2-2 旅は道連れ、幼女ではなさげ②
ヴァルソヴィア行きの蒸気機関車は、全席自由席だ。チケットに記された車両であればどこに座っても良いため、伊織は二人並んで座れる席を探し始めた。
車両内は、長椅子が小さいテーブルを挟んで向かい合う、いわゆるボックス席のみ。そこまで混雑はしてないが、二人並びで空いてる席となるとなかなか見つからない。
と思っていた矢先、先客一人だけのボックス席が見つかった。
その先客は……パッと見て十歳くらいの女の子だった。白銀の髪を胸まで垂れるおさげにした幼女は、窓際の席にちょこんと座って、エメラルドのような翠眼を窓外に向けている。
黒いワンピースの上に、波状に連なる半円デザインのスカラップボレロを羽織っていて、ピアノの発表会にでも出るようなフォーマルな装い――いや、この子はピアノじゃない。
伊織は、壁に立て掛けられた特大のショルダーバックに気が付いた。中身はクラリネット、ファゴット、サックス……とにかく、長くて大きい楽器が入ってるはずだ。
「あの、なんですか?」
知らない男からの不躾な視線が、自分からバックに移った事に気付いた幼女は、あからさまに不審な目を向けてきた。
慌てた伊織は、身振り手振りを交えて本題を切り出す。
「あっ、えっとその、こんにちは。こっちの向かいの席、いいかな?」
子供が一人で座ってる。つまりこの子の付き添いは大人一人で、ロッティと同じく弁当を買いに走ってるに違いない。だから片側二人席は空いているはず……なのだが。
疑惑の目から一転、幼女はにんまり笑みを浮かべると、とんでもない事を口にした。
「……ひょっとして今私は、人生初のナンパをされているって事で、よろしいでしょうか?」
「え? よろしくないよ? 僕はただ、席が空いてるかどうか聞いただけで――」
「以前、本で読んだ事があります。東方の国には『旅の恥は掻き捨て』という言葉があると」
「え? あっ、あるね、確かに」
「お見受けするにお兄さんは、まさにその
「その言葉はそういう意味じゃない! 僕はただ――」
「分かっています、音楽家と変態は紙一重。たまの遠出によそ行きの服で旅行気分を楽しんでいた私にも、責任の一端はあるのでしょう。仕方ありません。ひと夏の
幼女はそこで言葉を区切ると、片手で隣の席をポンポンと叩いてみせる。ここに座りなさいと、言わんばかりに。
二人の会話を聞きつけて、周りの乗客のヒソヒソ声が聞こえてくる。不審な目を向けるご婦人と目が合うと、自分の娘を抱いてそそくさと逃げ出してしまった。
「だから! 僕はただ向かいの席に座りたいだけだってば……って、音楽家?」
「はい。その筋張った手を見れば分かります。お兄さん、ピアノ弾きなのでしょう?」
名探偵の幼女を前に、伊織は静かに肩を落とした。ついでに向かいの長椅子にドカッと腰を落とすと、彼女の前で右手を広げて見せる。
「そんなに分かりやすいもんかな、僕の手は」
「はい。えっと、あの、すみません。アバンチュールのお誘いは冗談でした。同席相手は、下心ない方でないと落ち着きませんので」
なるほど……今の流れで隣に座ったら、下心アリと判断し同席拒否していたと。
「僕を試してたってわけか……ひょっとして、一人旅?」
「はい。五時間以上かかる列車の、一人旅です。同席相手がピアニストの方なら、退屈せずに済みそうですね」
「僕だって、五時間ぶっ続けで面白ダンスは踊れないよ?」
「私だって、五時間ぶっ続けで手拍子するのは、ご勘弁願いたいところです」
冗談めかして返す彼女は、斜向かいのボックス席を目で示した。そこにはアコーディオンとチェロの準備をする、二人の中年男性がいる。
「走行中の車内では、有志によるセッション演奏が行なわれます。
幼女はにっこり笑顔を向ける。大人びた話し方をする彼女だが、笑うとやっぱり子供らしい。
「君は参加しないの? そっちの大きなバックに、楽器が入ってるんじゃない?」
「あ、これですか? いえ、私は――」
「やーっと見つけたよ、伊織!」
その時、両手に弁当箱を持ったロッティが、勢いよく伊織の横に腰掛けてきた。目の前に座る幼女を見て、目を丸くする。
「……って、ティアちゃんじゃん!? どうしてここに?」
「ロッティ!」
二人はしばし、再会の喜びに湧き上がる。
改めてロッティが伊織を紹介すると、幼女は居住まいを正し、胸に手を当て自己紹介をした。
「申し遅れました。私は音楽家ではなく、音叉魔導士。ヴァルソヴィア魔導学院教授見習い、ユースティア・ドラテフカ。どうぞティアとお呼びください」
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