第20話 駆けるは彗星、妖艶なる鬼の姫 其の二


『アハハッ!!遅いねぇ!遅すぎるよぉ!!』


「うるさいよ馬鹿仮面!!」


漆黒の衣を纏いしフォビアは、一撃もらえば終わりの漆黒の拳をボーロに乱射する。ボーロは後手に回り、その拳を刀で受け続けるが時々掠り肉が弾け飛ぶ。


「誰が遅いって?」


『邪魔するなよぉ!!』


フォビアの漆黒の蹴りがボーロの顔面に迫った瞬間、フォビアの脇腹が彗星の肘鉄にて貫かれる。フォビアがどれだけ速くなろうとも、彗星を発動したアイアンには追いつけない。


(これでまだ真魔天戎を使っていないのだから、大罪司教は恐ろしい。)


アイアンに大罪司教の討伐経験はない。だからこそ、あの怠惰を打倒した白髪のエルフを尊敬しているのだ。


「ボーロ、アレを使え。時間は私が稼ぐ。」


「了解、だけど真魔天戎に取って置かなくていいの?」


「問題ない、私はまだ手札をたくさん残している。」


『僕を無視しないでよぉ!!』


フォビアから距離を取り、会話をしているアイアンとボーロ。彼らを襲うのは100を超える黒光線であり、アイアンは表情ひとつ変えずに黒光線の全てを彗星の拳にて弾き落とす。


「【舞い踊れ、我は妖艶なる鬼の姫。美しい剣閃を靡かせる鬼剣なり。】」


ボーロは刀を鞘へ仕舞い、両手を組んで詠唱を開始する。その全身からはバイオレットのオーラが発生する。


『耳障りだなぁ!!!』


「させないよ。」


詠唱を開始したボーロを見て、少しの警戒をあらわにしながら地面を蹴りぬき加速するフォビア。


しかし、その拳が無防備なボーロに当たることはなかった。


『本当に、速すぎないかなぁ?』


「それだけが取り柄なんでね」


全身に青白いオーラを纏ったアイアンは、 狂気的な笑みを浮かべるフォビアの後頭部を蹴り飛ばす。だが、さっきまでとはここからが違う。


「《ステラ・シャルフィン》」


アイアンが右手をフォビアに向けると、3体の青白いシャチのようなものが生成される。するとフォビアに向けてアイアンと同程度の速度で突撃する。


『ぐぅ!?』


「まだまだ行くぞ」


青白いシャチこと、ステラ・シャルフィンの内2体は漆黒の拳にてなぎ倒されるが、一体はフォビアの右腕を噛みちぎる。フォビアはなぜダメージが通るのか不思議でならない。


だが、その不思議に思考を費やす暇はない。次の瞬間にはアイアンの右フックがフォビアの腹部を見事に貫いており、フォビアは激しく吹き飛ばされる。


「【舞い踊れ、我は妖艶なる鬼の姫。我が振るうはアヤカシ斬りの極剣、打ち砕くは星を数えること無謀の如し。】」


合間合間に挟まるボーロの詠唱、彼女が言の葉を口にするたびそのカラダから湧き上がるバイオレットのオーラは大きさを増していく。


「《ステラ・シャルバット》」


次の瞬間、吹き飛ばされたフォビアの真後ろに青白いコウモリが数え切れないほど出現する。それらはフォビアの背中を激しく食い破り、虚空へと消える。


(あのアイアンとかいう奴、一気に強くなりやがったなぁ?いや違うなぁ、隠してやがったのか。)


フォビアは全身に受けた傷の激痛をものともせず、その仮面の奥にある瞳をギラつかせる。それは戦闘狂特有の、戦いを楽しんでいる眼だ。


『【悪魔術公式権発動】―――堕天比翼』


フォビアに再び迫る3体のステラ・シャルフィンは、フォビアの食い破られた背中から突然生えた漆黒の翼にて叩き潰される。


『森ごと殺してあげるよぉ!!』


さらにフォビアは、漆黒の翼をとんでもない速度で羽ばたかせ、漆黒の巨大竜巻を5つ発生させる。


竜巻は周辺の木々を破壊し、地面を激しく抉りながらアイアンの元へ豪速で向かう。対してアイアンは、一つ呟いてその拳を閃かせた。


「私に速さで勝負など、舐めているのか?」


刹那。


先程よりも一段階上がったスピードで振られる拳、それは眼の前まで迫っていた五つの巨大竜巻を一瞬にして霧散させる。


『化け物め!!』


「化け物で結構!!」


次の瞬間、アイアンのアッパーカットがフォビアの顎を襲う。フォビアは空中へと打ち上げられるが、その左手は確かにアイアンへと向いていた。


『死ねぇぇ!!!!』


フォビアの左手から放たれるのは、漆黒で作られた龍。それはあまりにも予想外過ぎる大規模な攻撃であり、アイアンの反応が一瞬遅れる。その時、アイアンの右腕は龍に食いちぎられる。 


『利き腕を失った気分はどうかなぁ?さぞ絶望的だろう?なんてったって、君は格闘術の使い手だからねぇ!!』


「はは、楽しそうなところ悪いけど、私の得意分野を知らないのかい?」


声高らかに叫び散らかすフォビアの瞳を冷徹に見つめ、少しその口角を釣り上げるアイアン。


「持久戦だよ」


刹那。


フォビアの懐、それも腰よりも下に一瞬で移動するアイアン。その右腕は、青白いオーラにて擬似的に再現されていた。


「《ステラ・シャルデッド》!!」


『ぐはぁッ!?』


全身に纏う彗星よりも、遥かに色が濃く強力な彗星を疑似右腕に纏わせた拳はフォビアの顔面に向かって光を超える速度で放たれる。それは、フォビアの顔面を陥没させ、300メートル近く吹き飛ばすに至る。


(堕天を貫通されたのが不思議そうだな、そんに難しい話ではないというのに悩んでいて滑稽だ。)


単純に、奴の堕天よりもアイアンの彗星の方が格上の魔術だった。たったそれだけの事実にフォビアは気付けずにいる。


それに、妖艶なる鬼の姫は既に準備を終えている。


「【刮目せよ!我は妖艶なる鬼の姫!】」


かなり遠くまで吹き飛ばされるフォビア、いててと呟きながら再び立ち上がるフォビアの頭上には、アヤカシを斬り捨てる刀を上段に構え、全身から巨山のようなバイオレットオーラを放つボーロがいた。


「いけ、妖鬼。」


アイアンはただでさえ細い眼をさらに細め、その滅多に上がることのない口角を釣り上げる。


『死ねェェ!!』


フォビアは初めて、その額に冷や汗を浮かべる。だが抵抗しなければ死ぬと理解しているのかその右拳に堕天を濃縮して命がけのパンチを放つ。


だが、それは無駄に終わる。


「【妖艶夜桜・アヤカシ滅刀斬り】!!!」


振り下ろされる刀、それはアイアンよりも遥かに遅いがあの恐れ知らずのフォビアが一瞬か動きを止めてしまうほどの威圧感を放つ。


ぶつかる堕天の拳と滅刀、だがそれは鍔迫り合いを行うことすらなく、滅刀が堕天の拳を一瞬で叩き斬り、フォビアの肩から下半身にかけてを深く切り裂く。


『ぐはぁっ!?、、、』


確実な致命傷、悪魔の肉体故に即死は免れたが堕天を完全に貫通され喰らったダメージは尋常ではなく、フォビアは全身から脱力し地面に倒れ込む。


「はぁ、、、ハラハラした、、、」


「よくやった、ボーロ。いや、今だけはこう呼ぼうか。『スカーレット』。」


「辞めて、せっかく偽名名乗ってるんだから。」


一瞬で300メートルの距離を無にし、ボーロのもとに駆けつけたアイアンは、嬉しそうな表情でボーロの肩に手を置く。ここで頭を撫でないところが、彼の美徳だろう。


(真魔天戎を使わさせずに倒せた、これはかなりの僥倖だな。)


アイアンは知っている、大罪司教の扱う真魔天戎がどれだけの恐ろしさなのかを。だからこそ使わせずに討伐できたのに喜んでいる。


「にしても、本当に強かった。暴食なんかとは比べ物にならないくらい。」


「あぁ、真魔天戎を使われなくて本当に、よか、っ、、、」


アイアンの顔は真っ青になり、その額から大量の冷や汗を浮かべる。言葉はその続きを発することがなく、瞳はボーロの後ろへと向かっていた。


「アイアン、どうしたn」


「ボーロッッッ!!!!!!!!!!」


刹那。


アイアンが今まで出したことのない大声でボーロの名を呼び、その服を掴んで抱き寄せる。そして、先程までボーロが立っていた場所には漆黒の落雷が落ち、地面に底が見えないほどの深さの穴が開く。


「アイアン、、、これって、まさか、、、」


「あぁ、笑えないな。」


さっきまでフォビアの死体があった場所に、フォビアの死体は無く代わりに大量の黒い煙が出現している。


アイアンとボーロの顎から冷や汗が垂れ落ち、その瞳の先に見つめる黒い煙からは、とんでもない殺気と威圧的過ぎる魔力が膨大に流れ出ていた。

 

『アハハッ!!!!僕の楽園に招待して上げるよぉ!!』


黒い煙から聞こえる高らかなエコー混じりの声が鳴り響くと、森全体を禍々しいという言葉では表しきれないほどの、凶悪な魔力が覆い尽くす。


そして次の瞬間、景色が一変する。


『【真魔天戎・零堕獄浄牢】!!』


空は赤く、地面からは黒い炎が吹き出し、まるで地獄を再現したかのような光景が広がる。


真魔天戎の真髄。契約先の悪魔との融合を果たすことで亜神も呼ばれる神の一種に昇華することで、神域と呼ばれる結界を展開する。


「ボーロ、いや、スカーレット。リリスに連絡を飛ばせ。」


「え?」


「今すぐにだ!!」


アイアンは切羽詰まった表情でボーロに叫ぶ。その内容は、人類最強への応援要請だ。


その瞬間、ボーロは自身のあらゆるものを切り裂く剣技にて結界に穴を開け脱出する。それは一瞬で修復され、アイアンが出ることは叶わない。


『アッハッハッハ!!!!!真魔天戎を使うのは200年ぶりだよ!!!!!』


高らかに笑いながら現れるフォビア。その容姿は先程までとはまるで違うものだった。


白仮面は右半分が壊れ、その漆黒の眼が明らかになっており、左頬には黒い紋章が発現している。さらには、額からは二本の禍々しい角が生えており背中からは二対四本の漆黒の羽が生えている。


「本気で相手をしてやる、彗星の力量を見せてあげよう。」


アイアンは冷徹に呟き、明らかになった右目を睨みつける。だがその声音は、確かに震えていた。





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