14話 救助
ところ変わり、イグラス側。
「ふむ、アリス様の御考え通り、と言ったところでしょう」
イグラスは、目の前で積み重なる盗賊風の出で立ちをした男たちを見据えながら、ぽつりと呟く。
イグラスが現在いる場所は、アルメルの街、それも裏路地に位置するとある一軒家。
その中には、アリスが予想した通り、転移魔方陣が存在しており、その上イグラスが発見した直後に盗賊風の衣装を身に纏った者たちが現れた。
当然、見逃すはずなどなく、瞬時に制圧。
その後、様子を見に来たと思われる騎士も現れたが、こちらもイグラスにより制圧されることとなった。
「結界を張りましたが……この程度の者たちであれば問題はないでしょう。エルゼルドからの連絡からも推測できます」
顎に手を当てつつ、脅威になりそうな者たちはいないと判断したイグラスは、すぐさま魔方陣を使用して転移する。
転移後に視界に入ってきたのは、石造りのシンプルな部屋と、どこかくたびれた表情で頬杖を突く騎士だった。
「な、なんだお前は!?」
いきなり魔方陣から現れた執事服に身を包んだ初老の男の登場に、騎士は慌ててたち亜上がると剣を突きつける。
「失礼、ここはどちらでしょうか?」
「ぐ、グラント聖王国の王城、だが……」
「やはり、ですか。ふむ……して、あなたは我々が有する地に生きる住民を攫った、悪党の一人ですかな?」
「攫う……? ここは、罪人を連れてくるための場所だ」
「……ほう? では、何の罪もない者が罪人であると?」
「ちょっと待ってくれ。どういうことだ?」
「白を切るつもりですか? なんと度し難い……やはり、懲らしめなければなりませんか」
拳を構えながら、そう言うイグラス。
「ちょちょちょっ! ほんとに何言ってるかわかんないんだって!」
イグラスが臨戦態勢に入ったとわかると、騎士は慌てた様子でわからないと話す。
その様子から、わからないということが本気であるとわかると、イグラスは一旦拳を下ろす。
「失礼、少々気が立っておりましてな」
「……なぁ、あんた、何があったか聞かせてくれないか?」
「そうですな。ここは一つ、情報交換と行きましょう」
嘘だろうが本当だろうが、この後の行動に繋げるための情報を得るべく、イグラスは目の前の騎士と情報交換を始めた。
その結果わかったことというのは、目の前の騎士は恋人を人質に取られ、無理矢理騎士にさせられたことと、その恋人が現在、兵舎の方で働かされている事。あとは、ここから連れてこられている者たちが全員罪人だと聞かされている事の三つ。
反対に、イグラスからは、今回の一件に関係することを話す。
イグラスの話が進むにつれ、男は怒りに身を震わせる。
「畜生! あいつら、そんなことをっ……!」
そして、話を聞き終えるなり、語気を強めた言葉を放ちながら、壁を殴る。
表情は怒りや悔しさが綯い交ぜになった、複雑な表情をしている。
「どうやら、かなり腐敗しているようですな」
「もともと、信用ならない奴らばかりだったが、ここまで酷いとは……」
「私めとしましても、想像以上と言わざるを得ません。しかし、その腐敗も本日まで」
「どういうことだ?」
「現在、我が主による奇襲が行われております。そして、兵舎にも」
「え、じゃ、じゃあ、俺の恋人は……」
イグラスの発言に、不安そうな表情を見せる騎士だったが、イグラスは微笑みを浮かべながら話す。
「ご安心ください。我々が狙うは、国王と王子たち、それから悪事を働く騎士のみ。それ以外の者たちは救出対象です」
「ほ、本当に?」
「はい。我が主の名にかけて誓いましょう」
「主、ってのは、一体……」
「我々が最も敬愛するお方です」
「な、なるほど……それで、あんたはどうするんだ?」
「私めはこれから、兵舎に向かうつもりです。同僚が、既に兵舎を制圧した様子ですので」
「ほんとか!?」
「はい。彼は優秀ですので。……あなたはどうなさいますか?」
兵舎に恋人がいる、というのであれば、当然ついて行きたいと言うだろうと予想し、その意味を込めてどうしたいか尋ねると、騎士は少し悩む素振りを見せた後、首を横に振った。
「いや、俺はここに残るよ」
「よろしいのですかな?」
「あぁ。いきなりいなくなったら怪しまれるし。それに、あんたらに任せれば、俺の恋人も助かるんだろ?」
「確実に」
「なら安心だ。俺は俺で、ここで待たせてもらうよ」
「わかりました。それでは、私めはこれで。あぁ、安全のため、結界は張らせていただきます」
「助かるよ」
「では、後ほど」
そう言い残して、イグラスは魔方陣の部屋を後にした。
「エルゼルド、来ましたよ」
「お、イグラス! 待ってたぜ。そっちはどうだ?」
イグラスが兵舎にやってくると、そこでは女子供が食事をしており、それをエルゼルドが優し気な笑みを浮かべながら眺めている光景だった。
そんな様子のエルゼルドに話しかけると、待ってましたと言わんばかりの様子になる。
「えぇ、恙なく。そちらは……問題なし、ですな」
「おうよ! いやぁ、久々の戦闘だから結構テンション上がってるぜ、俺」
「まぁ、アリス様がおりませんでしたので。それで……そちらの方々は?」
「俺が助けたんよ。ここで無理矢理働かされててさー。で、そこで腕が無くなってる奴が騎士団長ね」
「では、後ほどアリス様行きですな」
「だなー。ってか、普通国のトップってさ、もっとこう、強い奴がいると思ったんだけどなぁ。イグラス、そっちは強い奴いた?」
「まったく。我々が強いのか、向こうが弱いのか、判断しかねます」
エルゼルドの質問に、イグラスは呆れた口調で返す。
「マジかー。まいいや。んじゃ、俺たちはさっさとここの人らを避難させるとしますかね」
「そうですな。では……こほん。皆様方、お初にお目にかかります。私はイグラスと申します。以後お見知りおきを」
恭しく挨拶をするイグラスに、女子供たちは何事かとイグラスを注視する。
少なくとも、助けてくれた人物と親しそうに話していることから、敵ではないと判断したが、それでも謎の人物の登場に、少なからず体を強張らせる。
反対に、イグラスの方も、いきなり見知らぬ人物が前に立てば多少なりとも怖がられるであろうことはわかっているので、笑顔で話すよう努める。
「先ほど、こちらのエルゼルドからも説明ありましたように、今回我々がこちらへ赴いた目的は、あなた方の救出、そして愚王一派の討伐です。故に、これから目的の一つであるあなた方の避難を行うつもりでございます」
「イグラス、なんか硬くない?」
「私めはこの程度ですが?」
「あー、そうか。まいいや、続きどぞ」
「はい。……そこで、これから皆様方には一度この城を出て、こちらのエルゼルドが治める地へ避難していただきたく思います」
「あ、あの……」
「はい、なんでしょうか?」
「そ、その、ついて行かなければ殺される、なんてことは……」
「ございません。そも、我々の敬愛する主は、無益な殺生を嫌っております。善行には善行を、悪行には悪行を。それが、我が主のモットーですので、ご安心を」
安心させるべく、イグラスがそう言うと、殺されるのではないかと怯えていた者たちはほっと胸をなでおろした。
「それから、此度の件が終わりましたら、皆様方、それぞれが暮らしていた場所への帰還もお約束いたします」
「ほ、本当ですか!?」
「もちろんでございます。ですので、皆様方はここでお待ちを。エルゼルド、もう一方の兵舎の方は?」
「そっちはまだ」
「わかりました。では、そちらへは私めが向かう事に致しましょう。少々、席を外します」
「おう、行ってらー」
「では」
そう言い残すと、イグラスは兵舎を出て行き……
「戻りました」
数分で戻ってきた。
「早くね?」
「いえ、件の兵舎へ向かいましたところ、エヌルと出くわしましてな。どうやら、偶然エヌルがその兵舎を訪れ、ここへ来るよう誘導していたようです」
「はー、なるほどねぇ。ってことはそっちの騎士たちはもうこっちに来るんか?」
「えぇ」
「おっけ。じゃあ、先にこっちの人らを転移させちまうか」
「そうですな。私めとしましても、戻らねばなりません故」
「あー、今誰もいないんだっけか。そりゃ、急ぎ目の方がいいわな」
「では、そろそろ行動を開始すると致しましょう」
「おう。俺は、こっちで見張りでもしとくわ」
「それがよろしいですな」
お互いの担当を決め、二人は早速この場にいる者たちの避難を開始した。
ところ変わりエヌル視点。
「これは何とも~……」
エヌルはアリスに与えられた仕事をこなすべく、アリス、エルゼルドとは別口で城内に侵入。
現在は夜であり、城内は魔道具の灯りのおかげで多少は明るいが、それでも薄暗い。
そして、満遍なく灯りがあるわけではないので、当然照らされないという、死角が存在するわけだが……本職がアサシンなので、こういった場所は独壇場と言っていいだろう。
だが、今のエヌルは目の前の状況を見て、心底呆れ果てていた。
何せ、廊下のほぼド真ん中に立っているにもかかわらず、見回りの騎士や使用人たちがエヌルの存在に気付かないのだから。
今回、エヌルは力を温存すると言う意味で、力を全くと言っていいレベルで使っておらず、純粋な技術による隠密で侵入している。
だが、結果はこれである。
とりあえず、取り越し苦労だったと思いつつ、エヌルは目的地を目指す。
現在エヌルが向かっているのは王子たちの居住エリア。
アリスが王を仕留め、エヌルは王子を仕留めるという分担故である。
そんな、ほぼ自然体で移動しているエヌルだったが、ふと気になる建物があることに気付く。
「これは~……あぁ、例の場所ですね~」
エヌルが発見した場所というのは、第二兵舎だ。
エルゼルドが侵入した兵舎は第一兵舎で、主に王たちに従う者たちや、王子たちがもたらす甘い蜜を吸う側と言える反面、第二兵舎というのは、そんな王たちの考えに否定的な者や、どこからか連れてこられてきた者たちが大半だ。
リリアからの事前情報で知っていたエヌルは、当初の目的を遂行することを優先しようとするが……
「……アリス様であれば、救出をしますよね~」
自身が敬愛する主は、果たして別のことを優先するだろうか、と考える。
そして、その答えは否と下す。
自身の敬愛する主であれば、きっと本来の目的を後ろ倒しにしたとしても、間違いなく助けるだろう、と。
であれば、ここで見捨てるのは違う。
と、同時にエヌル自身も見捨てることはできなかった。
「では、中へ入りましょうか~」
予定追加、と言わんばかりにエヌルはまるで周囲を気にした様子もなく、第二兵舎の中へ入って行く。
「これは……なるほど、酷い光景ですね~」
中に入るなり、自身の視界に飛び込んできた光景に、エヌルは沸々と怒りの感情が湧き上がって来るのを感じた。
そこには、まるで独房にしか見えない部屋に入れられている騎士らしき者たちの姿があり、中には怪我を負っている者や、酷い者は体の一部を欠損している者たちすらいるほどだった。
この空間にいる者たちは例外なく、呻き声を漏らしており、咽び泣く者もいる。
本当に、酷い光景だと、エヌルは思う。
こんな光景を見せられれば、エヌルは今すぐに救出するべく行動に移す。
まずは、周囲に同化させていた気配を徐々に戻していく。
「だ、誰だ!?」
すると、近くにいた騎士が突然現れたように見えたエヌルに、怯えながら叫ぶ。
その叫びを皮切りに、第二兵舎内がざわざわと少々騒がしくなる。
一気に注目を浴びたエヌルは、特に気圧されることなく、平然とした態度だ。
「初めまして、エヌルと申します~。今回は、色々ありまして、この城を襲撃しております~」
「しゅ、襲撃って……って、え、エルフ?」
「なんでエルフがここにいるんだ?」
「ま、まさか、あの計画が……」
「ご安心ください~。別に、あなた方を害する気はありませんよ~。ですが~……その計画、とは一体何でしょうか~?」
なぜかエルフであるエヌルに対し、妙に焦りを見せる騎士たちが呟いた単語が気になったエヌルは、騎士たちを害する気が無いことを告げつつ、計画の意味を問うた。
「それについては、俺が答えよう……」
エヌルの質問に対し、答えると名乗り出たのは、体中赤黒く染まった包帯を巻いている、一人の男だった。
「あなたは~?」
「俺は、副団長の直属の部下だったもんだ……」
「……ふむ、ではリリアールさんを逃がした方の部下ですね~?」
「り、リリアール様を知っているのか!? い、一体どこに!?」
「我々で保護したのですが~……現在は、我々の主と共に城内に侵入中です」
「なっ! こ、殺す気なのか!?」
「いえ、それに関しては副団長さんを救出するために必要でしたので~……」
せっかく逃がしたはずの人物が、なぜか再び戻ってきているという事に、男は怒声を上げる。
だが、エヌル的には救出に必要だという理由だけなので、ただ困惑するのみである。
「そ、そう、なのか……? それに、副団長を助けてくれる、と?」
「はい~」
「一体何人で来てるのかはわからんが、ここには忌々しい団長がいるぞ……?」
「ご安心ください~。我々の主が同行している限り、何も問題はありませんので~」
男の心配するようなセリフに、エヌルはなんてことないとでも言いたげに、そう言葉を返す。
「……なぁ、その主ってのは、どういう……」
「……秘密です~」
「そうか……だが、俺たちからすりゃ、味方、ってことで良いのか?」
「ん~、誘拐をしている側の騎士では無ければ味方ですね~」
「なら俺たちは味方だ。俺らはあのクソ野郎共に反対した結果こうなってるんでな」
「では、ここにいる方々は全員~?」
「あぁ」
「なるほど~……それで、先ほどの計画、とはどのようなものでしょうか~?」
関係ない話はほどほどに、エヌルが聞こうとしていた話の流れに戻す。
「そうだったな。……あんたは、最近この国の至る街から人が減ってる、って話は知ってるか?」
「知っていますよ~。というより、今回我々がここに来た理由もそれが原因ですから~」
「……そうなのか。で、だ。この国の王族……だけじゃないな、貴族連中には所謂禁術ってのが伝わってんのさ」
「……禁術~?」
男の口から飛び出た単語に、エヌルの表情が一気に険しくなり、とげとげしい空気も溢れだす。
「あぁ。それは言っちまえばこの国の未来を左右するものだ」
「……へェ?」
スッ……とエヌルの眼光が鋭くなる。
いつもの間延びした話し方も消え、エヌルの素が現れ始める。
「……正直、俺が知ってるのは、その禁術には膨大な魔力が必要だということだな」
「膨大な魔力……まさかとは思うがよォ、あのクソ共はエルフまでもを攫ってるってーのか?」
「……喋り方がついさっきまでと違う気がするが、そうだ。あいつら、裏の組織を使ってエルフを集めてるらしい。それで、奴隷としてこの城のどこかにいるらしいんだが……」
「……ほう? つまり、だ……あのクソ共は、よっぽどの死にたがりってことで良いんだよなァ?」
「あ、あぁ」
「チッ……胸糞わりィなァ。だが、大きな収穫だ。ありがとうよ」
気分が悪くなる内容を聞き、ガシガシと頭を掻くエヌルだが、情報自体はかなり有益なものだったため、男に礼を言う。
「い、いや、いい」
「ンじゃ、あんたらをここから逃がす。私の同僚のことだ、どうせ第一兵舎は既に制圧してあンだろ。今から全員出してやっから、さっさと行くぞ」
「あ、いや、ちょ」
「ほれ、『解除』」
何でもないようにエヌルが『解除』と言うと、第二兵舎の扉にかかっていた鍵全てが開錠され、扉が開く。
突然扉が開いたため、騎士たちの表情は驚きにあふれる。
「逃げたくねェ奴は知らねェが、逃げたい奴は一緒に来な。守ってやる」
ぶっきらぼうに告げると、騎士たちはそれぞれの部屋から出てくる。
そして、気が付けば全騎士がエヌルの後ろにいた。
「おし、全員だな。行くぞ」
そう言って、エヌルは騎士たちを連れて兵舎を出た。
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