第7話
事態が動いたのはその日の逗留先でだった。
王都にだいぶ近づいたということもあり、この辺りは民家と宿屋が多く、洒落た商店なども揃っている地域だった。ここユール街は昨日のフレス街とともにザイルバーガー公爵領にあり、治安も良いと評判だ。
今夜は騎士団がよく利用している宿を取る予定だったのだが、盗賊討伐の礼という名目でザイルバーガー公爵邸に急遽呼ばれることになった。現当主のザイルバーガー公爵様は無類の宴好きなのだそうで、また騎士団にも友好的なため、よくこのような会が開かれるらしい。
「諸君、今日は無礼講だ。簡単だが酒も肉も用意しておいたから、ここで英気を養ってくれ」
シャンデリアがまばゆい輝きを放つザイルバーガー邸の大広間。恰幅の良い男性が、歳の割に豊かな白髪をなびかせて、開会の挨拶を行って拍手が起きる。
「そういったわけで、城に戻る前にザイルバーガー公爵閣下が俺達を労って下さるとのことだ。ありがたくお世話になることとしよう」
「ありがとうございます、ザイルバーガー公爵閣下」
ノーヴィックの言葉に団員達はわっと歓声を上げる。そして彼らはザイルバーガー公爵邸に用意された華やかな食事を前に、早速舌鼓を打った。即席の会とは思えないほど豪華で、テーブルにしつけられた花器も贅を尽くしたように色とりどりの花で飾られている。
リアーナは学院と領地のパーティくらいにしか出席したことがなかったので、その華やぎに圧倒されてしまった。お料理もワンハンドで品よく口に出来るよう計算し尽くしたサイズで、なおかつ盛り付けが芸術的だ。果物もふんだんに用意され、マリーと一緒ならテーブルセッティングのところからメモを取りたいほど素敵だった。
「俺は見張り当番ということにして飲食を遠慮するつもりだが、リアはどうする?」
「私も心配だから遠慮しておくわ。今マリーが食料を買いに行っているから、後でそれを食べましょう」
「俺を待たなくてもいいんだぞ」
騎士団はどんな時でも有事に備えるため、必ず数名は飲食の時間をずらすのだそうだ。今回はその慣例を利用し、アルフレッドは公爵邸で飲食を摂らない理由とすることにした。
だからリアーナは宴に参加しても構わないというのだが、そもそもの理由が騎士団の慰労会なのだ。ついでに同行させてもらっているリアーナ達が紛れ込むのはおこがましい。公爵家に我々まで宿泊の許可を下さっただけで恐縮なのだ。
それに、ホフマンと会うのも何となく避けたかった。デリック・ホフマン。子爵家の次男だそうだが、柔和な男に見えても油断出来ない。アルフレッドだけでなく、どうもリアーナにも悪意があるような気がするのだ。何故か今は姿が見えないが、用心するに越したことはない。
ここは大人しくお借りした部屋に戻って、マリーを待とうかとしたところ、扉の方がにわかに騒がしくなった。
「ザイルバーガー公爵、ごきげんよう。第三騎士団の皆様が無事にお戻りになったと聞きました。わたくしもお仲間に入れていただける?」
「おお、ビクトリア王女殿下。ご参加下さるのですね」
ひときわ美しい金髪を艶やかに結い上げ、薄い桃色のドレスがとてもお似合いの美女――この国の王女様が、二人の侍女と護衛騎士を引き連れて会場に現れた。
ビクトリア王女殿下は現在19歳。王女は王立学院に通われなかったのでお話したことはないが、たいそう可憐なお姫様だという噂は南部の田舎にも届いていた。たしか隣国へ嫁ぐ話が進んでいたはずなのだが、今もこちらにいらっしゃるということは国内貴族へ降嫁なさるのだろうか。
「ぜひ彼らにねぎらいのお言葉を賜りたく」
「ええ、そうね」
羽のように軽やかに王女が上座に向かって歩き出した。彼女が通り過ぎた後は、周りの男性陣の顔が輝きを増しているように思える。陶磁器のように艶めくお肌に澄み渡った空色の瞳、誰もが魅了されてしまう微笑みが、しとやかに美しい。
慌てて野営病院に駆けつけたリアーナは当然夜会用のドレスなど持ち合わせていない。公爵には内輪の会だから気にしないでほしいと言ってもらえたが、リアーナのあっさりめの晩餐用ドレスではこの大広間に負けてしまう。いや、たとえ気に入りのドレスを持ってきていたとしても、ビクトリア王女にはまったく太刀打ち出来ないけれど。
そんな薔薇のような王女がザイルバーガー公爵の横にたどり着くと、可愛らしく紅で飾られた口元から涼やかな声が発せられる。
「皆様、この度はガルド地区の視察並びに盗賊討伐の任務完遂、誠にお疲れ様でした。皆様の厚い愛国の心でもって我が国の平和は保たれているのです。国を代表する者のひとりとして、誇らしく思いますわ」
今日一番の歓声。
可憐なお姫様が団員達を見渡しておっしゃられた事で、彼らのボルテージはますます高まった模様。あちこちでグラスが掲げられ、杯を重ね、美味をつまみ、語らいが続く、とても賑やかな会になっていく。
「ビクトリア王女様は騎士団をいつも見ていて下さるよな」
「うんうん、模擬戦にもよく足を運んでくださるし」
「もしかしたら、誰かお目当てがいらっしゃるとか」
「あんなお綺麗な姫様が、俺らを見初めるわけないだろう!」
「いやあ分からないぜ? 強い男性に憧れる女性だって多いんだ」
「ああそういえば、噂になってたことがあるじゃないか! 副団長とさ······」
「馬鹿、余計な事言うなよ!! 副団長はリアちゃんにメロメロだろ? 毎日甘過ぎる光景を見せられてるのに何を言ってるんだ!」
すでに頬を染めている団員達は、早くも酔っ払っているのか、リアーナ達が近くにいるというのに与太話を始めていた。
彼らが言う『アルフレッドの噂』とはなんだろう?
とても気になったものの、チラリと噂の主を盗み見ても当人――アルフレッドは何も言わない。発覚を恐れて余計な口を利かぬように噤んでいるのかと少し腹立たしいが、ここで騒いで喧嘩をするわけにもいかない。
よし、ひとまず部屋に戻らせてもらおう。問い詰めるのは後でいい。ホフマンの言葉に踊らされるつもりはないが、いつまでも結婚しない理由もそこにあるのかもしれないし。
先程まで退出のタイミングを見失っていたリアーナだったが、場が落ち着いてきたのでそろそろ戻っても良さそうだ。アルフレッドに確認すると、「それなら部屋まで送るよ」とあっさりと返答が来た。
それならばと二人で扉に向かって動き始めたその時、なんとビクトリア王女がこちらに向かって来るではないか。
「リア、こっちに来てくれ。『演技スタート』だ」
「え、あっ、これって······」
どうしようと焦っていると、突然アルフレッドに腕を引かれた。腕を組むように指示され、慌ててアルフレッドの腕を取ると、まるで夜会でエスコートを受けているようになってしまった。見張り番なのにどうしたの、と声を出そうとしたら、王女御一行が目の前にいらっしゃった。
「ビクトリア王女殿下に置かれましては······」
「いいのよ、アルフレッド。そんな他人行儀な」
アルフレッドの口上に合わせてカーテシーをしたままのリアーナは、頭上から聞こえて来た王女の言葉に目を見開いた。
「だって夫婦になるのでしょう、わたくし達」
ええっ?!
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