28話 行き当たりばったり蘇生

 異世界へ戻り。


「なんか……順調すぎじゃね?」

「そう、だね……これには、ボクも驚きだ」


 俺たちは、テーブルに置かれている大量の金銭が入った袋を見て、それはもう戦々恐々としていた。

 俺と恋乃花で魔道具店を始めてから、早一ヶ月。

 初日から三日間、まったく同じ数で販売していたが、そのどれもが完売。

 とはいえ、あくまでも最初だからであって、さすがにそろそろ失速するかな? と思った俺たちだったが、予想をはるかに超える事態が発生。


 なんと、失速するどころか、反対に俺たちの魔道具を求める客がわんさか来たのだ。

 それはもう、開店前から行列が並ぶほどの。

 中には、リピーターらしき客も多く、これじゃあまずいと思い、俺たちは慌てて増産、それでも足りずにまた増産。

 まるでいたちごっこのようなことを繰り返していた結果、俺たちの収入がどれくらいになったかと言えば……。


「い、一千万……」

「一ヶ月で月収が一千万とは、いやはや、異世界はすごいものだね」

「いやこれ、俺たちが元プレイヤーだからだよね? おかしいよね?」


 俺、まさかここまで売れるとは思わなかったぞ? ってか、予想できるわけがないじゃんこんなん!

 元の世界ですら、月収とか最低でも20万ちょいなんですが!?

 なのに、月収一千万とか……え、なにこれバグですかね?


「ふぅむ、よほど魔導具が不足していると見えるね。少し、エルゼルド君に尋ねてみようか」

「……それもそうだなぁ」


 というわけで、エルゼルドを呼ぶ。

 呼び出してから三十秒で俺たちの所に来た。

 速くね?


「お呼びっすか?」

「あぁ。一つ訊きたいんだけどさ、この世界の今の魔道具事情って、一年前に比べてどうなってるんだ?」

「魔道具、っすか? あー、そうっすね……まず、一つとしては、質のいい魔道具があんまり作られてないんすよ」

「それはどうしてだい?」

「お二人は、天外人って、知ってるっすか?」

「天外人……そういや、あの愚王がなんか俺のことをそう言ってたぞ?」

「そうなのかい?」

「あぁ。なんか、俺たち天外人は一年前に消えたらしくてな。だから、俺がいることがおかしい、なんてあのバカが言ってたんだよ」

「へぇ、そんなことが」

「そうっす。今大将が言ったように、天外人――つまり、大将たちと同じように、強力な力を持った人らがいなくなった結果、質のいい魔道具があまり作られなくなった、って感じっすね」

「なるほどな」

「なるほどね」


 となると、この世界は本当にVEOの世界、ということでいいんだろう。

 ただ……なんだろう、だとすると腑に落ちない部分もあると言うか……もしも、あのVEOの世界がこの世界だとするならば、こいつらNPCたちの会話にパターンがあったのがおかしいだろう。

 もしも異世界ならば、自由な会話が出来ても不思議じゃないし……。


「しかし、質のいい魔道具自体は作られているんだろう? それなら、職人がいるはずだけど」

「天外人ほどじゃないっすからねぇ……それに、腕のいい魔道具職人と言うのは、大体がどこかに囲い込まれていたり、でかい工房の主になってたりするんすよ。しかも、高いっすから」

「つまり、俺たちみたいに、安価で魔道具を販売する奴は、今はいない、ってことか?」

「そうっすね。しかも、お二人が売り出しているあの魔道具、使い捨てではあるっすけど、値段の割にかなり高性能、って評判っすよ。しかも、そこらの魔道具よりも質がいいってんで、よその街からわざわざ買いに来る人もいるらしいっすから」

「へぇ、そこまでなんだ。ふむ……アリス君、そろそろちゃんとした店を構えるのはどうだろうか? さすがに、露店でやるにも難しくなってきたところだから」


 エルゼルドの話を聞いて、少し考え込む素振りを見せた恋乃花は、口を開くなり店を大きくしてはどうかと提案してくる。

 たしかに、そろそろいい頃合いかもな。


「それもそうだなぁ。材料費は、今までに溜め込んでいた素材があるからタダだし、店も今日までの資金で事足りると思うから……エルゼルド、どこかにいい物件はあるか? そこを買わせてほしいんだけどさ」

「え、普通にタダで譲るっすけど……」

「さすがにタダは勘弁だ。一応、収入は増えてるみたいだけどさ、まだまだマイナスが少しマイナスになったくらいだ。なら、俺たちが稼いだ金で物件くらいは買うさ。それに、売る品物も増やすつもりだし」

「そうだね。店を大きくしたら、どのみち種類も増やそうと思っていたからね」

「そ、そうっすか? お二人が言うんならまぁ……」


 あまり納得できない、そんな感情がありありと浮かんでいるな。

 こいつら、一年間俺たちに会えなかったからって張り切り過ぎなんだよなぁ……ただ、こいつも善意でそうしてるわけだし……そうだな。


「ま、いい物件を紹介してくれればそれでいいからさ、頼むぜ、エルゼルド。お前が頼りになるのはよ~く理解してるからさ。な、恋乃花?」

「ふふ、そうだね。ボクとしても、あのマッスル権蔵君から作られたとは思えない人物だと思うよ? 君はかなり有能みたいだし、ね?」

「――は、はいっす! 俺、全身全霊でいい物件を探すっすよ!」


 俺と恋乃花の言葉で、なんかエルゼルドがものっすごい感激した反応を見せた。


「あ、いや、そこまで全力にならなくても――」

「じゃあ、すぐ行ってくるっす!」


 ビュンッ! と俺が言葉を言い終わるよりも早く、持ち前の身体能力の高さで、ものすごい勢いで部屋どころか屋敷を出て行った。


「彼、面白いね。まさに、運動部の後輩みたいだ」

「……だなぁ」


 あいつ、犬みたいなところがある気がするよ、忠犬エルゼルド、みたいな。




「それで、ここを選んだ、と」

「はいっす! どうっすか? 気に入ってくれたっすかね?」

「あはは、これはいい物件じゃないか」

「まぁ、そう、ね……うん、いいと思う、けれど……」


 さすがに、中央広場の一番でかい建物はどうかと思うんだ、俺。


 しかも、物件の値段を聞いたら、


『500万エニーでいいらしいっすよ。条件付きっすけど』


 とのことだった。


 売上の半分だが……目の前の物件はどう見てもそれ以上な気がするんですが?

 どう見ても、大商会の支店が入ってそうな店なんですが。


「でもこの物件、条件付きなのよね?」

「はいっす。けどまぁ、お二人だったら問題ないレベルっすよ」

「へぇ? 一体どんな条件なんだい?」


 と、恋乃花が興味津々と言った様子で条件の内容について尋ねると、エルゼルドは苦笑いを浮かべながら答える。


「実はここ、幽霊が出るらしいんすよ」

「「……あー、なるほど(ね)」」


 なんともまぁ、ベタな展開だろうか。

 俺と恋乃花はお互い顔を見合わせて苦笑い。


 元の世界じゃ、ある程度幽霊についての研究が進み、科学で説明がつけられる現象も出て来はしたが、それでも科学じゃ説明がつかない現象もあった。


 幽霊がいるかどうかなんて、いつの時代も議論されることだろうが……ここは異世界である。

 魔法やらスキルに、魔族、亜人、獣人、色々な人種がいる以上、幽霊がいたところで不思議じゃないし、そもそもVEOにも幽霊系のクエストとかあったしなぁ。


 なるほど、これはあれか、物件購入によくある幽霊撃退クエストか。


 そして、俺が思った通り、エルゼルドは条件について説明してくれた。


 どうやら、この物件には半年ほど前から幽霊が住み着いているらしく、内見や購入希望者が来る度に脅かしてくるそうだ。

 しかも、稀に殺意の籠った攻撃も仕掛けて来るらしく、不動産屋的にはさっさと手放したい曰く付きの物件なんだそう。


 で、その条件は……俺が想像した通り、幽霊を除霊した場合に限り、半額になるとのことだった。


「とりあえず、入ってみましょう」

「そうだね。あ、一応聖水を出しておいた方がいいかな?」

「そうね。頼める?」

「了解さ、ボス」

「ボスはやめて」

「ふふ、冗談だよ。……よし、これで準備は大丈夫だから、行こうか」

「えぇ」

「あ、自分は仕事があるんで、ここで失礼するっすよ」


 と、ここでエルゼルドは離脱すると告げてくる。


「そう言えばあなたは仕事がまだ積まれていたわね。ごめんなさいね、付き合わせてしまって」

「いやいや! お二人の力になれるんなら、光栄っすから! んじゃ、そういうわけで! もし購入するってなったら――」

「いえ、ここを購入するわ」


 もとより、一千万全額を使っても買えるかどうか、という物件もあるだろうし、たかだか幽霊がいる程度で半額になるのなら、全然ありだ。


「あ、そうっすか? じゃあ、手続きはこっちでしとくっすよ。ちなみに、今代金を貰っても大丈夫っすかね?」

「えぇ。……はい、これでいいかしら?」

「んー……はい、大丈夫っす。じゃ、俺は手続きを先に済ませて来るんで、その間に中を見といてくださいっす。すぐに終わるんで」

「ありがとう。さ、恋乃花、行きましょ」

「あぁ」


 手続きもろもろはエルゼルドがやると言ってくれたので丸投げして、俺たちは物件の中へと足を踏み入れた。

 あ、名誉のために言っておくが、別にエルゼルドは幽霊が怖い、というわけではない。

 単純に、仕事があったし、そもそも魔族は幽霊に対して怖がらないからね。

 俺も、元々そういうのにビビるタイプじゃなかったし、恋乃花も基本的に怖がることはない。

 と、そんなこんなで建物の中に入ると、エントランスが俺たちを出迎える。


「んー、中央がちょうどいいカウンターになっているね。その後ろにはショーケースも置けそうだし、空いているスペースに机を置いて商品を置けば、かなりよさそうだ」

「そうね」


 中は思った以上に広かった。

 外観からして広そうだなぁとは思ってたが、これはなかなか……。

 二階もあるのか、右手側には階段があり、その上にもいくつかの部屋があるようだ。

 一階も、中央奥にカウンターがあり、その奥に一つだけ棚があるが、それ以外は基本的に何もない。

 あとは両サイドに部屋があり、左手奥には倉庫らしき場所に通じる部屋があるな。


 全体的に良い感じだが……。


「けれど……少し、汚いかしら?」


 正直、埃っぽい。ぽいというか、埃まみれだ。

 それに、臭うし。


「まぁ、幽霊が出る、と言う話みたいだからね。手入れをしようにも、できなかったんじゃないかな?」

「……その可能性が高いわね」


 幽霊が出る場所で、呑気に掃除や手入れができるかと言えば……まぁ難しいだろうなぁ。

 俺たちみたいに、幽霊に対して有効打を与えられる物があればいいが、普通の人間だとそう言った対処法とかないしなぁ。

 とはいえ、魔法が使えれば誰だって倒せるんだがな。


「さて、どんな幽霊が出るのかしら?」


 それに、この建物に足を踏み入れた瞬間から、妙な寒気を感じてるんだよなー。

 あと、視線もセットで。

 だから気になっているんだが……。

 と、そう思っていた時だった。


 ガタガタガタガタッ――!


「お、ポルターガイストみたいだね」

「そうね」


 突然室内の家具が揺れ始める。

 しかし、VRゲームにはホラーゲームなんかもあるので、この手の演出は大して怖くない。


 というか、普通に死ぬ感覚がリアルすぎるホラゲーとか、こちらのSAN値がゴリゴリ削れるようなコズミック的なホラーやら、ひたすら嫌悪感を煽ってくるホラーなんかがあるから、マジで可愛いもんなんだよなぁ、ポルターガイスト。


 だからだろうな、俺と恋乃花は別に怯える様子などなく、冷静に現象を分析していた。


「ふむ……これは、ワイト系の種族が用いる、念力だね。有効範囲はその種族のスキル熟練度によって変わって来るけど……さほど強くないと見た」

「本体がいる場所はわかる?」

「少し待ってね。これを着けて、と」


 恋乃花はIBMからモノクル型の魔道具を取り出し、それを自身の右目に着ける。

 辺りを見回し、少しするとある一点を見つめ始める。


「……あそこだね。あの棚の裏側。扉がある」


 恋乃花が指し示したのは、カウンターの向こう側にある棚だ。

 一つだけ置かれた、不自然な棚だったが、どうやらその裏側に扉があるようだ。


「さすがね」

「ま、ボクの魔道具だからね」

「ふふ、そうね。ともあれ、早速覗いてみましょうか」

「そうだね」


 俺は初めて見る幽霊を拝むべく、棚に近づき、その棚を横にずらす。


「外見に似合わない怪力だね」

「プレイヤーなら、誰でもできるわ」

「それもそうだ」

「さて……なんだか、嫌な感情が残っているわ」

「そうだね。ボクもそれは感じるよ。辛い、苦しい、助けて、そんな感じだね」

「……そうね。それに、恨みの感情も感じるわ。ご丁寧に、鍵までかかっているもの」


 扉には鍵がかかっていた。

 しかも、普通の鍵ではなく、魔法による鍵だ。

 この手の鍵は厄介で、施錠した者以上の魔力を持っていなければ開錠が出来ない。

 魔力が少なければ開かないし、そもそも施錠した者の魔力が多かったら絶対に開けられない鍵となる。


 ……まぁ、抜け道もあったりするんだけどね、これ。

 それに、俺たち相手じゃ意味がないだろうな、これは。


「開けられるかい?」

「愚問よ」


 恋乃花の問いに、俺は当然とばかりに返すと、扉に魔力を流し込む。

 すると、ガチャ、という音が鳴る。

 無事に開いたようだ。


「さて、この先にいるのは……」


 扉を開け、早速とばかりに足を踏み入れると、


『こ、ここっ、ここから……出て行けぇぇぇぇぇぇぇっ!』


 ふと、随分と可愛らしい声が聞こえてきた。

 どうやら、ここの幽霊は女性――それも、少女のようだ。


「ここの幽霊さん?」

『えっ、あ、あれぇ!? な、なな、なんで怖がらないんですかぁ!?』


 突然声を掛けられたから怖がると思っていたんだろうな、幽霊は怖がるどころか驚きすらしない俺に、なんか素の話し方を見せていた。


「いえ、実際に怖くないもの。それで、あなたはどこにいるの?」

『ゆ、幽霊です、よ? こ、怖いです、よね? 普通。あの、え?』

「怖くないわ。だから、早くあなたの姿を確認したいのだけれど」

『……あ、あの……えと……』


 俺の様子に面食らった幽霊が、どうすればいいのかと反応に困っている。

 俺としては、姿を確認したいだけなんだが……仕方あるまい。


「早く言わないと、ついうっかり、魔弾を撃ってしまうわ」

『ひぃっ!? そ、それだけは! それだけは勘弁してつかーさい!』


 魔弾を撃つと脅――んんっ! 説得すると、幽霊は慌てて謝りだした。

 姿が見えないのに、えらく弱いな、この幽霊……。


 ちなみに、魔弾とは、魔力の塊を放つだけの魔法……モドキだ。

 だが、実態を持たないタイプの種族にはかなり有効であり、込めた魔力が多ければ多いほど高威力になる。

 あと、属性を付与することで、肉体を持つ種族にもダメージを与えられる。


 正直、魔法を覚えられないのなら、こっちで攻撃することでもかなり戦いが楽になるので、覚えておいて損はないと思ってる。


「……それじゃあ、姿を見せてもらえる?」

『……じ、自分、この先にいるので、で、できれば来ていただけるとぉ……』

「構わないわ」


 俺は、幽霊の頼みを聞いて先へと進んでいく。

 扉の向こう側は、薄暗く、どうやら地下へと道が延びているらしい。

 ただ灯りをつけるだけの魔法、ライトを使用して先へ進む。


 恋乃花には、もしもの時用として入らずに待機してもらうことにした。

 二人とも入って全滅しました! じゃ、笑えないからな。


「……あら?」


 こつ、こつ、と自身の足音だけが響く暗い道を進むこと一分。

 明るくなっている場所が視界に入ってきた。

 どうやら灯りがあるらしいが……。


「ここは…………あぁ、なるほど」


 明るくなっている場所に入り、俺はなんとなく全てを察した。

 そら、幽霊も出るわー……。


「あなた、もしかしてここで監禁されて殺された幽霊?」

『……は、はいぃ……』

「……やっぱり」


 俺は目の前の光景を見て、自身の感情が冷え切っていくのを感じた。

 何せ、俺の目の前には……ほぼ腐りかけの死体があったから。


 しかも、拘束されていたんだろう、両手首には金属製の枷が嵌められており、それは壁に繋がれていた。

 ところどころ血痕もあるし、置かれている物だって、碌な物じゃない。なんだったら、そういう目的で使われたであろう大き目の台や、簡易的なトイレ、動物にエサを与えるのに使うであろう皿などもあった。


 その上、この空間、異臭がすごい。

 思わず吐きそうになるくらい酷い。

 通気性が終わってる地下にあったら、そりゃ腐るし、臭いも籠るか……。


 状況も色々と察することができるくらいに酷い。

 自ら進んで監禁されるような人物じゃなかっただろうし、何より……まだ生きたかったろうに。


 だがまぁ、原型があるんなら話は別だな。

 魂も浮いてるし。


「ところで、姿を見せてもらってもいいかしら?」

『か、構いません、けど……その、こ、こんな、姿、です……』


 そう言って現れたのは、半透明のなんともまぁ可愛らしい少女だった。


 年のころは……うーむ、十二、三歳くらいか?

 ショートカットの桃色の髪に、翡翠色の瞳。

 少しずつ大人に近づきつつあるが、あどけなさの残る可愛らしい顔立ち。

 服は……ワンピースだな。

 日本だったら間違いなく、子役かアイドルをやってそうなくらい可愛い少女が俺の目の前に現れた。


「随分と可愛らしい幽霊さんね」

『ひぇ!? か、かわっ!?』


 可愛いと言うと、幽霊はあわあわとなんか初心な反応を見せた。

 反応も可愛いのかよ。


『あ、ああああのあのあの……わ、わわ、わたし、が怖くない、んですか……?』

「可愛いらしいとは思うけれど、怖いとは思わないわ」

『ぴゃ!?』

「それよりも、あなたはここで何を? と言うより、なぜ脅かすような真似を?」


 変な声を出す幽霊は無視して、なぜ脅かすようなことをしているのかを尋ねる。

 おおよその理由は見当が付くが、ここはやはり、理由を尋ねておくべきだろう。


『…………だ、だって、だ、誰も助けてくれなかった、んですよ……?』

「……」

『し、しかも、わ、わたしという死体があるのに、平和に暮らす、なんて……ず、ずるいじゃないですか……!』

「……まぁ、あなたの経緯を聞けば理解できるわ。なるほど、たしかに、ね」


 誰にも気づかれないままひっそりと寂しく、そして苦しみながら死んで、そんな自分の死体がある場所で、のうのうと充実した生活でもされたら、そりゃ嫌だし、恨みも抱くわなぁ……。


「……それで? あなたをここに監禁した愚か者は?」

『あ、あのえと……じ、実は、もう用はないって、で、出て行って……わ、わたしに散々暴力を振るっていたのに……しかも、その……あ、あんな、こと、まで……ひっぐ……』


 当時の辛いことを思い出してしまったのだろう、幽霊は泣き出してしまった。


「あぁ、泣かないで。ごめんなさいね、言いづらいことを聞いたわ」


 この反応を見るに、やっぱりと言うべきか、そう言う事も無理矢理されたんだろうな。

 全く、見ていて気持ちのいいもんじゃないし、しかも監禁して放置とか……マジでクズ過ぎるな。


「……一つ尋ねるわ」

『ぐすん……な、なんですか……?』


 幽霊って泣くのか、とか一瞬場違いなことを考えたが、俺は目の前の幽霊にあることを尋ねる。


「あなたはまだ生に未練はある?」

『も、もちろん、です……わ、わたし、その、ゆ、夢はなかったです、けど、そ、それでも、生きていたかったです……』

「なるほど……なら、生き返りたいと願う?」

『え?』


 俺の突然の問いかけに、幽霊は呆けた顔を見せる。

 しかし、俺はそんな姿、気にも留めずに話を続ける。


「わたしには、あなたを生き返らせる方法がある。もちろん、あなたが望むのなら、だけれど」


 そう、俺には死んだ人物を蘇生させる方法がある。

 とはいえ、その方法は少し特殊だがな。


『ほ、ほほほほっ、本当ですかぁ!?』

「えぇ。……最も、あなたが本気で行き帰りたいと思わなければ蘇れないし……それに、人間ではなくなるわ。それでもいいの?」

『……か、構いませんっ! お、お願いしますっ!』


 即答かよ。

 なんか、心配になるな……。


「……あの、自分で言いだしておいてなんだけれど、本当にいいの? どう考えても怪しいと思うのだけれど……」


 一応確認。


 いやまぁ、蘇生するのは本当だけどさ、なんか会ってまだ数分程度の人間(人間じゃないけども)に、怪しい蘇生の話を持ち掛けられたら、普通は疑うだろ。

 特に、死霊術師の奴らなんか、そういう甘言を用いての騙しとか普通にしてくるからな?


 しかし、俺の心配をよそに、幽霊は俺の問いかけに真っ直ぐ答える。


『……た、たしかに、あ、怪しいとは思います、けど……その、あ、あなたはすごく優しい目をしていたので、あの、えと……だ、大丈夫ですっ! そ、それに、今までの人たちみたいに、ひ、人を食い物にしなさそうだなぁって、思った、ので……』


 えへへ、とはにかみながらそう話す幽霊。

 なるほど……随分とまぁ、可愛いことを言ってくれる。


「わかったわ。それじゃあ早速始めましょう」

『お、お願い、しますっ……!』


 本気であることを確認した俺は、軽く息を吸い込み、詠唱を始める。


「……『汝、生にしがみつこうとする死者。汝、理を歪めることを望む死者。汝、人の道を踏み外すことを望む死者。我、アリス=ディザスターの名のもとに、汝を眷属とし、再び生を得ることを願う。汝、名を唱え、強く願い、我が眷属となることを承諾せよ』」

『へ!? あ、あの、えとえと……メルア=ベルカ、です! その……ま、また、生きたい、ですっ……! だ、だから、えと、あ、アリス=ディザスターさんのけ、眷属になりますっ……!』

「『願いは承諾され、輪廻は逆行し、其の願いは成就する。――転生魔法:外転輪廻』」


 詠唱を唱え終え、魔法が発動すると、幽霊体のメルアさんと腐りかけの死体となっているメルアさんの体が紫色の光を放ち始める。


 すると、腐りかけの死体がまるで逆再生の如く体が再生を始めていく。

 血肉が鮮やかな赤色へと戻り、皮膚が再生され、青白かった体色が鮮やかになっていく。


 そして、まるで生気を感じられなかった顔からは、生気が感じられるほどに朱が差す。

 肉体の再生が終わると同時に、発光が収まる。


 そこには、先ほど見た幽霊少女と同じ姿をした体が存在していた。

 無事に蘇生されていればいいが……まぁ、繋がりを感じる以上、問題はなさそうだがな。


「ん…………」


 お、目が開いた。

 とりあえず、大丈夫そうだな。

 焦点の合わない目をしていたメルアさんだったが、すぐに視線が定まっていく。

 次に動きがあったのは口だった。


「い、いったい、何、が……?」


 よし、声も問題なし、だな。


「お目覚めね。わたしの声は聞こえるかしら? 聞こえていたら、一度頷いて?」


 俺がそう指示すると、メルアさんはこくり、と頷く。

 聴覚も問題なし、と。


「次。目の前で立てている指の本数は何本?」


 右手を突き出し、人差し指と中指を立てて、本数を尋ねる。


「え、えと、に、二本……?」


 戸惑いながらも、正確な本数を答えた。

 視覚も問題なし、だな。


「おめでとう、メルアさん。あなたは、無事に蘇生されたわ」

「そ、せい…………――!?」


 最初は何を言っているのか理解が追い付いてなかったメルアさんだったが、すぐにハッとした顔になると、勢いよく立ち上がる。


「わ、わたし、い、生きてる……生きてますよぉっ!」

「えぇ、生きているわ」

「ほ、本当に蘇生してくれた、んですか……?」

「えぇ。約束だもの」


 まぁ、俺の魔力がごっそりなくなったが……少しすれば戻るので問題なしだ。

 ってか、すんごい怠い。


 魔力を大量に消費すると、怠くなるのか……。

 しかし、悪の組織総帥として、怠そうな顔は見せられない。


「ほ、本当に……あ、ありがとう、ございますっ……ありがとう、ございますぅぅ~~~~っ!」

「わぷっ!」


 突然メルアさんが俺に抱き着いてきた。

 身長差的に、俺の方が低いので微妙に胸元辺りに俺の顔が来る。


「うぅ、わ、わたし、わたしぃ~っ……ぐすっ、ひっぐ……」

「……泣きたいだけ泣きなさい。大丈夫、あなたは再び、生を得たわ。死者ではない」

「はいぃぃ~っ……!」


 ひたすら泣き続けるメルアさんを、俺は泣き止むまで抱きしめ、背中をさすり続けた。


 ……なんか、この姿になってからやけに女性との触れ合いが増えた気が……と、とりあえず、気にしないでおこう。うん。

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