第8話
それから、同じような日々が過ぎ、私は十七歳の誕生日を迎えました。
夫を選んだ後の数日は大変でしたわね。
テフォンを夫に迎えることに反対の声があったのです。
ですが、もう一人のアイテルは、遠縁ながらに王家の血を引きます。
それで、あまり血が濃すぎてもよくないので、まあいいだろうとなりましたの。
古来からの習わしとして、
最初に二人の父が異母兄を選んだのも、私の父が国王陛下なのも、そういう理由なのでしてよ。
婚姻の儀は、つつがなく執り行われました。
世間では、婚姻の儀はたいそう華やかに行われると聞きますが、巫の婚姻は、いわば儀式。
霊水晶の前で、そろって揃いの黄金の指輪を左薬指にはめて、おしまいです。
指輪をはめる最中、テフォンは普段と何も変わらず冷静でした。
アイテルも、いつもどおり、無表情で何を考えているのかわかりませんでしたわね。
この指輪が、番の証ですのよ。
互いの薬指に黄金の指輪が装着されますと、女官長が一礼して口を開きます。
「これより、アイテル殿とテフォン殿は、巫であられるミティス姫の番としてお仕えするよう。二人とも、姫様の隣の部屋で過ごし、交互に閨を共にするように。月のものが来る週は接触しないように」
アイテルとテフォンがそろって膝を折り、礼をします。
今日から二人は、私の部屋の両隣で過ごすことになりますのね。
もっとも私の父達、特に陛下は、その決まりは守りませんでしたけれど。
婚姻の儀が終わると、皆、広間を去り、私達は三人きりとなります。
「それで、どっちを先にする?」
いきなりテフォンに聞かれ、私は言葉に詰まります。
少し考えて、テフォンが、今宵の相手はどちらにするかの希望を尋ねているというのは理解できました。
ですが、婚姻は初めてです。
なんと答えていいのか、どういう基準で決めてよいものやら、さっぱりわかりません。
黙っている私を見て、テフォンが苦笑を浮かべます。
「希望がないならアイテルがいいだろう。昔からの知己のほうが、姫も気楽だろうからな」
確かに、テフォンの言うとおりかもしれませんわね。
「よろしくてよ」
「決まりだな」
テフォンははめたばかりの指輪を左薬指から外して、胸元に下げた金の鎖に通します。
これで、今宵の夫はアイテルになりました。
ああ。今更ながら、なんだか緊張してきましたわ。
今宵から、私は毎晩、殿方と閨を共にするのですもの。
「こうなったからには潔く受け容れろよ」
テフォンはアイテルの肩を軽く叩くと、広間を出て行きます。
アイテルは相変わらず黙ってテフォンの後ろ姿を見送りますので、私も彼に倣います。
テフォンの後ろ姿が見えなくなり、足音も聞こえなくなり、広間がしんと静まりかえった時でした。
「姫様」
少しうわずった声がします。
アイテルを見上げますと、その顔は、明らかに強ばっておりました。
「畏れ多いことですが、今宵は、俺がお相手させていただきます」
「ええ、よろしく頼みますわね」
アイテルは黙って一礼します。
琥珀色の髪からのぞく耳が、少し赤くなっていました。
「姫様、まいりましょう」
アイテルが手を差し伸べてきて、私は自分の手を預けます。
アイテルの手は大きく、ごつごつとしていました。私の手とは、なにもかもが違いました。
これまで何度も手を預けてきましたのに、こういったことにまるで気づかなかったのが、我ながら不思議でした。
アイテルの背の高さ。喉元の隆起。
琥珀色のさらさらした髪に、透き通った青い瞳。
年の割には少し幼い、やや女性的な顔立ち。
そういったことが、今更ながらに気恥ずかしく感じます。
アイテルは、私とは全然違う存在なのですわね。
そのアイテルと、今宵、私は、閨で番うのですわ。
怖くないと言ったら嘘になりますけれど、アイテルならば、いつもどおり私を気遣ってくれることでしょう。
そのあとは、いつもどおりに星見のまとめをして過ごしました。
星見の記録をまとめるときは、他のことを忘れることがよくあります。
その日も、そうして没頭して、ふと顔をあげれば、執務室には蜜色の光が差し込んでいました。
夕暮れですわ。
アイテルは、部屋の端で、いつものように直立していました。
その顔からは、相変わらず何の感情もうかがえません。常と変わりないのは、まるで星の巡りのよう。
星の巡りというものは、地上で何が起きようと、決して変わりません。天の理は、地の理とは違うのですわ。
天の理によれば、今宵は変わった星の巡りはなく、平凡な夜となります。
けれど私にとっては、今宵は、初めての特別な夜。
……いえ、世の
それでも、初めてのことには違いありません。
我に返った今は、緊張と不安で胸がいっぱいです。
なのに、アイテルは、いつもと何も変わらず、黙って控えております。
私に言葉をかけることもありませんでした。
あまりにアイテルが平静ですので、すべては私の思い違いなのかしらと思います。
朝、アイテルの耳が赤かったことも、その声が強ばっていたことも、私の思い違いなのでしょうか。
アイテルと扉の前で別れて部屋に入りますと、いつものように女官達が無言で私の衣を剥ぎ取ります。
執務を終えたあとは、湯浴みをすることになってますのよ。それは今日も変わりませんのね。
けれど、今日の湯浴みは、時間がとてもかかりました。
いつもよりも、隅々まで念入りに清められているようです。
私の疑問に気づいたのか、女官が手を止めて、口を開きます。
「アイテル殿のお手が触れますので」
「やはり、そうですの?」
私の言葉に、女官は顔をしかめただけで、海綿を持つ手を再び動かします。
ああ、そうですのね。
先ほどまで供をしてくれたアイテルと、遠からず、肌を触れあわせますのね。
正直に申し上げますと、交わりのことはあまり詳しく知りません。
アイテルの手が触れるとのことですが、きっと、手を預けるのとは違いますわよね?
想像できませんわ。
初めて番う時は、痛みがあると、女官から聞いております。
今更ですが、それも不安ですわね。
長い湯浴みが終わりますと、丹念に水滴を拭き取られ、花の香りのする香油を肌に塗り込まれます。
丁寧に髪を梳かされ、夜着は、いつもとは違って、水面のように薄く透き通った、淡い水色のものでした。
「ずいぶん薄手の衣ですのね?」
「そのほうが都合がよろしいので。さあ、寝台でお待ちください」
支度が終わり、とうとう女官達が去り、私は一人きりになります。
部屋は、しんと静まりかえっておりました。
することもなく、私は、寝台に腰掛けます。
お母さまが亡くなってからは、宰相殿の訪問も途絶えましたから、女官以外を部屋に入れることはありませんでした。
夜は、ずっと一人でした。
なのに、今宵からは二人で過ごすことになりますのね。
不思議な気持ちのまま、じっとアイテルを待ちます。
過去に思いを馳せてみたり、時には大きく息を吸い込んでみたり。
心を平らかにしようと務めますが、うまくいきません。
すると、澄んだ鈴の音が聞こえます。
アイテルですわ。
「姫様、アイテル殿がお越しです」
女官の声に続き、足音が聞こえます。
女官の姿はなく、一人、アイテルの姿だけがありました。
昼とは違い鎧はなく、腰に短剣を差しただけの姿です。
薄手の白い短衣は、昼と違って、片方の肩が露出していました。
アイテルは腰の短剣を外して卓の上に置きますと、真っ直ぐ寝台へと近づいてきます。
相変わらず平静そのもので、瞳には何の感情もうかがえません。
私ばかり動じているなんて、なんだか滑稽ですわね。
アイテルは寝台の前で足を止めますと、胸に手を当てて一礼します。
透き通った青い目が、じっと私を見つめます。
「姫様、今宵から、よろしく頼みます」
「ええ、こちらこそ」
儀礼的な挨拶の後、互いに言葉は尽き、沈黙が訪れます。
しばらくの静寂のあと、アイテルがためらうように唇を動かします。
「その……本当に、よろしい、のでしょうか? 俺で」
この後に私達がすべきことについて言っているのだと理解できました。
もちろん、私の準備は整っておりましてよ。
「ええ、よろしくてよ」
座っているのも失礼かしらと思い、立ち上がりますと、アイテルは困ったような表情を浮かべ、顔をそむけます。
けれど、それも一瞬でした。
アイテルは真顔で私を見つめると、一歩、足を踏み出します。
「失礼します」
次の瞬間、アイテルの両腕が伸びてきて、その体へと抱き寄せられます。
アイテルの体は大きくて、温かくて、香草のようなさわやかな香りがしました。
「姫様、本当に……俺と契って、よろしいのですか?」
かすれた声が、耳元で囁きます。
切なげで、苦しげで。
アイテルのそんな声は初めて聞きました。
なぜでしょう。
体がほてって、鼓動が早くなってきますわ。
アイテルが、さらに、ぎゅっと私を抱き締めます。
ああ、この香草のような香りは、好ましいですわね。
「ここからは、もう、後には引けません。俺にこうされて、嫌ではありませんか?」
「平気でしてよ」
私はそう、囁き返します。
「香草のような香りがしますわね。良い香りですこと」
すると、アイテルが、ふふっと、笑い声を漏らします。
「よかった。姫様にふれるので、身繕いはしてまいりましたが、不慣れなもので、心配でした」
ええ、わかりましてよ。
アイテルは、いつも、いつも、私を気遣ってくれました。
今宵も同じですわね。
アイテルは、私を絶対に傷つけません。
ですから、夫に選んだのですもの。
「私は、あなたを夫に選びましたのよ」
そう囁くと、アイテルは腕を緩めて、少し身を離します。
アイテルを見上げますと、アイテルもまた、じっと私を見つめておりました。
こんなふうに見つめられるのは、気恥ずかしいものですわね。
つい顔をそむけますと、大きな手が、私の手をふわりとすくい上げます。
軽く握ってみますと、アイテルの手は、ごつごつしていて、掌は所々硬くなっていました。
「すみません、剣を握るもので、どうしてもマメができてしまい」
「マメ?」
「掌の固い部分です。剣を握ると、このようになるのです。不快でしょうが、申し訳ございません」
「かまいませんわ」
私は、アイテルを見上げて、その手をぎゅっと握ります。
「このマメというものは、剣の稽古の成果なのでしょう? なら、あなたの忠義の証ですわ」
私の言葉を聞くと、アイテルは、ぱっと笑顔になります。
まるで庭園の花が開いたように明るい笑顔でした。
アイテルのこんな顔は初めて見ましたわ。
もう長いこと一緒にいますのに、アイテルのことを、私は何も知らないのですわね。
「ありがとうございます、ほっとしました」
アイテルはそう言うと、私の手を軽く上げて、頭を下げます。
琥珀色の髪がふわりと揺れて、手の甲に温かいものがふれます。
アイテルの唇でした。
彼は、私の手の甲に、口付けをしたのですわ。
唇がゆっくりと離れるまでの間が、永遠に思えました。
「ずっと、姫様を、お慕いしておりました」
アイテルは、掠れた声で、そう言いました。
触れている手は、かすかに震えております。
ずっと平静だと思っていましたが、少なくとも今のアイテルは、私と同じく、動じておりますのね。
アイテルが、かすかに笑みをこぼします。
「やはり、お気づきになられておりませんでしたか。俺の気持ちに」
「慕ってくれてますのは、気づいておりましてよ。あなたはいつも忠義を尽くしてくれましたから」
「ああ、それはもちろんですが……なんとお伝えすればいいのか」
アイテルはそういって視線を泳がせます。言葉に迷っているのでしょう。
ですが、すぐにまた、私をじっと見つめて、口を開きます。
「……恐れながら、俺は、姫様を、護衛官としてではなく、個人としてお慕い申し上げておりました。その、世の男が女性を慕うような感情を、俺は、姫様に」
そこまで言われたら、さすがに理解できましてよ。
アイテルは、物語の王子が姫君を恋い慕うのと同じように、私を慕っていたのですわね。
ええ、まったく気がつきませんでしたわ。
だって、アイテルはいつもいつも、私の隣で平静でしたから。
「あなたは、いつも平静で、時には私に関心がないんじゃないかと思うくらいでしたわ」
「それは」
「ずっと側にいて助けてくれたことは感謝していますわ。けれど、あなたが何を考えているのか、ちっともわかりませんでした」
「隠しておりましたから。ずっと。気持ちを押し殺しておりました。姫様と同じように」
アイテルはそう言って、微笑を浮かべます。
「お気づきになっていなかったということは、上手く隠し通せていたのですね」
「そうですわね」
さすがにこれについては、アイテルの勝利を認めざるを得ませんわ。
「けれど、物好きな護衛官ですのね。私みたいな出来損ないの巫を」
「確かに、姫様にはお力はございませんでした。ですが」
アイテルが私の手を軽く握ります。
「ですが、姫様は、誠実でした。お務めを放り投げることもおできになられたでしょうに、決してお逃げにならなかった」
卑怯ですわね。
アイテルがそんなふうに私を見ていたこと、私は今まで気づきませんでしたのよ。
「言ってくれたら、よかったですのに」
つい、恨み言が出てしまいます。
ああ、でも、もっと前に言ってくれていたら、どれだけ心強かったことか。
「申し訳ございません。今となっては、周りの目を気にして心を押し殺していたことを、深く悔いております」
アイテルの手に力がこもります。
「あの夜以来、もしテフォン殿がいなかったらと思わない日はございません」
確かに、テフォンがいなかったら、私は今、生きていないでしょう。
生きていたとしても、自分の意思で夫を決めることはなかったでしょうね。
ゆえに、アイテルとこうして向き合うこともなかったに違いありませんわ。
「ですが、光栄にも俺は、姫様に選んでいただきました。もう心は隠しません。俺は姫様を好いております。これよりは、姫様の心が安らかになりますようお仕えいたします」
アイテルの言葉を聞いたとたん、かっと顔が熱くなります。
こんなに真っ直ぐな忠義……いえ、好意を捧げられたのは、初めてです。
アイテルは、本当に私を慕ってくれているのですわね。
アイテルは私の手を離すと、今度は私の頬に、大きな手を添えます。
「熱う、ございますね」
アイテルが囁きます。
「俺を夫にして、本当に悔いはございませんか?」
「ありませんわ」
そう答えますと、アイテルが身をかがめます。
琥珀色の髪がさらりと揺れ、端正な顔が近づいてきて、思わず目をつむります。
瞬間、唇に、熱く柔らかいものが触れました。
目を開けますと、すぐそばでアイテルが微笑んでおりました。
「目をお閉じください」
囁きに従い、目を閉じますと、再び熱く柔らかいものが触れてきます。
ああ、接吻とは、こういう感じですのね。
人の唇というものは、こんなにも柔らかくて熱くて、触れあうと心地良いものですのね。
大きな手が私の髪をなで、その間も、熱い唇が何度も唇を食んできます。
私は夢中で、アイテルの唇を受け容れました。
体がどんどん熱くなってきて、お腹の奥が、きゅうっと締まるような、不思議な感覚がします。
しばらく、そうして唇を触れあっていますと、アイテルがゆっくりと離れます。
アイテルは柔らかく微笑みますと、長い指で、私の口元をぬぐいました。
唇を触れあわせているうちに、いつの間にか唾液で口元が濡れていました。
本来ならば、はしたないことでしょうけれど、なぜか私はそれを恥とは思いませんでした。
「まいりましょう」
アイテルの腕が、さっと体を包み、私をふわりと抱き上げます。
こんなふうに体を持ち上げられるのは、幼い子供の時以来ですわ。
昔、椅子でうとうとしていたら、宰相殿が、このように私を抱き上げ、寝台に運んでくれたことがありました。
本当は半ば起きていたのですが、なんとなく嬉しくて、眠ったふりを続けたものです。
我ながら、妙なことを思い出しますことね。
アイテルは、私を寝台へそっと降ろすと、ゆっくりと私の横へ腰掛けます。
端正な顔が、すぐ目の前にありました。
あらためて、アイテルは綺麗な顔立ちをしていますことね。
肌も滑らかで陶器のよう。顔だけなら、女性のようですわ。
琥珀色の髪が揺れましたので、目を閉じますと、先ほどと同じように、柔らかな唇が重なってきます。
今度は、熱い唇が強く押しつけられ、少し離れてはまた重なってきます。
私は何度も何度も、アイテルと唇を重ね合いました。
本当に、互いの柔らかな部分を重ね合うのがこんなに心地良いだなんて、想像もしませんでしたわ。
やがてアイテルはゆっくり唇を離すと、私の肩に触れます。
ごつごつとした指が、薄布と肌の間に入り、衣を滑り落としました。
瞬間、強い羞恥に身が熱くなります。
肌なんて、いつも女官達に晒していますのに、アイテルの目にさらすのは、耐え難く恥ずかしく感じましたの。
思わず手で隠そうとしますと、アイテルが私の手首をつかみます。
「姫様、どうかそのままで」
低い声のあと、大きな手が私の胸を包み、指が、先端に触れました。
瞬間、感じたことのない不思議な甘い感触が走ります。
出したことがないような甘い声が、勝手に漏れ出ます。
自分で自分に驚いておりますと、アイテルが微笑み、また唇を重ねてきます。
アイテルは私の唇を啄みながら、大きな手で胸をなで回し、先端に何度も優しく触れます。
ああ、アイテルの指が触れるたび、不思議な甘い感覚がせり上がってきますわ。
普段は絶対に出ないような声が勝手に出て、もっと触れて欲しくなりますの。
これは、いったい、なんですの?
「姫様」
アイテルが耳元で囁きますと、私から身を離し、おもむろに衣を脱ぎます。
灯火に照らされた体は、意外なほどにがっしりとしていて、たくましいものでした。
まるで彫刻の男性像のようですわ。
殿方の象徴も初めて見ましたけれど、不思議な姿ですわね。正直、あまり美しいとは思いません。
アイテルは私をじっと見つめますと、さっと腕を伸ばして、また私を抱き寄せます。
私のものと相当に違う体は、大きくて厚みがあり、腕や胸も固いものでした。
けれど触れる肌は、なめらかで温かく、心地良く感じます。
アイテルが、髪の上から額にそっと唇を落とします。
ああ、アイテルは、私が、とても大切なのですわね。
心から大切に扱われると、こんなにも嬉しいものなのですわね。
その時、アイテルの指が、月の物が出てくる入り口に触れました。
指が、そろりとなであげると、経験したことのない甘い感触が走ります。
ですが、そんなところ、触れるべきではありません。
「なりませんわ、そんなところ」
そう言いますと、アイテルが耳元で囁きます。
「濡れていますね」
確かに、その場所はなぜか潤んでおりました。
「ここで触れあうのです。馴染ませないと」
ここで? こんな場所で?
混乱しておりますと、アイテルがまた唇を寄せてきます。
けれど、アイテルの指は、優しく撫でることをやめません。
撫でられるたび、しびれるような甘い感覚が全身へ広がってゆきます。
やがてアイテルはゆっくり唇を離しますと、指を触れたまま、私の首筋へ口付けしてきます。
首筋に触れられた瞬間、なんともいえない強い快感が湧き上がりました。
なんとか声は堪えましたけれど、首に口付けされると、こんなにも快いだなんて。
首筋なら湯浴みの時、いくらでも女官が触れています。その時は、何も感じませんことよ。
相変わらず、アイテルの指は、あの場所を撫で上げ続けます。
もう片方の手は私の胸をなでまわし、指が先端を優しくつつきます。
熱い唇が、首筋を何度もなぞります。
甘い感覚があまりに強くなってきて、もう声が堪えきれません。
するとアイテルは指と唇を離し、私を見ます。
「……お綺麗です、姫様」
そう言って笑ったアイテルの顔こそ、花が咲いたようで、とても綺麗でした。
アイテルが私の背に手を添え、顔をゆっくりと下げます。
どうしたのだろうと思っていますと、アイテルは、私の胸の先端を口に含みました。
瞬間、激しい快感が走り、甲高い声が出ました。
こんなところに口付けするだなんて!
咎めようと思いましたが、言葉が出ません。
そのくらい、この場所への口付けは気持ちがよいものでした。
「嬉しいです、姫様。俺を、受け容れてくれて」
アイテルは私の胸から唇を離して笑うと、もう片方の先端を口に含みます。
ああ、どうしてでしょう?
先ほど、アイテルが触れていたあの場所に、また触れて欲しくてたまらなくなってきます。
けれど、アイテルはその場所に触れようとはしませんでした。
アイテルはしばらく私の胸を食んだ後、私を抱き寄せながら、ゆっくりと前へ倒れます。
私の背が敷布に着きますと、アイテルの大きな手が太ももにかかり、体が開かれます。
思わず閉じようとしますが、アイテルの手は、それを許しませんでした。
それどころか、アイテルがのしかかってきて、あの場所にとても熱くて固いものが触れます。
「わかりますか?」
アイテルが耳元で、優しい声でささやきます。
きっと、この熱くて固いものがアイテル自身なのでしょう。
ということは、これが番うということなのでしょうか?
「これで繋がりまして?」
そう尋ねますと、アイテルは私の髪をなでて微笑みます。
「いえ、まだ触れているだけです。平気でございますか?」
「ええ、大丈夫ですわ」
「では、まいります。どうぞ、楽になさっててください」
瞬間、切り裂かれるような痛みに、息が止まりそうになります。
痛みを堪えていますと、覆い被さっているアイテルが大きく息をついて、また、髪をなでます。
「大丈夫、ですか?」
痛みは最初ほどひどくはなく、今は耐えられる程度になりました。
「平気、ですわ」
「痛みは?」
「少し。でも、もう大丈夫でしてよ」
「申し訳ございません。ですが」
アイテルは私に唇をそっと重ねますと、すぐに離れて、私を抱き締めます。
「俺は、姫様と、ずっとこうしたかった」
そう言ったアイテルの肌は熱く、鼓動は早く、香草のような香りが全身を包みます。
鈍い痛みの中、アイテルの高揚を、私は確かに感じました。
このようにつながりたかったと言われて、悪い気はしませんことよ。
だってアイテルは、いつも私を気遣ってくれて、それは今も変わりませんから。
「アイテルの好きになさい」
そう告げますと、アイテルが耳元で吐息をつきました。
「……仰せのままに、姫様」
その後は、痛みは、さほど感じませんでした。
むしろ、アイテルの肌の熱さとなめらかさが、時折漏れる吐息が、心地良く感じられました。
これが番うということならば、さほど悪くはないとも思いました。
少なくとも、番っている間、私は一人ではないのですもの。
目を覚ましますと、青い瞳が、じっと私を見ておりました。
灯火の蜜色の光が、琥珀色の髪を照らしています。
外はまだ薄暗く、夜は明けきっていないようでした。
「おはようございます、姫様」
アイテルが穏やかな微笑みを浮かべて、唇を動かします。
昨夜、この唇と、何度も触れあいましたわね。
なんだか気恥ずかしいですわ。
目をそらすと、たくましい胸と腕が目に入ります。
この体と、昨夜は隙間なく重なり合いましたのね。
まだ、つながったところがひりつく感じですわ。
昨夜のことは幻ではなかったようですわね。
「私、いつのまにか眠ってしまいましたのね」
「ええ。俺も、すぐに眠ってしまいました。さっき目が覚めたところです」
そう言うと、アイテルが私をぎゅっと抱き寄せます。
「この時間は、いつも、少し肌寒うございますから」
私はアイテルのなすがままに任せます。
夜明けの時間は肌寒く、せっかく寝付けても、目が覚めることがよくありました。
けれど、今、私は温かなアイテルの体に包まれております。
アイテルの肌は、どんな絹布よりもなめらかで心地良く、鼓動を聞いていると不思議と落ち着くのですわ。
「お辛くはないですか?」
「平気でしてよ」
「なら、よかった」
アイテルは安堵がこもった声でそう言い、私の髪をなでます。
アイテルの温もりをもっと感じたくなり、私は、アイテルに身を寄せます。
アイテルの腕が背に回り、私達は、そうして抱き合います。
ああ、人の肌とは、本当に、なんとなめらかで温かいのでしょう。
こうして肌を触れあわせて抱き合うのは、なんと心安らぐのでしょう。
衣擦れの音で、私はまた目覚めます。
あの後、また眠ってしまったようですわね。
アイテルは隣で既に身を起こして、何やら物思いにふけっていました。
琥珀色の髪が朝日に照らされ、輝いています。
唇は赤く、青い瞳は透き通り、白い肌に包まれた体は、まるで大理石の彫像のようでした。
そうしてアイテルを眺めていますと、アイテルは私が目が覚めたことに気づき、慌てた様子で敷布に肘をつきます。
「申し訳ございません。起こしてしまいましたね」
「よろしくてよ。朝ですもの」
「ええ、時間がまいりました」
アイテルが寝台から起き上がります。
たくましい背と臀部が、光に照らされます。本当に彫刻のように、美しい体ですわね。
アイテルが白い短衣を頭から被る様子を、私は寝たまま見守ります。
巫の夫が務めを果たすのは、夜がすっかり明けるまでと決まっております。
朝になりましたから、アイテルはもう、私の夫ではなくなり、部屋から出て行くのですわ。
アイテルは薄手の白い衣をきちんと着付け終えると、卓に置いた剣を取り、これまたきちんと腰帯に身に着けます。
アイテルは、なんでもきちんと、丁寧に所作をするのですわ。もっとも、これは昨夜、気づいたことですけれど。
身支度を終えると、アイテルが寝台へ近づきます。
「姫様、また後ほど」
アイテルは私の手を取りますと、甲に恭しく唇を落とします。
それから微笑んで私を見ますと、決まりのとおり、踵を返して部屋を出て行きました。
それから少しまどろんでから、いつもどおりの刻限に身を起こします。
いつもと変わらず、すぐに女官が入ってきます。
「お疲れ様でした。さあ、沐浴を」
女官に促され、私は寝台から抜け出します。
乱れた敷布には、血の染みがありました。
「最初だけです。次からは楽になりましょう」
確かに、昨夜、アイテルとつながったときは痛かったのですが、血が出るほどとは驚きですわ。
体の奥には、まだ鈍い感触が残っていますけれど、どうということはありません。
いつものとおり、浴室で、女官に体を清められ、いつものオレンジの果汁とパンの朝食を摂る間に、身支度を整えられます。
そうして部屋を出ますと、アイテルとテフォンが、昨日と同じく、扉の横に控えていました。
アイテルは金の指輪を首から下げ、代わりにテフォンが、左手の薬指に黄金の指輪をはめております。
ああ、今日の夫はテフォンですのね。
昨夜、アイテルとしたことを、今宵はテフォンとするのですわね。
その後の務めは、心体の隅々まで力がみなぎり、霊水晶に大きな力を与えられた気がしました。
巫は番うことで霊力を得るとも言われております。
であれば、今朝の力は、アイテルと番ったおかげなのかもしれません。
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