第29話 日常編揺らぎ【スピリチュアル】

『まずは生年月日と名前を宜しいですか?』


 好幸はチャネリングをするのに何故占いのように、生年月日や名前が必要なのか訝しく思っていた。生年月日なら数秘術、名前なら姓名判断という具合に上手く当てはめれば、ある程度の筋書きは出来上がるわけで。


占いが万能だとは思わないが、少なくとも見えないものを知覚する能力でありながら、それ以外のものに依存する意味が分からなかった。
確かに生年月日は除いても、名前がそのモノや人に形を与えるといった神話や逸話は聞いたことがあったし、百歩譲って名前くらいであれば名乗る必要があるかもしれないにしても、わざわざ生まれ年を伝える意味が分からなかった。
万が一にも同じ年に生まれ、同姓同名の人間が居たとするなら、どうやってその人と判別するのだろう?そう考えてみてもやはり、その人個人と向かい合って、その魂の性質を視るほかないのではないかと思った。


 神社でお参りをする際にも、場所によっては住所氏名を名乗ってから願掛けをすると良いと言われる神社もあるが、神ともあろう存在が、わざわざ役所仕事じみた真似をするものだろうか?と不思議に思っていた。
勿論初めに自身の名前を名乗るのが、対人関係において礼儀であることは分かるが、それにしても『私は何処何処に住む山田太郎と申します。どうか〇〇しますように。』等と、名乗り出た後に自身の要求を相手の存在に突き付けることが果たして、対人関係においても有り得ることなのだろうか?と疑問でしかなかった。
やがてそういったお参りの仕方は欲深きことであり、神社では『ありがとうございます』と感謝を述べるだけが正解であると言う価値観が生まれたりと、結局のところは誰も本当のところは知らないのかもしれない。



 神を語り、神に成り代わろうとする者は多いが、神を真に知る者こそ多くを語らない。それが本当なのではないかと感じていた。

とは言ってみても、好幸が本物だと信じるリーロンのチャネラーにしても生年月日や名前は初めに聞かれたし。
ツインソウルだと明言されたこと自体、こちらから何かしらの情報を与えていたわけでもなければ、それらが占いのように生年月日や氏名といったもので導き出せるものではなく、相手方から突然告げられたことを考えれば、生年月日や氏名を告げたからと言って、視える視えないは、別問題なのかもしれないが。


『1981年12月25日。髙橋好幸です。』


『じゃあ。貴方の守護霊と繋がりますね。』


 そう言うと紗南さんは深く息を吸い込み、歯の隙間から空気を押し出すようにゆっくりと吐いた。
空気を吸い込む度に胸が膨張し、吐き出すと同時に、インドの行者のように身体全体から空気が搾り取られ、骨と皮だけに萎んで行くようだった。それを三度程続けると、彼女は突然白目を剥いてボソボソと何やら呟き始めた。
何を言っているのかは聞き取れなかったが、
女性が白目をむいている姿は、なかなかに心胆寒からしめるものがあった。
好幸は目のやり場に困り、とりあえずは視線を自分の手元に移した。
暫くした後呟きが止まると、紗南さんは元の黒目に戻し好幸を見据えて口を開いた。


『貴方、魂が傷だらけよ?』


 思わず『知っています。』と返したくなった。これまでずっと惰性に身をまかせて身勝手に生きて来た。誰かの役に立つことも、立とうとさえもせず、人との関わりを避けて生きて来た。社会に馴染む人間を下に見て、こいつらは自分というものがないと決めつけ、自分だけは違うと抗うふりをしながらも、周りの目を気にし、比べ、勝手に劣等感を抱き、憎しみ、自分などないままに誰よりも社会に翻弄されて生きて来た。
時折無性に自分に腹立たしくなって、自分の拳で自分の顔や腹を殴りつけるなんてこともあった。密かに自身の想いを書き溜めたノートには、必ずといっていい程自身に対する呪いが綴られていた。
魂が傷だらけであることなど容易に想像出来た。それだけに前回のチャネラー程の驚きはなかった。


『では、ヒーリングを始めたいと思います。ベッドに横になって貰えますか?』


 大した会話もなく、魂が傷ついているとだけ告げられベッドに寝かされる。
あまり女性と接した経験のない好幸にとって、ヒーリングと言えども初対面の女性に身体に触れられるのは抵抗があった。
現に恵にさえ、一度好幸の読む本を恵が覗き込んで来た際に『顔が近い…』と言って身を引いた程だ。
20代の頃に習い事で賞を頂き、30代の女講師がハグを求めて来た時でも、好幸は手を突っ張ねてハグを拒んだ。
美容室では男性店員しか指名しないし、女性に話しかけられても目を見て話さないが為に、嫌われていると誤解を与える。女性に対して本当に免疫のない男なのだ。しかしそれは先程の社会同様に、意識しないようにすればする程、強く意識してしまうジレンマだった。


 好幸がベッドにうつ伏せで横になると、紗南さんは『リラックスして下さい。寝てしまっても大丈夫です。』とだけ言って、先程のように大きく息を吸い込んで、口から吐いてを数回繰り返した。


『それでは始めますね。』


 実際のマッサージとは違い、ヒーリングは直接身体に触れる機会が少ない、時折軽く触れてくるぐらいで、ほとんどが手を身体から1cm程浮かせた辺りで静止させエネルギーとか気といった類のものを送り込んで治癒を施す。
またヒーリングの最中にも紗南さんは魂の状態を観察しているらしく、時折言葉をかけてくる。


『人は人。比べることに意味はありませんよ。』とか『苦労は買ってでもした方がいいです。』とか、やはり誰にでも共通して言えるような漠然としたものだった。好幸が求めていたのは、好幸だけにしか分からない事実であり、好幸にしか通用しない事実だ。掠る程度の漠然としたもの、本人の解釈次第でどうとでもとれるものはメッセージと素直に受け取れない。


 束の間沈黙が流れる。紗南さんが身体に触れる感覚がない。好幸はうつ伏せの為、紗南さんが現在どのような治療を施しているのかすら伺い知れない。
全神経を聴覚に集中させる。手を僅かでも動かそうものなら、生地の擦れる音がするはずだがそれすらも聞こえない。
台所で恵がお茶菓子の用意をしているらしき音だけが、室内に響いている。
好幸はそっと顔の向きを変え、横目で紗南さんの様子を探ろうとした。
目を瞑ったまま、微動だにしない紗南さんの姿がぼやけて映る。
ヒーリングを依頼しておいてこんなことを思うのも気がはばかられるが、事実この程度で1時間5000円の稼ぎを考えれば、詐欺師達にとってはオレオレ詐欺や、特殊詐欺などのリスクを背負わずとも、人の為、地球の為と称して堂々と荒稼ぎ出来るのではないか?と思った。
事実スピリチュアルブームの到来は、そういった自称スターシード(特別な使命を持って地球に生まれた宇宙由来の魂)を大量に量産し、信じる人々の魂を救うどころか、分断さえ生み出していた。
いわゆる選民思想というやつだ。勿論好幸も後々そういったスターシード擬きに標的とされてしまうわけだが。

 好幸が自身にとってよからぬ思考を巡らせているとことを知ってか知らずか、紗南さんは手を引くと、好幸の方に向き直った。
ヒーリングが終わったようだった。


『お疲れ様です。魂についた傷は癒しておきました。身体の方はどうですか?もしかしたら好転反応が出るかもしれませんが。』


 ベッドから起き上がると同時に好幸は笑顔でお礼を言った。勿論社交辞令に過ぎないが。


『ありがとうございます。あぁ。何か軽くなった気がします。』


 どうですか?と聞かれて何も感じませんでした。と素直に言える人間がどれだけいるのだろうか?と思った。
好幸の本音は『よく分かりませんでした。』だ。
しかし、恵の紹介でもある紗南さんを無下には出来ないと思い、単に儀礼的に答えただけだった。


『よかったです。まだ他に何か聞いておきたいことはありますか?』


『ああ。えっと。ひとついいですか?実はなかなか自分に合う仕事が分からなくて。』


 30も近い成人男性が、進路指導で自身の行く末を案じる男子学生のような質問をしたこと。そのくらい自身で考えろと言われるような馬鹿な質問をしたことに、好幸は後から気恥ずかしさを覚えた。しかしそれは、恵と出会い、彼女にとって相応しい人間になる為に、これまでのようにフリーターのままでいてはいけない。
正社員として安定した給料を貰い、いつか彼女を養わないといけない。
そんな真摯な思いから出た質問でもあった。
 好幸は紗南さんに対して明らかな疑いを持つ反面、心の何処かでは縋る思いがあるのも事実だった。


『貴方、介護が向いてるわよ?』


 あまりにも以外な答えだった。介護なんて自分には無理だと思っていた。
正直、年寄りは汚いという価値観は少なからずあったし、男性の中にはトイレで小をしても手は洗わない人間がいることにすら嫌悪するような自分に、他人の下の世話なんて出来るわけがないと信じていた。
好幸は軽度の潔癖症だったのだ。大切なものを仕舞うという話は以前にしたが、それらに触れる度に毎回手をハンドソープで洗うような神経質な男だったのだ。
 そもそも、根拠も無く『介護が向いてるわよ』だなんて、どうせフリーターしかしてこなかったようなやつには、介護くらいしか道がないとでも思っているのだろうなどと、捻くれた感情さえ湧き上がっていた。しかし『苦労は買ってでもしなさい。』神は確かにそう言っていた。


 紗南さんにそう告げられた日から丁度二ヶ月後、好幸がアルバイトとして勤めていた靴屋が業績不振により倒産することになる。
と同時に客としてたまに来店していた一人の中年女性が閉店前日に店に訪れ、好幸は声を掛けられる。


『お店なくなってまうんやなぁ?残念やわ。ここ本社が近くにあったから丁度通い易い場所にあったんやけどなぁ。というか、お兄さん仕事はどうすんの?新しい職場は決まってんの?』


『それがまだ…』


 紗南さんに介護を勧められたものの好幸は、なかなか踏み出せずにいたのだ。


『お兄さん感じ良いし、よかったらうちの会社に来てみぃへん?お兄さん介護とかに興味ない?』


『えぇっ!』好幸は思わず声を上げた。


 女性客が帰ってからも、好幸は暫くその場から動けずにいた。
それは紗南さんに【言い当てられた】からではなく、それすらも映画の台本であり、そのシナリオを作り出した何者かの御業に驚愕したのだ。紗南さんが本物であるか偽物であるかは分からない。いや、そんな小さなことはもはやどうでもいい。けれど、その紗南さんという登場人物さえも何かしらの役割があって自分の前に現れたとするならば。嘘も真実も全てを包括した、大いなる運命のようなもの、恵に宇宙というキーワードを与えた根源的な何か。
運命の黄金比とも呼ぶべき、人の手に余る力のようなものが存在することに、疑いの余地はなかった。


『介護か…ちょっとお話聞いてみたいです。』


【続く】

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