アイアンはさっきよりも遥かに落ちたスピードで双剣を振り、フォビアの拳を切り落とす。だが明らかに反応は鈍くなっていた。


「はぁ、はぁ、はぁ、」


一時間。たったそれだけの時間、だがその間1秒すらも休むことは許されず究極の武と技の押し付け合いが行われていた。それは体力や精神力、そしてスタミナなどをとてつもない量を奪われるものだ。この消耗に、人間である限り逃れることは出来ない。


(ッハ、ジリ貧だな。)


アイアン=ボーン、彗星の二つ名を持つ世界最速の男。彼の1500年の長い人生の中でも今が最も追い詰められている状況と言える。だがそれでも、アイアンは冷静さを失うことはない。


『そろそろ死にそうだねぇ?いつ死ぬ?いつ死ぬぅぅ??』


「死ぬのはお前だ、悪趣味仮面。」


強がっているが、アイアンの消耗は尋常ではない。今のアイアンは左足と右腕、脇腹のほとんどと右目を彗星で構築している為にただ生きてるだけで魔力を消耗する。さらには一時間の攻めの末に体力や精神力、集中力なんかが削がれている。正直、立っているのがおかしいくらいだ。


『アハッ!!もう限界じゃん!!』


フォビアの左手から伸びる漆黒の糸、アイアンは地面を蹴って飛ぶが、それを避けきることはできずに構築していた右目を再度破壊される。それによりアイアンは、苦しそうに膝をついた。


(もう少し、あともう少しなんだ。粘れよ。)


アイアンは自由が効かない自分の体に喝を入れ再び立ち上がる。その瞳は未だ、情熱に燃えていた。


『不快だねぇ?その目?』


「不快で結構!!!!」


アイアンはそれだけ答えると再び地面を蹴り抜き加速、先程から温存して使っていたソワレオーラを開放しフォビアの動体視力を超えた斬撃を放つ。


フォビアの肩から腰までをざっくりと切り裂き、直後に顔面に膝蹴りを叩き込み後方に吹き飛ばす。だが膝蹴りと同時に漆黒の糸はアイアンの腹部を貫いていた。


「まだ、まだぁ!!!」


アイアンは止まらない。どれだけの傷を追おうが魔力が尽きようが、その彗星剣を投擲しフォビアの脳天を貫く。


「死ね!!」


アイアンは空いている左眼で奴を睨みつけ、左手に握る彗星剣を閃かせる。それはアイアンの首を見事に切断した。


『ざぁ〜んねん!!死にませぇん!!!』


だが、地面に落ちた奴の頭から漆黒のオーラが伸び胴体と再び接着される。その時、アイアンの膝が折れ地面に座り込む。


(クソ、、、コイツ、強い、、、)


アイアンの脳裏に思い浮かぶのは、かつての戦友でありお馴染み有資格者の中でも特に人格者だった赤髪の戦士の笑顔。いつだって笑っていて、誰かのために戦斧を振るっていた男は、アイアンも認めていた。


「まだ、死んじゃ駄目だよな。」


眼の前で豪快に笑う白仮面は、大量の人々を殺した。その中には赤髪の戦士も居れば、かつての何人もの戦友がいる。


アイアンは理解している。今の世界で自分が死ねば今後世界がどうなるかを、人類No.3である自分が死ねば、今後守れるはずだった数万人が死ぬということを。だからこそ、アイアンの頭から諦めの二文字は浮かばない。


「【Stella・Re・Burst】!!!!」



―――――バゴォォォォォォォン!!!!


アイアンは最後の力を振り絞り右手をフォビアに向ける。すると起きるのは、大爆発。自身すら巻き込むほどの青白い大爆発が神域内を激しく破壊する。


(あぁ、やっぱりか。)


コツ、コツ、コツ。土煙に包まれた地獄のような神域に鳴り響く足音。鳴り止まない豪快な笑い声に、アイアンは苛立ちをあらわにする。


『まったく、痛いなぁ?』


「殺す気だったんだけどな。」


フォビアは、無傷。厳密に言えばさっき死んだばっかりなのだろうがそれは一瞬で再生しており、むかつく笑みをアイアンに向けている。


『そんじゃ、バイバイ!!』


アイアンに向けられる右手、それは必中回避不可の即死攻撃を繰り出すもの。フォビアの右手に漆黒のオーラが収束し、黒光線が放たれる。














―――――――だが、アイアンは笑った。



(私の、いや、『私達』の勝ちだ。)


刹那。


フォビアの右手から放たれる黒光線。本来ならばアイアンの命を奪っていたその一発は、突如なんの予兆もなく消失する。フォビアはそれに驚くが、その感情は一瞬にて塗りつぶされる。


地獄を模した神域、零堕獄浄牢を覆う黒い膜のようなものに大きなヒビが入る。次の瞬間、神域は崩れ落ちる。


『神域が、強制的に破壊された!?』


パラ、パラ、パラ。神域を構築していた濃密な魔力塊が地面へと落ちていく。神域外の森の木々は全て吹き飛んでいるが、アイアンはその平原に成り果てた森を見る暇もなく一人の人物によって引き寄せられる。


「随分ボロボロじゃん、アイアン。」


「遅いよ、リリス。」


アイアンの服の襟を掴んで空中から地面に着地するのは、身長160ほどで左眼が紫、右眼が緑のオッドアイ、黒髪で低めのひとつ結びのニヤニヤした女性だった。


『貴様、まさかッ、、、』


フォビアの顔から笑みは消え、絶大な恐怖と一縷の希望で埋め尽くされる。次の瞬間、その希望は潰える。


「一回黙ってもらっていい?」


『がはっ!?、、、』


女性の右眼が緑色から赤色に変化し、右眼でフォビアを見つめた瞬間、フォビアは後ろの崖に不自然なほど速すぎるスピードで叩きつけられ、白仮面が粉々に壊れる。


『やはり貴様、【魔眼王】か、、、』


作っていた道化のような喋り方は完全に忘れ、素の喋り方で問いかける。それに対して女性は、ニヤリと口角を釣り上げて答えた。


「知ってるのに逃げないなんて、結構肝が座ってるじゃん?」


体内に50の魔眼を保有する英雄、魔眼王の二つ名を持つ人類最強は笑ってみせた。










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