25話 作戦会議
スラム街に戻った後、クロエが保護者を買って出たおかげで、俺たち3人はもう一度集まることができた。
もちろん、人がわんさかいる酒場じゃなくて、小さな宿の部屋に来たけど。
「どうするつもり!?ゲベルスは帝国内でも指折りの実力者なんだよ?あなたはまだしも、ニアは絶対にバレるじゃん……!!」
「ああ、バレたと思うよ。あいつ、ニアを見たとたんに目を開いてたから」
糸目キャラが目を開くときって、大体二つだ。
慌てたか、もしくは面白いものを見たか。この場合は後者なのだろう。
「ということは、まさかわざとゲベルスの前に姿を表したってこと?」
「ああ、俺たちってほら……影?だっけ。とにかくそんな噂が立っているのに、ヤツが俺たちを見過ごすわけはないと思って」
「……じゃ、ゲベルスと正面で戦いたいわけね?」
「いや、それは違う。ただヤツを倒すだけじゃ、なにも変えられないからね」
「変えられない……って」
クロエの目が丸くなる。というか、ゲベルスを倒すって言葉をあんなに自信満々に言えるなんて。
……本当に、どうなっているのよと思いながらも、クロエはとりあえず耳を傾けた。
「ヤツの黒魔法、どこで学んだと思う?」
「え?そりゃ、あの人は元々黒魔法に適性があったから……」
「いや、ただ適正があるだけじゃ、あんなに広範囲な精神操作は使えないよ。君も見たでしょ?蜘蛛たちが、自らの体を食いつくすところ」
「…………」
確かに、そういわれると意味深な部分がいくつかあった。
ほとんどの魔法がそうだけど、黒魔法は特に代償が求められることが多い。それは、魔法について詳しくないクロエも知っている事実だった。
黒魔法は、悪魔にもっとも近い力だから。精神操作、人体改造、呪い。
禁忌に触れるか触れないかの危ない効果を持つスキルも多いから、黒魔法は特に大きな代償を求められることが多い。
たとえば――人間の命や、人間の体の中にいる魔力回路とか。
モンスターさえ操られる強力な精神系スキルに、攻撃をそのまま反射する魔法。どれも、黒魔法に熟達しなければ使えないスキルのように見えた。
てことは、つまり―――
「……まさか」
「………」
「ゲベルスは、シュビッツ収容所の関係者ってこと?」
収容所の話題が出るなり、カイの隣にいたニアの目が細められる。
カイは舌で唇を濡らした後、ゆっくり頷いた。
「たぶんね。あそこほど適切な代償を得られるところもそうなかったはずだから」
「………………じゃ、私の友達も」
「え?あ………」
そうだった。クロエはまだ俺たちには言ってないものの、親友の復讐をするという願望があったのだ。
あの収容所の総責任者を殺して、帝国内にその醜悪な真実を暴くこと。それが、ゲーム内でのクロエの目的だった。
「友達いたんだ?」
「うん?あ…………うん。収容所ですぐ隣のベッド使ってた、女の子がいたの」
「…………そう」
多くは語らなかった。その友達がどんな風に死んだのかも、俺は分かっているから。
彼女の親友―――3278番は、クロエの目の前で体が膨れ上がって、そのまま弾けて死んだ。
文字通り、風船が破れるみたいにパンと、爆発四散したのだ。
そのせいでクロエは一ヶ月間ろくに寝ることもできず、今もたまに夢で親友の死にざまを見ている……そういう裏話があった。
「……聞かないの?いや、あなたならもう知ってるよね?未来を見ることができるから」
「未来が見えるわけじゃないよ。まあ、君の親友については……分かってるけど」
「………」
「クロエ」
顔に影が差したクロエの手を、ぎゅっと握る。
ニアも、今回はなにも言わなかった。ただ俯いて、沈んだ顔をしているだけ。
「君の親友のことを、俺はなにも知らない。だから、今更俺がどんな言葉をかけたところで、安っぽい同情にしかならないと思う」
「………」
「でも、復讐の手伝いくらいならできるよ」
復讐の手伝い、という言葉を聞いた瞬間、クロエの目が見開かれる。
さっきまで悲しみに濡れていた瞳はすっかり火をともし、本来あった根強さを取り戻した。
親友の復讐を成し遂げるための、強さを。
「真実を見たい?」
「え?」
「答えて、クロエ。真実を見たい?ちなみに言うと、この真実はけっこう……残酷なものだよ」
「………」
クロエはしばらく間をおいてから、ゆっくりと頷く。
それ以外に何がある、とでも言わんばかりに、クロエの顔には決然とした意志が宿っている。
……まあ、ゲベルスが登場した以上、こうなるのが当たり前かもしれない。
後半に敵対するゲベルスと、まさかこんなに早く相手することになるなんて。予想外の展開ではあるけど、仕方ないだろう。
推しキャラの命を助けるために。そして……。
「じゃ、見せてあげる。たぶん、近いうちに見れるはずだよ」
純粋に気持ち悪いことばかりする、この国を没落させるために。
俺は頷いてから、そのまま頭の中で練った考えをすべて説明して行った。これから起こる出来事、ゲベルスの動き、俺たちはどう対処すればいいのかまで、すべて。
ゲベルスはカルツよりずっと頭が回るヤツだ。だからこそ、皇太子の右腕と言われるほどの地位を得られたのだろう。
――――だけど、ヤツは絶対に俺に勝てない。
「本当に、大丈夫なの?ちょっと危ないんじゃない?」
「いや、大丈夫だよ。俺とニアは普通に強いから」
「……分かった。しばらくはパーティーを抜けて、あなたたちを見守るね」
「ああ、ありがとう」
俺は、この世界のシナリオを全部知っている。
お前の攻撃パターンも、スキルも、弱点も、俺は全部分かってるんだよ、ゲベルス。お前なんか100回以上は倒せたんだ。
お前は、それなりにいい策略を練ってるだろうけど――俺がお前のすべてを逆手に取って、徹底的に利用してやる。
「ニア、傍にいてくれる?」
「うん。私の居場所は、カイの傍だから」
「……ありがとう、ニア」
そして、その会合から三日も経たないうちに、スラム街である事件が発生した。
武装した帝国軍と、灰色クライデンのモンスタたちが一斉に―――スラム街を、襲ったのである。
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