第6話 別れの試験
「シオン、今日試験を行う。それに合格したらこの森から出ていきなさい。」
「は???」
僕は持っていたスプーンを落とす。訳が分からない、いきなり告げられた事実に脳が追いつかない。僕が、旅立つ?
「正直、私が貴方に教えられる魔術はすべて教えた。次に必要なのは実践経験、色んな相手と関わり、戦い、交わることでシオンは更に強くなる。」
「でも、そんないきなり、、、」
「出会いがあるなら、別れもある。私はシオンと過ごした一年間ちょっと、凄い楽しかったわ。それに、試験は私との殺し合い。文字通りどっちかが死ぬまでやるからね。」
そう語るセルスは、少し寂しそうだった。そうだ、セルスだって寂しいのだ。
ハイエルフである彼女に寿命は無い。でもこの一年過ごしてて本当に楽しかった、僕は彼女の人生の一部になれたのだろうか?
「分かりました。すぐに庭に出ます。」
「先に行ってるよ。」
セルスは感情を押し殺した表情で、家の庭に出る。その右手には黒い魔力が込められた木の持ち手と先の方に赤い水晶が付いている杖が握られていた。
「早く、行かなきゃな。」
僕は鉄製の槍を握り、庭へと出た。
✳✳✳
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何万時間と鍛錬を積んだ庭で、セルスと向き合う。いつもと違うのは、これから始まる戦いは命を懸けた殺し合いだということ。
槍をブンブンと振り回し、動きの確認をする。魔力は今日まだ動いていないため全開、この1年と少しの間で、僕の魔力量はなんと数千年と生きているであろうセルスを超えている。
「まさか、シオンに気圧される日が来るとはね。」
「セルスこそ、もう冷や汗ダラダラですよ。」
こうして向き合うと、セルスの圧はとんでもない。この前馬鹿みたいな圧を全身に受けたばっかだけどあの時以上の明確な殺意が込められているため、僕の体は震えている。もちろん武者震いだけどね。
(僕はセルスを超えて、この森も出る。)
僕は槍を脱力した状態で持つ、僕の戦法は単純な速度と威力、それに加えて的確に魔術を破壊するという戦法のため硬い構えは動きを阻害するだけだ。
セルスは右手に杖を持ち、冷徹な表情で僕を見つめる。感じるほどに圧と魔力はこれまでの鍛錬の模擬戦で感じたそれではない。やはり今までは手加減されていたな。
視線がぶつかる、殺意がぶつかる。微かな風が庭の木を揺らし、りんごのような果物が地面に落ちた瞬間、セルスは動いた。
「《ヘルフレイム》」
魔術名が口にされた瞬間、ありえないくらい複雑な魔術式が編み込まれた魔術陣が展開され獄炎の巨大火球が放たれる。上級のさらに上、聖級と呼ばれる超高等魔術だ。
速度にしたらマッハ3ほどのスピードで放たれる巨大火球、僕は『眼』を最大限活用して細い細い魔力のつなぎ目を切り裂く。
「行きますよ。」
僕は呟き、槍を一閃。たったその一振りでつなぎ目を切り裂かれた火球は消失する。僕はその瞬間、馬鹿げた魔力を存分に使い身体強化を行い、地面を蹴り抜いて飛び出した。
「《ブレイズストーム》」
セルスの周囲に展開される4つの魔術陣から聖級魔術、ブレイズストームが放たれる。ヘルフレイムと同威力の炎と荒れ狂う暴風が混合した竜巻が音速を超越した僕に襲いかかる。
「《風纏》」
僕が発動した魔術は、上級の風魔術。魔力で作られた風の衣を纏うことでスピードと魔術に対する耐性を引き上げる魔術。だがこんなもので止められるほどセルスの魔術は甘くない。
「セルス、僕の1年を甘く見るなよ。」
僕は至って冷静に、槍を中段に構えた。そして僕にしか出来ない品性の欠片もない戦術を取る。
「《星穿(ほしうがち)》」
「なっ!?」
全身に巡らせる魔力を、10倍に、100倍に、1000倍にとどんどん上げていく。量が増えるたびに巡らせる速度も上げていき、身体強化はそれに合わせて数百倍に上がっていく。
そして、そんな状態にまで上げた身体能力が放つのは魔術も、装甲も、人の思いすら穿ちぬく渾身の突き。それは放たれる熱竜巻を一瞬で蹴散らし、セルスの頬を少し切り裂く。
「《フェリバリストジス》!!」
だが、次の瞬間放たれるのは僕ですら一度も見たことがない魔術。それは気付いた瞬間には僕の頭上から降り注いでおり、虹色の光が僕の全身を貫く。
「ぐあぁぁぁぁぁ!!!!???」
全身に感じるのはとてつもない激痛、そして内部から破壊されていく強烈な嫌悪感。初めて食らう魔術だ。
「六属性混合魔術か!!!」
僕は正解にたどり着く。地水火風氷雷、その全てを混ぜているのだ、この魔術は。だからこれは魔力の塊、繋ぎ目など本当に微細にしか存在しないチート魔術だ。
だが。
「こんなもので、止まると思うなよ!!!」
強引に押し返す。全身で巡らせる魔力を爆発させ頭上から降り注ぐ虹色の光を破壊する。
次の瞬間、マッハ20まで加速した僕が槍を振り下ろす。セルスは咄嗟に緑の魔力バリアを展開するが紙くずのように破壊してセルスの右肩を思い切り切り裂く。
「《ダークネスバスト》!!」
だがセルス、懐まで侵入した僕をニヤリと見つめて聖級闇魔術を発動する。全身から身体を破壊する闇の爆発を発生させる魔術を至近距離で受けてしまう。
「《光断》!!」
せめてもの抵抗として、光をも断つ斬撃を放ち威力を和らげる。だがモロに爆発を受けた僕の全身は血だらけになる。
「痛いじゃないですか、セルス。」
「君こそ、ガッツリ斬ってくれるね。」
全身に感じる激痛も、不快感も、全ての情報を遮断しろ。今はセルスの魔術を打ち砕き、あの心臓を打ち取ることだけを考えろ。
「疾ィィィ、、、」
息を吐き、極限の集中に沈む。更に奥へ、もっと深く心の内へと沈め。もっと、もっと、もっと、もっと。勝つことだけを考えろ。
そうして、極限の集中に入ると視界がモノクロになる。まだだ、こんなものではセルスの魔力の動きは読み取れない。
「《エクスプロージョン》!!」
刹那。
杖が振り上げられると、セルスを中心に大爆発が起きる。森の木々は一瞬にして消し飛び、家に掛けられた結界はぶち壊れて家も爆発に巻き込まれる。
「フハ!!見えた!!見えたぞ!!」
僕は高らかに叫ぶ。その全身には爆発のダメージは一切負っておらず、槍の一振りにて爆発を防いだのが見て取れる。
(ほんの一瞬、本当に一瞬だけ杖に魔力が伝わった。その瞬間に爆発がおきた、僕はその爆発に込められている魔力を叩き斬るだけで爆発
を霧散させられる。)
「《星穿》」
次の瞬間。槍を中段に構えた僕が放った星をも穿つ突きによって発生した斬撃はセルスの腹部を容赦なく貫いた。だが、それでは終わらないのがセルスだ。
「これで最後にするよ、シオン。」
セルスが杖を振り上げると、ミニ隕石のようなものが落とされる。僕はそれを見て口角を釣り上げ、駆ける。
「《フルバーストメテオ》!!!!」
「《聖撃》!!」
聖級を超える魔術、人類では未だ辿り着いたものが片手で数えられるほどしかいない
隕石と槍が激突する。辺りの木々は圧倒的な質量によって吹き飛ばされ、地面はゴリゴリと削れていく。まさに災害のような魔術だ。
そして、本来ならば質量と重量の差でこちらが押し潰されるが、残念ながら込められている魔力が違う。
激しいぶつかり合い、辺りの地面を削り木々を吹き飛ばし、互いに命をすり減らしながら鍔迫り合いを行う。
(まだ、まだ、もっと集中しろ。まだ魔力を練れる。)
息を吐く。目を見開く。魔力を極限まで練り、この一撃ですべてを終わらせる覚悟で魔力を槍に込める。
―――――――――その時。
「やぁ、久し振りだね。」
目を開けるとそこは、久しぶりに来た真っ黒な空間と1つの扉。そして緑髪の青年が立っていた。
「自力で2回目の到達、やはり君は資格があるね。それにセルスと殺し合いが成り立つなんて、たった数ヶ月で成長したね。」
「すいません、貴方は、誰なんですか?」
僕は、前回もした質問を繰り返す。前回はまだその時ではないとはぐらかされたが、今回は答えてもらう。
「僕はチエリ。君と同じ有資格者だけど、僕は敗北者じゃなくて、ただの死者だよ。しつこく現世にしがみついてるだけのね。」
「チエリさん、僕を戻してください。セルスとの決闘にまだ決着がついていません。」
僕は鋭い眼光で、チエリと名乗る緑髪の青年を睨みつける。するとチエリは柔らかな笑みを浮かべて答えた。
「はは、次世代が育っていて嬉しいよ。そうだね、決闘に水を指すのも悪いし今回は手を出さないでおくよ。でも、少しだけおまじないを掛けておくね。」
チエリはそれだけ言い残して、僕に右手を翳した。すると僕の意識は再び闇へと沈んでいった。
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「ハァァァァァ!!!!!!」
全開。
残る全ての魔力を使い切る勢いで身体強化を発動して槍に力を入れる。すると徐々に隕石にヒビが入っていき、ついに、、、
「《星穿》!!!!!」
―――――――バァァァン!!!!!
激しい破壊音が鳴り響くと、隕石が粉々になって破壊される。
隕石を破壊した一撃、星穿の斬撃はこれまでの突きの速度を容易く変える速度で放たれ、セルスの左胸を貫いた。
「ぐはぁっ!?、、、」
吐血。
心臓を貫かれたセルスは隕石の魔術を解除し、自分を覆っていた魔力すら解除する。
全身から力が抜けたセルスは、地面にバタッと倒れる。その指先にはほんの少しの力しか入っていない。
僕は槍を投げ捨てて勢いよく駆け寄った。どうせセルスのことだ、僕はもう見えているんだぞ?
「まさか、、、シオンに、、、負ける、なんてね、、、」
「僕こそ、アレだけ遠かったセルスの背中を超えるなんて思わなかったよ。」
「ははっ、、、どうせ、もう気付いてるんでしょ?」
「、、、あぁ。」
セルスは力なく口角を釣り上げる。彼女がハイエルフと呼ばれる強力な種族だから心房を貫かれてもまだ生きているが、もう限界は近いのだろう。
(セルスは、僕との戦いで最初から死ぬ気だった。もう彼女には生きる力は残されていないんだ。)
ハイエルフに寿命は存在しない。これは僕だって知っているが、セルスは呪いのようなものを患っている。それは彼女と僕の初対面のときにも見えた、背中にある黒い紋章のようなものだ。
セルスの全身には、黒い紋章が広がっている。それは日に日に大きくなっていて、確実にセルスの肉体を蝕んでいる。このままでは数ヶ月もしないうちに死んでしまうのだろう。
だから、残り少ない命を全てを使って僕にセルスという人物を叩き込んだのだ。
「シオン、、、私は、君に託す。これから、君に襲いかかる、絶望は、生半可なものじゃ、ない。」
セルスは吐血しながら喋る。もう限界のはずだ、もう今すぐにでも死にそうなくらいなのに彼女は、最期の力を振り絞って話している。
「でも、シオンなら、大丈夫。なんて、たって、わたしの、弟子、なんだから、、、」
そんな言葉を最期に、セルスの全身から熱が無くなる。僕の目頭はいつの間にか熱くなっていて、涙が溢れていた。
「セルス。呪い、気付けなくてごめん。だけど後は任せてよ、だって、僕はセルスの自慢の弟子なんだから。」
僕は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、セルスに語りかける。
もう返事は返ってこないけど、そのときは確かに、任せたよというセルスの声が聞こえたような気がした。
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