第23話

 てっきり中央教会に行くのかと思っていたが、着いたのはどこかの邸宅だった。それでもフレス街の中ではあるのだろう。見覚えのある風景がカーテン越しに見えたからだ。


 高貴な方の別宅なのだろうか。広大ではないが整備された庭園と馬車寄せがあるということは、それなりの身分の方が出てくると思っていた方がよさそうだ。


「さあ、姫様をまた綺麗に整えなくては!」


 ミリアンは意識のないビクトリア王女を車椅子に乗せて、嬉しそうにさっさと連れて行ってしまった。


「不安? 大丈夫だよ。あなたは歩けそうだから、エスコートしてあげましょう」


 思ったより丁寧にリアーナを馬車から降ろしたフレッチャーだが、腰に回した手は縄を掴んでいる。気持ちの悪い男だ、と思いつつ、なす術もないので我慢してついて行った。


 


     ◇     ◇     ◇




「大声を出さないで下さいね、リアーナさん」


 驚いたことにサンドイッチとお茶が出て来た。そのために一時的に口枷を外すから、騒ぐなということらしい。頷くと口が解放され、左手のみ腕も動かせるようになった。


 よく見ると武器になりそうなカトラリーは付いていない。その目線に気づいたのか、軽食を持って来たフレッチャーがわざとらしく肩を竦めた。


「あなたは『効かない』から、これくらい用心させてもらいます」

「······王女殿下はどちらなの?」

「ああ、殿下は今、妹のマッサージを受けていますよ。またになっていただきたいものでね」


 この男は綺麗に口角を上げる。笑顔が身に染み付いているというのに、何故こんな事に加担しているのだろう。


「あの精油を使って、マッサージ中に洗脳でもしてるみたいな言い方ね」

「おや、ほぼほぼ正解ですよ。あの精油は感情のストッパーを外れやすくするものなんです。だから使用中に囁いたら······そういうことにもなるかもしれませんね」

「それって······ルニラ真教の秘薬なんじゃ」


 そんな恐ろしい薬があると聞いたことがある。ルニラ真教というのは古代より続く宗教の一つだったが、魔草を用いて人心を操る邪教として近年問題になり、隣国ハプラムが聖地を焼き討ちするという惨たらしい方法で壊滅したのだ。その理由は明らかにされていないが、ハプラム王家を激怒させるような何かをしたのだろうと噂された。


 リアーナの呟きに、フレッチャーは一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに真面目くさってパチパチと拍手を送ってきた。


「リアーナさんって鋭いんですね。僕は好きですけど、世情に詳しい令嬢は頭でっかちと敬遠されるかもしれないなあ」

「そんなものを王女殿下に使うなんて!」

「へえ、自分の婚約者を盗られそうになっていたのに、随分と優しい発言ですね。綺麗で潔癖だなんて」


 フレッチャーは笑みを絶やさないまま、リアーナの腰の縄を引っ張る。


「汚したくなる男は多いと思います」

「痛っ」

「だから、早く食べちゃって下さい。あなたには効かないから、何も入ってないですよ」


 途端に素っ気なくなったフレッチャーは鍵をかけて出ていったので、リアーナは無理やり腹ごしらえをした。意外とするりと胃の中に収まったのは、リアーナが図太いからだろうか。時間が分からないが、おそらく夜なのだろう。することもないのでリアーナは目を閉じた。




     ◇     ◇     ◇




「イアン、今どこにいる?」

「ノーヴィック第三団長、報告します。

 殿下達はフレス街の一角にある邸宅に入ったものと思われます。教会の馬車は、途中で一台のみ不自然に乗り換えを行いました。その無印のものが邸宅に、残りの教会馬車三台はそのまま中央教会に入りました。その最中にカールソン嬢を追うハンクス辺境伯家のトビアス騎士に会ったので、彼に教会馬車の方を偵察してもらいましたが、あちらに殿下達はいなかったとか。ですので、この邸宅内に入った馬車に乗っていたものと思われます」

「よし、報告感謝する。邸宅の場所は市場からほど近い住宅地だな? 今回は『宿り木亭』に部屋を取った。フレッチャーの手の者がいるかもしれないため、『雄鶏亭』の利用はなしだ。交代要員を送るから一度二人はこちらに来てくれ」

「了解しました」


 通信を切ると、ノーヴィックはふうと息を吐いて捜索隊員に指示を出した。


「悪いが二名、イアン達と交代してくれるか? それから中央教会にも二名見張りに行ってほしい。後はその邸宅が誰の持ち物か調査にかかってくれ。それとアルフレッド、ホフマン、アッテンボローはこの場に残ってイアン達を待ってくれ。エイベル殿下に報告の上、対策を練るぞ」

「はっ、了解です」


 迅速に動く捜索隊員達を横目に、アルフレッドはリアーナ救出に向けてプランを練っていた。


「団長、少しよろしいですか?」

「あ、俺もお前に確認があるんだが······機嫌はどうだ?」

「はい? 機嫌ってなんですか? リアーナが誘拐されてるんですからいいわけがないでしょう!」

「そうだよな······。うん、それは分かるんだが機嫌がいい時に話したかったんだよなあ。お前の話を先に聞こう」

「······気になるんで先に団長の話を伺います」

「えー、えーと、それじゃあ······」


 


 トビアスはイアンとともに『宿り木亭』に辿り着いた。お嬢様を連れ去られてしまったことは弁明のしようがない失態だ。すぐに団長とアルフレッドに面会を申し入れて、謝罪をしないと居た堪れない。そう思って彼らが打ち合わせをしている部屋に案内されていた時、廊下に「ふざけるな!」という大きな声が響いた。


「な、なんだ?」

「······俺の主の声ですかね。多分」

「主ってアルフレッド・ハンクス? あいつ、こんな声荒げるの?」

「とにかく行きましょう」


 二人が扉を叩くと、「早く入ってきてくれ!」とノーヴィックの悲鳴が聞こえたので、慌てて立ち入ると、そこには顔を真っ赤にして怒り狂うアルフレッドの姿があった。


「どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたもない! ミカエル殿下がリアーナを盗聴してたんだ!」

「とうちょう?」


 トビアスは首をひねるが、イアンは想像がついたのか「あー」と小さな声を漏らした。


「イアン様、主は何を怒ってるんですか?」

「おそらくミカエル殿下がカールソン嬢に用意した魔道具が盗聴出来るものだったんだろう。それをアルフレッドに無断で使用したから······この惨事なんだろうな」

「あー、そういう」

「でもそれで現場の状況が把握出来て、突入しやすくなったのだがな」

「まあ嫌ですよね」

「だな」


 イアンは慣れた様子で二人を引き離し、まずはノーヴィックに挨拶をした。


「交代してきました。それでトビアス騎士にも通信バッジを貸与してもらえませんか?」

「あ、ああもちろん。二人ともご苦労だった。少し休んでほしいところだが、これからエイベル殿下、ミカエル殿下と繫いで打ち合わせに入るので、トビアスにバッジの使い方を教えて待っていてくれ」

「はい」


 イアンがバッジを用意しに席を立つと、アルフレッドが大股でトビアスのところにやって来た。


「トビアス、あの指輪は真実いやらしい代物だったらしい! 団長もミカエル殿下も人の心がない!」

「アルフレッド様、落ち着いて下さい。怒るとしたらリアーナお嬢様です。まずは救い出すことを第一義としましょう。復讐はその後に」

「······そうだな。怒るならリアーナだな」


 ふう、と深呼吸をして、なんとか怒りを収めたアルフレッドを見て、トビアスはひとまずホッとした。

 この主は拗らせていたものの心底リアーナのことが好きなのだ。彼女が好きだった物語の主人公みたいに寡黙で強い男になろうとしたり、言えない思いを謎の妄想にして騎士団で語ったり。それだって人が聞いたら、呆れられたり変態だと言われるような話だ。

 でもトビアスは、この不器用な主が好きだった。不安だから感情が爆発しやすくなっているのだろう。ならばやるべきことは一つだ。


「すみません、アルフレッド様。リアーナお嬢様をみすみす誘拐されてしまって。何でもしますから必ず取り戻しましょう!」

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