22話 二人だけの晩酌

 しばらくすると、アイデアもいい感じになってきたので、適当に切り上げて晩酌としゃれ込んだ。

 ちなみに、酒は恋乃花が所持していたものを出している。


 場所は俺の私室で、今は部屋に二人きりだ。

 テーブルの上には、イグラス作のおつまみと、恋乃花が所持していた酒、それからワイングラスが二つ並ぶ。

 恋乃花が取り出した酒は、見た感じ赤ワインっぽい。


 早速とばかりに、ワイングラスに注ぐと、なんとも芳醇な香りが漂ってくる。

 へぇ、あんまり酒臭くないな……。


「じゃあ――」

「あぁ」

「「乾杯」」


 二人でチン、とグラスを少しだけ当て、酒を口に含む。


「ん、これ美味いな……」

「あのゲームでは、さほど味を感じなかったけど……これはいいね。すごくいい。以前、報酬の一部としてもらった高級ワインを飲んだことがあるけど、それ以上かもしれない。ふむ、やはり異世界だからか、材料が大きく違うのかな?」

「こんな時でも考察か? 恋乃花は相変わらずと言うか……」

「はは、まあほら、そこはボク、だからね。異世界には不思議な物で溢れているだろう? もともと、ゲームとしてはある程度知っていたとはいえ、今は現実だ。ならば、知的好奇心を少しでも満たしたいのさ」

「それはわかる」


 俺も正直、知りたいことが多いからな。

 特に、旅行なんかをしてみたい。

 異世界をこう、バイクで駆け回ってさ、いろんな街を見て、いろんなものを食べたり、見たりしたい。

 ある程度安定したら、そういうのもありかもなー。


「こく、こく……ふぅ。さて、アリス君。君は一つ、ボクに尋ねていないことがあるね?」


 と、恋乃花が少し赤らみながらも、真面目な表情でそう言ってくる。

 それに対して、俺は少しだけ目を伏せ、だが、肯定するようにこくりと頷く。


「……母さん、どうしてる?」


 そして、俺は母さんのことを尋ねた。

 元の世界では、ハッキリ言って精神状態は良くなかっただろうな。

 何せ、無気力になってしまっていたからな。


 何を言っても、何をしても、どこかへ連れ出しても、母さんが戻ることはなく、むしろ日に日に俺に対する態度や扱いがぞんざいになっていったくらいだ。

 俺はもう、しょうがないとは思ったし、当時は中学生だったからな……そんな母さんが嫌で、変に関係性がこじれた。


 まぁ、そんな状態を大学二年生になっても続けてるってんだから、俺はガキ過ぎた。

 今でも、複雑な気持ちだが……。


「そうだね……まず、クルン君がほぼ毎日見に行っているそうだよ」

「そう、か……」


 なるほど、瑠璃姉が行ってくれてるのか……そうか……。


「俺、さ。普段はなんつーか……かなり酷いことを言ったり思ってるわけだろ? そんな奴が、どの面下げて、とは思うんだが……やっぱ、ずっと前から後悔しててな……」

「……まぁ、世の中には、君の母親に対する対応と言うのは、やれ反抗期の子供だ、やれ恩知らずだ、やれクソ野郎だ、などと言ってくるだろう。だが、ボクはそうは思わない」

「……」


 俺の気持ちをある程度知る……というか、それなりに見抜いている恋乃花は、感情の籠った言葉で、断言してきた。

 それが、なんだか嬉しかった。


「そもそも、家庭の事情に対して、他人に口を出されるのは、酷くムカつくだろう。実際、ボクも昔はそうだったからね。今は、君たちのおかげで吹っ切れてはいるし、何より君の気持ちを知っている。それに……インターネットという物が身近になった頃から……いや、それよりも昔からだね。世の中には一定数以上の、間違った正義を振りかざすバカも多い。自分たちが害されたわけでもないのに、さも自分たちは正しいです、などという顔をして、平気でどこの誰とも知らない人間を叩く。そして、今度は叩いてきた者が叩かれて、今度はその叩いた者が……と、負の連鎖に陥るわけだ」


 おつまみを食べ、酒を飲みながら、恋乃花は続ける。


「そもそも、だ。自分の価値観を押し付けることは間違っている。例えば……そうだね。ゲームでの実例を基にしようか」


 真面目な口調は変えず、だが表情は少し柔らかくさせながら、さらに言葉を重ねる。


「フルダイブ型VRゲームという、ボクたちからすれば、かなり身近な存在のゲームだが、初期の頃はかなりの問題があったわけだ。つまるところ、キャラクターだね。自身の理想の姿になれる、ある種革命的なそれは、かなりの数のユーザーを得ると同時に、理想になろうとする者を批判する者が現れた」


 こくり、とワインを飲み干し、とくとく、とさらにワインを注ぐ。

 おつまみのチーズをぱくりと食べ、咀嚼し、嚥下してから話を続ける。


「そうだね……そう言った、批判する人たち、というのは主にアリス君のようなアバターを作る人が多かったかな。極端な所で言えば、いい歳した四十代くらいの男性が、中学生~高校生くらいの美少女アバターを作成して、それで遊んでいた。その結果、その人は何と言うか、個人の価値観でバカにされ、批判された。……たしかに、気持ち悪いだの、キツイだの、そう思う人が少なくないのは事実だ。だけど、自身が放った言葉や文章を、心のないロボットやAIが受け取るのではなく、一人の感情を持った人間が受け取るわけだ。となると、その人は自身を否定された、自分の持つ考えや、理想がバカにされた、そう思うわけだね。……結果、その人はゲームを辞める」

「……あぁ。俺はさ、キャラクリができるゲームは、現実では絶対になることのできない姿になれるのがいいと思ってるが、それをバカにする奴がいるのはわかってるさ。ロールプレイを第一としたプレイヤーなんかによく起こる出来事だ」


 実際、俺もそう言うことを言われたことがあったからなぁ。

 個人の価値観で人をバカにしたり、批判するのは、酷いもんだからな。


「何の気なしに放った、たった一言が相手を傷つける、そう考えないんだろうね。まぁ、得てして批判とはそういうものさ。批評ならともかくとして、批判はもう、相手を否定することにしか使われない。……さて、かなり遠くなった話を戻して、だ」


 一度話を切り、恋乃花は話題を変える。


「君自身、母親に思う事はあるだろう。それは当然だ。なんらおかしくはない。……そもそも、不満を持たない人間なんていない。それがどんな相手だろうと、限りなく小さなものでも存在するものさ。ボクだって、君に対する不満はあるよ?」

「え」

「だが、それは当然のこと。当人にしかわからないことを、外野がとやかく言うのは間違っているだろうね。……と、色々わけのわからないことを言いはしたけど、つまりは……気に病むことはないよ。君は君なりにしてきたし、そもそも、あれでは途中で投げたくなるのもわかる。だが、君は一人暮らしという手段に出ることなく、そのまま実家で暮らすことを選んだわけだろう? それはなぜだい?」

「……そりゃまぁ、ほっとけないだろ? あのままじゃ、間違いなく死んでたろうからな……いくら、普段が無気力で、ヒステリックになるとは言え、親は親だ。見捨てられないさ」


 まぁ、俺は基本的に、家事をしたら部屋に籠ってたから、説得力なんて何一つないわけだがな……。

 一応、バイトもかなりしていた。


 廃ゲーマー、というほどでもなかったが、地道にやった結果が俺たちの組織の今の結果だ。

 保険金や慰謝料だけでも生活はできただろうが、さすがに使いたくはなかったから、割のいいバイトを探して、それをなるべく多く入れていた。


 正直、学業との両立は最初は厳しかったが、慣れると案外何とかなる物で、休みの日なんかはゲーム三昧であり、ちょっとした隙間の時間を使ってゲームはしていたくらいだ。

 ……それに、組織を大きくしていったのは俺と言うより、他のメンバーだったからなぁ。

 特に、クルンと探☆偵の二人が一番資金面で貢献してくれてたし。

 他の三人だって、頑張ってくれたわけで……あれこれ、やっぱ俺が一番仕事してない……?

 うわぁ……。


「ふふ、そうかい。……ま、君はそれでいいと思うよ。ともあれ、今の所はアリス君――いや、瞬君の母親については、クルン君が世話をしてくれているみたいだから、安心していいと思うよ」

「……あぁ、瑠璃姉、家事が上手いからね……」


 俺の家事スキルだって、瑠璃姉のおかげだし。


「みたいだね。……っと、少し話が重くなってしまったかな。この辺りで君の話はやめようか。……ところで君、リアルで彼女とかいたのかい?」

「なんか話がさっきと違い過ぎて、風邪引きそうなんだけど!?」


 にまにま、と意地の悪い笑みと共に、温度差が半端ないレベルの質問をぶん投げてきたんですが。


「はは、いいじゃないか。実は、気になってはいたのさ。それで、どうなんだい?」

「いや、そもそもそんな時間なかったぜ? だって俺、VEOでみんなと遊ぶのが好きだったし……それ以外は基本的にバイトだったからなー」


 思い返せば俺、高校生以降、ずっとその二つだけだな……自分の時間って。

 それ以外は家事をしてたし。


「それじゃあ、告白されたことも?」

「んなもんないって。俺は生憎と、人望のある人間じゃなかったからなぁ……別に、陽キャでも陰キャでもない、中間の人間だったし」

「そうなのかい? まぁ、クルン君から聞いてはいたけどね」

「じゃあ、なんで聞いたし……」

「さっきまでの話の重さを払拭しようと思って、ね。まぁ、九割方元の話とは関係なかったけど」

「ほんとだね。なぜか、VEOの話になってたもんね」


 マジでこの人はわからねぇ……。

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