3-10 欺瞞に満ちて⑤

 黒竜ダボーグがすやすや眠るその先で、四人は広場に集まって、やいのやいのと様々な実験を繰り返していた。


「これで、いいの?」

「ヴァンダちゃん、スゴすぎなんだけど! なんでそんな簡単に音叉共鳴レゾナンスできちゃうわけ!?」


 橙色のオーラを纏ってきょとんとするヴァンダに、ロッティが驚愕の声を上げている。

 その傍でティアは伊織に唇を尖らせ、拗ねた表情を向けていた。


「お兄さんも……どんな音楽家の音叉でも召喚魔導サモンスタイルできるなんて、ずるいです。私なんて魔導共鳴士でもなくなっちゃったのに……」

「どんな魔音叉でもってわけじゃない。僕が知ってる音楽家の音叉だけだよ、たぶん」


 試行錯誤の末、四人の音叉魔導がどう変化したのか。状況が明らかになってきた。

 ロッティは再び召喚魔導サモンスタイルを試みるものの、ショパンを喚び出す事はできなかった。お膳立てされた上での召喚は、魔導士合格と認められなかったのだろう。

 とはいえ、今後もショパンの共鳴士として経験を積んでいけば、魔導士になる日もそう遠くはないはずだ。


 ティアは胸のブリヴェットを失った影響か、『ラ・カンパネラ』と『カプリス二十四番』の両方とも、召喚魔導サモンスタイルができなくなっていた。代わりに伊織が喚び出すと、ティアは共鳴士として音叉共鳴レゾナンスを果たした。

 今後は長尺音叉を扱うパガニーニの共鳴士として経験を重ね、改めて音叉魔導士を目指す事になった。


 ヴァンダも伊織の召喚魔導サモンスタイル音叉共鳴レゾナンスを果たし、リストの共鳴士となった。ヴァンダは『愛の夢』の音叉自体が回復・治癒能力を持つと信じていたが、彼女自身が無意識で古代魔導レガシーオーダーを発動していたようだ。

 ティアのブリヴェットを破壊できたのも、幻影リストが言う通り、単に音叉共鳴レゾナンスで『愛の夢』の楽曲の加護ムジカブレスが発動したからだろう。


 そして伊織は、ショパン、パガニーニ、リスト――三人の音楽家の音叉で、召喚魔導サモンスタイルに成功した。

 それでも、思考のモニタを通して彼らとコミュニケーションが取れたのはティアを救った一度きりで、実験中はモニタのスイッチすら入らなかった。

 そもそも思考のモニタ自体、伊織の頭の中に描いたイメージの話なので、三人に説明してもイマイチ伝わらなかったが。


 恨めしそうに半目を向けてたティアだったが、くるりと背中を向けると、伊織の胡坐の上にちょこんと座った。


「え?」

「とにかく、お兄さんは私の全てを奪っちゃったんです。私はパガニーニの……いいえ、イオリニーニの共鳴士として生きていくしかありません」


 座ったまま肩越しに振り向くと、拗ねた表情から一転。嬉しそうに伊織の胸に身を預ける。


「責任、取ってくださいね」


 幼女は伊織の胸に頬ずりし始めた。その姿を見てロッティが大声を上げる。


「あーっ! 何してんのティアちゃん! いくらなんでもくっつきすぎじゃない!?」

「魔導士と共鳴士は運命共同体よ。ずっと一人でやってきたんだから、少しくらい親睦を深めてもいいでしょう?」

「それは親睦極まった二人がする行為でしょー! あたしだって伊織の共鳴士なんだから、勝手に二人で深まんないでよ! いくよ、ヴァンダちゃん!」

 ロッティはヴァンダの手を取った。面食らった竜姫は、尖った爪で自分の顔を指す。

「私も親睦深めないといけないの?」

「当たり前でしょ。あたし達みんなで、運命共同体なんだから!」

 強引にヴァンダの手を引っ張って、伊織の元へと駆けていく。

 離れまいと伊織の首に両手を回し密着するティア。ロッティが駄々っ子の腋をくすぐると、ティアは笑いながら転げ落ちた。


「やったわね~!」

「ちょっと待って! 僕はかんけ……ぎゃはは!」


 とばっちりでティアにくすぐられる伊織。唐突に始まったヒト族三人のくすぐり合戦に、ヴァンダは困り顔で背後のダボーグを振り返った。

 木漏れ日の中、気持ちよさそうに寝そべる黒竜は、姉の念話に返事一つしない。


「ねぇ! そう言えばヴァンダちゃんの魔音叉って、どうやって手に入れたの? 専用のベルトホルスターまで持ってるって事は……誰か魔導士のヒトからもらった?」


 幼女とのくすぐり合戦に勝利したロッティが、ヴァンダに訊ねる。ヴァンダは腰のくびれに引っ掛けただけの、革製のホルスターを手で撫でた。


「これは……お世話になったヒトからもらったの。結局、形見分けになっちゃったけど」

「やっぱりあなた……ヒト族と交流があったのね。そうじゃなきゃ、ヒトの言葉を話せるわけないもの」


 ティアの指摘に、ヴァンダは神妙な面持ちで頷いた。改めて三人に問いかける。


「私がリストの共鳴士だって事は分かったわ。でも、本当にあなた達の仲間になっていいの?」

「もちろんだよ! 大歓迎!」

「竜害はヒトの責任です。それを止めるためにも、私達は協力するべきです」


 ロッティとティアは、ヴァンダに手を差し伸べた。

 伊織も同じく、ヴァンダの前に歩み寄り手を伸ばす。


「この下らない竜害を終わらせたい。ヴァンダ、力を貸してくれないか?」


 握手の慣習を知らないわけではないだろう。それでも差し出された三本の手を、竜姫はじっと見つめるだけだった。


「ヒトと竜は、共存不干渉。分かれて暮らし、交わらない」


 ヴァンダの一言で、場の空気が凍り付く。

 それでも三人は、伸ばした手を引っ込めない。

 ふうっと小さく息を吐くと、ヴァンダは順々に三人の手を取っていく。


「分かった。私も今日から共存不干渉の掟を破る。元より、ヒトと竜をこの身に宿している私が、一番の掟破りだしね」


 破顔一笑。ロッティとティアがヴァンダに飛びついた。

 伊織も心からの笑顔を浮かべる。


 背後では薄目を開けたダボーグが、姉と三人の仲間がはしゃぐ姿を静かに見守っていた。

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