第24話

「今日は重要な催しがありますので、お着替え下さい」


 翌朝。またサンドイッチの朝食の後、フレッチャーがそう言って、年若のメイドを連れてきた。


「この者は話せないので、何か聞き出そうとしても無駄ですよ。ドレスを用意しましたので、それに着替えたら出発します」

「殿下はどうされているの? お会いしたいわ」

「一緒に出かけますよ。ご心配なく」


 メイドはまだ少女と言ってもいいほどの年齢で、かなり痩せていた。

 フレッチャーが出て行ってから何回か話しかけてみたが返事をしない。ただ早く食べろという仕草をするので、思い切ってサンドイッチを半分ずつに分けて、彼女に渡してみた。訝しそうにする彼女に、今度はこちらが食べろという仕草をし返すと、ようやく理解して頬を染めた。


「さあ、一緒に食べて用意しましょう!」


 パクパクとリアーナが食べ始めると、メイドの彼女も恐る恐る食べる。紅茶を飲み切り、ポットに入っていたおかわり分を注いで、そちらを彼女に渡すと、素直に飲んだ。

 フレッチャーは今の自分に余計なものは混入しないだろうと思っているので食事を分けたが、拍子抜けするほどあっさり食べたところを見ると、彼女も急遽ここに連れて来られたのかもしれない。

 

「じゃあ着替えを手伝ってくれる?」




     ◇     ◇     ◇




 馬車寄せに停まっていたのは先日の馬車と同じもののようだが、今度はあの匂いが充満していた。そんなわけないのに、リアーナの真っ白なドレスに色がつきそうな気がしてしまう。


「カール! あなた大丈夫? 今日はあなたとわたくしの記念の日になるらしいわよ!」


 華やかな淡いグリーンのドレスを身に纏ったビクトリア王女の様子も、また以前と同じに戻ってしまわれていた。ハンナと護衛騎士がいない分、ミリアンが誇らしげにそばに付き従っている。


「ビクトリア王女殿下、お元気でしたか?」

「元気よ! ついにアルフレッドとの結婚が決まるのだもの。夕べは興奮してなかなか寝付けなくって。カールはどうしていたの?」

「わたくしは静かにしておりました。ところで今日はどちらに向かうのですか?」

「あら、変なこと聞くのね? あなたの婚約を不成立にしてもらってから、わたくしの婚約式でしょう? 中央教会はわたくし詳しいのよ! 一緒に行きましょう!」

「ええ、ではよろしくお願いします」


 ぐっと重たい香料に咽そうになるのをこらえて、王女、フレッチャー兄妹とともに馬車に乗る。車内でも王女は興奮を隠し切れないようにあれこれと話していたが、その全てに賛同する妹と貼り付けたような笑みを浮かべる兄を横目に、リアーナは中央教会に向かう道を眺めていた。




     ◇     ◇     ◇




「ごきげんよう、神官長様」

「王女殿下、ようこそお越し下さいました。そしておめでとうございます!」


 中央教会は街から少し離れた場所にそびえ立っていた。周囲を木々で覆われていて、教会建築の大半を占めている白石には種々の彫刻が施されおり、静けさの中に重厚な印象を与える場所だ。

 敷地に入った馬車が重めかしい扉の前で停まると、恭しく低頭する神官長が王女を出迎えた。

 煌めく宝冠ミトラを被り、臙脂の外套カズラには豪華な刺繍が施されている。祭祀用の特別な衣装なのだろう。


「ありがとう。アルフレッド様はもう来ているのかしら?」

「まだのようですよ。ですがお喜び下さい! 今朝、オーラメリー神様より神託があったのです! 王女殿下の婚姻式は本日、旧神殿で行うようにと!」

「まあ、本当に? それに婚姻式ですって?」


 上機嫌の王女に神官長が「そうなのです!」と、さらに畳み掛ける。


「本日が王女殿下の婚姻式に最も良いお日にちで、この日に旧神殿で行えば夫ともども末永く幸せになれるのですよ。神託の通りになさいませ!」

「そうなのね! ではすぐにそちらに行きましょう! それともアルフレッドを待った方がいいかしら?」

「いいえ、新郎様はこちらの者がご誘導いたしますよ! 殿下はご用意がおありでしょうから、先に向かわれますように。花嫁衣装もあちらにすべて揃っておりますから」


 神官長の後ろに控えた神官達が心得たように低頭したのを見て、王女は満面の笑みを浮かべた。


「それなら急がなくては! アルフレッドには一番いい姿を見せたいもの! すぐ行くわ!」

「姫様、ご用意はわたくしにお任せ下さいませ!」


 すぐに馬車に乗り込もうとする王女について行こうとすると、フレッチャーを従えた神官長がリアーナを呼び止めた。


「リアーナ・カールソン嬢。あなたには少し頼みがあります」

「わたくしも殿下に付き従いたいのですが」

「すぐに追いかけますよ。その前に話があるのです。中へどうぞ」

「······手短に済むと嬉しいですわ」





 中央教会の中に入るのは初めてだが、静謐でありつつ贅が尽くされているように感じられた。ステンドグラスは天井まで届くほどの大きさで、オーラメリー神が天より舞い降りる姿が写し取られており、天窓からは崇高な光が降り注いでいる。礼拝堂の椅子や主祭壇も大変に凝ったもので、壁にはところどころに薔薇のレリーフが飾られている。


 神官長はゆっくりと主祭壇まで進むと、リアーナの方を向いた。


「あなたは気づいてないでしょうが、オーラメリー神は眩しいほどの黄金色の髪をお持ちだと言われています。そう、あなたのような」


 リアーナが見上げるステンドグラスの中の神は、確かに太陽のような光を放つ髪色をしている。

 

「このような美しいゴールドの髪はなかなか現れる色ではありません。信徒であれば『聖女』として布教活動をしていただくのですが、いかがですか?」

「いかがですかって、名前だけの『聖女』へ勧誘してるのですか? 誘拐までして?」

「そんな物騒なことをした覚えはありません。あなたは王女と親しく、この度神託を受けたために自発的に教会にお越しになった。そして聖女として生きることを決め、婚約は白紙にして教会で生きていくことにした、ということです」


 そこで言葉を区切り、穏やかに微笑んでいる神官長はそれ以上話す気がないようだ。それを受けてフレッチャーが懐柔しようとしてか口を挟んでくる。


「リアーナさん、あなたは助けが来ると思っているでしょう? ですがあなたも王女も成人だ。例えば自発的な家出の場合、捜索願いが出されても本人の意志が優先される。また、ここフレス街は交易が盛んですから、住民以外の人間がウロウロしていても気に留めないのですよ。現にあなた方が意識を失っている間に馬車を乗り換えましたが、誰も何も調べに来ない」

「······何で手の内を明かしてるの?」

「あなたには協力をしてもらわないといけないからです。人間って不思議なもので、いくら洗脳しても、潜在意識の中で本当に嫌だと思っていることは拒否するんです。

 だから王女も、突然の婚姻式を土壇場で嫌がるかもしれない。でもリアーナさんが同意すれば気持ちが傾くかもしれない。多数決に弱いのも人間ですからね。そんなわけで、王女に『正しい選択』をするよう、アドバイスをしてあげてほしいのですよ」

「内容的に私も拒否したい時は?」


 苛々とリアーナが告げると、穏やかな笑みを崩さない神官長の横で、フレッチャーは一段声を落とした。


「アルフレッド・ハンクス。彼はまもなく失明しますよ? 投薬していたのは僕ですから。このルニラの秘薬は我が国はおろか世間一般に流通していないですから、宮廷医だって完全に解毒除去出来ないでしょう。

 ルニラの秘薬は血管を拡張させる効果もあるんです。それの副作用として、目が緑色になって失明していくというものがあります。彼の瞳は緑だ。だからこの変化にほとんどの医者は気づかない。よく瞳を覗き込んでいるような人ではないとね。

 色々とフェイクをかけたので、2つの薬の掛け合わせによる副作用として解毒したなら、後からじわじわと症状が蘇って来るでしょうね。投薬してからもう大分経ちますから、そろそろ失明の時期かな?」

「何でそんな事を······」

「彼には、見えなくして洗脳して『俺のリア』をビクトリア王女だと思わせようとしたのですよ。彼からあなたの記憶を消して、ビクトリア王女が『リア』として生きる。元からそうだったと思わせるのに、視力を奪うのは有効かなと思ったんですよ。お互い助け合っているうちに愛が芽生えるでしょ? 彼は強いですし、もしもうまく行かなかった場合の保険ということで」

「保険で人の視力を······! 最悪ね」

「昔話をしましょうか。」



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