4話  初めて触れる優しさ ~5014番サイド~

私にだって、母親はいた。


でも、あの人は親と呼んでいいのかと思えるくらい、酷い人間だった。隙あらばと私を殴って、蹴って、髪を引っ張って爪で肌をひっかいたから。


もちろん、その人の振る舞いもある程度は納得がいく。


私の体には、悪魔が宿っているから。



『憎いだろ?あの女を殺したいだろ?一回だけでいい。一回だけ、出てきてと言えば君は楽になれるんだぞ?』

『……黙って』



いつから体に悪魔がいたのかは、分からない。


ただ、あの人が言うには生まれた時かららしい。事実だと思った。幼い頃からずっと、頭の隅っこでは悪魔が喋っていたから。


それに、私が生まれ持った魔力はどうやら、悪魔が司る黒魔法に属するものらしい。


だからこそ悪魔の力とも相性がよく、その膨大な魔力を持っているせいか……生まれた瞬間から呪いをかけられたというのが、あの人の説明だった。


そして、私にそのすべてを語った翌日、母は首を吊って自殺した。



『お母さん?』

『………………』

『……死んだんだ』



死体は喋らない。いくら声をかけても目は閉じられたままで、口が開かれることもなかった。


母の死に開放感を抱きながら、私はようやく一人になった。


だけど、私の中にある悪魔が見れる人たちはみんな、私を煙たがっていた。毛嫌いしていた。


小石を投げられて、卵を投げられて、罵声を浴びせられた。


幸い、スラム街で運営される養護施設に預けられたけど、そこでも私はずっと一人で。


そして、施設を管理してくれた管理人さんが死んだ後―――私は、施設を脱出してある場所へ向かった。



『シュビッツ収容所。行き場を失った孤児たちが、一番手っ取り早く死ねるところ』



不法の人体実験が行われ、一日に50人以上の子供が殺される地獄。


ここへ来たら、私も死ねると思っていた。ようやく、すべてから解放されて楽になれると思っていた。


だけど、ここに来ても私は一人だった。みんな私を怖がっていて、魔術師たちは私に生体実験も施してくれなかった。


死にたい、死にたい、死にたいと毎日願った。


でないと、悪魔の言葉に頷きそうになるから。殺人が甘く感じられそうだから。



『………もう、いいっか』



でも、そろそろ限界だった。悪魔の声は24時間私の頭の中に詰まっていて、魔力が溢れる体は疲れという概念を知らなくて……無限に動く。


私はただ、楽になりたかっただけなのに。でも、死ぬことで楽になれないなら―――他に方法はない。


そう、悪魔になろう。悪魔になって、すべてを……私を捨てたこの理不尽な世界を、潰してしまおう。


黒い靄が魂を飲み込んだ。あと一言、出てきてと言いかけていたその時に―――



『これ飲んで。この三日間、ほとんどなにも食べなかったでしょ?喉も乾いているだろうし、ほら』



私は、私の運命を変えてくれる人に出会って。


未来永劫、自分が恋してしまう人に出会ってしまった。






何故だか、その少年はやけに私を気にかけていた。


生まれつきの感知能力があるから、私には分かる。この少年は、誰よりも鮮明に私の中の悪魔を目にしているはずだ。


なのに、彼は一切態度を変えなかった。むしろ初めての時より丁寧に、優し気に、私に接してきた。



『あなたの名前は?』



だから、私もこんなくだらないことを聞く。


裏切られるかもしれないのに。捨てられるかもしれないのに、軟弱な私は聞く。


少年はしばらく間をおいて、5025番と答えた。その答えに、私はがっかりした。


やっぱり、信じてはもらえないんだ。やっぱり、私のことを化け物だと認識しているんだ。


だけど、違った。彼曰く今までの記憶がまるでないようで、ウソだとは思えない真面目な声で説明をしてくれた。


そして、なにより――――



『一つ、かけをしない?』



出会ってたった一週間で聞いたその言葉に、私の疑いは完全に吹き飛ばされてしまった。


死にたいと何度も繰り返して言ったというのに、私の死を認めてはくれないのだ。私が生き残ったら、彼の勝ちで。


そのかけに負けることはないと、私を助けると……あの子は言ってくれた。



『………………………』



人生で初めて触れる優しさ。


人生で初めて感じる温もり。言葉に表現できないものが心の底から湧き上がって、どうにかなりそうだった。


だから、気づいた時には自然と口が動いていた。あなたのために生きると。


あなたのために生きると、2回くらい繰り返しで言った。私は本気だった。


私を助けたいと言ってくれたのは、あなた一人だけだったから。


それだけでも、私のすべてを捧げる十分な理由になる。



「………どうしてそんなに見てるの?俺の顔になんかついてる?」

「ううん、なにもついていない」



……といっても、私の存在が彼の危険になったら、いつだって消え去るつもりだった。


私は結局、化け物だから。私が傍にいることで、彼が傷つくかもしれない。彼が危ない目に遭うかもしれない。


それを想像するだけでも、背筋がゾッとして反吐が出そうになる。


そっか、私の心はもうこの子のものなんだと心底感じていた、その時。



「おい、なに寝てるんだよ、お前ら!起きろ!家畜に睡眠は要らねーんだよ!!」



印象の悪い男が、ベッドが連なっているこの部屋に入ってきて。


それから、何人かの子供たちを見た後―――まるで自慢するように、口角を上げながら言った。



「今から、ここで実験体を選び出してもらうぞ」

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