日常にほんの少しのスパイスを
ヴァン・ノワールはシューヴァーンの街の冒険者ギルドのギルドマスターである。
だがそれに違和感を持つ者は少なくない。
冒険者、商業、農業等のギルドマスターは平均して五十代相当の優秀な元ギルドメンバーが国から選出されて着任する。
立身出世を生涯の目標とするのであればだれでも飛び付く案件である。
しかし、ヴァン・ノワールは選出当時二十代半ば。
選出理由も不明だが、着任したとしたら歴代最年少ギルドマスターという名誉までついてくる状況だった。
しかし当人は正直やる気などひとつも無かったそうだ。
彼をよく知るものはこれを『監視のためだ』と言い、事情をよく知るものは『当然の事だ』と言った。
つまるところ、彼が選出された理由は『選出に携わった人々』と『当人』しか分からないのだ。
重ねて言うが、大半のギルドマスターが国王や国政に関わることの出来る人物達から選ばれ、任を与えられている。
それはつまり多数の国民から支持されている人物か、国政に関わっている者の関係者でなければ、そもそも選出者達のテーブルに上がることが出来ないということだ。
……但し後者の場合、現場での実力が伴わない事が多く、選別から外されることが多い。
つまり、いきなり二十代で国民認知の少ない彼がギルドマスターに選出されるということは、多数の敵をも作り出してしまっている、という事に他ならなかった。
裏では『多額の賄賂が関わっている』だの『ヴァンは王家の弱みを握った』などの陰口も後を絶たないのが現状である。
重ねてヴァン・ノワールの飄々とした様子は見る者にとっては賛否両論である。
そのため、彼の本心を知るものもほとんど居ないのだ。
さて、話は変わるが冒険者ギルドとはどんな存在なのだろうか。
古くから冒険者達が生活のために魔物を狩り、衣食住を充実させているこの世界では、インフラ整備には魔物対応案件として冒険者ギルドも一役噛んでいる。
工事を行っている最中に、魔物に襲われることもしばしばある、という訳だ。
重ねて人間の敵は人間、という現実もある。
商品を輸送中の商隊が野盗、強盗に身をやつした元冒険者や、貧困に喘いだ元一般市民などに襲われるといったこともあるのだ。
こういった背景もあり、冒険者ギルドのギルドマスター、ヴァン・ノワールは朝から領主の屋敷に東西の街道整備の護衛任務に関しての話し合いのため喚ばれていたのだった。
「……まさか朝から夕方まで会議になるとは
思わなかったな……。これから事務か……。しかし貴族連中め、依頼料足元みやがって。こっちは命預かってんだっての。……くそ、困ったな、依頼が出せなくて工事が遅まるとなると、冒険者ギルドの信用も落ちるだろうし……ぐぬぬ……」
これからの業務を考えると足取りも重い。
が、やらなくては帰れない。
ブラックな職場というか、ノワールな職場というか……。
一人ぶつぶつと考えをまとめようと奮起していると、ふと二人の青年の顔が頭によぎった。
「あ、そう言えば昨日のビエル君とガッチ君の問題は大丈夫だったのかなぁ……? ま、アプリスに任せとけば何とかなるだろうけど」
餅は餅屋。メンタルケアは
なんだろう。何となく、いや、とてつもなく嫌な予感がする。
「ヴァンさん! 会議お疲れ様です!」
ギルド職員の制服を着た女性がヴァンに気づき駆け寄ってくる。
受付兼事務をしてくれているシャルロットだ。皆からは『シャル』と呼ばれている。
なんというか、子犬……? もしくは小動物を彷彿とさせる挙動が多く、冒険者達からも庇護欲をそそるとかなんとか。……なんだかんだ人気のある受付嬢という感じだ。
「シャル、ただいま。……これはなんの騒ぎだ?」
「私もよく分からないのですけど、昨日カウンセリングを行った二人に今朝施術を行ったらしくて」
「え、これ、輪の中心はビエル君とガッチ君なの?」
「はい。説明が難しいのでとりあえず見てもらっても良いですか?」
促されるまま入口の脇、人だかりの中心へと向かう。
「ありがとうございます! お代はそちらのカゴにおねがいしまーす! お客さん、どうですか? どんな物でも一切り銅貨一枚! お、ありがとうございます、かぼちゃ入りましたー!!」
なにやってんの
アプリスは受け取ったカボチャを、なぜか上半身を反らせて立っているガッチ君目掛けて投げ飛ばした。
途端、目にも止まらぬ速さで彼の手が動き、ポトリとハーフカットされたかぼちゃが地面に落ちた。
沸くギャラリー。
「あ、こちらの猫ちゃんには癒されたなーって思ったらカゴにチップなんかを頂けると幸いです!」
すぐ横では丸まって猫よろしく顔を洗うビエル君。
あまりの蠱惑的な可愛さに女性陣が沸いている。
そしてカゴに入れられる
いや、マジでなにしてんの。
「おい、アプ――」
『姐さん!!』
たまらず声をかけようとした時、野太い男達の声がそれをさえぎった。
アプリスの目の前に三人の男達が後ろ手に手を組み、並ぶ。
まるで軍隊の上官と部下のように。
「外周ランニング二十周、終わりました!」
「おー、意外と早かったね、お疲れ様」
あ、こいつら昨日アプリスに絡んで来てたゴロツキどもだ。
……というか姐さん……?
「次は何をしましょうか! 姐さん!!」
「まだ初日だからね。今日はこれで終わり。ちゃんとクールダウンしたら風呂はいって食堂の手伝いをしてくれる? 明日も同じ時間から同じメニューやっといてね」
『はい! ありがとうございます!!』
「はい、健全な魂はー?」
『健全な肉体に宿る!! お疲れ様っした!!』
アプリス合わせ四人のやり取りを衆人全員が呆気にとられながら見送った後、ヴァンはひと足早く我に返りアプリスの元へズカズカと歩み寄った。
「あ、ヴァンヴァンおつか――」
「お前、ちょっと来い」
やり取りもなく腕を掴みギルドの中へ。
「や、ちょっと、どこ触ってんのよ、やめっ! んッ!」
「腕だよ! わざと変な声出すなよ!!」
慌ててヴァンはドアから顔を出し、
「シャル! 悪いけどみんな解散させて! んでそこの二人見てて!」
とりあえず場を取り繕うことに専念した。
――――――――――
「お肉~♪ お肉~♪ 今日のお肉は
デスホーンシープ……あまりに強靭な角は刺すよりも殴る為の鈍器。
速度はペネトレーターラビットより劣るが特筆すべきは首周りと肩の筋肉量だ。
突進からの横凪の一撃は巨木をも粉砕し、倒木せしめると言われている。
ちなみに肉は臭みが少なく美味い。
さて、話は戻って場所はギルドの食堂。
ルンルンとディナーのデスホーンシープの焼肉定食を待つアプリスを安心感と不安感の半々で見守るヴァン。
「お待たせしました! とりあえず外は落ち着かせて解散してもらいました。あとお二方はそこに入ってもらってます」
さすがシャル。仕事のできる女というやつだ。
食堂の隅のテーブルの上にビエルは丸くなって眠り、その脇でガッチは上半身を逸らした姿勢のまま壁にもたれかかっている。
辛そうな姿勢なのにブレないのは体幹が凄いのかどうなのか……。
ヴァンは彼女に同席を求め、空いている席に促した。
「ありがとう。それじゃアプリス? 詳しく説明を」
幾許か眼光鋭めのヴァンにたじろぎもせずアプリスはリズムを刻んでいたナイフとフォークを止めた。
「んー、依頼主のプライバシーに関わるから相談内容は明かせないんだけど?」
「構わん、ギルマス権限だ」
「うわぁ……引くわぁ」
ナイフとフォークを持ったまま防御の姿勢をとる。
「いや、そもそも情報開示しなきゃならんような事にさせたのはお前だからな?」
最もな意見を聞いて「ぇー……」と露骨に嫌そうにするアプリス。
「食事が出てきても喋らないなら『待て』を要求するぞ」
「うっ……」
「耐えられるかなぁ……? さぞやいい匂いなんだろうなぁ? お前に耐えられるかなぁ……? 段々と冷めていく肉を目の前にすることを」
「タチとネコを交換したいって言われたの!! 私は彼らの要望に従っただけ!!」
意思よっわ!!
てか、タチとネコ……?
まさかアプリスの口からそんな単語が出るとは露知らず、隣のシャルを見やると顔を真っ赤にしながら「はわわわわ……」と明らかに狼狽していた。
あ、シャルさんはっきりと分かるのね、こういう話。
「ん? タチとネコって、ビエル君とガッチ君が? ホントに?」
思わず聞き直してしまった。
人とは分からないもんだなぁ、とヴァンはしみじみと頷いた。
「そう。いつもビエルがタチでガッチがネコだから逆にしたいって」
「わわわワイルド系イケメンのタチと中性美青年がネコ……ハキャゥ」
ポスン、と机に突っ伏すシャル。
こら、相談者相手に捗るのはやめなさい。
「だから、ビエル君が猫になりきっててガッチ君は……」
「太刀」
「太刀かっ!!」
道理で上半身反ってると思ったわ。
なるほど……つまりアプリスのイメージの限界点は猫と太刀だったわけだ。
「私も意味がわからなかったのよ? でもその話をする二人はとても幸せそうだったから、きっと楽しんでたんだろうなぁ、って」
楽しんでシテたんだろなぁ……。
半眼になってツッコミかけたが飲み込む。
「まぁ、大体の状況はつかめた。彼らはいつ戻る?」
「明日の朝かなー」
「了解。なら良し。料理も食べてよし」
「ぅわい! やった!!」
目を輝かせるアプリスに何となくほっこりさせられた。
本当は街でチップを求めた営利的活動も本来なら商業ギルドに申請しなければならないのだが……してないだろうなぁ。
俺は見てない。何も見てない。
心で呟きながらちょうど運ばれてきた皿に視線を移した。
「姐さん、すいやせん」
「あれ? どしたの?」
皿を運んできたのはゴロツキ三人衆のうちの一人だった。
そういや風呂入ったあと食堂手伝いとか言われてたっけ。
「デスホーンシープの焼肉定食なんスけど、肉の入荷が少なくて……」
「えぇぇ!! 羊肉の口になってたよ……」
「ですよね、すいやせん。代わりにミリタリーバーズの唐揚げ定食を、唐揚げマシでお持ちしやした、これでどうか」
「許す!!」
唐揚げもいいが天ぷらにしても美味い。
「デスホーンシープが不作とは珍しいな?」
「へぇ……なんでも西のダンジョンに新しいヌシが発生したらしく。森と街道に出る魔物のコミュニティが変化したらしいんでさ」
こいつ……意外と情報屋に向いてるな。
内心で顔と名前を覚えつつ、ヴァンは「ふぅん……なるほど。ありがとう」と会話を区切るように返した。
西のダンジョンの新ヌシ……遅々として進まない道路工事。吹っかけられた依頼料。
様々な情報に関連性がないか精査しつつ、パズルを作るように繋いでいく、が、やはり何か足りない。
「そういやアプリス」
「むひぁひぃ?」
「飲んでから答えろ……あのゴロツキ三人組には何か特別な事をしたのか?」
前の時よりもあまりに性格が変わり過ぎている。
特別指導をしているらしいが……非人道的な事をしていないことを祈る。
「んぐ……。いや、なにも。彼らは元々誰かの下に着いた方が実力を発揮できるタイプだったってだけ。だから擬似的に私が上に立って特別指導してるってだけよ」
「さすが催眠――」
刺さるような視線と殺気を感じて言葉を止める。
「術師のアプリスさん」
「よろしい」
殺気がやんわりと溶けたのでついでに聞いてみる。
「なんで『
「モノ扱いされてるみたいで嫌。よく分からないけど嫌」
「あー、そうなのね」
これ以上はなんも喋らんぞ、と言わんがごとく唐揚げを頬張りはじめたアプリスに、
「ハムスターかよお前」
とツッコミをいれ、コーヒーを一飲み。
そこでやっと妄想の限界を超えてオーバーヒートしているシャルを思い出した。
ま、起こして説明するの面倒くさいからこのままでいっか。
こうして、残った事務仕事を忘れ去ったままヴァンたちの夜は更けていくのだった。
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