槍魔術師シオンの成り上がり

ピーマン@毎日7時投稿!!!

出会いと別れ

第1話 絶望の底の底


「シオン!!逃げろ!!」


「やだっ!!父さん死んじゃ駄目だ!!」


「良いから逃げろ!!お前だけでも生きろ!」


燃え盛る業火に包まれる街、たくさんの死体が地面を転がる。小さな弟はすでに事切れて地面に横たわっていて、両親は血だらけで自分を逃がした。


波だなんて流しきった、悲しみは溢れるほどに出尽くした。戦いが終わり、火が消えた頃に残っていたのは、たった一夜ですべてを失った喪失感と虚無感だけであった。


人魔大戦。数千年前から続く魔族と人類の戦争の中でも最も規模の大きい戦争が一ヶ月前起きた、僕のいる街はその最前線で、見たこともない大きなモンスターが僕の故郷を破壊した。


(今日は、あの子か、、、)


僕は光なんて灯っていない虚ろな瞳を動かし、自殺した横たわる子供を見つめた。あの子だって一ヶ月前まで両親に愛され、幸せな日々を暮らしていたはずだ。


毎日、毎日。数万人にも及ぶ戦争によって親を失った子供たちが死んでいく。国は魔族との戦争に必死で、完全に破壊されたこの街は見捨てたようだった。


「まだ、死ねない、、、」


僕は一ヶ月、まともに食べ物も食べていないし飲み物も飲んでいない。ずっと一人で、ひたすらにこの燃え尽きた街を彷徨い続けている。自分でも、何がしたいのか分からない。


でも、死ねない。まだ死んではいけない、だって母さんと父さん、ガルスが僕を生かしたから。僕の家族は僕を逃がすために、その命を使ったから。


僕は繋がなければならない、この生かされた命を精一杯生き抜かなければならない。もはやこれは繋がりではなく、呪縛なのかもしれない。だけど呪縛でいい、僕が生き続ける理由としては一番いい。


「っは、まるで死人だな、、、」


僕は歩くのを止め、珍しく原型を留めている鏡に映った自分を見てそう呟く。少し前まで綺麗だった金と青が混ざった髪の毛はボサボサで汚くなり、もはや服として機能しているか怪しい千切れた服。


そして、絶望しか映らない虚ろな紅の瞳。僕は生きているだけで、死んでいるのだ。


(父さん、母さん、疲れたよ、、、)


俺は強く、強く拳を握りしめて目をつぶった。脳裏に蘇るのはあの辛く、苦しかったけれど楽しかった毎日。家族四人で懸命に生きてきたあの日々。


僕が風邪を引いたときも、父さんが怪我をして働けなくなったときも、ガルスが花瓶を割ったときもあった。でもそれが、楽しかったのだ。


「まだ、死にたくない、、、」


僕は負けず嫌いだ、あんなに楽しかった毎日が、僕の全てだった家族が、生まれ育った街が、たった一晩で破壊された。それにどうしようもなく苛立って、なんで僕たちだけと叫びたくなる。


(被害者のまま、終わりたくない。奪われるだけで、終わりたくない。)


僕の手のひらは、血だらけだった。強く握りすぎたんだろうけど、そんなのどうでもいい。僕は立ち上がって、再び歩きだす。


「だ、れ、、、?」


僕は目を見開いた、眼の前には一人の女性がいたのだ。この壊れた、燃え尽きた街に綺麗な白いローブを纏った女性がいた。思わず身構えてしまう。


「僕、お名前は?」


「、、、シオン。」


ローブをまとった女性は身長が160ほどだ、僕は170あるので僕のほうが大きい。だけどその口調は子供に向けるものだった。


不思議な人、それが僕の印象だ。あれだけ警戒していたはずなのに僕は自分の名前を口にしてしまった、なぜかは分からないけど、安心するような声だ。


「他に、子供はいる?」


「いない、全員、死んだ。」


「一人?」


「うん、大人もみんな、死んだ。」


必要最低限の会話だけど、女性の声を聞くと何故か安心した。僕の虚ろな瞳は一切動かなかったけれど、心は少しだけ揺れた。


「シオン、着いてきて。」


「、、、嫌だ。」


「駄目、着いてきて。死にたくないんでしょ。」


「ッ!?なんで!?」


白ローブの女性は、少し強引に僕を連れて行く。そのときに目があった、紫色の、優しい瞳だった。でもどこか、悲しそうな目をしていた。


白ローブが風で揺れ、少しだけ背中が見える。そこには真っ黒で禍々しい、まるで呪いのような紋章が見えた。


白ローブの女性が、街の外にある森に向かって歩き出す。僕は着いてこいという視線を向けられ、後ろをちょびちょびと歩く。本当に、この人は何がしたいんだろう?


「あの、、、あなたの名前は、、、」


「私?私はセルス、ここに住んでるの。」


「森に、住んでる?」


名前を聞くと、初めて聞く名前が返ってきた。それに森に住んでいるという、さらに謎が深まった。敵意は感じないけど、何を考えているのか分からない。


「ふぅ、ここまで来れば一安心ね。」


そうつぶやくと、さっきまでの小さい声から一変して明るい大きな声になった。白ローブのフードを外すと、そこには白髪が背中まで伸び、耳が大きい妖艶な女性、まさに魔女と表現すべき女性がいた。


「エルフ、、、」


「そうよ、何か変?」


「初めてみた、、、」


「でしょうね、数が少ないし出てこないもの。さ、入って。」


セルスは僕のボロボロな服を掴んで、森の中にある小さな家に僕を無理やり入れた。中はとても綺麗で、今の汚い僕が入るのには少し抵抗があった。


「良いから、入って。」


僕はセルスに急かされ、困りながらも家の中に入る。そこにはまさに森の秘密基地と言わんばかりの部屋が広がっており、小さな机に椅子、そして花などのインテリアが風情良く置かれていた。


そして、テーブルの上には平民がとても食べられない高価な、白い柔らかいパンと暖かそうな野菜スープ、そしてお肉が置かれていた。僕の腹は正直で、とても大きな音を鳴らした。


「食べて良いわよ。」


「でも、、、」


「良いから、お腹空いてるんでしょ?」


僕は物凄く躊躇った、僕はあの戦争から恐らく人間不信になっているのだろう。もう誰も心から信じられないのだ、裏切られることを考えると、仲良くなりたくない。でもこの人は何故か大丈夫だと感じてしまっている。


僕はすごく遠慮気味に、白いパンを口に入れた。すると物凄い柔らかい食感と今まで感じたことのない美味しさが口の中に広がって、今の空腹も相まって一瞬でパンを平らげた。


次にお肉に手を伸ばし、すぐにかぶりつく。それはそれはもう、ありえないほどに柔らかくてジューシーで、ひと噛みすることに僕は涙を流した。


ただこうして、ご飯を食べる。それだけで僕は涙を流した。僕だけがこうして幸せな気持ちになるのは家族に失礼だと感じつつも、僕はテーブルの上のすべてを食べ尽くした。


「あっ、、、すいません、、、」


「別に良いわよ、あとお風呂入ってきなさい。」


「そこまでしていただくわけには、、、」


「あぁもういちいちうるさいわね、こっちが最後まで面倒見てやるって言ってんだから甘えておきなさい。」


「す、すいません、、、」


僕は申し訳無さそうにしながら、あっちよ、と指示を受けた方向に歩き進める。そこには湯気を出すお湯のたまり場があり、とても暖かそうだった。


僕は目線で早く入れと言われたので、ボロボロの服を脱いで湯の中に入る。その瞬間、僕の肉体は全力で喜色に溢れた。僕は目を閉じて、この幸せを全力で感じる。


そうして15分ほど経つと、のぼせそうになったのでお湯から出る。すっかり体は綺麗になり、服はどうしようかと思ってうろちょろしているとセルスが風呂場に入ってきた。


「はい、着替え。」


「あ、ありがとうございます。」


「良いのよ、それと少しは隠しなさいよ。」


「す、すいません、、、」


僕は僕の全裸なので、隠さなければならないところは当然見えている。セルスさんは真っ白な顔を全力で赤らめていた、正直、それ以上に余裕がなさすぎて性欲なんて一切湧かない。


僕はすぐに用意してもらった綺麗な服を身に纏う、正直平民として暮らしていた頃より綺麗な服だ。エルフはこんなところで暮らしているのにどうやって手に入れているのだろうか。


「それで、、、どうして僕を助けたんですか?」


「ん?そんなの可哀想だからに決まってるじゃない。」


「でも、、、僕は小汚い子供ですよ、それに僕に生きる意志はなかったです。死にたくなかっただけで。」


ご飯を食べ、お風呂に入り、きれいな服で身を包み、これ以上無い幸福の中、僕は家の中でくつろぐセルスに問いかけた。正直、無償の善意が一番怖い。


「死にたくない、それは違うわね。シオンは確かに生きたいはずよ、貴方の目はまだ諦めていない人間の目だから。」


「そんなの、違います、、、僕はただ、被害者で終わりたくなかっただけです。」


「それで良いじゃない、被害者で終わりたくない。負けっぱなしは嫌だ。それで私は君を助けた、死ななきゃ負けじゃないのよ?」


そう言って笑うセルス、彼女の笑みはとても美しくて、もうどうでもいいとすら思える輝きを放っていた。でも腐りきった僕の精神は、それを拒絶した。


「でも、僕の両親は、死にました。あれだけ可愛がっていた弟も、死にました。友達も、好きな人も、故郷すら、滅びました。僕の全てはあの一晩で、無くなりました。」


「そうね、で、貴方はどうしたいの?」


「ぼく、は、、、???」


「そうよ、シオン。貴方はどうしたいの?両親に生かされたとか、弟を守りきれなかったとか言うのは良いけど、私はまだ貴方がどうしたいか聞いてないわ。」


キッパリと告げるセルス、僕は返答に詰まった。僕のしたいこと、やりたいこと、そんなのすぐには出てこなかった。


(いや、違う。僕はずっと思っていた。やりたいことなんて、決まってる。)


僕は今一度、強く拳を握りしめる。虚ろだった瞳に光が戻る。平民として幸せに暮らしていたあの頃の感情が、凍っていた感情が溶かされていく。そして僕は、勇気を持って口にした。


「僕は、強くなります。もう二度と、僕のような子供を出さないために。もう二度と、理不尽に奪わせないように。」


覚悟はできた、目標は決まった。力強く答えた僕に対してセルスはしょうがないな、と呟いた。


「良いよ、私が鍛えて上げる。」


セルスはそう答え、輝くような笑顔を浮かべた。今はこの人のお世話になる、だけどいつか、この人が困った時は僕が助ける。それを誓った。










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