第2話 凡才の狂人


「セルス、朝ご飯できたよ。」


「んあっ?うん、ありがとう。今行くよ、、、」


簡易的な朝ご飯を作ったのでセルスを起こしに行くと、寝相悪く寝っ転がっていた。少しパンツも見えているが、もういつものことなので興奮もしない。


セルスの家に来てから一ヶ月、この人は意外とだらしないことが判明した。朝は起きるのが遅いし夜は寝るのが遅い。家事も上手ではないため僕がやる。平民の生活力を舐めないでもらいたい。


(でも、セルスはメチャクチャ良い人なんだよな。)


正直、だらしないところはあるけれど一緒に生活していてこの人の本質は見えてきた。不器用だけど優しくて、僕みたいな人を放っておけない質の根っからの善人。まるで太陽みたいに眩しい人だ。


「セルス、ほっぺたにパン付いてますよ。」


「ん?本当だ、ありがとね。」


僕がご飯をテーブルに配膳していると、だらしない格好のセルスが出てきて椅子に座る。まだ眠そうなので後ろからあったかい羽毛をかぶせておいて上げる。


こんな感じで、僕たちの朝は始まる。個人的に凄く居心地が良くて、この居場所を守るために日々の特訓を頑張っている。


「ご馳走様でした。セルス、午後からよろしくお願いしますね?」


「分かったよぉ、シオンは真面目だね。朝から槍の鍛錬なんて。」


「そうでもないですよ、午後は魔術教えてくださいね。」


そう、僕は自分にこれでもかというメニューを課している。現在は朝の六時で、朝ご飯を食べ終わったら速攻でセルスから貰った鉄製の槍を持って家の庭に出る。


そしたら、ひたすらに素振りや型の訓練。走り込みもするしたまに森に出てくるモンスターではない普通の獣を狩るときもある。それらを一切の休憩無しで、六時間ほど行う。


(僕にとって一番扱いやすいのは槍だけど、才能はない。どこまで努力したって世界に選ばれた天才には決して及ばないのだろう。)


そんなのは分かってる、だから俺は槍だけを学ばない。魔術という強力無比な手段をセルスから学ぶ。まぁ槍の訓練を疎かにするわけではないが。


「ハァッ!!!」


頭のてっぺんからつま先まで、すべての力に加えて遠心力や重力を利用した渾身の突き。そしてそこから繰り出す鋭い蹴りや突きの連撃、全てこの2週間で仕上げたものだ。


僕は元から他の子供より賢かった、だから自分の肉体から考えて、どんな型が強いか、どんな技が使えるかを取捨選択しながら自分だけの流派を作り上げてきた。


「フンッ!!」


槍の柄を思い切り蹴り飛ばし、とてつもない速度で木へと飛んでいくのを途中でキャッチし、そのまま突きを叩き込む。それだけで木はバゴンという音を立てて根っこから崩れ落ちる。


こんな馬鹿げた力を発揮できるのには理由がある、それはセルスから最初に教えてもらった《魔力》による身体強化を使っているからだ。身体強化は魔力を全身に流すことで発動する、イメージは血液に混ぜて全身に巡らせる感覚だな。


セルス曰く、生物の体には魔力が宿っているらしく、魔力を使って魔術を使ったり身体を強化する。魔力は使えば使うだけ増えるから努力次第でどこまでも増える。


まぁ魔力が切れるとインフルエンザの怠さを数十倍にしたみたいな倦怠感と強烈な吐き気、頭痛に襲われるんだが、僕は遠慮なく魔力が切れるまで全身に魔力を流し続け、身体強化を発動しながら鍛錬する。


魔力が切れてから魔力を使うと、総量が劇的に向上するのでこれが一番効率がいいのだ。


「シオン、無理は禁物だよ。」


「わかってますよ、お昼ご飯はお願いしますね。」


「もちろん、鍛錬頑張って。」


家から顔を出してきたセルスは、魔導書を読みながらハンモックに寝っ転がる。こうして訓練していると、彼女がアホほど強いのがよく分かる。彼女なら1ヶ月間身体強化を発動しても魔力は余裕で尽きないだろう。


「ハァッ!!!」


俺は雑念を払うように槍を振るった、こうして訓練している間は、槍をどう振れば強く、速い一撃になるか以外考えていないのだ。ひたすらに深く集中し、己の研鑽に全てを費やす。


槍は研ぎ澄まされ、空気を切り裂く。この時の僕は気付いていないけれども、僕が独自に開発している流派は超攻撃型の流派で、僕の知能とそれを正確に実行できるようになるまで鍛錬し続ける根性があって成立している。


(槍の才能は凡才だけど、それ以外が飛び抜けている。彼の知能はとても高いし、一回槍を振るうたびに鋭さや正確さが増していく。さらに言えば身体強化の精度に魔力量は一ヶ月で熟練の戦士並まで成長している。)


一体、どれだけ鍛錬したのやら。セルスはそう呟き、己が弟子を見つめる。彼の振るう槍はより一層、正確さを増していく。






―――――――――――――――――――――





「それじゃ、昨日の続きからやっていくよ。今日は水属性の中級魔術に挑戦してみようか。」


「了解です、どんな魔術式ですか?」


「こ〜んな感じだね。」


午後になると、魔術の鍛錬が始まる。結論から言えば僕には魔術の才能があった、槍よりも遥かに高い才能が。


だが魔術と言うのは複雑なもので、1つの魔術に大人でも理解できないような複雑な魔術式が古代文字(ルーン)と呼ばれるもので組み込まれており、それを自分の魔力で再現しなければならない。


「結構複雑ですね、でもここは火と風と一緒だ。」


「それにここは水の初級と一緒だよ、ほかも少しアレンジされてるけどだいたい組み合わせで出来るから、やってみな。」


僕は冷静に魔術式の解析をする。どうやら水の中級魔術『アクアブレイク』は火と風の中級魔術と同じような魔術式が織り込まれているようだ、故に再現は容易い。


「《アクアブレイク》」


僕は右手を前に出し、魔力によって魔術式で描かれた魔術陣を組み立てる。初めて使う魔術だから組み立てに時間がかかるけど、初級なら一瞬で作れる。


そして魔術陣が完成した瞬間、僕は魔術名を唱える。すると魔術陣からは魔力がふんだんに込められた水球が物凄い勢いで発射され、木を根本から打ち砕く。


「やっぱりシオンは魔術の天才だね、中級魔術を初めて使ったのにアレだけの威力を出せるなんて。」


「いえいえ、セルスの助言あってこそです。」


「しかも謙虚と来た、良いね。鍛えがいがあるじゃん?」


(本当に天才じゃん、いや才能は凡才だけど努力量と知能レベルが高いのか。例えるなら凡才の狂人と言ったところかな。)


セルスは僕を見てニヤニヤする。やめて?なんかちょっと怖いよ?


セルスは中級魔術を成功させた僕を見て、獰猛な笑みを浮かべる。この人も大概魔術バカなので才能を見るとワクワクしてしょうがないらしい、僕はセルスの魔術の引き出しが多すぎて困惑してるけどね。


「よし、決めた。今日から一年間で全属性の攻撃魔術を上級まで習得してもらおう。そして私と戦ってもらう試験でもしようか。」


「もとより、そのつもりです。セルスを超えるまでこの森を出るつもりはありません。」


「吠えるじゃないの、やってみてから言ってみなさいよ。」


「はいはい、次の魔術を教えてください。」


こんな感じで、僕たちの鍛錬は続いていくのだった。セルスはメチャクチャ善人だと、心の底から思った。


それと同時に、セルスの背中に光る黒い紋章がより大きくなっているのではないかと、少しだけ心配にもなった。




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