9話  復讐

「みんな、逃げちゃったね」



ほとぼりが収まった後、俺とニアは一緒に収容所の中を見回していた。


今、俺たちの中にはちょうど折半ほど分かれた悪魔の力がある。今なら、収容所の男たちを倒して、孤児たちを救い出せるだろう。


でも、どうやらその必要はなかったらしい。



「これは……ひどいね、ニア」

「うん」



廊下には何人かの男たちの死体が散らばっており、みんな酷い有様だった。


きっと、子供たちが今まで溜めてきた鬱憤を暴発させたのだろう。


逃げる途中で、孤児たちが一緒に力を合わせて彼らを殺したのだ。じゃないと、こんなに酷い状態の説明がつかない。


もちろん、同情する気持ちは少しも湧かなかった。俺にとってはこの男たちこそ、真の悪魔だったから。



「カイ、これからどうすればいい?」

「そうだね……いったん、ここから離れ―――えっ?」



その瞬間、目の前にホログラムのような通知バーが浮き上がる。


反射的にクリックすると、前に見ていたステータスバーと共にメッセージが次々と広がった。



『おめでとうございます!スキルのランクが上がりました!』

『おめでとうございます!新たなスキルを習得しました!』


【覇王の格】 - Bランク

魂に覇王の品格が宿る。すべての精神攻撃と状態異常を無効化。


【境界に経つ者】 - Bランク

すべての魔力の境界に立つ。あらゆる魔法を吸い取り、放つことができる。


【悪魔殺し】 ― Cランク

世界の終焉である悪魔の力を制御できる。




「……悪魔殺し、か」



これが、新たに獲得したスキル。


なるほど。【境界に立つ者】で魔法を吸い取り、それを完全に己のものにしたらこうやって、新たなスキルを習得する仕組みか。


何度も思うんだけど、これって本当にチートスキルだよな。【覇王の格】と【境界に立つ者】がなかったら、ニアを助けることもできなかっただろうし。



「カイ、何を見てるの?」

「うん?ああ、そうだね。ニアには見せてあげる……ほら、見える?」



俺は若干しゃがんで、ニアに見えやすいようにスキル表の位置を調整する。


そして、そのまま目の前に浮かんだスキルを読んで行ったニアは、珍しく目を見開きながら俺を見つめ返した。



「カイ、これって」

「うん、スキル表みたいなもんだけど……なにかおかしいとこでもあるの?」

「カイって、何歳?」

「ええ……?急になんで歳の話に?」

「あるスキルをBランクまで引き上げるためには、少なくとも50年の時間が必要」



…………………うん?



「それに、さっき悪魔の力を吸収したばかりなのに、このランクはおかしい。スキルを習得したら、普通はFランクから始まる」

「すなわち?」

「すなわち、カイは化け物」

「ほうほう、化け物」



ううん~~面と向かって言われるとちょっと照れるな。


なんとなく察しはついていたけど、どうやら俺は本当にチート能力を持って転生したらしい。


まあ、転生先がこの地獄のような帝国、なのがちょっとあれだけど。



「なるほどね……ありがとう、ニア」

「お礼を言うのはこっち。私は、カイに救われたから」

「だったらね、ニア。一つお願いをしてもいいかな?」

「カイのためなら、何でもやる」



……本当になにもかもやりそうでちょっと不安になるんだよなぁ。


俺は苦笑を浮かべつつも、ニアの手を握りしめながら言う。



「俺がこういうスキルを持っているってこと、他の人には内緒にして欲しいな。バレたらけっこう、面倒くさくなりそうだから」

「うん。カイの言う通りにする」

「あの……ニア?女の子が言う通りにするとかあんまり言うんじゃないよ~?悪い男に引っかかっちゃうよ~?」

「カイは悪い男じゃない」



それから、ニアは平然とした顔で再び言ってくる。



「仮にカイが悪い男でも、私はそれでいい」

「わ~お、ラスボスにとんでもなく好かれちゃった……」

「うん?ラスボス?」

「いや、こっちの話。まあ、俺は別にニアをどうこうしたいとは思ってないけどね」



俺はそう言いながら周りを注意深く観察する。もう一度振り返ると、ニアの顔は何故か曇っていた。



「……カイは意地悪」

「なんでそんな反応!?」

「それで、これからどうすればいい?カイの言う通りにする」

「うう~ん。そうだね、先ずはこの辛気臭い収容所をぶっ飛ばして……」



俺は言葉尻を濁しながら、ゲームのシナリオを思い出し始めた。


ここで教えてもらった時間帯が正しければ、今はちょうど主人公―――勇者たちのパーティーが結成されて、3ヶ月くらい経ったはず。


彼らはもうすぐ、ダンジョンに行って実戦経験を積み始めるだろう。まあ、勇者たちとはあまり絡みたくないけど―――



「暗殺者の子に、会いに行こうか」



個人的に、気にかかるキャラクターがいるから。


先ずは、その暗殺者の子を助けたかった。彼女こそ、盲目的な勇者と理不尽な帝国の被害者だから。



「……カイが浮気する」

「なんでこれが浮気になるんだよ!?ていうか、あの子が女の子だってどうやって分かったの!?」

「でも、私はカイに救われたから、カイが浮気しても許す」

「それ絶対に他の人の前で言っちゃダメだよ?俺がめっちゃくちゃ悪いやつになるじゃん!」



そもそも、大丈夫なのこの子!?浮気されたら怒るべきでしょ……!ああ、もう。時々ニアに人間の感情も教えてあげなきゃ。


そんな風にじゃれ合っているうちに、俺たちは地上に続く梯子を見つけて、そこに登り始めた。


外を出ると、暖かい日差しと共に生えている緑が俺たちを歓迎してくれる。ここは……森の中か?


……こんな静かな森の中で、よくもこの地獄を作る気になったな、帝国。



「カイ」

「うん」

「一緒に、爆発させたい」

「大丈夫なの?悪魔の力、ちゃんと制御できる?」

「頭の中の悪魔の声は消えた。それに私は、元々黒魔法に適性があったから、この地下基地を破壊するくらいなら問題なし」



まあ、心配はいらないか。元ラスボスだしね。


俺たちはお互いを見合った後、地下に向けて手を差し伸べる。


的確にどんなスキルを発動すればいいか分からなくて、俺はとにかく楕円型の魔力の塊をイメージして行った。


すると、黒に光る魔力が手のひらに吸い寄せられ、徐々に円型で勢いを増していく。ニアもちょうど同じ風に魔力を使っていた。


俺たちはその魔力の塊を、地下に向ける。



「カイ」

「うん」



これは、5000人を超える犠牲者たちのための、復讐だ。


魔法を解き放つ。間もなくして、地が揺れるほどの大きな振動が走った。

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