第三章 調査 - インヴェスティゲーション

3-1 マゾフシェの森調査試験①

「すげえ……マジで音叉だらけじゃないか」


 初めてヴァルソヴィア駅のプラットフォームに降り立った伊織は、周囲の様子を見て感嘆の声を上げた。


 夜十九時を示す柱時計は支柱が二又になっていて、音叉が交互に組まれたベンチが長いホームにずらっと並んでいる。

 階段の手すりも上下二又に分かれ、花壇には音叉のチューリップが二又の花を咲かせていた。

 その傍で子供達に囲まれている二体の音叉ゆるキャラは、音楽の国からやってきた双子の妖精『オンザ・オンサ』君らしい。


「へへー、スゴイでしょ! こうやって音叉に囲まれると、ヴァルソヴィアに帰ってきたなーって感じるよね!」

「昔からヴァルソヴィアは、音叉の名産地として有名です。お土産屋さんにもいっぱい並んでいますよ」


 列車から降りると、ロッティとティアも肩の荷が下りたかのようにぐっと背伸びした。道中更なる竜の襲撃を警戒していた二人も、無事ヴァルソヴィアに着いた事で、ようやく人心地付けたみたいだ。

 三人は足取りも軽く、プラットフォームを歩いていく。


 ティアの言う通り、改札を抜けた駅構内には、音叉を並べた土産物屋が軒を連ねていた。すっかり観光気分になった伊織は、手近の店から冷やかしにかかる。


 書きにくそうな二又ペンに、二又の先がフォークとスプーンになってる音叉カトラリー。音叉がプリントされたTシャツに、キーホルダー、マグカップ、木刀。典型的なお土産グッズは全て音叉モチーフで、他に名産はないのかと呆れてしまうほど。

 もちろん普通の音叉も売っていて、もしかしてこれも魔音叉かと、伊織はその内の一つを手に取った。


「お! お目が高いねお兄さん。それ、ウチの一番人気だよ」


 そう言って恰幅のいい店主は叩き棒を渡してくれる。ロッティとティアに振り返ると、二人とも笑顔で見守ってる。どうやら叩いても古代魔導レガシーオーダーが発動する心配はなさそうだ。

 軽く鳴らしてみると知らない曲が流れ始めた。ティアがすすすっと寄ってくる。


「これはヴァルソヴィア交響楽団が演奏した、ポーラ国歌です。どんな音楽が吹き込まれているかは、値札の裏を見れば分かりますよ」

「なるほど……オルゴールみたいなものか」

「見て~、流行りのポップスもいっぱい売ってるよ~!」


 音叉はもっと貴重な品だと思っていた伊織は、なんだか拍子抜けしてしまう。まぁ全ての音叉で古代魔導レガシーオーダーが発動できたら、それはそれで危険極まりないわけだが。

 伊織の傍ではロッティが叩き棒を振るって、棚に並ぶお土産音叉を次々と鳴らしていた。


「何してんの?」

「輪唱。これが上手く合わないんだよねぇ。あ、違うの叩いちゃった」

「子供がよくやるヤツでしょ、それ。大人でやってる人、初めて見たわ」

「だからティアちゃんがそれ言うのやめて! あたしより先に童心を忘れないで!?」


 童心コントはともかく、伊織は改めて音叉だらけの駅構内を見渡して、溜息を吐いた。

 これは前途多難かもしれない。


 伊織の目的は、一緒にポーラに来たはずの妹・千里を見つけ出し、元の世界に帰す事だ。もし千里が持ってるはずのショパン『別れの曲』がポーラへの片道切符だったら、帰りの音叉も探さなきゃならない。妹探しと音叉探しは、同時進行で進めるべきなのだ。

 それなのに、ヴァルソヴィアが人と音叉で溢れ返ってるなら――。


 そんな伊織の懸念は、駅を出て確信に変わった。


 夜のヴァルソヴィアは、至る所に音叉モチーフの建造物、道路標識が立ち並び、溢れんばかりの音叉の装飾で彩られていた。その中を、大勢のヒトが忙しなく行き交っている。

 ロッティの言っていた『あらゆるヒトと音叉が集まる街』というのも、誇張無しだと頷ける。

 眠らない領邦国家――それがヴァルソヴィアだった。


「ほらー! あそこに見えるのが、魔導学院だよー!」


 駅を出てすぐ、ロッティが指し示した小高い丘に校舎が見えた。

 夕闇にライトアップされた石造りの外観は、威圧感たっぷり聳え立っている。


「結構大きいんだね、やっぱり」

「へへー、そう思う? 実は今見えてるのは教員塔だけで、まだまだ奥にいっぱいあるんだよ」

「坂道歩いて通うの、大変そうだなぁ」

「全寮制だから通学はないよ。その代わり坂道は、訓練課程で嫌ってほど上り下りするけどね」

「げー、なんでこう体力勝負なんだ、音叉魔導って」


 伊織とロッティの前を歩くティアは、学院に続く坂の前で二人に振り返った。


「じゃあ私はここで。二人は宿に泊まって、明日ヒップ教授に会いに来るんでしょう? ちゃんと話は通しておきますから、ご心配なく」

「ありがとうティアちゃん、何から何まで!」

「どういたしまして。くれぐれもヒップ教授に余計な事を喋っちゃダメですよ。ショパンの魔導士とその共鳴士が、魔導事務所の免許取得に来た。それだけで十分ですから」

「ああ、分かった。色々ありがとう、おやすみ」

「おやすみティアちゃ~ん、また明日ね~!」

「ええ、おやすみなさい」


 三人で手を振り合うと、伊織とロッティは背を向け、楽しげに夕闇の町へと消えていく。

 二人の背中を見送るティアが、小さく溜息を零した事も知らずに。


* * *


 翌朝。

 大きい建物というのは、遠くからはよく見えて迷いようもないが、その分、近付こうとしてもなかなか近づかない。


「はぁ、はぁ……なんで、こんなに、遠いんだ」


 待ち合わせに指定された校舎に辿り着く頃には、伊織は全身汗だくになっていた。

 昨晩ロッティが言っていた通り、魔導学院の教員塔は学院の一部に過ぎなかったようだ。敷地内は学生塔に研究施設、ライブラリ、スタジアム、ミュージアム。あろうことか森や湖まであって、まるで魔導学院だけでひとつの町――壁に囲まれた城塞都市になっていた。


 歩き疲れた伊織は校舎ロビーのソファーに背中を埋め、だらしなく足を放り出し、恥も外聞もなくくつろいでいた。まもなくティアが階段を下りてくる。


「おはようございます……って大丈夫ですか?」


 朝の挨拶もそこそこに、ティアは心配そうに伊織の顔を覗き込む。


「おはよ……なんのこれしき。日課のマラソン代わりにちょうど良いウォーキングだったよ」

「おはようティアちゃん。ねぇ聞いて。伊織ったら階段途中でショパン喚び出すから、おぶって連れてけって――」

「やっぱほら、音楽ってさ……身も心も軽くなる、魔法みたいなもんじゃん?」


 ロッティの暴露に悪びれもせず、伊織は腕組みして感動にむせび泣く。


「おぶってもらって坂道登るのは、魔法でも魔導でもないけどね」

「努力して魔導士になれば、女の子におんぶしてもらえるんだぞという、学生に向けた応援エールをだな――」

「それ、努力の方向性間違ってない?」


 二人の掛け合いにくすくす笑うティアは、冗談めかして伊織に忠告する。


「お兄さんはもうちょっと、体力付けないといけませんね」

「事務所開いたら、あたしと一緒にトレーニングする?」

「全く……音楽の魔法なのに、なんでいつもこう体力勝負なんだ? 朝練してるマラソンランナー、ここに来るまでに何人もすれ違ったし」

「魔法ではなく、魔導ですから。残念ながら召喚魔導サモンスタイルは、確固たる魔導緒論が確立していません。魔導士を目指す学生は、がむしゃらに身体を鍛えるくらいしかやれる事がないんです」


 ティアの返事にロッティもうんうん頷いている。


「身体を鍛える事は、共鳴士としてのレベルアップにも繋がるしね。心技体揃って、初めて音叉魔導と呼べるのです。さあ行こう!」


 はつらつとした声と手に背中を押され、伊織は蒸気式エレベータの中に押し込められる。

 白い蒸気を噴き上げて、三人を乗せたエレベータは最上階まで昇っていった。

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