karte64【えるふのこーけつなおじょうさま】


「分け前をピンハネされたんだぜ!?」


――そういう話は私では難しいからギルドマスターにしてねー。



「ダンジョン内で食べる飯がマズイって言われてぇ……」


――あ、それなら魔道具に保存容器ってのがあるから作り置きして持っていくのアリかも。



「彼がせっかく準備してあげた冒険者グッズ一個も使ってくれなくてぇ!!」


――わかるー。



「パーティ内の弓使いアーチャーの子のこと好きになっちゃったんすよ! 重装兵ヘビーアーマーの彼氏がいるのに!!」


――いっそ告って玉砕してスッキリしては?



「私パーティの重装兵ヘビーアーマーやってるんですけど……本当は女だって明かせないまま弓使いアーチャーの子と付き合うことになっちゃって……」


――ぐちゃぐちゃになる前にはっきりさせてほうがいいかもねぇ……。



重装兵ヘビーアーマーの娘、可愛いから黙ってたけど女だって知ってるのよね。軽装兵ライトアーマーの彼も私の事チラチラ見てて……フフッ、楽しいわぁ」


――意図的にパーティブレイクしたらギルドマスターから処されるからね?



「あのぉ……スライムってケツに――」


――死ぬよ?



――――――――――



「んだっはぁ~ッ!! なんでこんなにキツキツで仕事入れてくんのよ、あのヴァカヴァンヴァン!! しかもほとんど精神医療メンタルケア関係ないじゃないのよ!!」


 アプリスはベシャリと音が出るほどの勢いでカウンセリングルームの事務机に突っ伏した。

 午前だけで十件以上だ。

 普段のカウンセリングペースではありえない人数を捌いている。


 それもこれも昨日のビエル&ガッチ問題に起因しているのだが……。

 あの後商業ギルドからめちゃくちゃお叱りを受け、罰としてチップの半分を没収されると言う憂き目にもあうし、残り半分も「ビエル&ガッチに渡すからな」とギルドマスターのヴァン・ノワールに没収されてしまった。


 よって、完全に無賃業務時間の無駄をさせられたアプリスは一人荒れていたのだった。

 しかもペナルティとして業務の追加が成され、既に満身創痍の体である。


「ヴァンヴァンめ……絶対泣かす。決めたぞ、絶対泣かすっ!!」


 赤銅色の瞳に怨嗟の炎を湛え、ググッと握りこぶしを作った。

 それを事務机に叩き付けようとした時、カウンセリングルームのドアが開かれた。


「アプリスー?」


「ヴァン、ヴァン……アンタどのツラ下げて私の前に……ッ!!」


「午前中大変だったろ? ほら、デビルコンガー悪魔アナゴの天むす。お前好きだろ?」


「ヴァンヴァン大好きーっ!!」


 ……ちょろい。



――――――――――


 腹ごしらえも終わり午後のカウンセリング。午前と午後では午後に回している相談者の方がより深刻な問題を抱えている場合が多い。

 これはカウンセリングシートを確認した上でヴァンが振り分けているので、アプリスが口を出すことはほぼ無い。

 何はともあれ、まずはくだんのカウンセリングシートを確認してみることにする。


――――――――――


【名前】アルティランサ・ランツェ・エルドラージ(?・?)

【特性】魔術師スペルキャスター

【特性付随スキル】高速詠唱、マナチャージ

【性格】?

【備考】よくわからん


――――――――――


「これ絶対、ヴァンヴァン途中でやる気なくしてない……?」


 年齢と性別が『?』っていうのも、備考もよくわからんってなんなのさ……。

 てか名前長いってくらいしかわからないじゃん……。


 こうなってしまうと、もう会って話しをするしかない。

 覚悟を決めて来客を待つと、いつものようにノック音が響いた。


「今日の予約、一名だ。よろしく」


 やや表情を曇らせて、ヴァンが案内してきた。


「ありがとう、さぁ、こちらへどうぞ」


 ヴァンの後ろに控えていたのは、正に絶世の美女。

 長身痩躯ながら出るとこは出てて引っ込むところは引っ込んでて……、とりあえず同じ女性としては遠くから見るのはいいが並んで立ちたくない、という感じだ。

 そしてよく見ると耳が長く尖っている。

 珍しい……エルフ種だ。


「ほう……カウンセリングとやらはここでやるのね?」


 廊下から一歩部屋に入った瞬間だった。


 ポフン


 という気の抜けた音ともにエルフの美女は煙に包まれた。


「え、魔法障壁が発動した?」


 特性【催眠術師】は、かなりレアな特性であり、狙われる危険性もゼロではない。

 よって、彼女の仕事場には常時結界のようなものが張られており、外部から魔術や魔法のかかったものをのだ。

 ちなみに中に入ってから起動した魔法、魔術、魔道具に関しては問題なく使える。 


 煙が晴れた時、そこにはエルフの美女と同じ格好をした人間のジジイ変態が立っていた。


「何でじゃぁぁぁぁ!!」


「こっちのセリフだ変態がっ!!」


 アプリスの渾身の右フックが決まり、吹っ飛ばされた変態はヴァンともつれるように廊下に倒れ臥した。


「悪は滅びた……」


「いや、助けろコラ」


 変態の下からギルドマスターの消え入りそうな声が聞こえ、仕方なく変態諸共助け起こすことにした。


――――――――――


「起きたわね」


 とりあえず四肢を縛り上げ床に転がした状態で、アプリスは足を組んで椅子に座っていた。女王と捕虜にも見える構図だ。

 今回は状況も状況なのでヴァンも同席している。


「アルティランサ・ランツェ・エルドラージさん? なぜ変化の魔法を使ってまで私に会いに来たのかしら?」


 よく覚えたな……とアプリスをみるヴァン。腹立つからドヤ顔で返すな。


「違う! あれがワシの本当の姿じゃ!!」


「いや、ここには全ての魔法を無効化ディスペルする魔法障壁を張ってあったのよ。だからいまの姿が本当の姿ね」


「そんな事ないんじゃもん!!」


「じゃもん」


「じゃもんて……」


思わずアプリスとヴァンが絞り出すように突っ込んだ。


「ワシは……ワシはぁ……アルティランサ・ランツェ・エルドラージ。エルドラージ家の三女で気高い血を引くエルフの生き残りなんじゃよ……これは、呪いでこんな姿に……」


 そういう設定なのか、だがそれにしては心からそう信じている、そんな独白だった。

 ヴァンはアプリスに近づき耳打ちしてきた。


「どう思う? アプリス」


「どう、って言っても……あ、変態の素性、今割れたんだからあの顔から名前とかわからないの?」


「たしかに……色々調べてみないとなんとも出来ないな……魔真機カメラ持って来るから話聞いててくれ」


 とりあえず危険性は無さそうな変態の四肢のロープを解き、椅子に座らせた。

 エルフの姿の時に似合っていたハイスリットドレスもなんとも切ない感じになっている。


「ちなみに相談ってのは?」


「この呪いの解き方を探してるんじゃ」


 やっぱそうくるよねー。

 わかってたー。


「呪いとなると心の問題では無いから、教会の司教ビショップに解呪してもらうしかないんじゃないの?」


「それがの……『そなたは呪われておりません』の一点張りでの……」


 でしょうね。

 なにせ魔法障壁で変化を解除されているのだから。

 だとしたら思い込みによる精神的な疾患も疑えるけど……。

 何にせよ否定して解決する事はあまり多くはない。

 それならば、むしろ相手の言い分に乗ってあげた方が相手も饒舌になるというものだ。


「それで、呪いを解いてその後はどうするの?」


「愚問じゃ。エルフの里を救うのじゃよ!」


「エルフの里? 何か問題が起きてるの?」


 いつまでも変態では申し訳ないのでアルティランサと呼ばせてもらうことにする。


 アルティランサが言うには、西のダンジョンに新たなヌシが出現し、その周辺の森で魔物の生活圏が変動した事で、エルフの里周辺に強力な魔物が出現するようになってしまったそうだ。


「てかエルフの里の場所がわかるの!?」


「出身地じゃと言うとろうが!!」


「初耳だわ!!」


 エルフの里はシューヴァーンの西にあるらしい、とは古くから言われていたのだが、実際に辿り着いたものはおらず、今では都市伝説のポジションに収まっているほどだ。


「貴方の言う事が真実だとしたら、とんでもない事態が起こっている可能性が高いわね……。ちなみに誰に呪いをかけられたの?」


「わからぬ……。魔術でも神聖術でも無かったから呪いと表現するしか無かったのじゃ」


「……てことは全く未知の術式? それとも古代魔術……?」


 アルティランサの立場で考えてみるとかなり深刻な状況であることは分かった。

 の話だが。

 ノックと共にドアが開き、ヴァンが顔を覗かせた。

 多分どこかのタイミングで撮れたのだろう。


「とりあえず今日はこれ以上の事は出来そうにないわね……また日を改めてもいいかしら?」


「勿論じゃ、よろしく頼むぞい」


 言って部屋から出たアルティランサは魔法障壁の有無をしっかりと確認してから変化の魔法をかけ直して悠然とギルドのロビーへと戻って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る