26話 商売初日

 そんなこんなで、色々と話を煮詰めていき、魔道具も予定数量産。

 露店の位置も、本来はちょっと人通りがある程度の場所にしようとしたのだが……


『いやいやいやいや! お二方が店を出すのに、そんな場所を提供したと知れたら、俺が他の奴らに殺されるっすよッ!』


 という、悲痛な叫びにより、仕方なく、中央広場近くの露店が並ぶ、露店通りに出すことになった。

 なんと言うか……すっごい目立ってる気がする。

 仕方ないと言えば仕方ないんだけどさぁ……。


「ふむ、やはりこれはやりすぎかな?」

「……どう考えてもやり過ぎよ」

「しかし、この方が面白いだろう?」

「……面白いと言う理由で、薄着をさせられている私の気持ちを考えたことはある?」


 そう、今の俺はなぜか……ミニスカートタイプのワンピースを身に纏っていた。

 しかも何が酷いかと言えば、袖はなく、スカート丈も太腿の中ほどであり、真っ白且つ、しっかりとした柔らかさと張りがある足が、惜しげもなくさらされているからだ。

 クッソ薄着。

 いや、季節的には全然寒くもないし、むしろちょうどいいまであるんだが……。


「そこはほら、アリス君の種族特性を活かして、客引きを、と思ってね」

「それで来る客と言うのは、純粋な客ではなく、わたしに対する下心を持った変態だけよ」

「まあ、とりあえずは売ることが目的だからね。資金調達資金調達」

「はぁ……あなたって、たまに暴走するわよね」


 うちの暴走組だしな、恋乃花は。


 ちなみに、もう一人は俺の従姉こと、クルンである。

 この二人を組ませると、それはもう酷いことになるので、組織内じゃ絶対に組ませるな危険、という化学兵器のような扱いになっている。


 何が酷いかと言えば……まあ、うん。後々。


「あ、あのー……」


 内心、過去のことを思い出して辟易していると、目の前から声がかけられた。

 そちらに視線を送ると、そこには気弱そうな推定十代前半くらいの少年がいた。

 ただ、少年の視線は魔道具に行ったり、俺の体に行ったりと、結構落ち着きがない。

 まぁ、うん、なんかこう、ロリっ娘ではあるのに、なんか妙なエロさがあるもんな、アリスって。


「いらっしゃいませ。ようこそ、タカナシ魔道具店へ」


 今回店を出すに辺り、店名を決めてある。

 名前は、『タカナシ魔道具店』である。

 理由は特にない。

 強いて言えば、魔道具作りのメインが恋乃花だからだろうか。


 最初は、俺の名前か、俺の日本での苗字から取って来るか、という考えもあるにはあったんだが、あまり俺が目立たない方がいいだろうと言うことで、恋乃花の苗字を貰った。


 ちなみに、店長は恋乃花だ。

 さすがにな。


「こ、ここって、魔道具を売ってるん、ですよね?」

「はい、そうですよ」


 さすがに店だからか、恋乃花の喋り方は畏まったものになっている。

 いやまぁ、いつもの口調でやっても問題ないと言えば問題ないが、さすがにあれのまま接客するのはちょっとあれだろうからね。


「あの、どれも見たことがない魔道具、ですけど、これってどんな効果を……?」

「魔道具の説明ですね? では、簡単に――」


 少年に尋ねられて、恋乃花は簡単にそれぞれの魔道具の効果を説明していく。

 説明を聞いている少年はと言えば、効果の内容に驚きの表情を浮かべ、最後にはキラキラとした瞳を浮かべていた。


「――という物です」

「い、いくらでしょうか? 魔導具ですから、高いのはわかるんですけど、その……」


 魔道具は高い。

 本来であれば、ちゃんとした店にしか売られていない場合などざらで、俺たちのように露店販売と言うのはかなり珍しく、同時に当たり外れが激しい。

 というのも、日本における露店と言えば、夏祭りやフリーマーケットのようなものをイメージすると思う。


 前者は基本的に飲食物が多いと思うが、後者は手作りのアクセサリーだったり、どこからか仕入れてきた絵画や骨董品であったりと、なんと言うか宝探しに近い状態だと言える。

 こちらの世界での露店は、まさに後者と似たような感じだ。


 だが、先進国などで行われるフリーマーケットのような催し物において、盗品を売りに出せば普通に捕まる事だろう。

 しかし、こちらの世界は地球ほど捜査の精度が高いわけではない(まぁ、別側面では向こうより優秀だとは思うが)。

 そのため、盗品が平気で売りに出されている場合もあるのだ。


 それに……魔道具自体があまり作られていない、と言うのも大きいだろう。

 何せ、この世界における魔道具職人とは、大体がどこかに弟子入りしているような状況であり、独学で出す物はおろか、見習の状況で売りに出すなど普通はしない。


 稀に、勉強と言う名目で売りに出させるところもあるみたいだが、基本的には売ることはなく、だからこそ庶民などは魔導具を購入することができないのだ。

 作るのが難しく、同時に大量生産できないからこその価値、というわけだな。


 そういった意味で、目の前の少年は欲しいけど、値段を聞いて今後の指針にしたい、とか思ってるんだろうな。


 ふふふ、だがそこはタカナシ魔道具店。

 そんじょそこらの店とは違うのだよ!


「『治癒の呪符』が2000エニー。『護身の呪符』が3000エニー。『危機知らせの呪符』が2500エニーです」

「そうですか……やっぱり高――って、え? 今、なんて?」

「『治癒の呪符』が2000エニー。『護身の呪符』が3000エニー。『危機知らせの呪符』が2500エニーです」


 少年が聞き返すと、先ほどと一言一句違わず、同じセリフを以て、疑問の返答とした恋乃花。

 すると、どうだ、少年の表情がどんどんと明るくなっていく。


「ほ、本当ですか!?」

「はい、本当ですよ」

「ち、ちなみに、不良品ということは……」


 まあ、その疑問も最もだろうな。

 安い魔道具でさえ、10000エニーはするしな、いやほんとに。

 しかもそれ、すごい役に立つかと言われるとそうでもなく、まぁ、あったら便利だよね、くらいの物なのだ。

 だからこそ、俺たちが売りに出している魔道具の値段は、マジで破格なのだ。


「ご安心ください。ここにある商品すべて、不良品ではございませんので」

「……じゃ、じゃあ、なんでこんなに安く……?」

「私どもは今回が初めての商売なのです。今ここにあるのはきちんと作成した魔道具ですが、いきなり高額で販売したとしても購入は難しいでしょう。それに、私どもが提供する魔道具は、冒険者でもなければ、騎士向けでもないのです。私どもが提供したいと考えているのは、所謂一般人の方々ですので」


 正直、魔導具の相場を知っている俺たちからすれば、もっと高額にしてもいい代物だが、さすがに高額商品を、見知らぬ人物たちが売る店で買うかと訊かれれば、答えはNOだろう。ましてや、露店だし。

 だからか、恋乃花の今の話を聞いた少年の表情はそれはもう驚きに満ちていた。


「お客様はどのような用途でお考えですか?」

「あ、はい……えと、実は俺の両親が商人でして……最近はその、人攫いや盗賊がめっきり減りはしたんですけど、それでもそういう人はいなくならなくて……だから、俺がお金をためて、いい魔道具を買ってプレゼントしよう、って……」


 へぇ、なかなかに親思いの少年じゃん。

 俺も父さんが生きていたら、父さんと母さんに親孝行をしたかったもんだが……まあ、もう無理だしなぁ。


「なるほど、ご両親が商人様なのですね。それでしたら、三つともかなり有用かと思います」

「そう、ですね……あの、その、疑うわけじゃない、んですけど……じ、実演とかって、できますか?」


 おっと、実演と来たか。

 突然の申し出に、恋乃花はふむと口元に手を当てて逡巡した後、にこっと笑みを浮かべてそれを承諾する。


「構いませんよ。『危機知らせの呪符』に関しては、実演が少々大変ですので、『治癒の呪符』と『護身の呪符』でよろしいでしょうか?」

「は、はい」

「では、『治癒の呪符』から。アリス君、構わないですか?」


 君付けしつつ、敬語って……まあいいけど。


「えぇ、構わないわ」


 とはいえ、ここは了承しておくとしよう。

 というか、実演販売も元々想定していたんでね、ありますとも、机の下に。

 俺は『治癒の呪符』を取り出し、同時に短剣を取り出した。


「よーく、見ていてくださいね」


 そう言って、俺に注目するよう促す。

 お互いアイコンタクトで合図をしてから、俺は手に持った短剣で自身の腕を切り裂いた。

 ぶしゅっ、と血が噴き出し、俺の顔や胸元に付着する。


 あ、服にも血が付いた。

 ……あと、すんごい痛い。

 痛いんだけど……変だな、全然耐えられる。

 転んで少し擦りむいた程度の痛みしかないんだが……これ、アリスの体になったからかね?


 ……って、考察してる場合じゃなかった。

 俺はすぐさまもう片方の手に持っていた『治癒の呪符』を、今し方切り裂いた部分に使用する。

 すると、『治癒の呪符』から温かな緑色の光が溢れだし、みるみるうちに傷を修復した。


「と、このような感じです」

「す、すごい……!」

「続いて、『護身の呪符』です。こちらは……致命傷の方がいいでしょうね。アリス君、構いませんか?」

「……えぇ、問題ないわ」

「ありがとうございます。では……ふっ――!」


 次の瞬間、俺の手から強奪した短剣を俺の心臓めがけて突き出し……ガキィィンッッ! とまるで金属がぶつかり合うような音が響き、通りを歩いていた住民たちがなんだなんだとこちらに注目してくる。


「と、このように、致命傷になり得る攻撃や事故などは二回だけですが、こうして防いでくれます。そして、こちらを敵に投げつければ、相手は三十秒間麻痺するので、かなり便利です。ただ、稀に耐性を持っている方もいると思いますが、そこはご安心ください。この麻痺は少々強力な物ですので、いかに耐性があっても、十秒は動きを止めることが出来ます」

「そ、そうなんですか!?」

「はい」

「す、すごい……あ、あの! こ、これ一種類ずつ全部ください!」

「では、三つで7500エニーになります」

「丁度です」

「……はい、7500エニー、丁度お預かりいたします。こちら、保証書になりますので、一週間以内に、もしも不備等ございましたら、新品と交換いたしますので、遠慮なくどうぞ」

「そ、そんなことまで……あ、ありがとうございますっ! 早速、両親に渡してみます!」


 少年は感無量といった様子で、たたたっ! と駆け去って行った。


 保証書に関してはまぁ、ほら、初めてだからね、そう言ったサービスがあったらいいだろうと言うことで、一週間限定ではあるが導入してみた。

 もちろん、不良品と偽って、新品を貰おうとする輩はいるかもしれないが、俺たち相手に嘘は吐けないんでね。そこは大丈夫。


「早速売れたね」

「そうね。あとは、残りが完売してくれると嬉しいけれど……」


 まぁ、そうそう上手くはいかないよね、と思っていたところで、


「あー、少々いいだろうか?」


 今度は三十代くらいの男性がやってきた。


「はい、どういたしましたか?」

「先ほど、あの少年相手に実演販売をしているのが見えてね。この『治癒の呪符』を購入したいと思っているんだが、いいだろうか?」


 お、今度も客らしい。

 なんか順調だな。


「もちろん構いませんよ! では、一点でいいでしょうか?」

「あー、複数買うこともできるのか?」

「できますよ。ですが、買い占めはさすがにご遠慮していただきたく……」

「はは、それはそうだ。そうだな……とりあえず、『治癒の呪符』を三つくれるかな?」

「では、三つで6000エニーになります」

「じゃあこれ」

「6000エニーちょうどお預かりいたします。こちらがお品物と、保証書となります。ご利用ありがとうございました」


 男性は、商品を受け取ると軽く会釈をしてから去って行った。


「ふむ、すごいね、三つも買っていったよ、今の客」

「そうね。まだまだ残っているけれど……あら、次のお客様かしら?」


 俺が前方から近づいてくる次の客らしき人物のことを口にすると、恋乃花が営業スマイルを浮かべて歓迎の言葉を言う。


「いらっしゃいませ。魔道具をお求めでしょうか?」

「えぇ、実は今度、息子が王都へ行く予定で……それで、何か道中使えそうな魔道具がないかなと思っていたら、ちょうど実演販売をしていたのを見かけて」

「なるほど、息子さんへのプレゼントですね? それですと……『治癒の呪符』と『護身の呪符』が有用ですね」

「そうなのね。あら? こちらは?」

「そちらは『危機知らせの呪符』と言いまして、緊急時に知らせる相手を登録しておけば、使用した方の居場所と危険が迫っていることを教えてくれる魔導具となっています」

「まぁ、それはすごいわ。けど、知らせるだけなの?」

「いえ、使用後、二分間は強固な結界を張ることができ、その間は攻撃等から身を守る事が可能です。ですので、仮に助けてもらえる相手がいなかった場合、この二分間で体制を整える、と言うのも手ですね。ただその場合、相手も解除するまで攻撃、もしくは待つ場合もありますので、最悪の場合を備えて準備をしておいた方が賢明でしょう」


 まぁ、そこが欠点だからなぁ、『危機知らせの呪符』って。

 実際、他の二つが有用過ぎて、一番売れなさそうと俺たちは思ってるけども。


 とりあえず、この女性は『治癒の呪符』と『護身の呪符』を買いそうだなぁ、なんてなんと無しに成り行きを見ていると、女性はパァッ! と表情と声音を一気に明るくさせ、


「それじゃあ、全部二つずつちょうだい!」


 なんと、全ての呪符を二つずつ購入すると告げてきた。

 一個ずつ買っていった少年より多い。


「かしこまりました。全種二点ずつで、合計1万5000エニーになります」

「はい、代金」

「丁度ですね。ご利用いただきありがとうございました」

「気に入ったらまた買っていくわ」


 そう言って、女性はうきうきとした足取りで去って行った。


「また売れたね」

「そうね。順調すぎて怖いくらい」

「ふふ、もしかすると、厄介ごとが起こるかもね?」

「……冗談でもやめてほしいわ。そもそも、そうそう厄介ごとなんて起こらないわ」


 などと、苦笑いを浮かべながら恋乃花の冗談とも本心とも取れないセリフを否定しつつ、店を続けているたのだが……。




 あれから、ちらほらと客が入り、売っていた三種類の魔道具は五個ずつ残った。


 あの後、近くで見ていた人たちなんかが興味本位で購入して行ったり、俺たちが外見だけなら可愛らしいロリであることもあってか、俺たち目当てで来る奴らに押し売りをかましたりなどなど、そうしてあと少しで売り切れる! と思ったところで……


「なぁ、嬢ちゃんたちよぉ、ここにある魔導具、全部タダで寄越せや」


 問題が発生した。


 俺たちの目の前には、やたら体格のいい巨漢がおり、その顔はそれはもうTHE強面と言わんばかりの顔で、しかも傷だらけ。

 筋肉もそれはもうすんごい。

 武器は……大剣か。


 俺たちからすれば全く知らない人物なのだが、周囲からこの男に対する視線や感情は、どうも恐怖のようだ。

 つまり、つまりだ。どこからどう見ても厄介ごとである。


 いや、うん、なんつかーさぁ……フラグ回収だよ此畜生。

 恋乃花の言ったとおりになっちゃったよ、マジかよめんどくせぇ。


 しかし、俺的にはこいつに対して、よかったな、などと場違いなことを思っていた。

 だってさ……この近くに、イグラスやエヌル、エルゼルドなんかがいたりしたら、こいつ、瞬時に捕まり、拷問すら生温い何かをされた挙句、人知れず殺されそうだし。

 あいつらの忠誠心、怖いんだよ……。


 横にいる恋乃花も同じことを思ったんだろうな、哀れみの籠った微笑みを目の前の男に向けていたよ。

 わかる、なんかこう、命拾いしたなぁ、なんて思うよな。うん。


「オイオイ嬢ちゃんらよぉ、俺様相手に余裕かましてて平気なのかぁ? んん~?」


 哀れみの籠った微笑みを向けられているとは露ほども思わないのだろう、目の前の男は俺たちが笑っていることが癇に障ったのかは知らんが、なんか顔を近づけて威圧してくる。

 なぜだろう、全然怖くない。

 前の世界だったら怖かったのかもしれないが、やはりアリスの体だからだろうか?


 隣の恋乃花をチラッと見てみるが、俺と同じらしく、まったく動揺した素振りすら見せず、いつもの飄々とした笑みである。


「お客様、こちらは我々が日々苦労し、今日の初開店を目指して作成した魔道具です。そちらをただで寄越せと申されましても、お応えしかねます」

「オイオイ、俺を誰だと思ってんだぁ? 俺はな――」

「知りません」


 おー、バッサリ。

 男も、自信満々に名乗ろうとしたのに、ただの店員にしか見えず、しかも幼い少女にしか見えない(外見だけは)恋乃花にバッサリと切り捨てられたことがよっぽどムカついたんだろうな。

 男は顔を真っ赤にして、背中に背負っていた大剣を抜いた。


「いいのかぁ? この俺にたてつくってことはよぉ、竜業会を敵に回すってことだぜぇ?」


 竜業会って何。

 何その、クソダサい暴力団みたいな名前。


 俺と恋乃花の二人は、まったく知らない名前にどう怯えればいいのかわからず小首を傾げるだけだが、周囲にいた住民たちはそうではないようで、怯えの様子を見せている。


 うーん、どうやらかなり恐れられているようだが……ここはエルゼルドが治める土地で、あいつが何もしない、なんてことはないはずだしなぁ……まあいいや、後で事情を聞くか。


「アリス君、ここはボクがやるべきかな?」

「……そうね、あなたもVEOと同じように動けるか確かめておいた方がいいわ」

「りょーかい。じゃあ、ボクが相手をするよ、おじさん?」


 挑発するような笑みを浮かべながら、相手をすると言うと、男の頬が僅かに引き攣る。

 いやまぁ、見た目ロリな相手にそう言われたら、そうなるよね。わかるわかる。


「はんっ、その余裕がいつまで続くか見ものだぜ」

「ふふ、ボクの方こそ、君のような頭の足りていなさそうな人に負けるとは到底思えないがね」

「て、テメェ!」

「おや、ボクは本当のことを言っただけなんだけど……煽り耐性も低いのかい? それでどうやって今まで生きてきたんだい? 煽り耐性は大事だよ? 怒りは思考を鈍らせる。ならば、怒りっぽい人はどうなるか? 答えは単純、すぐに手が出――」


 ガシャァァァァァァンッッッ!


 恋乃花が喋っている途中にもかかわらず、目の前の男はいきなり大剣を振り下ろし、店ごと恋乃花に攻撃を仕掛けてきた。

 周囲から悲鳴が上がる。

 目の前でロリっ娘が大剣で押しつぶされたように見えれば、そりゃ悲鳴も上げるけど。


「口ほどにもねぇ。んじゃ、この魔道具と……テメェはもらってくぜ。おどろくくれぇ上玉だからな。俺らがたっぷり可愛がってやるよ」


 そう言いながら、男は下卑た笑みを浮かべながら、俺に手を伸ばしてくる。

 どうやら、俺を連れて行くつもりのようだが……。


「無防備でいいの?」

「は? ごふっ……?」


 俺が尋ね、男が呆けた表情を浮かべた直後だった。

 次の瞬間、男の脇腹から血濡れの刃が飛び出していた。


「ほらね? すぐに手が出た」

「なっ、て、テメェ……!」

「まったく、人の話は聞く物だよ? とはいえ、君のような粗忽者には難しいかな。現に、こうして油断し、刺されている。これほど、ボクの言葉を表した状況は無いと思うよ」


 淡々と、けれど言葉の節々に鋭さを感じさせながら、恋乃花が言葉を紡ぐ。


「それに……アリス君をそういう目で見ていたのはいただけないね。万死に値する、という物だよ」


 いつもは冷静で飄々とした笑みを浮かべている恋乃花だが、なぜかその表情からは謎の圧を感じるんだが。

 ってか、怒るとこ、俺のことなの? なんで?


「さて問題です。今この剣を抜くのと、抜かずに治療院に行くのは、果たしてどちらの生存率が高くなるでしょうか?」

「な、何を言ってんだ、テメェ」

「はい、時間切れ。答えは……抜かずに治療院に行く、でした」


 そう言うと、恋乃花は勢いよく剣を引き抜く。

 すると、ぶしゅぅっ! と男の脇腹から血が噴き出し、勢いが収まるとどくどくと流れ出す。

 いやまぁ、貫通状態ならそのままにする方が生存率は上がるかもしれないけど……恋乃花、容赦なさすぎだろ。


「がぁっ! ぐっ、い、ってぇ……! な、何しやがったっ!?」

「ふふ、実はこの剣には特殊な薬品が塗られていてね。まあ、ボクの手作りではないんだけど……とても信用ができる物さ。その効果は、『傷口の治りを遅くさせ、出血量を増やすこと』」

「なっ――!」


 淡々と告げられた薬品の効果に、男は絶句する。


「ちなみに、治療方法は二つあってね。一つは、その薬品の効果を中和する薬品を飲むこと。もう一つは……薬品が触れてしまった部分を削ぎ落すこと」

「て、テメェ、しょ、正気か!?」


 邪悪な笑みを浮かべて中和方法を恋乃花に言われた男は、顔を青ざめさせながら叫ぶ。

 なんか、俺より悪人してない……?


「もちろん、正気だとも。しかし、一体どのような権利があって、ボクたちの商品をただで貰おうとしたのか知るわけもないし、何よりいきなり手を出してきたのはそちらだ。いいかい? 暴力とは、自分がされるという覚悟を持って行うべき行動だよ。それを脅しの道具にすれば当然、自分に還ってくる。さぁ、わかったらもう行くといい。そして、二度とボクたちの前に姿を現さないでほしい」

「だ、誰がテメェの言うことなんざ――」


 言う事なんて聞かないと言い切るよりも早く、男の頬に一筋の赤い線が入り、そこからたらり、と血が流れだす。

 目にも止まらぬ速さと言わんばかりに、気が付けば恋乃花が手に持っていた剣が男の頬に傷をつけていたらしい。

 生産職のはずなんだけどなぁ、恋乃花って。


「何か、言ったかい?」

「ひぃっ! す、すすっ、すまんせんでしたぁぁぁぁぁぁぁ――!」


 男は情けない声で謝罪の言葉を叫びながら、どこかへ走り去っていった。

 悪漢を撃退した恋乃花と言えば、ふぅ、と小さく息を吐きだしてからいつもの雰囲気に戻り、俺に話しかけてくる。


「問題なし、だね」

「そう。けれど、《霧化》だけでよかったの?」

「まあ、あれが使えれば問題はないかな、くらいにしか考えてないよ。それに、ボクの種族がバレるのは、何かと厄介だから」

「……お互い、ね」

「ふふ、そうだね」


 エルゼルドという魔族が治める土地とはいえ、さすがにそれ以外の魔族が騒ぎを起こしたとなったら動きにくくなるだろう。


 いやまぁ、うちの組織が治める場所と言うのは、人間だけじゃなくて、魔族や獣人、亜人なんかがいるけどさ。

 それでも、この国じゃ比較的魔族は少ないからなぁ。


「それにしても……店、どうしようか?」

「……仕方ないわ。今日の所は一旦引き上げましょう」

「一応の目的は達成できたことだし、いいと思うよ」

「えぇ、そうね。それに、エルゼルドに訊きたいこともあることだし、さっさと撤収しましょうか」

「そうだね」


 商売初日、12万7500エニー獲得。

 露店、半壊。

 なかなかに良い滑り出しだ。

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