色のない鉛筆
仲仁へび(旧:離久)
第1話
部活動で月一作品を仕上げるのがノルマだ。
人と話をせずに、時間を消費できるのはありがたいと思って、美術部に入部したけれど困っている。
作品ができないのだ。
テーマは「自分というもの」
これがいわゆるスランプというやつか、と私は新鮮な気持ちになった。
今まで時間を潰すだけに、機械的に描いてきたというのに。
今更スランプだなんて笑えてしまう。
一体自分はどうなってしまったのだろう。
作業の手を止めた私は他の部員たちを見つめる。
みんな、私とは違って真剣な表情でキャンパスを見つめている。
私の様に、時間を潰そうだなんて考えで絵を描いている者などいなかった。
これは疎外感だろうか。
それとも劣等感だろうか。
もしかしたら罪悪感なのかもしれない。
本来いるべきはずではない存在が混ざっているという違和感を、今の私は強烈に感じていた。
だから。
「すみません。具合が悪いので早退させていただけませんか」
私は顧問の先生にそう言った。
先生も他の部員たちも私を心配して声をかけてくれたが、私は表面上の、とりつくろった笑顔しか返せない。
憂鬱な気分で家へ帰っていくと、途中の文房具店で安売りされている色鉛筆を見る。
ワゴンの中にあるのは、黄色、水色、赤色、緑色。
様々な色の鉛筆だ。
私はなんとなく、その中の白い鉛筆をとる。
今の私はまさにこれ。
何もない、空っぽの存在だ。
無理に笑顔を作ったり、人と話を合わせるのが苦痛になって、何もない時間を望んでいたら、本当にそんな人間になっていくような気がして怖くなった。
けれど、どうすれば良いのか分からない。
またあの苦痛の中に飛び込むのは嫌だった。
自分ではない、何かの色に染められるのは。
私がじっと白い色鉛筆を見つめていると、店主がやってきて声をかけてきた。
うちの母親と同じくらいの女性だった。
「その鉛筆が気に入ったのならあげるよ」
私は悪いと思って鉛筆を置き、その場を去ろうとしたのだが、店主さんの押しがそう想像以上に強かった。
気が付いたら私は、その文房具を手にしたまま家に帰宅していた。
机の上にあるペン立てにさして眺める私は、きがえを済ませてベッドに体を横たわらせる。
静かに、何も考えないこの静寂の時間が好きだ。
しかし、一般的にはそういった人間は損をしやすい。
自分の存在を主張しないと、不利益を被ってしまうのだ。
何となく心の中にイライラとしたものが沸き上がって来たので、私は勉強机に座って無心にペンを走らせた。
白い色鉛筆を手にして、何の色もないイラストを仕上げていく。
完成したその作品は誰にも見えることのないものだ。
でも私には、はっきりと絵が見えていた。
誰からも見られない、静寂の私。
物静かで、おとなしい私。
それでも確かにここにいる。
数日後。
真っ白な用紙を提出したら顧問の先生が不思議がった。
「かけなかったのかい?」
私はその問いに首を振る。
先生はじっと私を見つめたまま、「それも作品だよね」と頷いて、私の絵を回収していった。
色のない鉛筆 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032
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