ほたるび

 夜にそなえてほたるをのむという方法はとなりの星からもたらされた。夜というのは星ぜんたいを覆う暗闇を意味し、そう遠くない未来すべての星におとずれるらしい。あらかじめほたるをのんでおけば夜のおとずれとともに体内で光り、じぶんのまわりを照らしてくれるということだった。

 はじめはだれもその予言を信じなかった。暗闇は家の窓やとびらをすべて閉ざし、ぶあつい毛布をあたまからかぶってようやく得られるもので、かってにやってくるものではなかった。おなじ理由でほたるが暗闇で光ることも知らなかった。しかし提示された根拠と自星での調査、さらに親切な使者が毛布をかぶり発光する腹部を見せてくれたおかげで、どうやらそれがほんとうらしいとわかった。

 ふたつの星はこの情報を周辺の星々へつたえ、かれらにも付近の星へつたえるよう頼んだ。これをくりかえせばいずれすべての星に広まるだろう。正確性をかんがえると直接つたえるほうがよいのだが、星の行き来には大変な費用と時間がかかるので現実的ではなかった。

 ほたるをのむという画期的な手段において、問題はほたるの寿命だった。ほたるが光るのは成虫になってからの二週間だけで、そのたびにのむとなると供給が追いつかない。ほたるの養殖と延命の研究が急速に進められ、わたしの生まれたときには星の三分の二を森と川が占めていた。そして成虫の寿命が一年に延び、安定して供給できる体制がととのうと、迫りくる夜に向けて毎年ほたるをのむようになった。

 わたしがはじめてほたるをのんだのは八歳のときだった。それは思ったよりも大きく、やわらかく、のどをとおるときにつぶれてしまうのではないかと不安になった。その足で友人とあつまり、部屋を閉めきり一緒に毛布へもぐりこむと、全員の腹があざやかなきみどり色に光りはじめた。ほたるの繊細な爪か触覚が臓器の内側をくすぐった。あわい暗闇のなか、わたしたちは発光するからだを見せあいくすくすと笑った。

 十五匹目のほたるをのんだ帰り道、わたしは空がくすんでいることに気がついた。だれに言われなくともそれが夜の前兆だとわかった。たたずんでいるとまわりにひとが増えてゆき、みんなで世界の変化を見守った。空はじわじわと彩度を落とし、明るさがうしなわれ、ものの細部がかすんでいった。そうしてあたりに暗闇が染みてゆくにつれ、わたしたちの腹部がぼんやりと灯り、やがて地表は光に覆われた。

 垂れこめる暗闇は毛布よりも黒く、毛布よりもなめらかだった。頭上には織り目ににじむように光のつぶがあり、それはほたるをのみこんだ星々だった。つたわる途中で情報が変化したのか、ほたるの種類が違うのか、赤い光や青い光もあった。この暗闇で生活は変わり、きっと不便のほうが多いだろうが、顔も声も知らない友人の存在をたしかめることができるのは悪くなかった。

 ほたるをはじめとする長年の準備によって、わたしたちはかなりスムーズに暗闇に適応した。しかしすべての星がそうではないだろう。ほたるの普及はおろか使者の到着もまにあわず、なすすべなく暗闇にのまれてしまった星もあるはずだ。そうした星々のためにも、わたしたちはほたるをのみつづけなければならない。

 わたしたちひとりひとりの光はかすかだが、集まれば星をかがやかせ、べつの星の夜空に届く。暗闇を切りひらくことはできないがやわらげることはできる。そしてかれらがほたるを知ったとき、あらたな光る星となり、夜を照らすひとかけらになればよいとねがっている。



2024.6

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