君だけを救いたい僕と世界を救いたい君の八つの世界線【Ⅶ】

双瀬桔梗

第七の世界線

 朝、目を覚ましたおおがみれいは上体を起こしてから、ベッドの上で考え込む。他の世界線で上手くいった部分はそのままに、鳥の怪人になれる人物を探し続けたが、一向に見つからない。そこで黎は、最初の世界線でその人物と出会った経緯をじっくり振り返る。


 ヘルトを辞めた後、イレーズに近づくために彼らを探していた。話が分かる相手がいるかは黎自身も賭けだったが、最初に出会った怪人人物がそのタイプで彼は内心ホッとする。


 ――あれは……新月の夜だった。時間は零時を過ぎていたか……。ろう君を死に追いやった全てを憎みながら夜道を歩いて。……そういえば、と出会った裏路地に向かう前、公園を通った。広場の片隅に生えた大樹を殴りつけた後に、夜空を睨んだ。それから公園を出て、裏路地に入ってしばらくして……彼に声をかけられた。


 そこまで思い出した黎はスマホのカレンダーを開く。先程、思い出した出来事が起きるのは三日後だ。




 三日後の深夜零時過ぎ、あま志郎がぐっすり眠っているのを確認してから、黎は件の公園に向かう。


 最初の世界線での感情を思い出し、細部まで再現した。


「——君も憎しみを抱えているようだな。世界にも、我々にも……自分自身にも」

 その渋い声に黎が振り向くと、フクロウのネクタイピンをつけた黒いスーツ姿の男が立っていた。歳は四十代くらいだろうか。彫が深い顔立ちで、背は黎より高い。


「あぁ……だから貴方を探していた」

 黎の返事に、男は微かに目を見開き、顎髭に触れる。男の反応に、こっちの方が話が早いと言わんばかりに黎は黒色の狼の怪人へと姿を変えた。


「これは驚いた」

 言葉とは裏腹に、男は驚いた表情を見せず、愉快そうに笑う。そして男も鳥……フクロウに似た黒色の怪人に変化へんげする。彼の左頬と胸には、オリーブの花の模様が刻まれていた。


「それで? 一体、私に何用かね?」

 男の問いかけに、黎は無邪気に笑い、こう答えた。


志郎君大切な人の分もほしいんだ。だからまた、怪人になれる宝石をくれないかな?」




「志郎君、これを受け取ってくれないか?」

「え……なにこれ……宝石?」

 朝食の後、黎はウサギとスズランが描かれた、小さな黒色の宝石を志郎に差し出した。突然、高価そうな贈り物を渡され、志郎は戸惑う。


「ただのお守りだよ。ちょっとした知人にもらってね。高い物じゃないから安心して」

 黎はニコニコしながら、半ば強引に宝石を志郎に握らせる。


「あ、ありがとう……。その知り合いの人にもお礼言っておいてね」

「うん」

 黎から妙な圧を感じた志郎は、大人しく宝石を受け取った。




 ――あの後、黎と男は嘘をつかないと約束した上で、互いに知りたい事を質問し合った。


 黎は今まで経験した世界線未来の話を掻い摘んで話し、イレーズ側につきたいと申し出る。大切な幼なじみである志郎と共に。


 男は黎の、時間が巻き戻る能力について説明してくれた。人間のエネルギーを一定数、集め続けると新たな力に目覚めると。それは大抵、本人が強く願った事に関する能力であるとも。


 ちなみに左頬と胸に刻まれた花……黎の場合は薔薇の模様が枯れていると覚醒した証らしい。黎本人はその変化に全く気がついていなかったため、自分の左胸の枯れた薔薇を見て「本当だ」と呟いた。


 最初の世界線で志郎の蘇生が上手くいかなかったのは、人間から吸い取ったエネルギーの殆どが黎の力となって蓄えられていた。そこから黎が無意識に、志郎へ少し分け与えていただけなのではと、男は推測する。


 謎が解け、スッキリした顔の黎に男は案外、すんなりと宝石を渡してくれた。しかしその後、男は黎にこう説明する。


 宝石は人間の憎しみなど負の感情にしか反応しない。ゆえに、正義感の強い人間が持っていても、宝石を体内に取り込む事は不可能だ、と。


「問題ない。志郎君もきっと、この世界に失望する日がくるから」

 黎の言葉に何かを察した男は苦笑いを浮かべ、「まぁ後は好きにするといい」とだけ言い残し、闇夜に消えた。


余計な事しないでね」

 黎は暗闇に向かってそう言ってから帰路についた――。




 この先の未来……ヘルトの上層部や一部の開発者の悪事が明かされ、イレーズの正体と真の目的も判明する。更に少し先の未来で、イレーズはヘルトの戦闘員達の折りにくる。


 ヘルトの戦闘員の悪評デマと彼らの家族や恋人、友人などの情報を流す。加えて、ヘルトの戦闘員と何かしらの因縁がある人間を唆す。自分達は直接、手を下さず、一般人を使って戦闘員の大切な人達を襲わせ、戦意を喪失させる。


 その作戦が決行され、大切な人を酷く傷つけられたヘルトの戦闘員の大半が折れる姿を、黎はこの目で見た。デマに踊らされた一般人に大切な人の命を奪われ、イレーズ側につく者もいた。


 けれど、志郎の家族はなぜか全員、無事だった。彼の両親曰く、はっきりとは覚えていないが、フクロウのような大きな鳥が助けてくれたらしい。それを聞いて黎は、フクロウの怪人が助けたのだと勘付いた。


 フクロウの怪人は、イレーズこの計画に納得いかず、密かに阻止したのだろう。助けた相手が志郎の家族だったのは意図的か、そうでないか黎には分からない。だが、フクロウの怪人は一体のみであるがゆえに、彼が助けた事は確定している。


 だから「今回は余計な事しないでね」と黎はフクロウの怪人に言った。




 フクロウの怪人は黎に言われた通りにしたのだろう。この世界線では志郎の家族は、デマを信じた一般人の襲撃に遭い……父は命を落とし、母と弟は意識不明の重体となった。


 志郎の心は、家族を奪った人間に対する怒りや恨みに、徐々に支配されていく。それに反応した宝石が彼の体内に入り込み、志郎は怪人へと姿を変える。


 ウサギを基にした見た目の怪人。二頭身で白色、長い耳の部分にはスズランのようなピアスがいくつもついている。


 他の怪人は黒色で、背丈は元の人間とほぼ変わらない。だが、志郎の場合はスズランの模様が刻まれている場所が同じなだけで、あとは他の怪人と全く違う。パッと見はテーマパークの着ぐるみのような姿だ。けれども唯一、赤色の目は恐ろしく吊り上がり、血の涙を流している。


 怪人化した志郎は理性を失い、家族を奪った人間達を順番に襲っていく。愛らしさもある見た目からは想像できない程のパワーで、人間を殴りつけ、頭や体を潰す。時には刀で斬りつけ、一人一人確実に命を奪っていく。そんな志郎の隣で、同じく怪人化した黎は彼のサポートに徹した。


 ここまでは黎の計算通りだった。ところが、志郎と同じチームのししどうシオン達が駆けつけた事で、計算が狂い始める。



 暴走を続ける怪人志郎にシオン達、それにとうとう黎まで攻撃されてしまう。紫、赤、ピンク、黄……それぞれ違う色のパワードスーツを身に纏った四人の戦闘員は皆、ボロボロの状態で地面に転がっている。志郎に攻撃されたショックから気が動転して、シオン達の目の前で人間の姿に戻ってしまった黎も傷だらけだ。


「志郎君……僕が分からないの……?」


 何とか立ち上がった黎が声をかけても、志郎は何も答えない。それどころか、黎に拳を振り下ろそうとする――。


「アンタ何してんだよ!?」

 ――その拳を受け止めたのはシオンだった。シオンは力を振り絞り、怪人志郎を一発殴りながら叫ぶ。


「アンタが大切にしてる人まで傷つけてんじゃねぇよ! しっかりしろ! アンタは……天兎志郎はヒーローだろ!?」

 シオンの言葉に、怪人志郎は動きを止め、苦しみ始める。


「……正直、俺もどうすればいいか分かんねぇよ。アンタを傷つけた奴等なんか、守りたくもねぇ……。けどな、志郎が大切にしてる人を、アンタ自身が傷つけてる姿なんて見たくない。それだけは今、はっきりしてる」

 志郎に語りかけるシオンの声はどこか優しく、真っすぐだ。シオンの言葉は、志郎に届いているようで、彼は蹲り唸る。


 シオンの言葉に心動かされている志郎を見て黎は酷く動揺し、「志郎君……」とただただ名前を呼ぶ。その瞬間、怪人志郎の呻き声が止み、「シオンクン……? 黎クン……?」と言葉を発した。


 その事に黎以外は安堵したのも束の間、志郎は刀を持ち直し、切っ先を自分の方に向ける。


「みんな、ごめんね……」


 怪人の姿のまま、理性を取り戻した志郎はそう言った後、自分の胸を刀で突き刺した。赤色の血が、辺りに飛び散る。


 シオン達が唖然とする中、黎は再び怪人の姿となり、志郎を抱えると闇夜に消えた。




 あの裏路地に辿り着いた黎は辺りを見渡し、フクロウの怪人を探す。


「最初に言っておくが……その子はもう助からない」

 そんな言葉が聞こえた方を見れば、腕を組んだフクロウの怪人が立っていた。


 フクロウの怪人の言葉をすんなり受け入れた黎は、志郎の遺体を地面に寝かせる。


「また時間を巻き戻すのか?」

 その問いに、黎は答えない。彼は無言で志郎の胸から刀を引き抜くと、その切っ先を自分に向ける。


「お前さんは……その子の何を見てきたんだ?」

 フクロウの怪人は黎の行動を止めようとはしない。彼の問いの答えを、黎は考えようともせず、自分の胸に刀を突き刺した。


【第七の世界線 終】

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