5話  持って行って、全部

「最近、なんか妙にお前らが倒れないんだよな……ちっ、もっと酷使すべきだと毎度言ってるのによ」



見張り人の男は、しかめっ面のまま部屋の中を見渡す。


俺たちがいる部屋は、子供が50人もいる。狭いベッドが連なっているこの無機質な部屋は、子供たちがどんな風に扱われているのかをよく見せていた。


そう、彼らにとって俺たちは家畜でしかないのだ。実験にために仕方なく飼っている、家畜。



「ひいっ……ひっ……」

「あ……あぁ……うぅ、うっ……」

「泣くな!うぜぇやつらがよ。ははっ、じゃ泣いた奴から選ぼうか!おい、そこの君。前に出て来い」

「ひいっ!?」



……おいおい、これはないだろ。


怖さのあまりに泣いていた女の子は、指図されてびくっと体を震わせる。


このままだと本当に死にかねないと思った女の子は、嗚咽を漏らしながらかろうじて言葉を紡ぐ。



「お、お願いします……!い、命だけは、命だけは……!」

「だから命に支障はないっつってんだろーが!!ぐちぐちうるせーぞ!!おい、そこのお前ら!そうそう、あいつの両隣の席を使っているおめーらだよ。おめーらもこいつと一緒に行ってもらうぞ」

「な、なっ……!?」

「ひ、酷いです!!僕、なにも悪さしてないのに……!」

「ああん?」



男がその声を発した瞬間、場の空気が変わる。


ありったけの勇気を振り絞って抗議をした男の子は、その場でハッと息を呑んでしまった。しかし、時すでに遅し。


男は、例の少年にずいずいと近づく。



「おい、もう一度言ってみろ」

「あ、あぁ……」

「もう一度言ってみろっつってんだろうが!ああん!?」

「ひ、ひいっ……!ぼ、僕が悪かったです!!どうか、どうか命だけは……!」

「うぜーな、家畜のくせによ!!」

「ああっ!?」



男はあっという間に腰に装着していた鞭を取り出して、少年に打つ。


人の肌が打たれる破裂音が部屋の中に響き渡り、男の笑みがどんどん深くなっていった。



「あ………あ」

「ああん?どうした?さっきはあんなにえらそーに言ってたじゃねーか!おい、どうした?どうしたんでちゅか~~?ああん!?」

「くああっ!?ああ、ぁ……!」

「……や、やめて……!やめてください!お願いします!」

「ははっ、そうだ。次はお前にしよう!いや、よく見たら可愛いじゃねーかよ。一晩一緒にどうだ?」

「ひ、ひいっ……!?」



………………………………………殺そうかな、あいつ。


一瞬そう思った俺は、気が付いたらベッドから立ち上がって、その男に近づいていた。



「おい、そこまでにしろ」

「ああん!?」

「そこまでにしろって言ってんだ」



男の視線が、血を流している少年から俺に向けられる。


ちょうどもう一匹、面白いおもちゃを見つけたと言わんばかりの視線だった。



「ははん~~最近の家畜たちの中ではヒーローごっこが流行りなのか?ああん!?」

「ヒーローもなにも、てめぇみたいなやつは八つ裂きにされるべきだろ」

「……………………………は?」

「人間を人間扱いしないで、家畜呼びするクソがよ。家畜は俺たちじゃなくて、てめぇの方だろうが!!」



想像もしてなかった暴言が吐かれ、空気が凍り付く。


男は一瞬、自分がなにを言われたのか理解できていないみたいだった。しかし、しばらく経った後に。



「あはっ、あはははっ……!くぁあああああああ!!」

「くっ……!」



持っていた鞭で精一杯、俺の体を打ってきた。



「ははっ、家畜は俺たちじゃない……?ははっ、そうかそうか!!なら、身の程を弁えるまで徹底的にぶっ潰してやるよ!!死ぬのがお望みのようだしなぁあ!!」

「っ……くぁっ!?」



打たれたことがなくて分からなかったけど、鞭には鉄の屑みたいなものが彫られていた。


尖った金属は、遠慮なく肌をひっかいて血を滲み出せる。蹴られて、打たれて、片腕がどんどん血まみれになっていく。



「どうした?どうした?俺を八つ裂きにするとか言ってなかったか?ああん!?言ってなかったのかよ!!」

「くっ……ぅあああああああああ!!」

「なっ……!?」



だけど、これ以上やられるのも性に合わない。


俺は、反射神経を最大限に生かして鞭の先を握りしめた。鉄の塊が手のひらをぷしゅっと刺してくるけど、知ったことじゃない。


そのまま、俺は―――握っていた鞭を精一杯、ヤツの太もも辺りに投げつけた。



「くっ、くぁあああああああああああ!?!?」



太ももに鉄くずの鞭が直撃し、ヤツは苦しそうな悲鳴を上げる。


俺は何度も、何度も鞭を打ち始める。今の俺には魔法も使えないし、肉体能力も劣っているただの子供に過ぎないけど、執念だけで動いた。


こんな地獄で平気に笑っていられるヤツを、殺さなければいけない。そんな衝動に、駆られていたのだ。



「かああああっ!!くそがぁ……!死ね、死ねぇえ!!!」

「っ!?」



一瞬、男が裏のポケットで何かを取り出す姿が見えた。


咄嗟に俺は体を離して、後ろに転ぶ。さっきまで俺がいた場所には、鋭い短剣が刺されていた。


……なるほど、あれにやられたら間違いなく、死んでいただろう。



「はあっ、はっ、はあっ……!」



こうなるとは思わなかったのか、男は目を見開いたまま荒い息を吐いていた。


しかし、俺は早いうちに姿勢を整えて、目をすがめながらヤツを見つめる。殺されかけたと言うのに、自分でも驚くほど落ち着いていた。



「ひ、ひぃっ……!?な、なんだ。なんなんだ、お前は……!」



思ってた以上に、男は動揺し始める。それもそうだろう。まさか、自分より遥かに小さい子供に返り討ちにされるとは思わなかったはずだから。


……いや、それとも固有スキルのおかげか?固有スキルの【覇王の格】が、いいように発動してくれたのか?


分からない。でも、確かなことがあるなら―――状況はこっちが有利ってことだ。



「く、クソが、クソがぁああ……!!」

「なに騒いでるんだ、お前!」



だけど、次の瞬間。


新たな監視役の男二人が入ってきて、部屋の惨状を確認する。最初に入ってきたヤツは太ももを完全にやられて、床にしゃがんでいる状態。


すぐに、二人の男の視線が俺に向けられる。



「はっ、てめぇはなにやってんだよ。虫けらにこんなこっぴどくやられちゃってよ」

「なんだ~?窮鼠猫を噛むってやつか?ははっ、おもしれ~な。こいつがどんな風に死んでいくかを見るのも、悪くないかもしれねーな」

「っ………!?」



一人はなんとか行けたけど、3人はさすがにヤバい。今の俺にはろくなスキルもないし、手のひらもボロボロだった。



「さて、半殺しにして研究所に連れて行くとするか~~?」

「うちの魔法使いさんが大喜びしそうだわ。違うか?ははっ」



男たちが近づいてくる。やつらの影が俺を覆い隠す。


……このままじゃ、本当に連れていかれる。


どうすればいい?なにか使えるものは?くそ、こうなったらもう意地でも食いつくしか……!


そこまで思っていた、その瞬間。



「持って行って、悪魔」



…………は?


今、後ろから声が―――そう思って振り返ったところで、俺は目にしてしまった。


さっきまで一緒にいた少女。自分は死ぬべきだと言いながら、体の中に悪魔を宿らせていた―――ゲームのラスボスにとてもよく似ていた、5015番が。


ベッドの上で立ち上がったまま、俺を襲おうとした男たちを見つめる。



「………持って行って、全部」



私の魂、と、5015番は小声でつぶやく。


俺が彼女の目じりにたまった涙を確認した、次の瞬間。


空間は、あっとうてきな暗闇に覆いつくされた。

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