26話  襲撃

世の中が燃えている。


少なくとも、勇者であるカルツの目からはそう映っていた。変な声がして宿から飛び出た瞬間、ダンジョンの中にいるはずのモンスターたちが見えたのだ。


真夜中。星がない夜空に月の光だけが光って、人の死にざまを照らしている。モンスターにやられて白目を剥いた、貧民たちの死にざまを。


どうして?一体誰が?そう思う暇もなく、遠くから男の悲鳴が上がる。


命が途絶える悲鳴が。



「ぐはっ!?げ、くへぇぇええええ……!!」

「キぃ、キィ――――!!」



スラム街に警備兵などいるわけがない。ここは文字通りの無法地帯で、何か事件が起きても駆けつけてくれる兵士たちもないのだ。


公的機関ならギルドくらいだけど、そのギルドの人たちさえ青白い顔で逃げ込もうとしていた。


正に、阿鼻叫喚。最初は自信満々だった傭兵たちもタランチュラに体を噛まれて食われていて、孤児たちはグールたちに掴まれていた。


カルツは、下の唇を噛みながら聖剣を抜く。



「くっそ……!どうしてダンジョンのモンスターがここにいる!!ギルドの支部長はどこにいるんだ!?」

「分からない!だけど、一人でも多く助けなきゃ……!」

「わ、私は倒れている方々の治療を―――」

「なにを言っている、アルウィン!この状況でもっとも大事なのは俺たちの命だろ!?俺たちが死んだら全員が死ぬんだ!!」

「で、でも………!」

「くっ……クロエはどこにいる!?クロエは!?」



ブリエンとアルウィンに振り返りながら、カルツは目を光らせる。


おかしい。普通、こういった異変に真っ先に気づくのは彼女のはずなのに。



「クロエはさっき、やることがあるって宿から出て行ったの」

「はあ!?正気か、あいつは……!くっそ!本当に役立たずだな!!」



悪態を吐くのと同時に、カルツの脳内にはゲベルスの声が再生される。



『自分をゴミ扱いしたこの帝国を、滅亡させること。聞いてください、カルツ様。彼女は本当になんの目的もなしに、このパーティーに入ったのでしょうか?』



彼女は時々、一人で何かを調べていた。


もしかして、それがすべて今回の異変のためだとしたら?


なんでクロエは姿を隠している?なんで、こんな大事な場面ですぐに表れない?



「カルツ、なにをぼうっとしているの!このままじゃ全員死んじゃうわよ!?」

「くっ………仕方ないか。行こう、ブリエン、アルウィン!!」



この事件が終わったら、後で徹底的にクロエを尋問しないと。


カルツはそう思いながら、モンスターの群れに駆け寄った。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「………ここまで来たら、大丈夫か」



スラムのすぐ隣にある、鬱蒼とした森。


かつて俺とニアが閉じ込められていたシュビッツ収容所に近い森の真ん中で、俺はもう一度振り返って後ろを見た。


遠く離れていても分かる。街の建物が燃えていて、なにより決定的に―――一度倒したはずの中間ボス、エインシャントグールが空を飛んでいた。


ダンジョンのモンスターが、人間の住む街を襲撃したのだ。包帯で両目を隠しているニアは、俺の気配を感じ取って同じく後ろに振り向く。



「カイ、あそこ……」

「…………ゲベルス」



周りには聞こえない小声で、俺はある人物の名前を口にする。あいつの仕業だ。


基本的に、ダンジョンのモンスターは外に出れないように設計されている。それはゲームの設定だったけどギルドの職員に聞いた限り、ルールは変わってないみたいだった。


だったら、どうやってダンジョンからモンスターが出たのか?答えは簡単だ。


黒魔法による精神操作。



「おやおや、既に始まったようですね」



そして、そこまで考えついた瞬間。


目の前に、糸目の長身の男が姿を表した。



「よくここまで来てくれましたね、お二人さん」

「あ、あなたは………?」

「私は帝国の研究員、ゲベルス・ゾディアックと申します」

「………な、なら助けてください!俺たち、急にモンスターが現れてここまで―――」

「冗談はそこまでにした方がいいですよ?悪魔」



ゲベルスは口角を上げた次に、薄眼を開けてにやりと笑って見せた。



「一目みただけでも分かりましたから。あなたの魔力には霧がかかっているものの、そこに息づいている悪魔の顔がとてもよく見えます。そして……あのお嬢ちゃんの場合は、ふふっ」

「………」

「もう説明する必要もないですね。こんなにも、殺気が濃いんですから」

「…………………ははっ」



そっか、演技は失敗か。


いや、失敗っていうこともないか。どうせこうなると思ってたし。


俺は唇を舌で濡らせた後に、ゆっくり彼を見つめ直す。



「あれ、あんたがやったんだろ?」

「そうですよ?美しいですよね?」

「美しい?」

「はい。美しいじゃないですか、刺激的で」



また目を閉じたゲベルスは、小首をかしげてゆっくりと語り出す。



「珍奇な光景なのですよ?街中に散らばっている死体、道を色づけている赤い血に、肉が腐って漂う特有の悪臭とじめっとした空気まで。すべてが、刺激的ではありませんか」

「……わお」

「ふふっ、お褒め頂きありがとうございます」

「マジでクソだな、お前」

「あら、口癖の悪い少年ですね」



まるでこう返されるのを予想でもしたかのように、ゲベルスは再び笑う。


そして、俺の目には見えた。彼の体内の魔力が段々と増幅されていることが。



「なんでクソだと言われるのか理由が分かりませんね。私はただ、ゴミを掃除してリサイクルしようとしただけなのに」

「ゴミ、とは?」

「もちろん、スラムの人間らしき存在のことですよ?話の脈絡でお分かりになると思いましたが」

「ふうん、今の俺の目にも見えるな」

「はい?」

「俺の目の前にはリサイクルどころか、腐りきって埋蔵しなきゃいけない生ゴミがあるんだけど」



その瞬間、ゲベルスの糸目が開かれる。



「……ははっ、それって、もしかして」

「いや、生ゴミ以下かな?生ごみは少なくとも肥料にもなれるんだけど……でも、お前はな、ゲベルス」

「……………」

「使いようのないクソゴミだぞ?お前は」

「………………ははっ」



よほど怒ったのか、ゲベルスの額には青筋まで立っていた。すぐにでも俺とニアを殺しそうな、殺伐な目つきが飛んでくる。


でも、俺はもう一度煽るように、首を傾げながら言った。



「最近のクソゴミには目もついてるな?」

「………お前」

「へぇ、喋ったりもするのか。偉いな~~さすがは5000人以上の子供たちを使って殺したんだから、皮だけはちゃんと人間になってるな」

「絶対に、殺す」

「ははっ、優しいな………俺は、ただでお前を殺すつもりはないけど」

「はぁ?」

「柄じゃないけど、予言でもしておくか」



俺は、片方の口角を上げてから言う。



「お前は今から、5000回以上死ぬ」

「……………………は?」

「お前が殺したすべての子たちと、全く同じ苦痛を味わわせてやる。一回一回、最大限の苦痛をぎゅ~~っと詰め込んで……一回一回丁寧に、感じさせてやる。すべて」

「……ははっ、あはははっ!!さすがは悪魔、さすがは悪魔!!!!」

「いや、悪魔はお前だろ」



それから、肩をすくめて平然とした声で言う。



「お前もその苦痛を味わって見たら、分かると思うけど?ああ、こんな苦痛を5000回も与えた自分が悪魔だったんだって」

「……ふふふっ、これはこれは。こんなに面白い方だとは思ってもなかったんですよ」

「お前は思ってた以上につまんなくて気持ち悪いな、ゲベルス」



そのあざけりが決定打になったのか、ゲベルスはついに両目を開いて手を合わせる。



「一つ、大事なことを教えてあげましょう」

「ほお、なんの教えだ?」

「魔法はコインの表と裏なんですよ。魔法に対する理解が深ければ深いほど、どうやったらその魔法を抑制できるのかも分かるようになるのです」

「で?」

「お前が悪魔だろうが何だろうが、俺に殺されるってことだよ。クソガキが」



ついに本性を現したゲベルスから、どす黒いオーラ―が放たれる。


次第に、ただの煙みたいな魔力粒は巨大な膜となり、上から俺たちを被せようとしてきた。月光さえも遮断されて、空が魔法の膜に覆われた瞬間。


魔力視野を働いて、俺はその幕の正体を見抜く。



『……対象の魔法を吸い取る結界みたいなものか。それに、この大きさ』



俺の前で、ゲベルスは勝ち誇った顔で両手を組んでいる。そっか、これがあいつの作戦だったか。


街中に虐殺を起こし、俺たちの行動を誘導すること。


俺たちが戦うことを選んだら隙を狙って奇襲して生け捕りにし、正体を隠すために逃げるのを選んだとしたら……こんな風に、魔法をかましてくるつもりだったのだ。



「悪魔の力でも、根源は魔法……ふふっ、死にはしませんよ?今日はゆっくりあなたの身体を解剖していきたいと思ってますので。ああ、もちろん意識がある状態で」

「へぇ~~そんなことまでしたのか、ゲベルス」

「なかなか刺激的で愉快ですよ?ふふっ」

「なら、それもリストに上げないとな」



そして、幕が俺とニアを押しつぶそうとした寸前に。


俺は、ニアの手をぎゅっと握ってから言った。



「そんな死に方、させてやるよ。俺が」

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