2-4 旅は道連れ、幼女ではなさげ④
「お願いティアちゃん! その魔音叉、あたし達に譲って!」
突然、旧友を拝み倒すロッティ。ティアは目を丸くして驚くばかりだ。
「ショパンは伊織にしか喚び出せない音楽家だし、それをヒップ教授が持ってても意味がないでしょ? お願いっ!」
ティアは眉尻を下げると、ロッティの肩に優しく手を置いた。
「気持ちは分かるけど……そもそもこれは、そのヒップ教授に言われて取りにいった音叉よ。教授に黙ってはいどうぞ、ってわけにはいかないわ」
「そこをなんとか!」
「ごめんね」
「じゃあヴァルソヴィア着いたら、教授に直談判する!」
握った拳を天高く掲げ、鼻息荒く宣言するロッティ。頼むから、直談判という名の拳の交渉はやめてほしい。
ティアは呆れたように一つ溜息を吐くと、極めてシンプルなアドバイスを送る。
「それは止めておいた方が賢明ね」
「どうして?」
ティアはロッティには答えず、伊織の方に向き直った。
「ひとつ、お兄さんに忠告しておきます」
「えっ、あ、うん」
「外国で音叉魔導を学んだあなたは、ポーラで知られていない音楽家の知識を持っていると推察します。つまりあなたの知識は、ここポーラでとんでもない価値を持つ。この事を十分理解して下さい。魔導事務所を構えると言うなら尚の事、魔導学院との関係にはより一層注意を払うべきです。音叉欲しさに誰彼構わず情報を垂れ流してしまったら、いつかショパンではなく、権威という名の亡霊に憑りつかれてしまいます」
「やだなぁティアちゃん。怖い事言うなあ」
ティアの真剣な声色に、ロッティの軽口もどこか震えて聞こえた。
ヒップ教授とやらの人となりは分からないが、その教授見習いであるティアがここまで言うって事は、推して知るべしか。
逆に考えれば、情報を交換条件に上手く立ち回れば、『幻想即興曲』の音叉を手に入れるチャンスもあるかもしれない。
「忠告ありがとう。気を付けるよ」
「もちろん私には、さっきみたいに垂れ流してもらって結構ですよ」
「追々、ね」
「模範解答です。お兄さんなら大丈夫そうですね」
子供らしい笑顔に、子供らしからぬ深慮。そんな天才ティアであってもショパンを知らない事に、伊織は疑問を持たざるを得ない。
そう言えばロッティはモーツァルトも知らなかった。もしかすると、自分が当たり前に知っている音楽家は、ここでは誰も知らないのだろうか?
と考えていた矢先、耳をつんざくブレーキ音と、レールの悲鳴が鳴り響く。
強烈な急制動に、伊織は前の席に座るティアに突っ込みそうになる。
座席を蹴って踏ん張ったロッティが、咄嗟に伊織の首根っ子を掴み、なんとか事なきを得た。
列車が緊急停車すると、車内のあちこちから子供の泣き声が聞こえてくる。
互いに声を掛け合う乗客の様子から、幸いにも大きな怪我をしたヒトはいないようだ。
ロッティは急いで窓を開け放ち、窓枠から身を乗り出し前方列車を確認した。
「何か見えるか?」
「竜だ!」
答えを聞くまでもなく、他の乗客が声を上げた。
伊織もロッティの背後から顔を出し前方を見ると、岩壁のように大きな竜が、線路を跨いで行く手を遮っていた。
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