仕方ないので『俺のリア』を演じてあげます!
来住野つかさ
第1話
「あなたが『俺のリア』ちゃんですね!」
「副団長からラブラブ話をいつも聞いて憧れてます!!」
「······はい?」
ここは野営病院······のはずだけれど?
リアーナは婚約者のアルフレッドが遠征先で怪我をして昏睡状態との連絡を受けて、急いで駆け付けたのだ。そのはずが、何故か騎士達にキラキラとした目で取り囲まれている。おかしいな。アルフレッドはまだ目覚めていないというのに。
「ええと、ひとまずハンクス様にお目にかかりたいのですけど」
「あれ? 『アル』って呼ばないんですか?」
「えっ?」
「そうそう、副団長ったら『アルはリアだけが呼ぶ愛称だから他の呼び方にしてくれ』って団長にまで言ってましたよね」
「あの······わたくし······」
「やっぱり声可愛いですね! いいなあ、甘々な婚約者!!」
「······あのぅ」
「照れてる! リアちゃん可愛い!」
皆さんどうしたのだろう?
そしてリアーナは決して可愛いタイプではない。
リアーナが困惑していると、「はいはいそこまで!」と声がかかり、手を叩いて解散を促す男性が現れた。
「リアーナ・カールソン伯爵令嬢だね? 俺は騎士団長のバーニー・ノーヴィックだ。さあ、アルフレッドのところへ案内しよう」
◇ ◇ ◇
野営病院とはいえ重篤な負傷者がいない遠征地ということもあり、どこかのどかな雰囲気が漂っている。
ノーヴィックの後をついて歩いていくリアーナは、こんな状況なのにぼんやりと考え事をしてしまっていた。
なにせついさっきまで、黄色いミモザが彩る穏やかな街道をその景色にそぐわないスピードで走る馬車に乗って、不安な気持ちで手を固く握りしめながら外を眺めていたのだ。車中ではアルフレッドがこのまま目覚めなかったら、と良くない事ばかり頭から浮かぶのを止められなかった。
隣に乗る侍女のマリーからも「昨夜からあまり眠れていないのですから、少し目を閉じてお休み下さい」と言われるほど、顔色も悪かったに違いない。
それなのに。何なのだろう、この危機感のないムードと、謎に広がるリアーナ情報は······。
「野営病院など来るのは初めてだったろう? 道もあまり良くないところだし、お疲れではないかな?」
「ノーヴィック団長様、お気遣いありがとうございます。一報いただき、取るものとりあえずで馬車に乗ってしまいましたわ」
「安心してくれ、アルフレッドは意識はまだないものの、容態は安定しているんだ。疲れで深く寝入っているものと思う」
「······そうですか!」
ようやくリアーナは息をついた。本当に最悪の事態ではなかったのだ。そんなリアーナを気にかけたのか、ノーヴィックがつとめて明るい声で話を続けてきた。
「それだからこそ奴らはのんきに、あの『俺のリア』が来たと騒いでいたんだがな。愛しい婚約者が昏睡しているというのに、変な出迎えで困惑しただろう?」
「ええ。大変な事態ではないのだと分かってホッとしましたわ。ですが」
「なんだい?」
「······『俺のリア』ってなんでしょうか?」
◇ ◇ ◇
「恥ずかしい! ものすごく恥ずかしいわ!!」
「お嬢様、『旅の恥はかき捨て』と言いますから」
「旅じゃないし、かき捨てられない気配よ、あれは! 全くアルフレッドは何を話してたのかしら!!!」
「······お嬢様とのラブラブ婚約生活」
「違うじゃない! 全然、全く! どちらかというと婚約解消になるのかしら、それとも白い結婚かしらと思っていたわよ! それが······」
「驚きですよね。まさかアルフレッド様がお嬢様にめちゃめちゃ惚れられてて、甘々のベタベタ生活を送ってるなんて周囲に言ってらっしゃるなんて」
「そうよ! いつも無口で、たまに口を開いたかと思ったら文句しか言ってこない男が! なんでそんな嘘八百をたんまりと話してるのよ!」
リアーナは顔を真っ赤にしながら恨めしげにアルフレッドの寝顔を睨みつけた。
ここはアルフレッドの病室だ。ようやくマリーと二人になったので、リアーナは先程からの混乱を吐き出していたところ。
リアーナの婚約者――アルフレッド・ハンクス辺境伯令息は四歳年上で、今は王国騎士団にて副団長を任されている。いずれ辺境伯を継ぐ段になれば退団することにはなるが、まだまだお父上は闊達でいらっしゃる。そのため、アルフレッドは今のうちから辺境騎士団にて王国騎士団員の研修などを積極的に受け入れていて、王国騎士団とスムーズに連携する下地作りに余念がない。
どちらも国を守るものだ。有事に備えての人事交流は大事なのだろう。
要するに、アルフレッドは現在王都在住で、リアーナは王都から離れた南部のカールソン領在住というわけだ。カールソン領は田舎だが肥沃な土地で栽培されるとりどりの野菜が名産の良いところではあるものの、十八歳を迎えたリアーナはとうに結婚適齢期。だというのに、具体的な話もないまま物理的に離れて暮らしているのだ。
いくら物理で離れていても、心は密接だという婚約者もいるだろうけれど、リアーナとアルフレッドはそういう関係でもない。婚約が決まったのも、親同士が元々親しくて······というよくある話だ。まあそんなわけで幼少期から何度も会っていたし、アルフレッドだって幼い頃はそこまで仏頂面でもなかったので、リアーナの弟も交えてなかなか楽しく交流していたように思う。
特に、一人っ子のアルフレッドはリアーナの年子の弟ラウエルをめっぽう可愛がっていて、よく庭に連れ出してはラウエルに稽古をつけていたというのが大きかっただろうか。
仲間外れにされることが嫌だった当時のリアーナは、ラウエルの服を着て彼らについて行っては木剣を振るい、護身術や受け身も覚えた。そんな幼少期を送ってしまったがために、気がついたら他の令嬢よりも随分お転婆なリアーナが完成していた。
そんな風にして過ごした二人は、アルフレッドが十四歳、リアーナが十歳の時に婚約。活発で勝ち気な子に育ったリアーナの気風から、辺境伯夫人に向いているのでは、という一点で決まったものだった。
そう。アルフレッドは別にリアーナが好きと言うわけではない。よく知ってるから、丁度良かったから、程度なのだ。それからだんだんと自我が芽生えていって、リアーナとの婚約も嫌になったのかもしれない。
「······アルフレッドは、可愛い婚約者がいるっていう自身の願望――妄想を話していたのかしら?」
「お嬢様は可愛いですよ」
「そりゃあマリーは幼い頃からお世話してくれているし、雇い主の娘には優しいことを言うわよ。でもさっきの話を聞いていたでしょう? 『俺のリア』は自分にベタ惚れでいつも甘えてくる、ものすごく可愛い子、ですって! 誰よそれ!」
「アルフレッド様にはそう見えている、のかも」
「そんなわけないじゃない!」
「······はいとも、いいえとも言いにくいですが」
「ほら!」
「でも自分が倒れたら、心配して駆け付けてくれる婚約者は『可愛い』ですよ」
「······うう」
可愛いなどど言われ慣れていないリアーナは再び顔を赤くして、押し黙った。
「アルフレッド様、こんなにうるさくしていてもお目覚めになりませんね」
「お医者様が、明日には意識が戻るのでは、と言ってたわね。あれこれ言いたいことはあるけれど、早く起きてほしいわ」
アルフレッドはとにかくこんこんと眠っているようだ。近頃は会ってもろくに目も合わせずに用件だけをボソボソと言うだけになっていたので、仕事場であんなおかしな嘘を言いふらすなんて想像がつかない。
こんな風に顔をまじまじと見るのも久しぶりだが、眠っていても武芸に秀でている男性とは思えないほど美しい面立ちなのがよく分かる。青みがかった黒髪と、少し大きめの口元、左目の近くのほくろ。成長して眉も凛々しくなり頬の柔らかさはなくなってしまったが、あの頃と変わらないものも多くあるのに。
「······どうしてこうなっちゃったのかしらね」
とにかくアルフレッドが起きるのを待つしかない。リアーナは何度目かのため息をついた。
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