19話 草原にて
とある草原にて。
「んー……ここは…………ふむふむ、なるほどなるほど……」
白衣を身に纏った一人の幼女がクレーターの中心に立ち、自分の体を見下ろしたり、周囲を見回したりしていた。
「くんくん……嗅覚、あり。視覚は……見えていることから当然ある。触覚……あり。味覚は……ぺっ。不味いという味覚が発生していることから、味覚もある。あとは、聴覚……自身の声が聴こえ、風に揺れる草花の音、小鳥のさえずりが聴こえるから……あるね。ふむ、五感は完璧みたいだ」
幼女は何かを確認するような行動をしつつ、思ったことを口に出していく。
そして、どこからともなく葉巻を取り出すと、それを口に咥え、火を付けようとして……失敗した。
「ふむ? 自身が身に纏う衣装から、我が分身とも言える人物であると考え、同時に現在ボク自身がいる場所であることを踏まえて、ここはVEOの世界だと推察したのだが……変だね、魔法が出ない。それに、スキルも使用できなくなっている……ふむ、これは絶体絶命、と言う状況と言えるね」
幼女は、自身の置かれている状況を冷静に把握し、その結果自分が今危険な状況であると理解する。
しかし、幼女は全く慌てるような素振りを見せず、これからの行動について思案する。
「……気になるのは、なぜ我が分身の姿なのかということと、なぜ魔法が使えないのか、ということ。そして、最も気になる点は……」
口元に手を当てながら、頭の中で思っている言葉を口で紡いでいた幼女は、自身のすぐ真横を見ながら、呟く。
「ボクが今立っているクレーターと同じようなクレーターがあること、だね」
幼女の隣には、別のクレーターがあった。
一見するとなんてことないクレーターではあるが、幼女からすればこれは立派な道標だ。
そもそも、同じ場所に隕石が落ちる確率など、天文学的確率。
だが、現にここにはそのクレーターがある。
ならば、このクレーターを調べることが、今の状況では必要だろうと考える。
「さて……まずは記憶を掘り起こそう」
しかし、その前に幼女は状況整理と言わんばかりに、自身の記憶の海に思考を沈める。
それは、小さな幼女が行方不明となった、VEOにおける自分たちのボス、アリス=ディザスターこと、繰木瞬を捜索している時だった。
「ふぅむ、やはりこのメール以外にハッキリとした手掛かりは無し、か」
ここは、とある幼女が経営する探偵事務所の仕事部屋とも呼ぶべき一室。
少し大きめのデスクに、依頼者と話をするためのテーブル、ソファが置かれ、その周囲には様々なファイルが収められた棚が置かれている。
あとは、申し訳程度に観葉植物なんかも置かれている。
その一室で、幼女は頬杖を突きながら、目の前のPCのモニターに映し出されている、一番の手掛かりに目を向ける。
そこには、ところどころ文字が欠けている一通のメールが映し出されていた。
「これぞまさに、神隠し! ……なんて、茶化して言える状況じゃない、か」
一瞬だけふざけて言ってみたものの、自身も関わりが深い相手であり、何より自分の知り合いにとって大事な弟分。
だからこそ、茶化すのはダメだと頭を振り、改めて考えてみる。
「……消えたのは今から一ヶ月以上前。手掛かりはシステム領域が大きく破損していたVRチェアと、VRチェアの中に残っていたこのメール。……何もわからない。復元してみた物の、穴だらけであることに変わりはない。けど……最後の応じる、応じない、と言う部分から察するに、件名は招待、だろうね。いや、そもそも招が入っている時点で、それ以外ないとは思うけど」
口に出しながら、情報を整理し、何度したかわからないメールの内容を推理していく。
自分自身、それなりに探偵としての才はあると思ってはいたが、それでもこのメールの謎が解けない。
そもそも、手掛かりがこれしかないから推理のしようがないし、何より肝心のVRチェアがまともに起動しなくなっている以上、そのどうしようもなさがさらに加速する。
これはどうすればいいのかわからない。
「はぁ……全く、こっちの気も知らずに……一体どこへ行ったんだい? 瞬君」
溜息一つ吐き、探し求める人物の名前を呟く。
メール以外の手掛かりを求めて、何度か瞬の自宅を訪ねて調べた物の、それでも何一つ成果は得られず仕舞い。
クルンの付き添いで、母親の方とも話してみようと思った幼女だったが、アリスとクルンの両名から聞いていた話以上に母親の精神状態が酷く、ぶつぶつとうわ言のように虚ろな目で呟き続けていた。
その中身は、どうやらアリスの父親とアリスへの謝罪らしかった。
無理に話しかけても意味はないと判断し、クルンは軽く食事を作ってから、すぐに家を出たのである。
「……ただ、文字化けはしているものの、VEO自体にはログインをしている……ふむ、これは昔流行りの異世界転移・転生という奴かな? ……いや、それはないか。科学は発展したが、未だファンタジーな物との邂逅を人類は果たしていない。まったく、見つからなさすぎて、辟易してきたよ」
もちろん、投げ出しはしないけどね、と誰に言うわけでもなく呟く。
すると、コンコン、と扉がノックされ、外から声が聞こえてくる。
「所長、少々よろしいでしょうか?」
「ん、なんだい?」
入ってきたのは、所長と呼ばれた幼女の事務所に勤める二十代後半くらいの女性だった。
女性はどこか申し訳なさそうにしながらも、話を切り出す。
「実は急な依頼が入りまして……その、現在所長が探している方の捜査が出来ず……」
どうやら、どうしても外せない依頼が来てしまったようだ。
「わかった。もとより報酬の発生しない、プライベートな仕事だ。気にせずそちらへ行って構わないよ。というより、今ボクがそちらに熱を入れているからね。今は君たちが稼ぎ頭のようなものだし、するなとは言わないさ」
もとより、瞬の捜索はクルンに依頼されるよりも早く捜査に当たっていたのだ。
それに、申し訳ないと思いつつも、事務所員に手伝ってもらっていたわけだが、この操作に報酬発生しない。
まだ余裕はあるが、それでもすぐに資金難を迎えるだろうことは想像に難くない。
だから、この幼女は依頼を優先してもいいと告げた。
「ありがとうございます。……ですが、所長の想い人なんですよね?」
許可は貰ったのに、どこか浮かなそうな表情を浮かべながら、女性は幼女が探す人物が幼女の想い人だと確信しながらも尋ねる。
それに対し、幼女は少し恥ずかしそうにはにかむ。
「ふふ、そう言われると気恥ずかしいものがあるけど、まぁ、そんなようなものさ。とはいえ、相手はリアルのボクを知らないけど、ね?」
「今のご時世、バーチャルワールドで知り合い、結婚に至るなど不思議でもありませんよ。強いて言えば、所長の見た目的に、問題が起こりそうですが」
「あははっ! 君、給料を減らしちゃうよ?」
女性の軽口に、探☆偵も冗談ではあるが脅し文句を口にする。
「おっと、藪蛇でした。では、私はこれで。所長、あまり根を詰めすぎないでくださいね?」
「……あぁ、わかっているとも。すまないね」
「いえいえ。それでは」
先ほどの冗談は、間違いなく自分を心配しての物だと理解しているからこそ、探☆偵は嬉しくなった。
しかし、状況は一切好転しない。
「ん~~~っ! はぁ……気分転換がてら、バーチャルワールドの方へ行こうか。仕事の依頼が来ている可能性もあるし、ね」
そう呟くと、幼女は席から立ち上がり、自身の居住スペースとなっている隣の部屋へ入ると、中央に鎮座しているVRチェアに座り、バーチャルワールドへとダイブする。
「……よし、問題なし。さて、何かメールは……っと、ん? 知らないアドレスから来ているね。仕事の依頼かな?」
バーチャルワールドに入るなり、ピロン♪ とメールを受信したことを知らせる音が鳴り、幼女はメールボックスを開く。
「おや? このメールは…………――っ!」
次の瞬間、探☆偵はそのメールを開き、その内容を視界にとらえた瞬間、思わず息を呑んだ。
そこには、
【宛先:探☆偵
差出人:ヴァルフェリア
件名:招待
本文:応じる/応じない】
という、どこかで見た様な内容のメールが送られてきていたからだ。
「……こ、これは予想外、だね」
背中に、流れないはずの汗が冷たく流れるような感覚がして、思わず震える。
現実とリンクするようにできているせいか、バクバクと身長が激しく鳴るのも感じる。
「いたずらでなければ、このメールはおそらく瞬君のVRチェアに存在した、あの文字化けしたメールと同じだろうね」
ふむ、と顎に手を当てながらしばし考え込む。
「相手の目的は一体なんだろうか? 件名と本文が簡素過ぎる。もし、いたずらメールやスパムメールなどの類であれば、もう少し長い文章が送られてくるはず……けど、このメールは簡素過ぎる。それに……」
スッと目を細めて見つめるのは、差出人だった。
名前が『ヴァルフェリア』であること。
「この名称……たしか、VEOの運営元の社名だったはず。なぜ、運営がわざわざボクに直接メールを? それに……もしも瞬君の元に送られてきたメールがこれであったならば、なぜ瞬君にもメールを送ったのか。謎すぎるね……」
書かれていることが少なすぎて、推理のしようがない、幼女こと、探☆偵は八方塞がりな現状からどうにか進展できるのでは? と考えてはいたが、ここまで何もなさすぎるメールでは、果たして先へ進めるのかどうか不安になってくる。
「しかし……この本文。水色になっていることから、リンクになっていることはわかるけど……下手に押すのは危険、だよね?」
一瞬、応じると言う部分を押そうかと考えた探☆偵だったが、ここまで不可解な状況が起こり、尚且つ瞬が行方不明となった原因のメールであったならば、かなり危険が伴う物だろうと考える。
だが、このままでは一切の手掛かりを得られず、今生の別れになる可能性がある上に、ネット上での付き合いしかないが、親友とも呼べるクルンや、他の組織のメンバーも瞬に会えなくなると考えると、これは危険を承知で、押すしかないだろうと結論付けた。
「……仕方ない、か。だけど、すぐに押すのは愚策だね。とりあえず、このメールをクルンや他のメンバーに送信しておこう。……もし、何かあった時は、ボクの事務所の地図と連絡先を添付して……よし、これで問題ないね。あぁ、事務所の人たちは…………とりあえず、簡易的なメールでも送っておこう」
自身の身に何が起こってもいいようにと、探☆偵は身近な人物たちに現状についてのメールを送信した。
内容的には、もしもボクが行方不明になったら、このメールを基に操作をしてほしい、という、ある種の保険である。
まるで、身辺整理だな、なんて思いながらくすりと笑い、
「……鬼が出るか蛇が出るか。何が起こるかわからない以上、気を引き締めて行こう」
そう決意を言葉にし、探☆偵は『応じる』の文字を触り……そこで意識が途絶えた。
「――という経緯だったと思うけど……ふぅむ、謎。謎だね。何もわからない」
ここに来るまでの過程を思い出してみても、自身の置かれている状況はとても不可思議である、ということしかわからなかった。
あのメールが原因なのは自明の理。
同時に、何をすればいいのかもわからないし、そもそも今いる場所はどこなのか、疑問は尽きず、ひたすらに思考に思考を重ねる。
だが、考えてばかりで、何も行動しないままここにいるのは何かまずいだろうと思い、改めて周囲を見回す。
「……む? そういえばここは、基地に近い草原ではないか? とするならば……あちらへ行けば、もしや基地があるのではないだろうか?」
探☆偵は、この場所が知っている場所であると思い出すと、一つの希望を見出す。
VEOにおいて、自身が所属していた組織のすぐそばの草原。
幼女はニィ、と口端を吊り上げると、頭の中で行動指針を定めた。
「……しかし、このクレーターはもしや、ボク以外にここに来た者がいるのではないだろうか? であれば……彼が、いるのかもしれないな」
クレーターから、何かを感じ取った探☆偵は、更に笑みを深めると、しっかりとした足取りで歩き始めた。
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