17話 殴り込み終了
「おい、おい! どうなっている!」
王城の一室、そこではひたすら怒声を上げ続ける男がいた。
その男は、やたらと華美な衣類に身を包み、宝石がついた指輪も多数嵌め、さらには無駄に立派な、けれど趣味が悪そうな杖を持っていた。
極めつけは、その頭にある王冠だろう。
この男こそ、グラント聖王国国王、グルドゥス=クオン=グラントだ。
グルドゥスは、もとは整った顔立ちをしていたのだろうと思わせる顔をしているが、常日頃から贅沢三昧をした結果か、今ではぶくぶくと太り、額には焦りからなのか、単純に暑いからなのか、脂汗を流している。てっかてかである。
「なぜだ、なぜ禁術が発動しないのだッ!」
グルドゥスは今日、禁術の発動をしようとしていた。
予定していた人数を集め終え、後は禁術を発動するだけという段階にまで来ていたにもかかわらず、肝心の禁術が発動しない。
想定外の出来事に、グルドゥスはひたすら喚き散らす。
「おい! 奴隷共はちゃんといるんだろうなぁ!?」
「は、はっ! 地下にいるはずです!」
「ではなぜ発動しない!」
「そ、それは、私にもわかりかねます……」
「この役立たずが!」
「うっ――!」
グルドゥスは、質問に答えた魔術師に罵声を浴びせながら蹴り飛ばした。
予定であれば、既に禁術は成功し、自分は無敵の魔力を手に入れるはずだった。
だが、どういうわけか禁術が発動せず、何も起こらない。
一体、何が起こっているのかわからず、グルドゥスはイライラし、近くの物に当たる。
「クソッ、クソッ、クソォッ! なぜだ、なぜなんだ!」
このままでは、何の意味もない。
せっかく手に入れた生贄も、禁術が発動しないのならば無価値だ。
グルドゥスは苛立ちを隠そうともせず、どかっと乱暴に椅子に座る。
「また最初から集め直しではないかッ……!」
ドンッ! と怒鳴りながら、肘掛けに拳を叩きつける。
上手くいかないのはなぜかはわからないが、こうなってしまったのならばすぐに頭を切り替えなければと、グルドゥスはほんのわずかの冷静さを取り戻す。
「……チッ、仕方あるまい。また集め直しを――」
忌々し気に呟いた瞬間だった。
「――そのような愚行、金輪際させるつもりはないわ」
鈴の鳴るような、おおよそこの場には似つかわしくない、そんな綺麗な声がどこからともなく響いてきた。
「だ、誰だッ!?」
グルドゥスは慌てて立ち上がり、周囲を見回す。
この場所は禁術を行使するために用意させた、隠し部屋。
窓などなく、あるのは松明の灯りのみ。
しかし、辺りを見回してみても、禁術を行使するために用意した魔術師が何名かしかいない。
その誰もが、今のような声を出すような者ではないことはよく理解していた。
では、この声はどこからなのか。
グルドゥスは声の出所を探るべく、隠し部屋を出る。
隠し部屋を出ると、そこは王の間。
隠し部屋は、王の間にある、玉座の裏側にあったのだ。
恐る恐る、だが苛立ちを見せながら、グルドゥスは王の間の真ん中に立つ。
「愚か者に、生きる価値などない」
まただ。
またどこからともなく声が聞こえてくる。
思わず聞き惚れてしまいそうな声音にもかかわらず、グルドゥスはなぜか冷や汗と動悸が止まらない。
バクバク、と心臓は早鐘を打ち、だらだらと冷や汗が頬を伝う。
声の主はどこに……そう考えた時。
不意に、外が明るくなった。
おかしい、今は夜のはずだ。
なのに、なぜ昼間のように明るいのだ、と。
なぜ明るいのかが気になったグルドゥスは、恐る恐る窓に近づく。
そして……そこにいた。
見たこともない、だが、圧倒的なまでのオーラを放つ、一人の少女が。
少女は、片手を天に突き出し、その先には直径二十メートルはあろう巨大な紫色に光る球が浮かんでいた。
「久々に見たけれど……本当に、醜悪な顔ね。今すぐにでもくびり殺したいくらい」
「き、貴様は誰だ!?」
「……あなたに名乗る名などないけれど……そうね。冥途の土産に名乗りましょう。初めまして、グルドゥス=クオン=グラント。わたしは、ロビンウェイク総帥、アリス=ディザスター。見知りおく必要はないわ」
少女は、冷酷な光を宿した瞳でグルドゥスを見下すように見ていた。
エヌルたちから避難が終わったと報告を受けた俺は、タイミングを見計らい愚王こと、グルドゥスをおびき出した。
殺気なんかも駄々洩れにしてるし、俺の頭上に浮かぶ魔法、『広域殲滅魔法:メテオ』をスタンバイさせている。
で、俺が誰かと訊かれたんで、名乗った俺だったが……俺はグルドゥスの次の発言に疑問符を浮かべることになる。
「あ、アリス=ディザスター、だと……!? な、なぜだ!? なぜ貴様が存在している!?」
なぜ俺が存在しているのか、だ。
通常、なぜ俺が存在しているのか、ではなく、なぜここにいるのか、が正しいと思うんだが……何かがおかしい。
「……? それは、どういう意味かしら?」
今すぐに魔法を行使するのはやめ、少し情報を得るべく、俺はその意味を尋ねることにした。
「貴様ら
「……」
天外人……聞いたことのない単語だし、少なくとも、VEO時代にもそんな単語はなかったはずだ。
おそらく、グルドゥスのバカが言った天外人とは、俺たちプレイヤーのことを指しているんだろうな。
しかし……天外、天外か。天外の意味としちゃ、天の外、はるかかなた、と言う意味だが……なるほど、たしかにそう言う意味ではプレイヤーは天の外から来た、というのは言い得て妙かもしれない。
もともと、あの世界にはプレイヤーは存在しておらず、キャラクタークリエイトを経てあの世界に生まれるわけだからな。
そして、そのアバターの中に、別の世界の――つまり、現実の俺たちが入り込み、アバターを動かす。
たしかに、天の外、と言うのはあながち間違いではないのかもしれないな。
だがしかし、なぜ俺たちにそんな名称が付けられている?
それに、VEO時代になかったのはなぜだ?
あとは……俺たちがいなくなったのはどうやら一年前である、というのは事実らしい。
もとより、イグラスたちから俺たちがいなくなったという話を聞いてはいたが、こうして普段から会うことのない人物から聞くと、確実な情報なのだろうな。
「……一つ、尋ねるわ」
「な、なんだッ」
「一年前、一体何があったのかしら?」
「お、教えるわけがあるまい、バカめが!」
「……そう。ならいいわ」
とりあえず、帰ったらエヌルたちに訊いてみるとしよう。
しかし……何かおかしくないか?
俺たちプレイヤーは、あの世界がゲームだと認識していた……いや、そもそもがゲームだったわけだし、認識もへったくれもないんだが……妙だ。
俺は、ゲームにそっくりな世界に来たのか、とこの世界に来た当初、そう思っていたが、普通に考えてそれはおかしいのではないか。
そもそも、エヌルたちが俺のことを『アリス=ディザスター』と認識している時点で、そっくりなどではなく、そのもの世界なのではないか。
だが、そうなって来るとVEO時代のNPCとの会話がある程度の自由度があったとはいえ、それでもある種パターン化されており、今みたいに一個の意思を持った生命体などではなかったはずだ。
そもそも、だ。
なぜ俺がこの世界に招待されたのかも不明だ。
理由がさっぱりだ。
……まあいい。
この辺りは、要調査だな。
今は、目の前の状況を終わらせよう。
「さて、わたしがここに来た理由は至ってシンプル。あなたたち王族に心底腹が立ったから」
「なんだとッ……!?」
「わたしの配下が治める土地で人攫いを行い、あまつさえわたしが接したばかりの子供らを、わたしがその街にいたにもかかわらず攫った。その愚行、万死に値するわ」
「き、貴様ら悪党共もする手口ではないかッ! 貴様が手を下すことはお門違いである!」
「ふむ……たしかに、そうかもしれないわ」
「ならば――」
「けれど、そのようなこと、知ったことではないわ」
「は?」
「そもそも、何を以て悪とし、何を以て正義とするのかなど、確実なことは誰にも言えないこと」
第一、人間を殺したから悪です、と言われてもそれは時と場合に寄るだろう、などという事例だってたくさんある。
一番いい例が戦争だしな。
なら、正義とは、悪とは、そんなことを言い合っていたら結論が出ないまま、一生終わらないだろう。
正義の反対は悪ではなく、正義の反対は正義、とはよく聞く言葉だ。
だが、ある種それが真理だろう。
もちろん、ただ快楽のために、などと言う理由で人を殺すことをすれば、それはもう悪だろう。
だが、これが国になるとどうだ。
戦争をして、負けた国はその先、悪に近い何かとして見られるのではないか。
では、負けた国は悪なのか? と訊かれればそれは違うだろう。
必ずしもそうではない。
結局、自国のためにしようとした結果であり、間違っても悪とは言えないだろう。
いや、そもそも、善悪で考えること自体が間違いなんだろうな。
俺、善悪なんてマジで哲学の領域だと思ってるし。
俺はまだまだ大学生の若造でしかない。
戦争なんて経験してないし、犯罪に巻き込まれたこともない。
事故だってない。
知っているのは、教科書やインターネットにおける情報のみ。
だが、だからこそ、客観的に見ることができるのではないかと思うわけだ。
……まぁ、そこを生き抜いた奴らの心情を知ることはできないから、本当に客観的に見るだけなんだけどな。
そんな俺でもわかる。
この一件は、間違いなくこのバカが悪だ。
ならばこそ……。
「今回の一件、わたし――いいえ、ロビンウェイク総帥、アリス=ディザスターとして、あなたたち王族、ひいては貴族たちを許すことなど、到底できない」
こいつらは絶対に許してはいけない。
もとより、あの禁術はプレイヤーだからこそ使えた魔法だ。
ゲームだからこその魔法だ。
では、現実で使用すればどうなる? そんなもん、ただ人が死に、たった一人、もしくは数人が膨大な魔力得るだけだ。
そんなもん、あったところで何になると言うのか。
あんなもん、現実の世界においては外道の魔法だ。
……いやまぁ、VEOでガンガン使われてたけども。
しかし、今は現実だ。
命は有限であり、たったの一度きり。
ならばこそ、人の命を基にして行使する魔法なんて、邪道も邪道だし、ただの外道共がすることだ。
俺は絶対に使用なんざさせない。
そして、今も、これからも、だ。
「さて、短い間だったけれど、もうお別れとしましょう」
「なっ、ま、ままま、待て待て待て!」
正直、こいつとは会話をしたいとはこれっぽっちも思わないので、俺はお別れをと言うと、グルドゥスは慌てて俺を引き留めるような姿を見せる。
「あら、まだ何かあるの?」
「ほ、ほほ、本当に余を殺すのか!?」
「いいえ、殺すのではないわ」
グルドゥスの質問に、俺は否定の言葉を返す。
すると、グルドゥスは見逃されると思ったのか、酷く安堵した表情を浮かべていた。
しかし、俺が次に放った言葉で、その表情は絶望に染まることになる。
「――跡形もなく、この城ごと、消し去るわ」
「き、貴様にできるのか、そ、そんなことがぁ!?」
「えぇ、できるわ。見てわからない? この魔法が」
まったく、バカは目も節穴なのか?
こんなもん、ちょっとでも魔法が使える奴は、あ、あの魔法ヤバいんだけど、と思うはずなんだがな。
それだけ、才能が無いってことかね?
「た、単なるこけおどしだろう!?」
「……はぁ」
なんともまぁ、的外れなセリフだろうか。
呆れすぎて、思わずため息が出てしまう。
それに……こいつが何を狙っているかなんざ、お見通しだしな。
「……言っておくけれど、あなたは今、無駄話で時間を稼ぎ、魔法による攻撃でわたしを倒そうとしているのかもしれないけれど……それは無駄よ。『雷撃』」
雷系魔法の初級魔法を行使し、グルドゥスがいる場所よりもある程度離れた距離から私を狙っていた魔術師を壁ごと撃ち抜く。
雷撃とは、雷を一直線に飛ばし攻撃するだけの魔法だ。
魔法系のジョブを選んだ場合、割と最初の方で習得できる魔法であり、尚且つ威力もそこそこあるので、最初の内は使用頻度が高くなる魔法でもある。
一般的な魔法系ジョブのプレイヤーが放つと、直径十センチ程度の雷撃が放たれるが、生憎と俺は色々と鍛えているのでね、直径五十センチ程の雷撃が出る。
ま、加減はしているがな。
「ひ、ひぃぃっ!」
「あら、たかが初級魔法で……情けないわ。けれど、それがあなたの限界。我々が治める地に手を出さなければ、このようなことにはならなかった。……いえ、考えてみれば、あなたたちが裏でしてきたことを考えれば、いつかは潰していたでしょうから……予定が早まっただけ、ね」
「ま、待て! 待て待て待て待てぇ!?」
「さぁ、お別れの時間よ。自らの行いを懺悔しながら死んでいくといいわ」
「まっ――!」
「さようなら、愚かな国王」
俺はにっこりと微笑みながら、グルドゥスがいる城へ向かってメテオを放った。
ドッゴォォォォォォォォォォォォォォッッッ―――!
メテオは、着弾と同時に、それはもう耳をつんざくほどの、凄まじい轟音と閃光を辺り一帯にまき散らし、城もろとも爆破させた。
ちなみにだが、ここは王都なので、当然街がある。
こんな魔法を放てば一発で消し飛んでしまうが……その辺りはあらかじめ対策を施してある。
この魔法に耐えられるほどの結界をイグラスにあらかじめ張ってもらってある。
結界は、王城の敷地に合わせて張られているので、爆発自体はその結界内のみで完結する。
「汚物は消毒ね」
……などと、悪者っぽいセリフを吐いている俺だが……正直、ここまでの威力になっているなど想定外も良い所だ。
いや、正確には規模も理解してはいたが、半ばVEO時代の感覚だったからか、現実だとやべーんだな、ということがわかっていなかった、と言うべきか。
なんと言うか……うん、結界越しなのに、熱波がすごい。
クッソ熱い風がこっちに飛んでくるんよ。
いやぁ、これは……あれだ。
絶対に市街地で使っちゃダメな奴。
もちろん、使う予定なんてないが、再認識。
他にももっとやべぇ魔法とかあるけど……そっちも封印だな。
どうしようもない時に使う感じにしよう。
「さて、あとは爆発と煙が収まるのを待つだけ、ね」
俺は最後にやらなきゃいけないことのために、メテオの余波が無くなるのを待った。
それから一時間ほどで余波はなくなり、結界内がクリアになった。
そこには、王城の敷地とまったく同じ形でくり抜かれたような地形に変貌した、王城跡地と、そこにぽつんと倒れ込む一人の男の姿があった。
「よしよし、上手く行ったな」
俺は男――グルドゥスを回収するべく、近くに降り立ち、状態を確認する。
「んー……おっけ、気絶だけで済んでるな」
こいつを殺すなんて愚行、するわけないよなー。
やっぱ、然るべき罰を受けてもらわなきゃ、な。
「終わりましたか、アリス様~」
「丁度良い所に。このゴミを縛り上げて、例の証拠と三バカと共に、街のド真ん中に放置して来てもらえる? あと、擁護する貴族たちに回収されないよう、護衛付きで」
「かしこまりました~。それでは、すぐに行って参りますね~」
「えぇ、お願い」
どこからともなく現れたエヌルは、俺の指示を受けた後、再びグルドゥスを縛り上げてどこかへ消えて行った。
うーん、仕事が早くて助かるよ。
「おし、これでOKだな。いやぁ、マジで疲れたし……ん~~~~~っ! はぁ……とりあえず、アルメルの街に戻るとするかねぇ」
俺は伸びを一つ、大きなため息を吐きながら、アルメルの街に戻ろうとした、その瞬間だった。
「――っ!」
俺は自身に迫る何かを察知し、回避行動を取った。
その直後、俺のいた場所がドゴンッ! と音を立てて、大きく抉れる。
「……何者かしら?」
「今のを避けるか……」
何かがいる気配を感じ取った俺は、その気配がある方向を睥睨し、声をかけると、そこから黒いローブを身に纏い、長杖を持った謎の人物だった。
声は……わからないな、何かの魔法がかけられているのか、男なのか女なのか判別がつかない。
だが、突然攻撃を仕掛けてきたことから、間違いなく敵だ。
味方なわけがないだろう。
「途中までは上手く行っていたんだがな……あの無能が」
苛立ってる……?
「あなたは一体、何者?」
「……気にする必要などない。今回は、様子を見に来たのと、天外人にちょっとした挑発をしに来ただけだ」
「へぇ……? なら――」
俺はIBMから槍(と言いつつ、実際は薙刀)を一本取り出すと、肉薄と同時にローブの人物に向かって思いっきり突き出す。
「ぐっ――! なかなかの動きだ」
薙刀はローブの人物の脇腹に突き刺さる。
だが、妙な感触がある。
刺した感触が、妙に硬い気がするんだが……なんだ?
「少なくとも、今は戦わない方がいい、か。……仕方あるまい。今回は我々の負けだ」
「待ちなさい、あなたには情報を――」
「さらばだ、天外人よ。……できれば、会いたくはないがな」
そう言い残して、ローブの人物が消えた。
その場には何も残っておらず、しかも刺したままだったのに消えた……一体どういう事なんだ?
転移……にしては変だったしな。
「……面倒ごとでもあるんかね、この世界には」
薙刀の刃の部分には、赤黒い液体が付着していた。
血……にしては色が黒すぎるな。
あいつは一体……。
「……ともあれ、今度こそアルメルの街に戻るか」
そう言って、俺はアルメルの街に戻るべく、歩みを始めた。
……尚、転移魔方陣が消失し、尚且つ車等も回収された後だったので、俺は泣く泣く飛んでアルメルの街に戻る羽目になった。
地味にめんどくさかったわ……。
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