空葬

 空葬というのは遺体に空気をつめふうせんのように空へ飛ばす葬法で、確立されてしばらくは批判の的だった。空気を入れるために肉と骨をとかしてとりだす過程は技師の僕からしても残酷で、人道的でないという意見はまったくそのとおりだった。けれど不治の病をわずらった国民的スターが空葬によって華々しくとむらわれてから、否定の声と反比例して希望するひとは年々増えていった。

 その女性は葬儀屋を通さず、直接僕の工房にやってきた。直葬の依頼はときどきあるのでおどろかなかったが、胸に抱かれたつつみを見ていやな予感がした。応接間でつつみをひらき、僕は首を横に振った。

「できません。あかんぼうは……」

 遺体をふうせんにするには皮膚に厚みが必要だ。うすいと変形しやすく、かたちがくずれてしまううえ、すこしの衝撃で割れてしまう。あかんぼうの皮膚では不充分だった。

 何度説明しても、女性は頭を下げたまま動かなかった。テーブルの上ではちいさな遺体がしっとりと冷えていた。僕はみじかく息を吐き、「お受けしましょう」と言った。

 女性が帰ったあと、僕は懇意にしている火葬場に予約を入れ、金庫の鍵を開けた。なかにはあかんぼうのかたちをしたふうせんがサイズごとにならんでいる。あかんぼうの空葬を強く望まれたとき、僕たちは遺体をすりかえる。

 葬儀はのこされたひとのためにするもの、というのが僕たち技師の理念であり、かれらの平穏のためならどんなこともすべきだと師に教わった。にせもののあかんぼうをふくらませるたび、僕はじぶんにこのしごとは向いていないと思った。

 遺体をすりかえたときの葬儀は、組合がひそかに所有する広場で、技師と依頼主のみでおこなう。今回かぎりのサービスだから、と言えばどんな依頼主も納得する。

 彫刻刀で顔を、空気の量で肉づきをととのえたふうせんは遺体そっくりになっている。あかんぼうを抱きあげた女性は「ほんとうにゴムみたいになるんですね」とつぶやき、いとおしそうに頬をなでた。よく晴れて風のない、空葬日和だった。

 しばらくあかんぼうを抱きしめていた女性がそっとうなずき、僕はふうせんを束ねる糸を切った。女性の腕からあかんぼうが浮きあがり、まわりに設置していたふうせんとともに空へ吸いこまれてゆく。

 空葬では遺体とともにたくさんのふうせんを飛ばす。もとは従来の葬儀にならい白と黒だったが、例のスターが色とりどりのふうせんを使ったことで、カラフルであればあるほどよいとされるようになった。たしかに遺体が赤や黄色のふうせんにつつまれ遠ざかってゆくようすは、ポジティブで、悪いことではないように錯覚させた。女性は泣いていたが表情はおだやかだった。

 葬儀のあと、僕は火葬場で骨を受けとり、行きつけの崖で海に撒いた。白いかけらははなびらのように波に揺られ沖へながれてゆく。僕はゆびを組んで目を閉じ、ほんとうのあかんぼうも水平線から空へたどりつけるよう祈った。



2024.10

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メタモる 花村渺 @hnmr

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