2-3 旅は道連れ、幼女ではなさげ③
幼女の丁寧な挨拶に、なぜかロッティが得意げな顔を見せる。
「ティアちゃんはね、こーんなにちっちゃいのにめちゃくちゃ優秀なんだよ! 魔導学院でも唯一無二の、自分で自分に
「こーんなにちっちゃいは語弊があるわ。私は年齢相応の身長です」
「その代わりティアちゃんはあたしと同じで、他の人と
「話聞きなさいよ。あと、ロッティと同じにしないで」
「だから何か月も一人で部屋に閉じこもって、自分で自分に――」
「ちょっと! それじゃ私が、ひとりぼっちのヒキコモリみたいに聞こえるから!」
陰と陽。息もピッタリにマシンガントークを繰り広げる二人は、年の離れた姉妹に見えた。
ただし姉はティアで妹はロッティという、逆転現象が起きていたが。
女子二人のかしましトークに、合いの手のような質問を挟んでいくと、伊織にも少しずつ魔導学院の事が分かってきた。
ヴァルソヴィア魔導学院は、多くの魔導士、共鳴士を輩出してきた全寮制の音叉魔導学校で、ポーラの国立音叉研究機関でもある。自らも魔導士である教授達により、音叉魔導の研究と発展に多大な貢献を果たしてきた。
その最大の功績は十年前。ヴァルソヴィア魔導学院研究チームが、世界で初めて召喚実験に成功した新たな音叉魔導――
これにより今まで威力不足とされてきた
その中心的役割を果たしたのが、魔道学院筆頭教授でティアの後見人、ヒップ教授だ。
彼に才能を見出されたティアは、史上最年少の八歳で魔導学院に合格。わずか一年で、前人未到の魔導共鳴士として覚醒した。
卒業後も学院に残ったティアは、ヒップ教授の見習いとなり、彼の魔音叉研究を補佐している。十一歳にして次代の教授候補と呼び声高い、天才幼女というわけだ。
「ちょーっと友達が少ないティアちゃんだったから。
「友達が少なかったのは、私が学院唯一の子供特待生だったからよ。それに比べてロッティは、クラスの人気者だったじゃない。どうして
「えへへー、それがね! 伊織の
「ホント? おめでとう! すごいじゃない!」
こうして二人の会話を聞いていると、気の置けない友達関係だった事がよく分かる。
さもありなん。蒸気機関車が駅を出発して、はや数十分。
車内で演奏中のアコーディオンとチェロの音は、女子のかしましい声でかき消され、全く耳に入ってこないのだから!
「ふふふ。これでようやく、にっくきアイツやアイツやアイツの鼻を明かしてやれる!」
「もう卒業したんだから、そういうのいい加減忘れなさい。大人げないわよ」
「ティアちゃんが大人げないとか言わないで!? あたしより先に童心を忘れないで!」
二人の会話は、尽きる事ないマシンガン。音楽は遥か彼方でさえずる小鳥のよう。
旧交を温め合う二人に静かにしてくれとも言えず、伊織はただ、タイミング見計らって相槌打つぞマシーンと化していた。
とはいえ、心から笑顔を浮かべるロッティを見ていると、伊織の眉根も開いていく。
あんな形で田舎を出てきたわけだから、能天気なロッティといえど多少思うところもあっただろう。
今は思い出話に花を咲かせてもらって、許可証の事は後でも――と思っていたら。
「それでね、あたし達ヴァルソヴィアで魔導事務所を開こうと思ってるの。で、もしよかったら許可証の件、ティアちゃんからヒップ教授に取り次いでもらえないかな?」
いきなりロッティは、コネ前提全開なお願いを切り出した。
「それは構わないけど……試験はちゃんと受けてもらう事になるわよ」
「えー、そこはほら! 友達特典で免除とか!」
「なりません。ただでさえ最近竜害が増えているんだから。開業即廃業とかされたら目も当てられない」
「それなら大丈夫! あたし達もう、炎竜まで退治しちゃってるんだから!」
鼻高々のロッティに半目を向けるティア。そのまま伊織にまで疑いの目を向けてくる。
「お兄さんは、どこで音叉魔導を学んだのですか?」
「えーと……日本で?」
「ニッポン……感慨深いですね。遠く極東でも、音叉は変わらず打ち鳴らされているなんて」
ティアは伊織を見つめた。いや、その焦点は伊織の目の奥――遠く極東の島国に想いを馳せているような、うっとりした表情を見せている。
突然見つめ合う二人に、ロッティが慌てた様子で話を戻す。
「それでね! ここだけの話、伊織が
「ショパン、ですか? 私も聞いた事はありません。ヒップ教授なら何か知っているかもしれませんが……その音叉、聴かせてもらってもよろしいですか?」
伊織はジャケットのポケットから『革命』の音叉を取り出した。ティアが渡してくれた叩き棒を使って、ポーンと軽く打ち鳴らす。
標準音Aの後に、いつもよりボリュームを落とした『革命』のピアノ曲が流れ始めた。
「これは……」
しばらくメロディに耳を傾けていたティアだったが、特大ケースバックをたぐり寄せると、チャックを開いて蓋を開けた。
中に入っていたのは楽器ではなく……大小様々な音叉だった。
大きいものでバック幅いっぱいの一〇〇センチ強。小さいものは片手にすっぽり収まるアクセサリー程度。
多種多様な音叉の中から、ティアは標準的な長さの一本を取り出した。
「今回のソハチェフ出張の目的は、この音叉を手に入れる事でした。古い魔音叉で楽曲も秀逸。逝去した天才音楽家のものである事は疑いようもないのですが……その素性は一切分かっていません」
伊織が叩き棒を返すと、ティアは手にした音叉に打ち付けた。
「えっ!?」
伊織は思わず立ち上がってしまう。ティアは得心した顔で頷いた。
「ショパンの『革命』と曲想がよく似ていますよね……何かご存じでしょうか?」
「ご存じも何も……」
知らないわけがなかった。
両手は鍵盤を這い回る二匹の蜘蛛が如く、その足跡が紡ぎだすメロディは、何百年経っても人々を幻想の世界に誘う。
ショパンピアノ曲の中で最も幻想的で、最も人気を博した有名曲――。
「これはショパンの『幻想即興曲』だ」
* * *
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます