27話  帝国の目的

「ふふっ、ふふふっ……」



爆破されたシュビッツ収容所からそう遠くない地下室。


ゲベルスは、台に置かれている二人の少年少女を見て不気味な笑い声をこぼしていた。そう、二人の少年少女。


ゲベルスはカイとニアを気絶させて、生け贄にすることができたのだ。



「悪魔の噂はかねてから聞いておりました……人間の常識を超えた神秘、この世のすべてを可能にする圧倒的な力……ずっと、欲しかったのです」



死体と培養液が入れられている試験管。


そして、壁についた赤黒い血と爪の跡。ここで犠牲にされた人々の凄絶さを見せつけるようなこの空間は、ゲベルスの実験室だった。


ことがこんなにも上手く運ぶとは思わなかったけど、すべての検査は終えたし……大丈夫だろう。


ゲベルスは魔力がすっかり消えている二人を見下ろしながら、次々と語り始める。



「魔力が集まっている場所は人間の丹田たんでん………ふふっ、ここをくり抜けばさぞかしいいものが見られるでしょう。ああ、その前に悪魔の魔力がどんな風に体に影響を及ぼすのかも、ちゃんと調べないと」



準備はできている。


気絶させた二人は人を呼んで地下室まで運んできてもらったし、その後に絶対に体を動かせないように鎖で、二人の四肢を括りつけたのだ。


愉快な音楽悲鳴を聞くためには、目が覚めているうちに解剖した方がいいだろう。


苦痛に歪むカイの顔を思い出すだけで、心臓が早くなる。とてつもない興奮がゲベルスを襲った。


カイの悲鳴と伴って、彼に付きっきりだったニアの悪態を聞くのも悪くないだろう。


指が一本一本、肌に切り目が一つずつ出来上がるたびにもっと、楽しくなるはずだ。


ゲベルスの顔にはじめッとした笑みが浮かぶ。間もなくして、カイが目を覚ました。



「………んん、ん」

「あら、おはようございます」

「ここは……っ!?」

「ふふっ、そうですよ?私の実験室です」



四肢が括りつけられたカイは、首だけを上げて精一杯、部屋の内部を見ようとしていた。


ちらっと見ただけでも、ここが地獄なのは容易に察することができた。だって、あの試験管に入っている人たちは全員―――


体が、ぐちゃぐちゃになっているから。



「ああ、あれのことですか?まあ、実験の副産物と言いますか………黒魔法は死者を呼び戻せることもできますので、それを試すために仕方なく体を維持させてるんですよ」

「……腕がないんだが?あの人は足がないし、あの人は―――」

「腹が切られて臓器が出てますね。まあ、大丈夫でしょう。後で縫いつけばいい話ですから」

「……お前」

「ふふっ、いいですね、その目つき。そのままもっと私を罵って嫌悪してください。その分……あなたを痛めつけるのも楽しくなりますから」



完全なるサイコパスの言葉を聞いてもなお、少年の顔からは冷静さが消えない。


本当に何から何まで気に食わないなと思いながら、ゲベルスはカイの隣にある椅子に腰かけた。



「よっしゃ……まあ、ちょっとお話でもしましょうか。あなたがなにに使われるのかに対する話を」

「……どうせくだらないことをする気だろ?」

「心外ですね。帝国の極秘情報を洩らそうとしているのですよ?もうちょっと褒めていただきたいのですが」

「クソくらえ、気持ち悪いヤツが」

「ふふふっ……あなたの体も、必ずあの試験管に保存しておきましょう」



ゲベルスはふう、と短い息を吐いてから言う。



「私はですね、禁忌の概念がよく分からないんですよ」

「……は?」

「たとえば、殺人はダメと言うじゃないですか。でも、なんでダメなのかの理由が分からないんです。なんで殺人をしなきゃいけない?なんで人を使った実験をするのがダメなんですか?」

「てめぇのクソみたいな思想を聞く気はないが?」

「いえ、聞かせてもらいますよ?あなたも自分が死ぬ理由くらいは分かるべきじゃないですか。ふふふっ、てことで、私は昔から黒魔法に手を染めてきました」

「………」

「スラムのゴミたちを使って、閉じ込めて、色々な実験を繰り返してきたのです。で、ここで質問を挟みましょう。これは一体なんのための実験なのでしょうか?」

「知るか、そんなもん」

「ふふっ……」



そこで、ゲベルスは黒い天井を見上げながらぼそっとつぶやく。



「貴族と皇族を含めたすべての人を、黒魔法に染めること」

「…………」

「まあ、皇太子様には秘密にしておりますが、簡単に言うと……私は、互いが狂いに狂ってお互いを殺そうとする、殺戮現場を見てみたいんですよ。ふふふっ」



カイはその言葉を聞いてもなお、驚きを見せずに目を細めるだけだった。


彼は、ちゃんと分かっているのだ。この男がどんな男であり、どんな思想を持っているのかさえ全部。



「皇太子様から受けた依頼はこれでした。国の民全員を黒魔法に染めて、精神操作をして、都合のいい奴隷として扱えるようにすること……腹を切れと言ったら腹を切るし、生命力をよこせと言ったら生命力をよこす、自我のないエネルギー源を作って欲しい。そういう依頼でした」

「……だから、人を使った実験をしているのか?」

「はい。人間の自我を完全に消すためには魂とか、魔力とか、色々なものが絡んできますからね。ふふっ、もちろん?その中には単純に私が爆発させたくて爆発させた実験体もいますが」



拍手を打ちながら幸せそうに語るゲベルスは、もうきちがいを通り越した悪魔のように見えた。



「そんなにクズを見るような表情をしないでください。私はただ刺激が欲しいだけなんですよ」

「…………」

「人間の死ほど甘い刺激はありませんからね、私にとっては」

「………ははっ」



カイは思わず、失笑をこぼしてしまった。


もちろん、ゲベルスの本質はゲームでも描写されていたから、彼にとってこの情報は真新しいものじゃなかった。


でも、現実でこんな人を目の前にすると、なんというか……背中がゾクッとするのと同時に、呆れてしまうのだ。



「……どうして笑うのですか?まさか、悪魔を身に宿らせておきながら正義だの道徳だのを論じるおつもりですか?」

「いや、想像以上に計画が上手く行きそうで、安心したよ」

「………………………………計画?」

「ゲベルス、俺はな」



一段と声を低くして、カイがゲベルスを睨む。


その目は、今から実験体として使われる15歳の少年が宿すにはあまりにも、あまりにも猛々しい眼差しだった。



「勇者でもないし、誰かを助ける義務もないし、むしろこの国をぶっ壊したくてぶっ壊したくて、仕方がないんだ」

「…………ぷふっ、あははははっ!!!いいでしょう、いいでしょう!国をぶっ壊したい理由をお聞きしても!?」

「気持ち悪いから」



その言葉が響くと同時に、ゲベルスの動きがパッと止まる。


気持ち悪いという表現が帝国だけじゃなく、自分にも向けられていることを察したから。



「お前も帝国も、反吐が出そうなくらい気持ち悪いんだよ。俺の常識じゃ理解できないくらいに、お前らは狂ってるんだ」

「………その常識が間違っているとは思いませんか?」

「思わないね。あんなのが常識だとしたら―――」



遠くに並べられている試験管を見つめた後、カイは口角を上げてから言う。



「そんな常識、クソくらえってもんだけど」

「………ああ~~やっぱり分かち合えないのですね、私たちは」

「ウソつけ、端から分かち合う気もなかっただろ?」

「もちろんです。だって、今日を最後にあなたはもうここから出られませんので」



ゲベルスは余裕たっぷりの笑顔を湛えた後、ナイフを手に取る。


細くて鋭くて、先が尖っている凶器。


あまたの人を切り裂いてきた、悪魔の道具。



「だからこそ、こんな極秘情報を口にしたわけですし……まあ、あそこのお嬢ちゃんが起きた時、最初に目にするのがあなたの悶える姿としたら……ふふふっ、それもなかなか悪くありませんね」

「………………………貴様」

「いい表情ですね。悪魔」



ゲベルスはそのナイフを高く掲げてから、再びニヤッと嘲笑う。



「どうか、最後までその表情を保ってくださいね?では―――」



そのまま、ゲベルスに握られたナイフが振り落とされる。


手首が的確に刺さって、赤い血が噴き出てくる。悲鳴が流れて、カイの体がこわばって、自分は愉快な笑い声をあげるはずだった。


そのはずだった。ゲベルスは既に何千回も、そうやってきたから。


なのに、なのに。



「――――――っ!?くぁあああああああっ!!!!!!!!!!」



カイの手首を力いっぱいに突き刺した瞬間、悲鳴を上げたのは――――ゲベルスの方だった。


閉ざされていた両目が見開かれ、ゲベルスは右の手首を掴んだまま悲鳴を上げる。なにが、なにが起きているんだ。


なんで―――なんでだ。なんで、なんで手首から血が……!!



「あぁ、くぁあああ……!!くっ……そぉおお……!!貴様ぁああ!!!」

「……ははっ」

「貴様!!なにを……なにをした!!私は……私は!!」

「言ったはずだけど?ゲベルス」



カイはそう言った後、よいしょっと上半身を起こす。


体を括りつけた鎖など、端からなにもなかったと言わんばかりに……容易く。



「な、なっ……!」

「お前は、5000回以上死ぬって」

「きっ、さまぁあ………!!」

「それにしても本当に礼儀が悪いな、お前」

「はあ!?礼儀って――――」

「ほら、あそこ」



カイが顎で指すと同時に、ゲベルスの目がそこに吸い寄せられた。間もなくして、彼の顔が驚愕に滲む。


索漠とした入り口に、いてはいけない人物が立っているのだ。


肩まで伸びている黒い髪の毛に、黄金色の瞳――今はスラムでモンスターを狩っているはずのクロエが、ここにいるのだから。



「お客さんが来たのに、お出迎えすらしないなんて酷すぎだろ」

「貴様………!貴様ぁあああああ!!!」



狂気と憤怒が滲んだゲベルスの声が鳴り響く。


それを聞いたカイは楽し気に笑ってから、肩をすくめて言い放った。



「どうした?なにか問題でも?」

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