第2話
「おはようー、リアちゃん!」
「ああ······こんなむさ苦しいところに可愛い子がいるだけでいつもの飯が美味く感じる······!」
「お、おはようございます。皆さん」
「女の子の声だあ」
翌朝になってもまだアルフレッドは眠り続けていたので、リアーナとマリーは連れ立って病院内の食堂に来ていた。
昨日で少しは耐性がついたかと思っていたが、可愛い女の子扱いされる度に動揺が起きてしまう。
「リアちゃん、恥ずかしがって赤くなるの可愛いなあ」
「おいお前ら。アルフレッドが起きてきたらキレられるぞ! いくら可愛くても人の婚約者だ。ほどほどにしておけよ」
「はーい、団長! 気をつけます!」
「リアちゃん! 調子に乗ったことは副団長には内緒にして下さいね! あの人怒るとヤバいんで」
「え、ええ。分かりました」
トレイを持ったまま固まっていたリアーナを、ノーヴィックが苦笑しながらも自然に誘導して窓際の席に座らせた。
「おはよう。よく眠れただろうか」
「ありがとうございます。おかげさまでよく休めましたわ」
「侍女さんも?」
「ええ。恐れ入ります」
「アルフレッドはまだ······?」
リアーナが頷くと、しばらくは食事に集中することになった。
根菜と塩漬け肉が柔らかく煮込まれたスープとパン。ボイルエッグとマッシュポテトもついている。ノーヴィックには足りないのか、テーブルに置かれた瓶からピクルスをたくさん取り出して食べている。
マリーとともにおいしく完食すると、ノーヴィックが三人分のお茶を持って来てくれた。
「さて。ここからは防音魔法を使うよ。侍女さん、申し訳ないがしばらくにこやかに話を聞いているふりをしていてくれ」
「······はい?」
リアーナ達が驚いている内に、ノーヴィックが何事かを口ずさみ、一瞬だけ周囲に膜が張ったような感覚が起きた。
「昨日は驚くことばかりだと良くないかと思って話さないでいたのだが、アルフレッドのことなんだ」
侍女さんは知らない方がいいかもしれないからね、という言葉が続いて、知らずにリアーナの身が引き締まる。一呼吸いれると、ノーヴィックは笑顔で話を切り出した。
「今回の遠征はガルド地区の森林見回りと、遺跡近くを根城にしている盗賊の討伐が目的だった。こう言ってはなんだが大したことは起こらないはずだったんだ。それなのにアルフレッドは昏睡した。盗賊討伐で苦戦したわけではない。公には言っていないが、軽症ではあるが怪我をした者をここ――野営病院に連れて行く道中に、薬を盛られたらしいのだ」
「く、薬を······」
思わず音を立ててカップを置いてしまったリアーナを見て、マリーがさっと立ち上がって蜂蜜を取って来てくれた。甘いもので精神を落ち着かせるのは昔からの習慣だ。聞こえていなくとも、マリーにはリアーナが動揺していることに気が付いたらしい。
にこやかに、笑顔で。そういう顔を作って受け答えをしたいのに、リアーナは頬の筋肉がうまく動かなくなってしまった。
「ガルド地区の難民抗争は三年前に終わっている。あちらのボスとは、今回の見回りの際に友好的に会談をしているんだ。だからと言ってガルド民ではないと言い切れないが、アルフレッドが倒れたのは盗賊討伐後ここに向かっている最中で、会談から四日が経っていた。武力を削ぐにしても団長の俺ではなく副団長だけを狙うというのも考えにくいし、その後奇襲が来ることもなかった。可能性としては、この遠征メンバーの誰かにアルフレッドが単独で狙われたと考えるのが自然だ」
「そんな!」
思わぬ話が続いて、再びリアーナは声を荒げてしまった。
アルフレッドが仲間に命を狙われているの?
「幸い、倒れてすぐにここに着いたから、医者に看てもらって解毒は済んでいる。神経に作用する毒を使われたようなんだが、摂取した量が多くなかったことが功を奏した。しかしその前に眠り薬を嗅がされていたようで、複合的な作用が生じて昏睡の症状が通常より強く出たらしいんだ。だから団員達には、たまたま怪我した箇所に毒草の汁が触れてしまい、軽症ではあるが熱が出たので大事を取って休んでいる、ということになっている」
落ち着いた仕草でお茶を口にするノーヴィックの顔は、端から見たら和やかそのものだろう。先に進めてもいいか、という目線を感じたので、リアーナは何とか悲鳴を呑み込んで頷いた。
「また俺が見る限りでは、不審な動きをする団員も見つけられなくてな。犯人の目星もついておらず、面目ない。医者が言うには毒が排出されるのに三日かかり、その後には目覚めると聞いているので、もうまもなく起きるはずなんだ。ただ、起きるとまた狙われる可能性がある。なるべく早く犯人を見つけたいのだが······」
「今回のことで後遺症とかはないのですよね? ······まさか騎士団内に犯人がいるような事件に巻き込まれているとは想像しておりませんでしたが」
「そこに関しては俺の監督不行き届きで、己の不明を恥じているよ。しかし、カールソン嬢がこんなところにまで来るというのも想定してなくてな。まあ愛する婚約者の急報だから駆け付けるのは当然なんだろうが、······いや独り者は考えが足りなかったな」
さてそろそろ他の者に席を譲らねば、と呟くと、ノーヴィックはカップを空にした。
「この野営病院を今も残しているのは、ガルド民にも医療を提供するというのが講和の条件でもあったからなのだ。だからカールソン嬢、区域を分けているとはいえ、ガルド民がここにもやってくることはある点は覚えておいてくれ」
「ええ、分かりました」
「とにかく。大変申し訳ないが、ここにいる間はアルフレッドとともに十分留意してほしい」
◇ ◇ ◇
リアーナは自身に割り当てられた部屋に戻って来ると、どっと疲れを覚えて椅子に座り込んてしまった。
先程の話は必要に応じてマリーには話してもいい、とノーヴィックから許可をもらっている。おそらく、マリーは信頼が置けるのかを自身で判断しろということなのだ。犯人がマリーではないのは明らかだが、裏で誰かとつながっているかは分からない、用心しろということ。
色々考えたが、マリーにはひとまず団員達に周知されている内容で話しておいた。ノーヴィックとの話で動揺したのは、アルフレッドが毒草を摂取したということに衝撃を受けたからだということにしたが、話を聞いたマリーにはとても心配されてしまった。
「毒草の中には重篤な症状を引き起こすものもありますし、それから体質的な問題で普通より強い症状が出る人もいます。ですがお嬢様、もう解毒は済んでいるのですから、安心してお目覚めになるのを待ちましょう」
「そうね。そうよね。ありがとうマリー」
幼い頃から世話になっているマリーに隠し事をしている気不味さから、リアーナが無意味にハンカチを開いては畳むことを繰り返していると、突然マリーに問いかけられた。
「それよりお嬢様、『俺のリア』問題についてはどうなさるんですか?」
「えっ、問題? どういうことかしら?」
「ここ騎士団内では、アルフレッド様の発言によって、リアーナ様が『自分にベタ惚れでいつも甘えてくるものすごく可愛い子』となっているのですよ! アルフレッド様は副団長様というお役職にある御方。そんな方が間抜けな嘘をついていたというのでは周りに示しがつきませんでしょう」
「ええ、そうかもしれないけれど、それで言うと何? 私が『俺のリア』としてアルフレッドに甘々にくっついて可愛らしいことを言わないといけないっていうこと?」
リアーナがせっかく綺麗に畳んだハンカチをぎゅっと握りしめて叫ぶと、マリーが淡々と詰めてくる。
「······アルフレッド様が部下達の信頼を損ねてもよろしいのですか? 嘘つき呼ばわりされても?」
「うっ、それは」
「でしたら! お嬢様のやるべきことはひとつ! アルフレッド様の理想の『リア』を演じるのです!!」
「ええっ!!!」
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