クロエ

10話  暗殺者の一言

「ねぇ、聞いた?養護施設が悪魔の子に破壊されたんだって!!」

「あら、そんな……!子供たちはどうなるのかしら」

「スラムの子供たちを教育するところなんでしょう?可哀そうに……」



森の養護施設―――シュビッツが破壊されたという報道が流れたのは、カイとニアが脱出した翌日のことだった。


新聞の表紙にはこう乗せられていた。天使が降臨した養護施設、悪魔によって破壊される……と。


帝国民の誰も、その施設の正体を知らないのである。あそこは、子供たちを教育するところじゃなく、酷似するところであり。


また、性的に搾取するところであることを、誰も知らないのだ。



「……くっ!」



そして、その真実を知らない人たちがここにまた4人。


街を行きかう人たちの声を聞いていた一組のパーティーは、気まずそうに自分たちのリーダーを見つめる。


彼は金髪碧眼の美少年だった。没落した貴族の家に生まれて、骨身を削って才能を開花させ、若干19歳でもうBランク冒険者になった少年。


カルツは、悔しそうに拳をぶるぶる震わせながらパーティーのメンバーたちに目を向ける。



「君たちはどう思う?今の話」

「子供たちが可哀そうね……もう行き場がなくなったんでしょ?さっきのおばさんたちの言う通り、またスラムに戻るんじゃないかしら」

「そうですね。やっぱり酷いと思います……」



淡い緑色の髪をしているエルフと、茶色の髪をしているヒーラーの少女が次々と答える。


一方、黒い髪をしている暗殺者の少女は沈黙を保つ。勇者が眉根をひそめて彼女を見つめてからようやく、暗殺者は口を開いた。



「そうだね、可哀そうね」



欲しがっているであろう言葉を与えながら、暗殺者は心の中でため息をつく。


彼女も昔には、スラム出身の孤児だった。だからこそ、彼女はあの天使の森――収容所がいる森――と、養護施設の正体をよく知っている。


正直、可哀そうだと言ったのは100%ウソだった。あんな地獄から解き放たれたんだから、子供たちは今頃最高の幸せを味わっているのではないだろうか。


だけど、偏っている情報は人の目を眩ます。そして、それは自分が属しているパーティーメンバーたちにも当てはまる言葉だった。



「どうやらあの予言は、本当のようですね……悪魔がこの世を飲みつくし、世界を片っ端から塗り替えていくっていう予言は」



元聖職者だったヒーラーは、悲痛な声で言葉を紡ぐ。その予言は、聖職者たちに代々伝わる国の呪いであり、破滅の言葉だった。


悪魔がこの世を飲みつくす。帝国が滅ぶ。それはもう、覆せない確定事実だと。



「……そうやすやす、やられてたまるか!」



だけど、カルツはその禍々しい予言に屈しなかった。


彼は意志がこもった強い眼差しで、グッと拳を握りしめながら言う。



「それがたとえ本物の予言だとしても、俺は絶対にくじけない。最後まで……最後まで、その悪魔というやらに対抗して見せる!」

「カルツ……」

「カルツ様……」

「まあ、そのための聖剣だからな!アルウィンが属している教団で奉られてきた、勇者の証……きっと、この剣が俺を選んでくれたことには、意味があると思うんだ」



そう言いながら、カルツは誇らしげに聖剣の柄を手で撫でる。


隣にいるブリエンというエルフとアルウィンは、微笑まし気にカルツを見つめた。



「そうね、本来ヒーローは乱世に登場するものだから」

「わ、私も!カルツ様ならきっと、悪魔を倒せると思います!なにせ、聖剣の持ち主ですから!」

「二人とも……ありがとう」



……ああ、もうダメ。これ以上いたら吐きそう。


そう思った暗殺者は、一人で席に立ちあがってから言う。



「ごめん。ちょっと部屋に戻ってもいいかな。今日はなんか体調が悪くて」

「うん?ああ、構わないぞ―――クロエ」



勇者カルツの言葉に、クロエは軽く頷きながら振り返る。


それから彼女が向かった先は宿じゃなく、この街の中心部であるギルド協会だった。


腹の底にたまったモヤモヤを解消するために、魔物を狩りに行くのである。



「……悪魔、か」



私にとっては、この国自体が悪魔なんだけどな。


クロエはそう思いながら、貼り紙をジッと見つめる。ゴブリンの絵がある適当な紙をはぎ取って、窓口に向かった。


魔物の方がいいかもしれない、とクロエはつぶやく。分かりやすいから。パッと一目見ただけでも敵だと分かるし、何も考えずに倒せばいいから。


でも、この国は楽園の面をしている。中身は人間を殺す魔物とそう変わらないくせに。


………なんで、勇者とパーティーなんか組んでいるんだろう。彼女は紙に軽くサインをした後に、外へ出ようとした。


そして、その瞬間。



「おいおい、その悪魔が実は女の子だったらしいぞ!」

「はあ?女!?なんだ、巷で噂されたあの悪魔の娘ってのは本当だったのか!!」



急に興味が湧く話が聞こえてきて、クロエはとっさに歩みを止めた。


立ったまま、クロエは酒に酔っ払った男たちの話を着実に聞いて行く。



「ああ、だけどよ……なんか噂によると、その娘の隣にもう一人の少年がいたらしいぞ?」

「はあ、少年!?お前そんなわけねーだろ!」

「いやいや、本当だぞ?あの施設で脱出した孤児がそう証言したからな!!」

「ふうん……で、国はなにをやってるんだ!!養護施設は黒魔法で破壊されたんだろ?確実な悪魔だろ!?」

「まあ、だから騎士団長が言ったらしいぞ?あの悪魔の子と隣に付いている少年を、帝国の敵として見なすってな」

「ははっ!!スラム出身だからそりゃそうなるか!単なるゴミクズだからな」

「侮るんじゃねーぞ~?なんと、名前もついているんだから!」



そして、クロエは聞いてしまう。


この先、自分が一生を共にする仲間たちがいる組織の名前を。


過去の辛さを全部忘れられるほどの幸せをもたらしてくれる、仲間たちのあだ名を。



「影、だってよ!!あははははっ!!」

「…………」



……べたな名前だなと思いつつ。


クロエは、扉を開いてギルドを出た。

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