11話  クロエの運命

勇者パーティの元メンバー、クロエは死ぬ。


正確に言うと、彼女は勇者に殺される運命だった。普段からカルツの思想に反感を持ち、一人で行動することも多くてとにかくパーティー内でも敬遠されていたのだ。


クロエに対するカルツの疑いは増していくばかりで、彼はいつも反対意見しか出さないクロエを嫌うようになった。


その後に決め手となるのが、スラム街での事件だ。


スラムの商店街、ブラックマーケットで人身売買が行われるという情報を聞いたクロエは、囚われている人たちのためにスラムへ向かう。


だけど、そこである黒魔術師と相対する過程で、彼女は精神を操られてしまい―――ちょうどその時に出くわした勇者に、殺されるのである。



『確か、シナリオが本格的におかしくなったのも、クロエが死んだからだよな……』



仲間を自分の手で殺すという展開は、ユーザーたちに中々の衝撃を与えた。


なにせ、クロエの考え方に共感する人たちがとにかく多かったのだ。平面的な理想論だけを語る勇者に感情移入できず、シナリオに不満を抱く人も多くて。


でも、運営側はなにを考えていたのか、結局クロエを狂わせて化け物にして、最後に勇者の手で殺すように仕向けていたのである。


美人で性能も優秀だった人気キャラの死亡は、多くのユーザーたちがゲームをやめる主な原因となった。



『まあ、俺も確か50件ほどメール送ってたっけな……なんでこんなシナリオなのかと』



それほど愛着があるキャラだからか、収容所を脱出してから真っ先に思い浮かんだのがクロエの存在だった。


前世のゲーム中ではクソみたいなシナリオライターのせいで死に及んだけど、今の俺ならそれを捻じ曲げることができる。


だって、俺の隣にはこの世界のラスボス―――ニアが一緒にいるから。



「どうしたの?カイ」

「いや~なんでも。今日もニアは可愛いね!」

「……可愛いって言葉は、初めて聞いた」



無表情のままで頬を染めるニアを見て、カイはニヤニヤしてしまう。


前世のゲームで、この子を倒すためにどれだけ努力したことか。


30時間くらい寝ずにずっと挑戦し続けて、最後にクリアした時にはもう痛快さを越えて忌々しい気持ちになってたけど、今になってみると……。


うん、可愛い。やっぱりニアはとんでもない美少女だ。


悪魔が発現した後だからか、白に染まってしまった髪に赤い瞳。小柄で全体的に儚げながらも、どこか神秘的な感覚を与える雰囲気。



『ううん……大丈夫かな?スラムでこの見た目だと、かなり狙われそうだけど』



今、俺たちが向かっているのはこの帝国でもっとも危険なスラム街だった。悪魔の力が宿っている俺たちにとっては、他に行く先なんてないのである。


だから、スラムでしばらく息をひそめながら、クロエと出くわすのを待つつもりだったけど……スラムは、クズたちが集まっている場所。


当然、か弱い女の子なら性的に狙われることが多い。だから、めんどくさいことが起きたらどうしようと思ってたけど。



「ひいっ!?あ……悪魔が二人も!?」

「や、やべぇ……!なんだ、あの化け物は?収容所から脱出したのか!?」

「……ああ、そういえばそっか」



そもそも、ニアに手を出せるわけがなかったな……魔力視野を少しでも働かせれば、悪魔が見えるはずだから。


まあ、俺もニアと大層変わらないけど、仕方ないっか。命より大事なもんはないし。



「カイ。私たち、どこに行くの?」

「ブラックマーケット。そこのギルドに行ってダンジョンの入場券を買うんだよ」

「……ダンジョンの、入場券?」

「うん。俺たちの力がどこまで通用するのか、ちゃんと確認しなきゃいけないからね」



俺はニアの力を吸収してから、まだ一度たりともまともな戦闘をしたことがない。


もちろん、魔法をある程度使った経験はあるけど、やはり実戦経験を積んでおく方がいいと思った。



「ごめんね、ニア。長い時間ずっと歩きっぱなしにして」

「なんで謝るの?謝られる理由が分からない」

「う~~ん……俺がニアを苦労させたから?」

「カイは、私を苦労させたことなんて一度もない」



ニアは、いつも通りの感情のない顔で次の言葉を紡ぐ。



「カイは、いつだって私を幸せにしてくれる」

「…………お、おう。そう来ますか……」

「なんでそっぽ向くの?カイ?」

「面と向かってそう言われたら照れるんだよ!!いいからこっちみんな!!」

「ふうん、変なカイ」



少しだけ暖かくなったニアの声色を浴びたまま、俺たちは街の奥へと移動する。


次第に増していく悪臭と血痕。窃盗はおろか殺人も頻繁に起きるところだから、仕方ないだろう。


……やっぱ、思った以上に酷いな。平和な日本とは段違いだわ、この街。


そういった風景に違和感を抱きながらも、俺たちはスラム唯一の公的機関―――ギルドに到着した。

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