15話 捕縛
「おや、エヌル」
「お、イグラス。そっちはどうだ?」
第二兵舎から第一兵舎へ向かう途中、こちらへ向かって来ていたイグラスと遭遇。
お互いに情報交換を行う。
「問題ありません。……ふむ、口調が戻っているところを見るに、よほどのことがおありの様子。何かあったのですか?」
「まァ、死ぬほどムカつくことがな。とりあえず、私がこいつらを連れて行くんで、イグラスはエルゼルドの所に戻りな」
「そうですな。私めがおらずとも問題ないでしょう。では、任せましたよ」
「任せな」
ほんの僅かの会話で終了し、イグラスは来た道を引き返していった。
「あ、あー、今の人は味方、か?」
「ン? あァ、うちの執事で同僚って奴よ」
「なるほど……全く隙が無かった」
イグラス本人に全く隙が無く、仮に攻撃を仕掛けようものなら、間違いなく一瞬で倒されることを悟ったが故に、男は少し震えた口調でイグラスへの感想を零す。
「そりゃ、お嬢やお嬢の友人らを抜けば、イグラスはあたしと同等の強さだからな。強くて当然だ」
「いや、俺はあんたの強さを知らないんだが……」
「それもそうか。そうだな……とりあえず、私とイグラスよりは弱いエルゼルドってのがいるが、そいつでもここの騎士団長は瞬殺だな」
「「「え!?」」」
「というか、イグラスが呑気にこっちに来た時点で、もう制圧してンだろうよ。ほれ、行くぞ」
自分たちからすれば理解しがたい内容に、騎士たちはそれはもう茫然としたが、さっさと進むエヌルを見て慌てて追いかけるのだった。
「ンじゃ、私はクソ共をしばいてくるわ」
「うっわー、久々に見たんだけど、エヌルのその口調」
「ま、最近はあンまし会ってなかったしな」
「まー、そうだけどなー」
第二兵舎に多くの騎士たちを連れてきたエヌルと会話をするエルゼルド。
その裏では、騎士たちがイグラスの料理をがつがつと食べている。
「ってか、第二兵舎の各扉って、魔法がかかってたと思うんだけどさ、やっぱあれ? エヌルの魔法?」
「まァな。お粗末なレベルだったぞ」
「いや、エヌルレベルの魔法とか、この世界じゃ異常だからな? ってか、上澄みも上澄みだからな?」
「もっと学べばいいンだよ」
「無理があるっしょ……」
エヌルの魔法のレベルを指摘するなり、普通だったらまず無理だろ、という類の言葉が帰って来て、エルゼルドは苦笑する。
実際、エヌルの魔法はマジでイカレてるので……。
「あー、そういや、この城のどこかに私の同胞が捕まってる可能性があるンだが」
「え、マジ? そんな命知らずなの? 愚王共って」
「少なくとも、お嬢がキレるレベルでな」
「あー、そういや大将って、結構温厚だしなぁ……ってか、そうかー。エルフを、ねぇ……? エヌル的にはどうなん?」
「殺す☆」
「うわー、いつものほんわか笑顔なのに、口調がスイッチは言った方のそれは怖いっすねー」
表情は普段通りのほんわか~とした笑顔なのに、なぜか口調だけはオラついたままだったため、エルゼルドが少し引いていた。
「じゃあ、エヌルはこれからどう動くんで? 当初の予定じゃ、たしか王子たちの討伐だったよね?」
「そうだな。だが……同胞がいるとわかりゃ話は別だな。そっち優先で行くっきゃねェよなァ?」
「一応、大将に言った方がいいんでね?」
「それもそうだ。なら……」
そう言って、エヌルは即座に《念話》を使用。
作戦中なので、繋がらない可能性も考えたが、案外すぐにアリスに繋がった。
『エヌル? どうしたの?』
『すみません、お嬢。ちィっとばかし、野暮用が出来ました』
『あら? あなた、口調が……』
『あ、申し訳ありません~。少々、ムカつくことがありまして~』
『いえ、別に戻さなくてもいいけれど……』
アリスに口調のことを指摘され、一度いつも通りの話し方に戻すも、アリスは苦笑した雰囲気を出しつつ、戻さなくてもいいと話す。
『そうですか? そンなら、このままで』
エヌル的にも、今はこっちの方がいいようで、いつも通りではなく、荒い方の口調に戻す。
『それで? 何があったの?』
『どうやら、私の同胞がこの城のどこかにいる可能性があるみてェなンですよ』
『同胞……それってもしかしてエルフのこと?』
『えぇ。何かご存じで?』
『あー……いえ、その……』
何やら煮え切らない反応を見せるアリスに、エヌルは首を傾げる。
なぜ、お嬢が少し戸惑っているのか、と。
そして、その理由はすぐに判明。
『……そのことなら、わたしが先ほど保護したわ』
『マジですか!?』
『えぇ、マジよ。リリアさんと一緒に侵入していたのだけれど、リリアさんの目的を達成するべく地下牢を目指していたの。そしたら、そこにエルフたちがいたわ』
『さすがお嬢! まさか、既に同胞を保護しているとは……!』
『偶然よ。……というわけだから、あなたはこれから、当初の予定通りに動いてもらいたいわ。できる?』
『問題なんてありません。むしろ、即刻あのクソ共をぶっ潰してきます』
『ふふっ、頼もしいわ。できる限り生け捕りがいいけれど……難しいようなら、殺しても構わないわ』
『了解です』
『それじゃあ、頼んだわ』
念話終了。
「ンじゃ……私はそろそろ行くぞ」
「あ、話は終わったん? で、どう動くんだ?」
「エルフは既にお嬢が救出済みだと」
「マジ? さっすが大将! いやー、俺たちが動くよりも早く最適行動をしてるとか、いやはや、マジで尊敬だね」
「ま、お嬢だしな。……あいつらは、任せてもいいよな?」
「もちろん。ってか、エヌル本来の動き方はこっちじゃないっしょ。あの人ら俺たちで送り届けるから、行っていいぜ」
「ありがとな。それじゃあ、行ってくる」
そう言って、エヌルは第一兵舎を出て、目的地へと歩みを進めた。
「オイ! なんで奴隷共がいない!?」
「知らねぇよ。ってか、召使いは? 俺、お腹空いたんだけどさー」
「まったく、使えない者共です」
王城の一室、そこでは三人の男が様々な様子で話していた。
一人の男は声を荒げた様子で。
一人の男はどうでもいいと切り捨て、空腹だと話し。
一人は呆れを隠そうともしない。
三者三葉ではあるが、その感情の向かう先は、この城で働く者たち、もっと言えば使用人たちだ。
だがしかし、三人は全くと言っていいくらい敬意などは持っていない。
自分本位な考えしかしていないとも言える。
「あーあ、折角今日は楽しみに取っといた奴で遊ぼうと思ってたのによ。チッ、使えねぇ」
「俺も。はぁ、今日は何食おうかなーって思ってたのにさー」
「それもこれも、無能が多いのがいけませんね」
「――なら、テメェらの方が無能ってことになるよなァ」
「「「――!?」」」
瞬間、部屋に全く持って聞き覚えのない声が響き、男たち三人が慌てて座っていた場所から離れる。
「ふーん? とりあえず、危機感はあるってーとこか。だが……甘い。甘すぎだな」
現れたのは、メイド服姿のエルフ、エヌルだった。
「しっかし……随分とまァ、趣味の悪いこって」
部屋の中を見回しながら、エヌルは呆れ混じりの言葉を零す。
実際、趣味が悪いと言えば悪い。
どの家具も無駄に華美であり、正直金にものを言わせて作ったようにしか見えないし、自分たちの自画像をでかでかと飾っている辺りがなんとも言えない。
自己顕示欲が高いのか、エヌルとしてはこれっぽっちも見たくないし、なんだったらアリスの肖像画を飾った方が素晴らしいとか思ってるほどである。
ついでに言えば、帰ったらイグラスなどと相談してマジで飾ろうか考えている。
それはさておき、と頭を切り替えて、目の前にいる三人の男に目を向ける。
「ふむ……まァ、見てくれ自体はいいンだろうがよォ……やっぱ、人間中身が伴ってなきゃ意味がねェってもンだなァ。内側からあふれ出る醜悪さが出て台無しだな。やはり、お嬢こそ至高」
三人の男を表しつつ、最後に自分の敬愛する主を上げることも忘れない、そんなエヌル。
だが、いきなり現れたメイドに、いきなり罵倒された三人と言えば、まぁ不愉快だろう。
「おいおい、どこの誰だてめぇ」
「何、新しい召使い? じゃあ、何かご飯でも持ってきてよ」
「聞き捨てなりませんね。我々のどこが醜悪だとでも?」
「はっ! 元々、この国にゃァ何一つ期待もしてねェし、信用もしちゃァいなかったがよ……こいつはダメだな。ダメダメだ。少なくとも、呑気に会話を始めちまってる時点で失格もいいとこだ」
やれやれと肩をすくめてダメ出し、
ロビンウェイクの信条の一つに、『能書き垂れる奴は速攻倒せ』という物がある。
世の中、ずっと喋り続ける奴は大したことない、もしくは驕っているから、との理由から。
「私としては、テメェらから情報を引き出してェところだが……無力化が先だよなァ」
「はぁ? 無力化って……はははは! お前冗談が上手いな! 王子つってもよぉ、俺たちだって十分な強さなんだぜぇ?」
「ほんとだよ。舐められてるって感じがするね」
「不愉快です」
「ふんっ、なら今の状況をどうにかして打破してみな。それができたら、テメェらが強者だって認めてやンよ」
嘲笑を浮かべつつ、エヌルは目の前の三人に向かってそう言い放つ。
一見すると、何もしていないよう見えるが……。
「はぁ? 何を言って……って、なっ!?」
「か、体が動かない?」
「なんですかこれは!」
「やっぱか。ま、人間にしちゃァ強そうではあったが……それだけだな」
失望の色をこれっぽっちも隠そうとしないで、エヌルは目の前でもがく三人に言い捨てる。
実際、目の前の三人はなぜかその場からまったく動けず、ずっともがいている。
「オイてめぇ! これはどういうことだ!?」
「なに、無能な王子サマ方を縛ってるだけだが?」
「ねぇ、全然動けないんだけど? これ、どうにかしてよ」
「ンなことするわけねェよ。いいか? 私は今、テメェらを捕まえるために来てンだよ。なぜ捕らえたのに離さなきゃならねェンだ? バカか?」
「こんなことをしていいと思っているのですか!」
「ハッ! テメェらがそれを言うかよ。いいか、テメェらがふざけくさったことをしたのがそもそもの原因だ。私らは本来首を突っ込む気はさらさらなかったが……気が変わった。だから、こうした」
動けないのにも関わらず、無駄に見下したような発言をする三人に、エヌルは僅かに怒りを滲ませながら告げる。
そもそも、今回ここまで突発的に襲撃をかけたのは、エルゼルドが治める街の、しかもアリスが関わったばかりの住民を攫ったことに起因している。
当然、向こう側はそんなことを知ったことではないだろう。
だがしかし、アリスもそんなこと、知ったことではないと切り捨てる。
故に、こうして突発的に襲撃をかけているわけだが。
当然、そんな事情を知る由もない三人は、それはもう吠える。
「ぜってぇ許さねぇからなてめぇ!」
「ほう? どんな風にだ?」
「う、うちの騎士団長がいる! あいつはな、この国じゃ一番つえぇんだよ! お前なんか、瞬殺だ!」
「へェ、騎士団長、ねェ?」
王子その一のセリフに、エヌルはそれはもう可笑しそうな表情を浮かべ、嘲るように返す。
「な、何がおかしいんだい?」
「いやなに、その肝心の騎士団長サマなら……この通りでな」
そう言いつつ、エヌルは《メモリアライズ》を応用して、宙にとある映像を映し出す。
映像とは言っても、実際は一枚の静止画ではあるが。
「なっ! こ、これはどういうことですか!?」
「決まってンだろ。テメェらが頼みの綱にしていた騎士団は、既に私らで制圧済みだ」
「そ、そんなっ……」
「嘘だろ、そんなこと、あるわけねぇよ!」
「なんで……」
突き付けられた現実に、三人は酷く動揺し、狼狽える。
そんな三人を前に、エヌルは初めから持っていなかった興味が、更になくなり、もうどうでもいい存在に見えてきた。
「なんだ、もう戦意喪失ってかァ? まァいい。とりあえず、テメェらは連れて行くンで、大人しくしてな。《麻痺毒》」
「「「がっ――」」」
エヌルのアサシンのスキルの一つ《毒生成》で、麻痺毒を生成し、三人に打ち込んだ結果、三人は見事に気絶。
意識すらも刈り取る麻痺毒なので、かなり恐ろしいものだ。
「呆気ねェなァ」
軽い戦闘になるだろうと踏んでいたエヌルだったが、単なるワンサイドゲームになったことに、かなり呆れた。
……尚、実際にはこの王子たちもそれなりに強い部類だったのだが……本気で捕縛しにかかったエヌルに敵うことはなかったが。
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