第19話 駆けるは彗星、妖艶なる鬼の姫 其の一
「アイアン、一緒に戦うのは130年振り?」
「そうだね、130年ぶりだと言うのに相手が少し凶悪過ぎる気もするけど。」
「大罪司教はたしか、怠惰と強欲は殺してて、ほかはまだ健在なんだっけ?」
「あぁ、私は堕天の大罪司教と一度戦ったことがあるけど、奴は強いし性格が悪い。あの不敵な笑みは凄くムカつくよ。」
南東の森を駆け抜けながら、アイアンとボーロは会話を続ける。アイアンは数百年前の記憶を思い出しこれから戦う脅威の能力を思い出す。
(堕天、触れたもの全てを腐敗させ破壊する悪魔術。それだけなら対処可能だが、フォビア自身の身体能力が高いから堕天の対処と近接戦闘を両立しなければならない。)
加えて、真魔天戎の存在。大罪司教相手にはそれを使われてからが本番である。
「来るぞ、ボーロ。」
「分かってる。」
二人は同時に地面を蹴り抜き、木々に覆われた地帯から少し開けた場所に出る。その瞬間、禍々しいオーラが全体を支配する。
『【悪魔術発動権発動】――――堕天死玉』
アイアンは右方向から発生する禍々しいオーラを感知し、その身を青白い煌々しいオーラで包み左方向へと飛ぶ。ボーロはその紫色の柄、そして赤色の刀身を持つ刀を引き抜いた。
次の瞬間、右方向から半径60メートルはあろうかという巨大な球状の黒い玉がボーロたちの所へと降り注ぐ。それは、かの赤髪の勇猛な戦士にとどめを刺した一撃である。
『まぁ、これぐらいじゃあ死なないよねぇ?』
「当たり前だろう、フォビア。」
「アンタが、堕天の大罪司教ね。」
いつ避けたのか分からない速度で回避したアイアンは無傷で土煙の中から現れる。ボーロは降り注いだ堕天死玉を真っ二つに切り裂いて喋りかける。
『随分嫌われちゃったぁねぇ?そんなにカリカリしないでよぉ!!』
「黙れ、クズ。」
全身を漆黒のオーラで包んだフォビアは、いつの間にアイアンの前に移動しており。その右拳をアイアンの顔面めがけて放つ。
だが、アイアンが青白い煌々しいオーラを発したと思った瞬間、アイアンはフォビアの真後ろに移動していて、その左肘がフォビアの背中を深く抉った。
「《彗星》」
アイアンが冷徹な視線をフォビアに突き刺したその時、フォビアの全身がアイアンの青白い打撃が襲う。
『【悪魔術発動権発動】―――堕天鎮魂歌』
だが、次の瞬間にはフォビアは悪魔術を発動する。至近距離にいたアイアンはその100を超える黒光線に襲われたが、アイアンの全身から青白いオーラが発すると、10メートルほど上空に飛んで回避する。
(ダメージが入っていない、やはり堕天は厄介だな。)
アイアンは滞空しながら思考する。堕天大罪司教フォビアはその堕天を全身に纏うことで、自信に襲い来る衝撃や斬撃全てを破壊してノーダメージに抑えるのだ。
(はは、だから彼女を連れてきたんだ。)
アイアンはその口角を不自然なほど釣り上げ、フォビアのニヤニヤとした面を睨む。フォビアはそれを見て少し笑みを崩し、ハッと気づいたような顔をすると自身の背後、それも腰よりも下を振り向いて視認する。そこに居たのは、赤色の刀を下段に構え、全身からバイオレットのオーラを滾らせるボーロだった。
「《妖鬼一閃》!!!!」
抜き放たれる赤刀は、彗星を纏うアイアンに比べれば劣る速度だが十分に速い速度で放たれる。フォビアはどうせ効かないと踏んで、一切の回避を行わずに左腕でその斬撃を受ける。だがその予想は、一瞬で裏切られる。
『へぇ、魔術貫通。やるねぇ?』
漆黒のオーラを纏った左腕で受け、ニヤニヤとした笑みを浮かべていたフォビアの笑みは崩される。なぜなら、絶対に斬れるはずがないのにボーロが放った赤刀によって左腕がいとも簡単に切り落とされたからだ。
(いや違う、魔術や加護、特性、物理装甲魔力装甲等のすべてを貫通してダメージを与えるのがボーロの扱い固有魔術『妖鬼剣技』。)
「私を無視するなんて、寂しいじゃないか。」
ここ数十年の間一度もダメージを食らっていなかったフォビアにとって、久方振りの痛みに完動しているとアイアンの速すぎる右フックがフォビアの腹部を貫き吹き飛ばす。
『君たちにはぁ、少し力を使わないとかなぁ?』
森の木々に衝突しまくったフォビアは、激しい土煙を漆黒のオーラの爆発によって吹き飛ばして姿を表す。その身から感じる圧は、先程までよりも膨れ上がっている。
『【悪魔術行使権発動】―――堕天使纏衣』
心なしか声音が低く、冷徹になったフォビアが呟くと、フォビアの全身が漆黒のオーラが包みその姿を覆い見えなくなる。
次の瞬間、禍々しい覇気が森全体に奔る。そして漆黒のオーラは晴れ、フォビアの姿が明らかになる。
「ボーロ、気を引き締めろ。此処から先はいつ死ぬか分からない。」
「もちろん、アレがヤバいことくらいうちにもわかる。」
フォビアの今の姿は、黒フードがいつの間にか消失し、代わりに漆黒のローブのようなものが全身を覆っていて、頭からは一本の禍々しい角が生えている。そして、いつの間にか左腕は何事もなかったかのように再生している。
堕天使纏衣。いわゆる半分悪魔半分人間のような状態で、堕天と呼ばれる悪魔エネルギーの塊がフォビアの肉体だけでなく魂を覆っている。
「ボーロッ!!!!」
『アハッ!!やるねぇ!!』
刹那。
瞬き一瞬どころか、音などす容易く置いていく速度でボーロの顔面に放たれる漆黒の拳。それは即座に反応したアイアンの蹴りによって弾き飛ばされるが、アイアンが防がなければボーロは死んでいた。
「出し惜しみなんて、してる暇なさそうね。」
額から冷や汗を垂れ流し、今とニヤニヤと笑っているフォビアを睨みつける。ボーロは改めて全てを出し切る覚悟をし、その右手に握る赤刀を上空へと掲げた。
「《妖鬼纏鎧》」
ボーロの全身を、バイオレットのオーラが包み込み鎧と化す。それはボーロの瞳の奥まで侵入し動体視力や反射神経諸々も強化する。
『うんうん、本気を出してくれないとつまんないよねぇ!!』
「《妖鬼三閃剣》」
次の瞬間、相変わらず速すぎる速度で放たれる豪速の蹴り。だがそれは中段から振り抜かれる一閃によって弾かれ、そのまま放たれた二連撃によってフォビアの右腿と左脇腹に深い切り傷が刻まれる。
「《彗星拳》」
刹那。
馬鹿みたいに速くなったフォビアですら、捉えることすら出来ない速度で放たれる青白い拳の嵐。それは直接的なダメージは与えずとも、フォビアに僅かな隙を作り出すことは出来る。
(私の役目はスピードで翻弄し、堕天を貫通できるボーロが攻撃できる隙を作ること!!)
『それじゃ、甘いんだよねぇ!!』
拳の嵐によってハメコンボされていたフォビアは、高らかに叫び全身から黒光線を発射する。それは攻撃に集中していたアイアンの脇腹を掠り、アイアンの右腹部が大きく弾け飛び、運良く刀で防御できたボーロも後方に激しく吹き飛ばされる。
(不味い!奴に距離を取られるのは悪手だ!)
アイアンは右腹部から感じる激痛と喪失感など意にも介さず、今この現状を冷静に分析する。だが見えてくるのは絶望的な状況だけだった。
『【悪魔術行使権発動】―――堕天死玉』
黒光線を放ち、後方に30メートルほど飛び退いたフォビアはさっき放った堕天玉なんかよりも遥かに巨大な、例えるならば黒い太陽のような堕天玉を出現させ、こちらに放つ。
「《彗星蹴》」
だが、アイアンは未だ冷静。放たれた黒い太陽を青白く、煌々しい蹴りで蹴り飛ばす。だがそれすらもフォビアには計算されていた。
『アハッ!!そうなるよねぇ!!』
「ぐぅッ!?」
黒い太陽を蹴り飛ばし、僅かな後隙が生まれるアイアン。その僅かな隙を見逃すまいと、フォビアはその馬鹿げた身体能力でアイアンの懐に侵入し、漆黒の拳を顔面に放つ。
アイアンは咄嗟に両腕を顔面の前に差し出しガードするが、後ろに40メートルほど一気に吹っ飛ばされる。その時、両腕は肘から先が消失していた。
『逃さないよぉ!!』
さらに追撃、このチャンスを逃すわけにはいかないとフォビアは地面を蹴り抜きアイアンに再び漆黒の拳を振り放つ。だがそれは許容されなかった。
「《妖鬼八閃剣》」
吹っ飛ばされるアイアンと、それを追いかけるフォビアの間に割り込むボーロ。その右手に握られている刀は上段に構えられていた。
次の瞬間、同時に放たれる八連撃。この妖鬼剣技を扱う瞬間だけはボーロはフォビアの速度すら凌駕し、フォビアの全身に決して浅くない切り傷を刻み込む。
『ッチ、邪魔だねぇ。』
「邪魔しにきたんだから当然でしょ。」
アイアンを殺すのを邪魔されたフォビアは露骨に不機嫌なる。だが右手には再び漆黒のオーラが大量に集約されていき、次の攻撃の苛烈さを予測させる。
「ボーロ、懐かしいね。」
「えぇ、130年前を思い出すよ。」
彼らがまだ弱く、覚悟が決まっていなかった不安定な時期、タッグを組んでいたときのことを思い出す。あの時は、今よりもたくさん死にかけてきたものだ。
「今さらこんな奴にビビる必要はない、私達はもっと絶望的な状況を乗り越えてきたんだからね。」
「ふふ、今のアイアン、昔のアイアンみたいだった。」
「っは、そうかい。」
二人の顔には笑顔が戻っていた。そして硬い覚悟が、決意が、絶対に負けないという強い意志が心に刻まれた。
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