色災-Colorisis-

透々実生

邂逅-Black darker than ANYCOLORS-

 ――世界が色を失って、早2年が経とうとしていた。


 世界から色が失われた、という婉曲表現ではない。文字通り、

 林檎の艶のある赤色も、蛇のざらついた緑色も、海の果てしない青さも、絵画の豊かな色彩も全て失われてしまい、地上の全てが白と灰色モノクロで表現されるようになってしまった。石油や海底資源より遥かに無尽蔵にあると思われた『色』という資源が、ある日突然ゼロになったのだ。

 この災害を、人々はいつしか『色災カラリシス』と呼んだ。この災害で色を失ったため、全世界一様に落胆し、絶望した。色がなくなったお蔭で、誰も顔を青褪めることはできなかったが、眉間に皺を刻むことくらいはできた。


 しかし1年前、ある研究者が『色』を。『発掘した』という言葉通り、色は地中――より正確には、の中に眠っていた。これまで宝石としての価値しか見出されなかったルビーやサファイア、エメラルド、ダイヤモンド、ガーネット、アメシストなどの中に、嘗ての豊かな色彩が蓄えられていたのである。

 以降、色の性質に関する研究が次々発表されると、世界の国々は『色』という僅かな資源を求め、略奪を行い、終いには戦争にまで発展した。


 これが、現在まで続いている"戦争"の、中立的な立場から述べた経緯である。


***


「1分後に降下する! 各自最終確認の後、命令まで待機せよ!」

 了解ラジャ、という歯切れの良い掛け声と共に、輸送機に運ばれるA国軍『レッドルビー』の面々は、最終確認を始めた。確認の対象は、輸送機に積まれた蜘蛛の見た目をした機体だ。胴体部分は白と灰色だが、脚だけはラピスラズリから採られたに着色されていた。

 各人、機体に乗り込み、起動。機械音声が鳴る傍ら、白と灰色で示される幾つかのメーターが全て正常値かを確認する。全員、異常なしオールホワイトと報告した。

 時間はあっという間に1分を迎え、上官の命令が通信にて届いた。

『降下! 目標、C国西部山脈のエメラルド・グリーン! 各自、健闘を祈る!』

 そして輸送機の床が開く。蜘蛛の機体は、どこまでも続くモノクロの風景の中に放り出された。上空には、先程まで乗っていた輸送機が見える。その機体は、アクアマリンから抽出したに塗りたくられていた。

 輸送機から放られ、白い地面に目掛けて落ちる兵士達は、蜘蛛機体の中で着地の時を待つ。

 兵士ルノーも、その1人だった。

 ――着地まで、あと10秒。

 その時ルノーは、眼下に敵兵力の蜘蛛機体を確認する。恐らく、先に資源採掘に来た連中だろう。

 ルノーは舌打ちする。だが幸いにも、まだ敵はルノー達を視認しておらず、呑気に白い地面をテクテク歩いていた。

 チャンスだ。

 ルノーは、右側面の色彩棚カラーを開け、ガーネット由来の暗褐色粘液が入った試験管を手にする。ゴム製の蓋を外し、前面にある挿入口へ試験管の口を突っ込んだ。

 どろり、と暗褐色の流動体が、試験管から機体の中へと落ちる。これで準備完了。

 ルノーは容赦なくスイッチを押した。

 瞬間、蜘蛛の口部分から赤黒い、糸に似たものが吐き出される。その糸は敵兵機体に到達するや否や、

 ようやく異変に気付いた敵兵だが、時既に遅し。赤い糸を吐き出したまま、ルノーは操縦桿を巧みに操作。空から地面へ伸びる糸を、レーザーカッターの様に縦横無尽に動かす。そうして、視認できる限りの敵兵機体を全てバラバラに焼き切った。

 敵兵勢力の残骸を踏み潰し、ルノーと仲間の蜘蛛機体が全員着地。脚に塗られたラピスラズリ色の性質のお蔭で、機体への損傷はゼロだ。

『ルノー、ナイス』

 隣にいる仲間の声が通信で届いた。

『しかし、よくあんな芸当できるわよね』

「基本動作の組み合わせだ。どうってことない」

 しれっと返しながら、ルノーは全機体に通信を飛ばす。

「こちらルノー。全機体ポイントに到達を確認。各自、周囲索敵に入れ」

 指令後、了解ラジャの返答と共に迅速に散開。それを確認しつつ、ルノーは計画を頭の中で再確認する。

 ――まずは周囲の安全確保、それが終われば、機体の機能を使って鉱物を採掘。目標はエメラルドだが、他の鉱物が見つかればそれはそれで問題なし。ある程度終われば水色アクアマリンの浮遊力を利用し、母国へと帰る。

 実にシンプルな計画だ。

 ルノーは、右のカラーから暗褐色の入った試験管を出し、右手で握りながら索敵を開始する。これでいつ敵が襲いかかってきても問題ない。

 目の前の光景を見回した。白いばかりの山肌キャンバスに、灰色のラインが引かれているだけの殺風景。およそ景と呼べないその光景に、ルノーはうんざりするという域すら超え、何も感じなくなっていた。

 音もなく駆動する蜘蛛機体に乗って索敵を続けていると、通信が届いた。

『ルノー』

 それは先程も声を掛けてきた女兵士。名前をクァレと言う。ルノーの同輩だが、操作技術が巧みなルノーのことを慕っていた。

『こっちには居なかったわ』

「そうか。なら何よりだ」

 素っ気なく返す。戦場では気を抜くことは許されない。向こうに敵がいなくても、こちらには居ないとは限らないからだ。

「他の奴らは?」

『まだ通信は届いてないわ。私が1番乗りってトコね』

 あまりに短時間で索敵が終わっているため普通なら疑うが、クァレに関しては話が別だ。彼女は異様に感覚が鋭敏で、その場に立って見聞きするだけで、敵の気配を簡単に察知することができるのだ。

『手伝ってあげよっか?』

「そうしてくれると助かる」

『よっしゃ』

 喜び勇んで、ルノーから少し離れて索敵を再開。これなら自分の所はすぐに終わる。後は、他の奴らの通信を待つのみ――ルノーは幾度となく確認した計画を頭の中で再生し始める。

 その時だった。

『――……ノー少尉! 聞こえますか、ルノー少尉!』

 通信が入った。声からして、確か名前はエイザックだったと記憶していたが、その正誤がどうでも良くなる程、通信の声は切迫していた。

「どうした。何かあったか――」

『……、人間が! がおります!』

 黒い人間。

 一瞬ルノーは、二重の意味で何を言われているか分からなかった。

 第一に、この山脈は無人だと聞いている。第二に、色災カラリシスが起きてからというもの、。事実、以前は黒人と呼ばれた人達も、今は薄い灰色に見えるし、鉛筆はどれだけ濃くしても灰色であった。

 故に完璧に真っ黒な人間など、存在する筈がない。

「影の見間違いではないのか?」

 当然の疑問を口にすると、『いいえ!』と即答される。

『その黒い人間のせいで、私以外の兵士はしました! 攻撃も試みましたが全く刃が立ちません!』

「……何?」

 全滅。

 その言葉に総毛立つ。最早正誤はどうでも良い。対処が先だ。

「エイザック、今どこにいる? その『黒い人間』とやら近くにいるのか?」

『い、います! 上手く隠れて機を伺っ――』

 ザザッ。

 通信がその瞬間、途絶する。

「……エイザック? エイザック!!」

 やられたか。

 それを理解した瞬間、舌打ちしながらルノーは通信を切った。これ以上呼びかけても無駄だと理性で抑え込みながら。

「クァレ。聞いたか?」

『聞いた。相当ヤバめだよコレ――』

 刹那。

 今度は、クァレの声が途切れる。

 マジか、と思いながら無線通信に呼びかける。

「クァレ! 聞こえるか! クァレ!」

 しかし、返事がない。

 クソ、と毒づきながら通信を切ろうとすると、蜘蛛機体が山肌を滑って来て、ルノーの横についた。クァレの機体だ――それを理解した瞬間、胸を撫で下ろす。

「クァレ、無事か」

 しかし、いつまで経っても返答が無い。確認すると、クァレの機体に損傷が見られた。通信機能が破壊されたのだろう。

 厄介なことになった。戦場において情報は命だ。恐らく、クァレは黒い人間と接敵し、情報を持っている。いち早くソレが欲しい。

 どうする、とルノーが考え始めたその瞬間。


 目の前に、1人の人間が現れた。


「……黒い、人間」

 確かに、エイザックの報告通りだった。頭とか体とかの一部分ではなく、本当にだった。体格的には少女に見える。顔立ちは、本当に黒く塗り潰されているかの様で全く読めない。

 コイツが、隊員たちの命を奪った怪物か。

 容赦なく、右手に持った暗褐ガーネット色の流動体を蜘蛛機体に流し込む。充填された色彩エネルギーを糸状のレーザーにして、黒い人間に射出。

 普通なら、皮膚も骨も肉も焼き切り、土手っ腹に穴を開けて終いだ。

 だが、黒い人間にレーザーが届いたにもかかわらず、。どころか、レーザーが黒い身体に様にも見える。

 ルノーは、見たこともない光景に絶句しながら、部下エイザックの報告を思い出す。『攻撃も試みましたが全く刃が立ちません』。

「全く――その通りだったよ、エイザック!」

 ルノーはカラーから、今度はアメシスト由来の紫色の試験管を取り、充填。蜘蛛機体の口から、ドロドロとした溶液の様なものが吐き出される。

 黒い人間にかかるが、先程と同様、黒い体に吸収されるばかりで全く効いている様子がない。

 だが、

 最早色は効かない。それは既に判明した。だから、ルノーの狙いは黒い人間にはない。

 黒い人間の立っている周りの地面が、突如。紫の能力は――黒い人間の周りにある地面を溶かして即席の落とし穴を作り、そこに落とすことこそが狙いだった。既に戦闘実験により、試験管1本分で数十メートルの深さになることが確認されている。幾ら黒い人間といえども、そうそう這い上がれないだろう。

 つまり、『最早戦いようがない』――そう判断し、ルノーは早々に逃げる算段を立てていた。

 ルノーはクァレが視認できる様に、クァレの機体の前に出て、ハッチを開け外に出た。そしてハンドサインで『退却』を告げる。それを理解したのか、クァレの機体は駆動開始。ルノーも続けて機体に戻って操縦――する筈だった。

 だが。

 コックピットに戻ろうとしたルノーの右肩を、黒いレーザーが貫いた。

「っ!?」

 ルノーは突然の激痛に悶え、地面へと落下する。

「……嘘、だろ」

 目の前を見る。

 見間違いでなければ。

 その黒い人間の背中から、翼が一対、生えている。その翼でもって、黒い人間は数十メートルの穴を一瞬で飛び上がってきたとでも言うのか。

 冗談にも程がある。

 しかし、戦場に冗談はない。笑えない現実しか、ここには存在しない。

 黒い人間の翼は徐々に収縮し、遂には見えなくなった。そして、ルノーの方に歩いてくる。同時、異変を鋭くクァレが、蜘蛛機体に乗ったまま踵を返しているのを、ルノーは感じ取る。戻ってくるな、と思いながらも、その命令は届かない。ここまで来たら運命を共にする他なし、とルノーは割り切ることにした。

 しかし、だ。

 色兵器カラーウェポンも効かない相手に、一体どうやって勝てと言うのか。

 だが、やれるだけやらねばならない。ルノーは覚悟を決め、白い拳を握る。クァレも蜘蛛機体に乗ったまま相対する。

 そんな2人に、目の前まで歩いて来た黒い人間は。


「――!」


 表情は黒く塗り潰されて分からないが。

 黒い人間は、明らかに笑顔を湛えるような声で、ルノーとクァレを讃えた。

 突然の事態に、2人とも混乱して即座に反応できなかったが、黒い人間はお構いなしに続けた。

「いやはや、ボクの選別試験的には、合格だよ。察知能力の高い女の人、それから咄嗟の判断と機転が効く男の人。ふふ、ふふふ。ようやく骨のありそうな人達に出会えた」

 もう何が何だか分からない。

 ルノーもクァレも、困惑する。

 一体何なんだ、コイツは。

「いや、痛い目に遭わせたのはすまないと思ってるよ。それに、仲間を殺したこともね。でも、仕方がない。生きるか死ぬかの戦場に来たのは君達の方だ。だから死んでも文句は言えない。そうだろ?」

 無茶苦茶な。

 言いかけたが、2人ともその言葉は飲み込んだ。口にした瞬間、黒い人間が殺しにかかるかもしれないからだった。

「じゃ、そろそろ本題に入ろっか」

 黒い人間は。

 事態を全く呑み込めていない2人に、話を切り出す。

「ボクのことは、クロ、とでも呼んで。ボクは『色』を食べて生きている、特殊な生命体でね」

 ――色を食べて生きる生命体。

 それはつまり、コイツが色災カラリシスを引き起こした存在なのでは――ルノーは直感する。

「そんな訳で、色資源を求めて"戦争"してるヤツらとは折り合いが付かなくて、1人で世界を旅してる訳なんだけど」

 そこで、と。

 恐らくは微笑みを湛えながら、黒い人間――クロは。


「その実力を見込んで、ボクの。お願いできないかな?」


 2人に、選択を迫った。

 色資源を狙うクロに付き、同じ資源を求める世界を相手取るか。

 または、今ここでクロに殺されるか。

 だが、選択の余地のないことを、2人は察していた。


 まだ方策はわからない。

 しかし、いずれ殺す機が回って来る。

 その時まで、じっと我慢する他ない。

 ここで無駄死にをする程、愚かではない。


「――分かった、引き受けよう」

 ルノーは、そう答えた。同じ思考を辿ったのか、ややあってクァレも同様に回答した。

 ふふ、とクロは微笑む。

「嬉しい。嬉しいなあ。ずーっと1人だったから寂しかったんだあ。じゃあ2人共、これからよろしくね」

 ……地獄だ。ルノーは思う。

 俺たちは資源戦争以上の地獄に、足を踏み入れた、と。

 しかし、もう元には戻れない。

 折角掴んだこのチャンスにしがみつき、一矢報いるしかないのだと、ルノーとクァレは理解した。




To be continued?

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