23話 行動開始
翌日。
「やぁ、おはよう、アリス君」
「……あぁ、おはよう、恋乃花」
「おや、どうしたんだい? 嬉しそうな表情を浮かべて」
「あー……いや、俺、今後は元の世界の奴らと会えないまま暮らすのかと思ってて、それで、昨日恋乃花に会えたのが夢だったんじゃないかと思っていたんだよ」
「ふふ、何を言っているんだい。ボクはここにいるし、夢じゃないよ?」
「あぁ、それを再認識して、喜んでいたところだよ」
「おや、そう言われるのは嬉しいものだね」
寝起きにそんな軽口を叩きあいながらも、俺の頬は緩んでいた。
やはり、知っている人間がいると、全然違うもんだ。
「さて、今日の予定だが、アリス君はどうするつもりだい?」
「俺は、そうだな……とりあえず、エルゼルドの所に行こうかなと」
「ふむ、昨日の件だね?」
「あぁ。念話も使えるが、今後の組織運営に関わっていく内容と考えると、こちらから会いに行った方がいいだろ? そういうことよ」
「なるほどね。一理ある。それなら、ボクも一緒に行くとしよう」
「いいのか? 来たばかりだけど?」
俺がエルゼルドの所へ行くと告げると、恋乃花が一緒に行くと言い出した。
俺はもちろん嬉しいんだが、恋乃花は来たばかりで、まだ三日目だ。
俺は二週間以上もこっちにいるからマシだが、それでももう少しここにいた方がいいのでは? と思ったところで、そう言えば俺、三日目は既に外に出ていたなということを思い出した。
うーん、人のことを言えない。
「構わないとも。ボクは、初めての異世界転移という物にワクワクしているからね。それに、ボクもこの件は当事者だ。ならば、一緒に行くのが筋という物だろう?」
「……あー、それもそうか。んじゃあ、一緒に行くか」
「うんうん、それでいいよ。……それで、移動方法は?」
「そうだなぁ……車とバイクがあるけど、どうする? 普通に徒歩で行ったら数日はかかるけど」
「おや、車とバイクはそのままあるのかい?」
「おうよ。俺はまだ運転してないけどなー」
運転したの、俺じゃなくてエヌルだし。
「では、バイクで行くかい?」
「お、いいね。そんじゃ、俺が運転してくよ」
「できるのかい? その体で……って、そう言えば、アリス君は体を変化させることができたね」
「まあ、それはそうなんだけど、この体に合わせたバイクもあるし、大丈夫だよ」
「おっと、そうだったね。なら、朝食を食べたらすぐに行こう」
「おうよ」
移動方法の話をしながら、俺たちは食堂へ向かった。
「まさか、探☆偵様も帰って来るとは~……本当に、びっくりですね~。でも、すごく嬉しいですよ~」
「私めも驚いたものです。アリス様に続き、探☆偵様もご帰還なさったわけですからね」
「ふふ、イグラス君は少し硬いけど、そこまで喜ばれると申し訳なくなるね。君たちからすれば一年もボクたちに会えなかったわけだからね」
朝食を食べていると、エヌルとイグラスが木乃香について話している。
内容的には、俺以外にもプレイヤーが帰って来て嬉しい、と言ったところだろう。
わかる。俺も正直俺以外のメンバーに来て欲しいと思ってるしな。
……しかし、同時にこっちの世界には来ないで欲しい、という想いもあるのも事実。
なんせ、元の世界に戻れる保証なんてないんだからな。
正直なところ、すぐに順応し、楽しんでいる恋乃花がちょっと特殊なだけだと思うし。
うーん、そこは探偵だから、なのかね?
「おや、アリス君? どうしたんだい? ボクの顔をじっと見て?」
「あ、いや……昨日も聞いたけどさ、本当に恋乃花には未練はないのか?」
「ふむ、昨日も話したが、無いと言えば嘘にはなるね。けど……探偵として……いや、単なるボクの知的好奇心として、そしてボク個人として、この世界には興味が尽きない。VEOそっくりの世界であることは間違いないし、何よりゲームと同じことが現実でもできる。そこが嬉しいのさ」
楽しそうに、それでいて嬉しそうに語る恋乃花の姿は、噓偽りないだろうと思わせるほどに、にっこにこだった。
「なんつーか、恋乃花らしいや」
「ふふ、ボクは基本的には、楽しいことが大好きだからね。……そう言うアリス君は、未練がありありのように見える」
「あー……あはは……やっぱ、わかる?」
「もちろん。五年の付き合いだ。ある程度な君の人となりを知っているさ」
「まあ、ですよねー……。俺は……まだ大学生で、大学にも友達がいるし、VEOでは組織のメンバーがいた。俺は、家にいるのは嫌だが、外にいるのは好きだったんだよ。だから、あいつらに会えないのは……寂しくてな」
「……そうかい。それは当然の気持ちと言えるね。ボクは……まぁ、割とドライな部分があるのは否めないし、何より、ボクの過去が過去だ。わかるだろう?」
「……恋乃花は、交友関係がかなり狭いからなぁ」
「ま、こればかりは運が悪かった、と言うしかないね」
からからと笑いながら、何でもないように話す木乃香。
本当になんとも思ってない辺りが、この人の強さだと思う。
まあでも、会ったばかりの頃は今みたいじゃなかったけどな。
むしろ、出会った頃よりも変わりすぎじゃね? とは思うけど。
「まあでも、ボクがこの世界に来たんだ。もしかすると、他の人も来るかもしれないね」
「それは……どうだろうなぁ。俺的には、来てほしい気持ちと、来てほしくない気持ちが混在してるけど」
「その気持ちも理解できるね。いくらVEOによく似た世界とは言え、君の話を聞く限りじゃ危険はそこら中にあるんだろう。だからこそ、巻き込まれないでくれ、と」
「あぁ」
「……元の世界に戻る方法が無い、と言うのも理由だろう?」
「そうだよ。まだ調べてないからあれだが、一体どうすりゃ帰れるのか、皆目見当もつかん。けど、いつかは見つけたいとは思ってるよ」
偽らざる本心だ。
俺としては、いつか元の世界に帰りたいとは思っている。
だが、その場合、こいつらはどうなる?
俺としては、こいつらを置いて元の世界に帰る、と言うのはできそうになかったりするし、何より、元の世界には俺の体が無いと聞く。
なら、仮に戻ったとして、果たしてそれは、男の時の体なのだろうか? 答えは多分否だろう。
今の俺の体は、この『アリス=ディザスター』としての体。
戻る可能性は限りなく低いと思われる。
この体になったにもかかわらず、まるで昔からこの体だった、そんな感覚があるのだ。
この体は五年以上も共にしたが、それはあくまでもゲームだったからこそであり、今は生身。にもかかわらず、違和感が何一つないと言う事は……俺の体が、『アリス=ディザスター』になっていることは、ほぼ確実だろう。
というより……なんとなく、そんな気がするのだ。
まったく、とんでもない状況だよ、ほんとに。
とはいえ、現状について不満しかないかと言えばそうではなく、わくわくとした気持ちがあるのもまた事実。
だからまぁ、今は前向きになった方がいいんだろうな。
こう、自由気ままに暮らしてやるぜ! みたいな。
「まぁ、それまでは気楽に行こう。ボクも戻りたい気持ちは少なからずあるからね」
「むしろ、戻りたくない! ってその内言いそうだけどな」
「ははっ、それはそうかもしれないね。この世界はボクたち日本人からすれば、未知もいいところだから」
「だな」
やはり、こうして同郷がいて、一緒に会話ができるのっては……すごく、心が軽くなる思いだ。
そんなことを思いながら、俺たちは朝食の時間を過ごした。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「留守は任せたぞ、二人とも」
俺と恋乃花は一緒のバイクに乗り、見送りに来た二人に軽く言葉を交わす。
「お任せください~」
「しっかりと、留守を務めさせていただきます」
「はは、頼もしいよ。じゃ、何かあったらいつでも連絡してくれ。すぐに戻って来るから」
「了解ですよ~」
挨拶を済ませてから、俺はバイクを走らせ始めた。
「おぉ、これはいいねぇ……。ボク自身、バイクには乗ったことが無かったが、これは気持ちがいい。空気が綺麗なのもあるのかな?」
「わかる。俺もこっちじゃ初めて乗ったけど、マジで気持ちいいわ」
元の世界でも、ちょこちょこバイクには乗ってたが、どうしたって市街地とかだからな。
ここまで開けた自然がある場所でバイクを走らせるってのは、かなりいいもんだ。
世界観的にはちょっとアレかもしれないが……。
「ところで、アルメルの街は一年で何か変化があったのかい?」
「大した変化は無いと思うが、強いて言えば……駄菓子が生まれてたかな」
「ほう、駄菓子。いいねいいね。ココ〇シガレットとかない?」
「あると思うぞ? 恋乃花は、好きなん?」
「あぁ。ほらあれ、煙草みたいだろう? 禁煙するのにちょうどいいのさ、あれは。それに、糖分も取れるからね」
「はぁ~、なるほどね。だが、煙草みたいってのはわかる。あれで小さい頃、『見て煙草~』とかやったもんだ」
「ふふ、悪の組織の総帥ともあろう人が、可愛らしい子供時代を送っていたようだね?」
俺の小さい頃の話をしたら、俺の肩書からか、からかってくる。
「そりゃ、あくまでもゲームの中だろ? 現実じゃ、普通の一般人だったよ、俺は」
「そう言えばそうだね」
ってか、リアルでも悪の組織の総帥ムーブしてたら、ただの中二病か何かだろ、それ。
「しかし、子供用のバイクなのに、随分とスピードが出るね」
「ま、あくまでも車体が小さいだけで、普通のバイクと大差ない……あ、いや、性能的な意味では、元の世界のバイクを超えてるか。ゲーム時代じゃ重宝したよ、マップ埋めとか」
「実際、乗り物があると段違いだからね」
VEOは普通に自身でマップを埋めて行かなきゃいけなかったからな。
基本的に、従来のVRゲームのマップ機能というのは、マップを購入するか、ストーリー進行に合わせてマップが解放されるか、といったシステムだった。
だが、VEOはそんな甘っちょろいシステムなんかなく、ひたすら自分の足で埋めろや、と言わんばかりのストロングスタイルだったので、そこだけは地味に不評だったな。
誰かの地図を買うなんてこともできないし。
地味に嫌な作業だったな。
「ところで、前回はどれくらいで到着したんだい?」
「んー、三日くらい? 徒歩だったし」
「ふむ、その程度なんだね。かなり早く到着するらしい」
「うちの所有する地域じゃ、一番聖都に近いからな」
「それもそうだ」
まぁ、だからこそ、アルメルの街が狙われたんだろうがな。
あの愚王、絶対に生きていたら不味い奴だし。
「うーん、しかし不思議だね」
「何がだ?」
「ほら、元々はVEOというゲームの中だったけど、今は現実。けど、風景なんかはボクたちが良く知るVEOの風景。あのゲーム、匂いや味覚はあったけど、それでもあくまでもデータだったから、夢の中での経験に近かった。それ故に、どうしたって現実ではない、と思わされていたけど……今は生身で、あの世界を移動している。ふふ、本当に不思議だよ」
「あー、それはそうかもなー。俺も、最初の頃とか、なんとしてもこっちに慣れなきゃ! なーんて思っちゃいたけどさ、いざ恋乃花の話を聞いてると、そんな気分になって来るよ」
最近のVRゲームと言えば、一部を除いて限りなく現実に近いほどに進化していた。
しかし、それでも現実とは違うとわかることもある。
その違う部分の大きなところで言えば、複雑さかな?
例えば、カレーを作るとして、その中には色々なスパイスなんかが入ってると思うけど、それらによって複雑なカレーの香りになるわけだ。
だけど、VEO内で仮にカレーを作ったとしても、その匂いは何と言うか『うん、カレーだね』みたいな感想を抱くだけで、カレーの香りにある、とにかくお腹がすく、みたいなあれが無い。
多分、カレーと認識させるための最低限の香りしかない、みたいな感じなんだと思う。
だからこそ、現実となった今、かなり新鮮なわけで。
「そうだね。是非とも、楽しみ尽くしたいものだよ」
「それは無理じゃないか……?」
呑気な、だが絶対の本気だろうなと思わせる恋乃花の呟きに対し、俺は小さくツッコミを入れた。
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