第3話 写真の中の少年
美咲が差し出した古い写真を見つめながら、悠は混乱と戸惑いに襲われていた。
写真の中の少年は、まるで自分の分身のようだった。
その手には256色のクレヨンセットが握られていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ美咲」と悠は言った。
「これってつまり、俺が持っているクレヨンは、この少年と関係があるって事?」
美咲はゆっくりと頷いた。
「多分、そうだと思う。あの不思議な老人なら、きっとそのことを知っているんじゃないかな?」
悠は頭を抱え込んだ。全てが理不尽過ぎて受け入れがたかった。あの少年は一体、誰なのか? なぜ自分がクレヨンを持たされているのか?
「でも、それよりも大事なことがあるわ」美咲が静かに告げた。
「あなたは、このクレヨンを使い続けるの? それとも、返すの?」
その言葉に、悠は目を見開いた。
そうだ、自分はもうクレヨンを使うつもりはなかった。あれほどの力を振るうと、必ず代償が伴うことを痛感していたのだ。
「返す。絶対に返すよ」悠は力強く宣言した。
「このクレヨンのおかげで、美咲といじめ問題に立ち向かえたし、自分自身も変われた。でもこれ以上、みんなを巻き込んじゃいけない」
美咲は優しく微笑んだ。
「今のあなたならきっと、もうクレヨンは必要ないと思うから良いと思うよ」
二人は手を取り合い、不思議な老人に会いに行くことを決めた。そうすれば、きっとクレヨンの謎が分かるはずだ。
街を歩きながら、悠は少年のことを考え込んでいた。
どんな生活をしていたのだろう? 同じ悩みを抱えていたのだろうか?
そんな時、路地裏から不思議な老人が現れた。
まるで二人の到着を待ち構えていたかのように。
「やあ、お二人さん。お待ちしておりました」
悠が老人にクレヨンを渡すと、老人はうなずいた。
「よくぞ、己の心に従った判断ができましたね」
「じいさん、俺は、このクレヨンで色々と大変な目にあったんだぜ」悠は強い口調で言った。
「あと、このクレヨン、俺の前にも使っていた少年がいたんだろう? その少年はどうなったんだ? 知っていることを全て教えてくれよ!」
老人は優しく微笑んだ。
「全てを話しましょう。ここに座りなさい」
老人は路地裏の小さな公園のベンチに座り、話し始めた。
「このクレヨン、実は256色を使い分けることによって、人々の心と運命をつなぐ力を秘めているのです。その力は、時に喜びをもたらし、時に試練となるのですが」
「試練?」美咲が訊ねた。
「そう、試練です」老人は続けた。
「クレヨンの力を手に入れた人間は、自分の心の在り方を問われることになります。自分の心に素直であれば、この力を人々に幸せをもたらすために使うことができます。しかし、自分の心に素直でなければ、思わぬ災いを招いてしまうのです」
悠は首を傾げた。
「じゃあ、なんで俺なんかにこのクレヨンを渡したんだ? 」
「あなたは、前世でもこのクレヨンを手にしていました」老人が言う。
「そして、最後はこの力を手放す賢明な選択をしたのです」
「えっ!? ちょ、ちょっと待って」悠は驚きの声をあげた。
「つまり、写真の少年は、俺の前世って事?」
「その通りです」
老人は続ける。
「あなたは前世で課題を残したままでした。だからこそ、現世でもクレヨンの試練を受けることになったのです」
悠は唖然とした。つまり、前世の自分もこのクレヨンを手にしていたということだ。それで最後には手放したが、未だ課題が残されていたため、現世で同じ経験をするはめになった。
「俺は、一体どんな課題を残したんだ?」悠は真剣な眼差しで老人を見つめた。
老人は一つ深呼吸をして、こう答えた。
「あなたは、自分の心に素直になり、人々の幸せを導く力を手に入れることはできました。しかし、最後の最後で、自分の幸せを見失ってしまったのです」
「え...?」
「つまり、他者の幸せは導くことができても、自分自身の幸せを見つけられなかったということです」
悠は言葉を失った。
人々のために尽くしすぎて、自分の幸せを見失っていたのか。そして今の世でも、同じ轍を踏んでいないだろうか。
「あの、でも少し違うと思うんです」美咲がはっきりと言った。
「悠君は、自分のことよりも、私たちのことを第一に考えてくれていました。でも、それは決して自分を犠牲にしているわけじゃないと思うんです。悠君は、人のために尽くすことで、心から自分の幸せを感じられる人なんですから」
美咲の言葉に、老人は頷いた。
「その通りですね。あなたの幸せは、まさに他者の幸せなのです。しかし、それでも自分自身の幸せに目を向けることも忘れてはいけません」
そう言うと、老人はクレヨンを手渡した。
「さあ、最後の試練です」
悠は真剣な表情でクレヨンを受け取った。
そして、心に浮かんだ思いを素直にクレヨンで描き始めた。一心不乱に、ただ一つの絵を描いていく。
時間が経過し、やがて絵は完成した。そこには、256色の全ての色が使われた、巨大で鮮やかな虹の絵が描かれていた。
「すごい!」美咲は感嘆の声を上げた。
「この虹が街中に広がったら、きっと誰もが希望と勇気を与えられるね!」
悠は笑顔を浮かべながら、美咲に頷いた。
この絵こそが、自分の心の叫びであり、幸せの具現なのだと感じていた。
そして、絵からなんと実際に虹が広がり始めた。
街中に色鮮やかな虹の光が満ちていく。
人々は驚きの声を上げながらも、すぐにその虹の下で安らぎの表情を浮かべ始めた。
「よくやりましたね」老人は悠に言った。
「あなたは、ようやく自分の幸せを手に入れることができたのです」
悠は、心からしみじみと頷いた。
自分の幸せとは、人々の幸せを願うことだったのだ。そしてこの絵を描いた今、悠は本当の自由を手に入れた。256色のクレヨンから解放され、新たな人生を歩み始められるのだ。
老人は悠の手からクレヨンを取り上げた。
「さあ、行きなさい。新しい旅路が、あなたを待っています」
悠は深く頷いて、美咲と手を取り合った。
二人は虹の光の中を歩き始める。
美しい虹の向こうに、まだ見ぬ新しい世界が広がっているのだ。
新たな挑戦が待っている。
しかし、悠たちには恐れるものは何もない。
この運命の一歩を、勇気を持って踏み出せばいい。
(続く)
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