4-2 魔導コロシアム②

 照りつける太陽、沸き上がる大歓声。

 熱狂した学生が取り囲む楕円形グラウンドで、伊織とロッティはヒップ教授に相対していた。

 特等席に座っていた恰幅の良い学院長が席を立つと、高らかに開幕を宣言する。


「それではこれより、模擬戦を執り行う! 彼らの戦いから多くの事を学んでもらいたい!」


 ティアによると、この学院長とヒップ教授の蜜月は相当長いらしい。

 ヒップ教授の背任を直訴しても、よほど確たる証拠がなければ学院長は動かない。

 ならば、衆人環視のコロシアムで確たる証拠を見せつけるまで。


「それでは、はじめ!」


 学院長に敬礼を送ると、ヒップ教授は伊織達に話しかける。


「まずは君達に、音叉を返さなければいけませんね」

「はーい、お願いしまーす!」


 待ってましたとばかりにロッティが両手を広げると、ヒップ教授は懐から一本の音叉を取り出し放り投げた。ナイスキャッチで音叉を捕ったロッティは――さっと顔色を変える。


「これ……ショパンじゃない!」

「え?」


 ロッティは、小脇に抱えたライフルに音叉を打ち付ける。

 いつもの標準音Aに続いて流れ始めたメロディは……伊織も初めて聴く、全然知らない曲だった。


「これ、シマーノフの『ヴァイオリンとピアノのためのソナタ』第二楽章ですよー? ヒップ教授、間違えてますよー!?」


 焦るロッティに余裕の笑みを浮かべた教授は、とぼけた声で返事する。


「おや? 伊織くんはどんな音楽家の音叉でも、召喚魔導サモンスタイルできるんじゃなかったのかい?」


 心臓が跳ね上がるも、なんとか平静を装う伊織だったが――、


「や、やだなーもう、そんなわけないじゃないですか~! もしかしてボケちゃったんですか~? 朝ご飯二回とか、食べてませんか~?」


 動揺のあまり、ロッティは訳のわからない事を口走っていた。

 冷静に考えろ。ショパン以外の召喚魔導サモンスタイルを行使したのは、ウェインスルト達が逃げた後。ヒップ教授が知ってるはずない!


「やはり君も、東方の旅人エトランゼというわけか。ポーラの音楽家については何も知らんのだな」


 も? 教授の真意を測りかねていると、ロッティが伊織に耳打ちしてくる。


「伊織、シマーノフは知らないの? ポーラ出身の音楽家で、魔導士の中でも使い手の多い超人気魔音叉なんだけど……」

「聞いた事がない」


 伊織が知ってるのは、音楽史の教科書に載ってるような有名音楽家だけ。

シマーノフなんて聞いた事もないし、そもそも伊織の世界では存在しない可能性だってある。


「シマーノフも知らないとは……教授見習いにしては勉強不足だな」

「卑怯よ! ショパンの魔音叉を返して!」

「まずは小手調べだ。古代魔導レガシーオーダーで、その実力を見せてみよ」


 教授がこれみよがしに指を鳴らすと、後ろから猛スピードで大男が突進してくる。

 ジャンプして教授の前に着地すると、手にした長剣音叉サン=サーンス『白鳥』を振るって、氷柱つららの弾丸を放ってくる。


 ロッティは素早くシマーノフの音叉をライフル先端に取り付け、引き金を絞る。

 雪玉のように白くて丸い弾丸が発射されると氷弾ひょうだんを掠め、その射線を大きく逸らした。


「まさか、あなたが出てくるなんてね……バースト」


 ロッティの神業に観客席からどよめきが上がる中、剛毅木訥ごうきぼくとつのバーストは、怒りに震えた声を絞り出す。


「ウェインスルトに何をした……今彼女はどこにいる!?」

「悪いけど……この勝負が終わるまで教えるわけにはいかないのよ!」


 ロッティは音叉ライフルを連射する。

 古代魔導レガシーオーダーによる雪弾せつだんが次々放たれるも、長剣音叉の一薙ぎで、全ての雪玉は凍てつき地面に転がった。


「ちょっ……雪と氷の音叉じゃ、相性最悪じゃない! 教授めえぇ!」


 憎々しげに教授を睨みつけると、ロッティは横に走って連射する。

 バーストも走って躱し、氷弾で迎え撃つ。雪と氷のマッチアップは白熱したバトルを展開していくのだが――。


「ふざけんな、やめろ!」

「頼むバースト! その女を止めてくれ~!」

「俺のシマーノフが~!」


 ロッティが古代魔導レガシーオーダーを放つたび、観客席から怒号と悲鳴が交錯する。


 属性不利の音叉で互角に渡り合ってるのはロッティの方なのに、観客はバーストの味方ばかり。

 完全アウェーの観客席に、ロッティはたまらず教授に叫んだ。


「このままじゃ音叉が魔耗しちゃう! ショパンの魔音叉を返して!」

「返してほしければ、バーストに勝つ事だ」


 そういう事か――伊織にもようやく合点がいった。

 ポーラ出身の音楽家の中でも、超人気らしいシマーノフ。観客の中には彼の音叉で魔導士を目指す学生も少なくないだろう。

 そんな貴重な魔音叉で、使い続けると魔耗する古代魔導レガシーオーダーを連発すれば、ブーイングが起こっても仕方ない。それをよく知るロッティも、いつもより遠慮がちに古代魔導レガシーオーダーを使わざるを得ない。

 ただでさえ相性最悪な上、手数も少なくなれば、劣勢に陥るは自明の理。


「これじゃあ模擬戦として成り立ちません! 召喚魔導サモンスタイルで決着をつけましょう、ショパンの音叉を返してください!」


 伊織が叫ぶも、ヒップ教授は勝ち誇った顔を向けるだけ。返す気などさらさらないと、その顔に書いてある。


「きゃあっ!」

「ロッティ!」


 バーストの放った氷弾が、金髪少女をヘッドショット――かに見えたが、ロッティは咄嗟にライフルを盾にして、なんとか氷柱の直撃を防いでいた。

 弾け飛んだライフルは凍り付き、音叉を叩くハンマー機構も凍結して使い物にならなくなった。


 立ち上がったロッティは丸腰状態。

 バーストは長剣音叉を中段に構え、一気に距離を詰めてくる。

 逃げも隠れもせず、徒手空拳で迎え撃つロッティ。


 これで決着と誰もが思った瞬間、落雷が二人を分かつ。

 バーストは直前で後ろに飛び退き、雷攻撃を回避した。


 雷鳴と共に舞い降りたのは――銀髪翠眼の雷神幼女。

 太鼓代わりの長尺音叉を小さな身体で思いっきり振り回すと、その切っ先をバーストではなく、かつての師に向けた。


「地獄の底から戻ってまいりました、ヒップ教授」

「生きていたか、ティア……」

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