13話 兵舎にて
グラント聖王国王城付近にて。
各位置に俺とリリアさん、エヌル、エルゼルドがスタンバイしている。
先ほどイグラスに念話を送ってみたところ、俺の読みが当たったらしく、転移魔法陣を発見し、そこからやはりと言うべきか、騎士団の者が現れ、すぐに無力化し取り押さえたとのことだ。
うぅむ、現場を見たわけじゃないが、手際がいいな。
給料アップを考えよう。
あ、でもそれをするんなら、他の幹部たちもだな。
幸い、Eポイントには余裕があるっぽかったし。
おっと、思考が逸れた。
『全員、配置に着いた?』
『着きましたよ~』
『同じくっす』
『それじゃあ、作戦開始!』
俺の念話によるその宣言を以て、作戦が開始された。
「さ、私たちも行きましょ」
「あ、は、はいっ」
「しっ、今は声を抑えて。その『歪曲の外套』はあくまで姿を透明にしているだけで、声は聞こえるわ」
少々大き目の声を出したリリアさんの口元に指を当てつつ、大きな声を出さないように注意を促す。
今俺たちが身に付けている『歪曲の外套』とは、俺が隠密用に作成した魔道具で、これを着ている限り、自身の姿は透明になるという物である。
……まぁ、正確には透明にしている、というより、光を屈折させて反対側の景色を映しているだけなんだが……。
まあ、似たようなもんだ。
「す、すみません……」
「いえ。……気を付けて行きましょ」
「は、はい」
ともあれ、俺たちがいるのは城壁前。一応警備兵がいるにはいるが……ふっ、この程度造作もないのだよ、俺には。
一応、リアルになった状況では初になるのかね。
よし、背中から翼を出して、と。
バサッ!
「ん、問題なし」
試しに動かしてみたが、VEOの時と同じように動かせるし、羽を動かすことに対する違和感が全くない。
軽く浮いてみたが、こちらも問題なし。
これなら余裕で飛べるな。
「へ? つ、翼……!?」
「ん、これ? これはわたしの自前よ。外付けではないわ」
「……え、じゃあ、アリスちゃんって人間じゃないのですか……?」
「そう言えば言ってなかったかしら」
すっかり忘れてた。
悪の組織の総帥であることは伝えたけど、俺が人間じゃないことは伝えてなかったか。
「わたしは人間ではなく、サキュバスよ」
「……えっ?」
俺が人間ではなくサキュバス(より正確に言えば、少し違うが、俺の心的事情でサキュバスと言うことにする)とカミングアウトとすると、リリアさんの表情が固まった。
その表情を言葉で表すと……そうだなぁ、性的な意味でヤバいのと、戦力的な意味でヤバい、の二つが内包された、ガチヤバいな表情だろうか。
いや俺何言ってんだよ、語彙力無さすぎだろ、死んだ方がいいぞ俺。
尚、ヤバい、という表情を浮かべられた理由はまぁ……この世界のサキュバスって、NPC以外――つまり、プレイヤー側のサキュバスってこう、どっちかというと男性特攻だったり、中身が男であることが多いからか、やたら女好き(つまり、百合趣味)というイメージがNPCたちに植え付けられている。
VEOの時はまぁ、なんつーか……初対面時にマイナス補正が若干入っていたが、こっちではこうなるのか。
あと、戦力的な意味でヤバい、というのは……つまるところ、サキュバスはそんなに強くないのである、種族的に。
創作物の中では普通にクッソ強い種族、みたいに書かれているが、実際はなんてことない。
ただ夢の中でエロいことをして精気を奪い、リアルでは色仕掛けをし、使える魔法も幻惑系、みたいな奴なんだよ、VEO内だと。
そのため、本来は直接的な戦闘という意味では弱い種族と言えるんだが……プレイヤーは自由にステータスを強化することができるので、あんまり関係なかったが……そもそも、プレイヤーでサキュバスを使う奴って、変態ばかりだったから。男女関係なく。
なので、二重の意味でヤバい奴、というのがおそらくこの世界におけるサキュバスの評価だろう。
うーん……控えめに言ってクソ。
何度も言うが、俺は別に変態というわけではない。体が可変式なのが面白そうという理由で選んだだけである。断じて変態などではない。
「さ、無駄話はほどほどに。しっかりつかまっていて」
「へ? ひゃぁぁぁ!?」
俺は一時的に体を大人あたりに成長させると、リリアさんを抱きかかえると、テイクオフ!
結構高いはずの城壁を簡単に飛び越えると、スキル《罠看破》を発動。
罠が無い場所を探し、そこに着地。
このスキルはかなり便利だ。
何せ、罠であれば大抵は見破ることができるわけだからな。
実際、この手のスキルは割と重宝する。
主に、前線に出て戦うようなタイプだったり、斥候タイプの奴らにとっては、罠がわかるかどうかは死活問題だったしな。
そう言ったやつらは大抵この《罠看破》のような、罠を見破るようなスキルを優先的に取得するのが常識みたいなところがあった。
もちろん、俺もその口である。
というか、ダンジョン攻略じゃ必須だったしなぁ。
「……罠の位置は……問題なし。あとは、隠し扉ね」
着地後、改めて周囲を確認。
問題なく歩けることを確認して、体を元に戻す。
なんだかんだ、罠が仕掛けられてる地帯を通り抜けるのならば、ロリ状態が一番。
「あ、あの、アリス様ってちょこちょこ姿が変わるのですね……?」
「種族特性よ」
「あ、そうなのですね」
踏み込まないのか。
いやまぁ、こっちとしても説明を省けるのはありがたい。
ちなみにだが、この特性はあまりデメリットがない。
というか、各種族には一つだけなんの対価もなしに使用できる特性があるんだが、サキュバスとインキュバスに関しては、この特性である。
VEOにおいての特性は《特性:肉体操作》という形に表記されていたが、今はそう言った物がないのでわからん。
尚、今挙げた例は、サキュバスとインキュバスの特性の名称だ。
肉体操作と言っても、サキュバスとインキュバスでは、その体の延長線でしか変わらんけどな。
「ふむ……この辺りね」
罠がある場所を避け、隠し通路を探るとあっさり見つかった。
見た目は何の変哲もない石の壁だが、特定の石を押すと壁が開くという、よくある隠し扉になっている。
「あの、アリスちゃんは隠し扉の位置をご存知だったのですか?」
「知らないわ」
「え、じゃあなんで……」
「スキルよ。さ、行きましょ。他の二人も既に侵入している頃でしょうから」
「あ、はい。わかりました。えと……案内って必要ですか?」
「……可能であればお願いしたいわ」
心配そうに尋ねてくるリリアさんに、俺は少しだけ考える素振りを見せてからそう告げると、ぱぁっ! と表情を明るくさせ、頷くのだった。
ところ変わり、エルゼルド視点。
「……なるほどねぇ、これは大将が見なくてよかったかもな」
別ヵ所で王女が悲鳴を上げている中、別地点から城の敷地内に侵入したエルゼルドは、自身が制圧するべき兵舎のすぐ傍にいた。
ちょうどいい高さの木が生えていたため、その枝に乗ることで中を覗いていたのだが、怒りを滲ませた声音で言葉を零す。
その中に広がるのは、給仕と思しき女性や子供らが兵士たちに虐げられている様子だった。
どうも、酒が入っているらしく、顔も赤い。
だがしかし、表情は酷いと言っていいだろう。
ニヤニヤとした底意地の悪さが伺えるほどだ。
「……しかも、うちの住民もいるな」
もっと言えば、今日一緒に駄菓子屋にいた少年たちもいた。
見れば暴力を振るわれているようで、ぶるぶる怯えていた。
「……これはもう、言い逃れはできないな。んじゃま、俺もうちの住民を返してもらうとするかね」
エルゼルドはすくっと立ち上がると、前傾姿勢を取り――
「ひゃはは! いやぁ、マジでいい労働力だよなぁ? おい! 早く酒と飯を持ってこいや!」
兵舎内部。
兵舎内では酒に酔っぱらった騎士たちが数多くおり、それと同時に騎士の給仕をして忙しなく動き回っている女子供もいた。
中には、給仕で動き回っている女子供に手を上げる者もいる始末だ。
「す、すみませんっ、い、今すぐっ……!」
「ちっ、さっさとしやがれ。いやぁ、しっかしマジでここは天国だよなぁ?」
「言えてるぜ。俺らでも貴族様みたいな生活が出来んだぜ? 国王様万歳! ってなもんだ!」
はははは! と下品な笑いが溢れる。
反対に、給仕として働かされている女子供の表情は暗く、希望なんてないと言わんばかりの様子だ。
中には無理矢理そういったことをさせられた女性もいるし、暴力を振るわれることなんて日常茶飯事だ。
地獄のような環境に、次第に精神がすり減り、いずれ自殺をする者さえ現れる。
しかし、代わりはいくらでもいる、そう言った考えの表れか、欠員をどこからか攫って来ては働かさせるといった悪行を平気で行う。
もちろん、この状況に対して異議申し立てをした者もいたが、いずれも投獄されるか、もしくは人知れず殺されるかをされているなど、かなり腐敗が進行していると言っていい。
そして、今日も騎士たちの相手をさせられるのか、と絶望している時だった。
ガッシャァァァァァァァンッッッ!
「な、なんだなんだ!?」
「おい、何が起こった!?」
不意に、兵舎内に大きな破砕音が響き渡った。
突然の音に騎士たちは慌てる。
同時に、女子供もわけのわからない出来事にびくびくと身をすくませる。
一体何が起こったのか、兵舎内にいる者全てが思ったことだったが、その原因はすぐに現れた。
「ふーん? なるほどなるほど、どんな兵舎かと思えば、中身は酒場みたいだなぁ」
トン、と軽い音が鳴ると共に、料理を避けて角が生えた一人の男――エルゼルドがどこからともなく現れ、そこに立っていた。
周囲を見回し、明らかに女子供に手を出す直前だった騎士を視るなり、その騎士を睥睨する。
「あー、ほんっと胸糞悪いな。まあいいや。よーしじゃあしつもーん! この中に、悪事に加担してない! って奴は手を上げてー。制限時間は10秒! ほらほら、給仕の方も遠慮なくどうぞ!」
おおよそ、現在の状況に似つかわしいにっこり爽やかな笑顔と共に、エルゼルドがそう言うとまばらに手が上がる。
本来なら異常事態と言えるはずなのに、騎士たちは酒が入っているからか、サプライズ的な何かかと楽観的且つ能天気にエルゼルドの質問に手を上げる、という形で応えた。
「ひーふー……んー、多いなぁ。まぁ、女性や子供たちは100%本当だろうけど……騎士たちの皆さんは残念! 嘘つきだ」
手を上げた者たちの顔や雰囲気、あとはアリスにかけてもらった特殊なバフの効果で誰が本当で嘘かどうかを確認し、その結果が騎士たち全員が嘘であるという情報だった。
故に、爽やかな笑顔のまま、エルゼルドは噓つきだと言い放つ。
それに異を唱えるかのように、一人の男が立ち上がるとエルゼルドに近づく。
「おいおい、にいちゃん。俺たちゃ騎士だぜぇ? 騎士ってのは、国民の安全を守るのが仕事だ。ってことはだ、俺たちゃ正義の味方ってもんだぜぇ? それがましてや悪事とか……はっはっは! そりゃないってもんだぜ!」
「そうかそうか! じゃあ、君は悪さをしてないってことかい? はっはっは!」
「おうよ! はっはっは!」
「「はっはっは!」」
「――なわけねーだろうが、ドクズが」
「は? かひゅっ――」
その瞬間、つい数秒前まで笑いあっていたはずのエルゼルドの表情が怒りに染まった表情でクズと吐き捨てると同時に、男の首を刎ねた。
「なっ、て、てめ――ぎゃああああああっっ!」
突然同僚が首を刎ねられた現実に硬直した男が、慌てて腰に佩いていた剣を引き抜こうとした瞬間、エルゼルドがいつの間にか手にしていた刀で剣を持っていた腕を切り飛ばされて悲鳴を上げる。
「あー、うるっさい悲鳴だ。ってか、動きが遅いって。普通さぁ、俺がここに入ってきた時点で警戒すべきじゃん? 何してんのさ、いやマジで」
動きが遅い騎士たちに向けて、まるで説教をするかのような口調でそう話す。
エルゼルド的には、もう少し酒を飲んだ段階で侵入するつもりだったが、あまりにも暴力が横行していたため、我慢できずに現在の状況になっている。
だが、そこまで慎重になる必要はなかったと思い直したが。
何せ、自分のふざけた問いに普通に答えるような者たちだったからだ。
「そもそも、騎士全員が酒を飲む? まったく、警備がなっちゃいない。だから、今回みたいに俺が侵入するわけだ。わかる? 無能騎士共」
「貴様! 俺たちを愚弄しているのか!?」
「つか、お前よく見りゃあの不当に街を占拠してる男じゃねぇか!」
「おいおい、立ち退きが嫌だからって、直接一人で来たってのか? なんて馬鹿な奴だ!」
「コイツは傑作だ。まさか、こんな馬鹿な奴がトップとはなぁ」
はははははは!
と、一人で来た――ように見えるエルゼルドに向かって、嘲笑に塗れた笑いを上げる騎士たち。
だがしかし、エルゼルドは特段表情を変えることはなかった。
「……はぁ、わからないんかねぇ? そもそも、俺は相手の力量を測れないようなバカじゃない。あんたらとは違ってね」
「んだと?」
「そもそもさ、人が一人死んで? 一人は腕を切り飛ばされてる。そんな状況で、なぜそうも俺をバカにできる? なぜ笑っていられる? 次は自分とは思わないんかい?」
「おいおい、この人数だぜ? お前ひとりに何ができ――」
「じゃ、それ遺言ね」
「がっ――」
エルゼルドからそれなりに離れた位置にいた男に一瞬で肉薄すると、そのまま首に刀を突き刺して殺害。
男はびくんっ、と体を痙攣させた後糸が切れた人形のように倒れた。
「お、おまえ――」
「いいから早く攻撃しろよ」
再び目の前で同僚が殺され、剣を抜いて攻撃をする姿勢を取った瞬間には、エルゼルドによってまた一人騎士が切り捨てられた。
「全員武装! 速やかにあの男を攻撃するんだ! こちらには数の有利がある! 確実に勝て――」
「ると思うじゃん? でも残念。生憎と、こっちは負ける気はしないんで」
今度は指示を出した男が殺された。
心臓と喉をほぼ同時に一突き。
目にも止まらぬ突きと、おそらく団長とはいかずとも部隊の隊長等を任せられるほどの存在だったのか、頼りにしていたかと思われ騎士を瞬殺されたことで、エルゼルドを取り囲む騎士たちの表情に怯えや恐怖が浮かび始める。
「おっとー? どうしたんだい、騎士様方。まさかとは思うけどさぁ、今更恐怖に駆られているわけじゃないよねぇ?」
変わらずの爽やかな笑顔だが、その笑顔にはどこか黒い感情が見え隠れする。
「あぁ、そうそう。さっき俺をトップとか言った奴いたよね? 死ぬ奴がほとんどだけど、中には運よく生き残る奴がいるかもしれない。だからま、間違いを正すけど……実は俺、あくまでもあの場所を管理するように命令があっただけの、言わば部下なんだよね」
子供に何かを教えるかのような声音で、エルゼルドは相手がしていた勘違いを正す内容の話をした。
すると、騎士たちの間にざわめきが起こる。
目の前にいる得体の知れない力を持った男が部下である、ということ。
その一点に。
「ってかさぁ、わざわざ出向いたのに、騎士団長様はいないわけ? 俺、アイツに一番会いたいんだよね。なぁ、誰か連れて来いよ」
一番の目的、騎士団長の討伐。
これが今回のエルゼルドに任された仕事。
故に、エルゼルドの目的はたった一つであり、ここにいる騎士たちの殺害など、おまけに過ぎないのである。
そして、エルゼルドの言葉によるものかどうかは不明だが、
「ほう? 感知系の魔道具が鳴っているから誰かと思えば、あの街を不当に占拠している賊ではないか」
この場に騎士団長が現れた。
その表情は侮りがありありと浮かんでおり、一度街に表れた時とさほど変わらないにやけ顔だった。
反対に、エルゼルドの方は変わらず爽やかな笑顔のまま。
両者共に、広義的な意味では笑顔に分類される表情を浮かべているが、両者には違いがあった。
騎士団長は、エルゼルドが取るに足らない存在だと油断している事。
エルゼルドは、相手の力量を把握しつつ、同時に周囲に気を配り、何が来るかを常に頭の中で想定し、常に警戒を怠っていないこと。
「どうやら、うちの部下が世話になったらしいが……はっ、一人で来るとはかなりの蛮勇、もしくは能無しらしい」
「いやいや、騎士団長サマには負けるぜ。だって、自身の部下が殺されてるのに、自分は絶対に死なないなんて思ってるわけだし? いやぁ、さすがだなぁ」
煽ってきたので、煽り返す。
騎士団長の頬が少し引き攣る。
「ってか、こっちはいつでも切りかかれるけどさ、そっちは剣を抜かなくていいんかい? 俺、遠慮はしないぜ?」
「何を言うかと思えば、世迷言を……この私が貴様如きに剣を使うことなどありはしない。素手で十分なのだよ」
「へぇ? ってことはさ、自分のご自慢の剣術が使えなくなってもいい、ってことで合ってる?」
エルゼルドを侮る発言をする騎士団長に対し、エルゼルドは刀を握る手に軽く力を入れつつ、そう尋ねる。
エルゼルドの問いに、騎士団長は変わらずにやけ顔のままで答えを口にする。
「やれるものならな」
「よーし、言質取った! じゃ、後悔はしないでな?」
「それは私のセリフ――」
「遅ぇ」
「は――?」
ズバンッ!
騎士団長がだらだらと話している間に、エルゼルドは既に行動を終えていた。
気が付けばエルゼルドは騎士団長の背後に立ち、刀を一度振ると、刀に付着した血液が飛び散る。
それと同時に、どさり、と騎士団長の両腕が床に落ちた。
「な、は? え……?」
「はぁ、こんな小物にうちの街がやられていたとは……自分が情けなくなるぜ、全く。こんなんじゃ、大将にどやされるわ」
間抜けな表情を晒す騎士団長を見ながら、頭をがしがしと書きながら言葉を零す。
「あ、あぁぁあ、わ、わたっ、私のう、うで、腕がアァァァァァァァァァァッッッ!?」
騎士団長の叫びと共に、遅れて切り口から血が噴き出し、周囲を血で汚す。
「だ、団長!?」
「き、貴様ッ!」
「あーあー、うっさいなぁ。たかだか腕が落ちた程度だろ? それくらい我慢しろよ。あと、周囲の奴らは黙ってな」
「き、きさっ、貴様ぁ! わ、私を誰だと思っているんだ!? 私は、グラント聖王国騎士団長、アローゲン=ブラスクだぞ!? この私にこのような仕打ち、到底許されない! 即刻打ち首に――」
「……うるせぇよ」
「あがぁっ!?」
まるで子供のような喚き方で、べらべらと喋り続ける騎士団長に、エルゼルドはゆっくり近づくと、そのまま騎士団長の首を掴み、宙吊りにする。
首を絞められ、宙吊りにされているせいで、騎士団長は酷く苦しそうな表情を浮かべる。
「正直、お前らがうちの街――あー、いや、俺らが治める土地の住民に手を出さなきゃ、俺らはここに来ることはなかったんだ」
「ぐっ、ぁあっ……」
「あぁ、もちろん、俺らがあの街や他の街を占拠していることは悪だ。許されることじゃあない」
苦悶に歪む騎士団長に話しかけるが、首を絞める手は決して緩めない。
「だけどさ、あの街は俺らが奪う前は酷い場所だったらしいじゃん? で、今はあそこの住民は平穏に暮らせている。笑顔でな。それを話した上で聞くけどさ、前の生活があいつらにとって幸せだとでも思うのか? なぁ、おい。答えてみろよ」
そう言って、顔がどんどん蒼くなっていく騎士団長の首から手を放し、床に落とす。
呼吸が出来ないせいで意識が若干朦朧していたことと、突然落とされたことで、受け身など取れるわけもなく、突然床に落ちた衝撃で短い悲鳴を漏らす。
「がはっ、ごほっ……き、貴様ぁ……!」
「おぉおぉ、随分と反抗的なこって。両腕のない騎士団長サマが、一体どういう攻撃をするのかわからないけどさ、とりあえず、俺の疑問に答えてくんね? 俺、短気なんだよね」
にっこり笑顔で促すと、騎士団長はひっと小さな悲鳴を漏らしながら口を開いた。
「し、幸せに決まっているだろ?」
「へぇ?」
「もとより、グラント聖王国の者であれば、我が国で働くのは当然ことだ。ならば、我々が平民どもを酷使するのは当然の権利であり、向こうも幸福という物だろう?」
「……はぁ、周囲も同じような考えってことか。いや、この兵舎にいる奴らは軒並みそういう思考ってとこだな。んじゃ、遠慮はなし、か」
この状況で尚、自分勝手な発言をする騎士団長に、エルゼルドは落胆の色を見せる。
その様子を、意識が周囲に向かっていないと考えると、騎士団長は首を動かすことで背後にいた騎士に不意打ちをしろ、と命令を下す。
「隙ありだ!」
「後ろを見せるとは愚かなり!」
「丸わかりだっての」
不意打ちは完璧だと確信した騎士団長だったが、その確信は現実とはならず、呆れた様子のエルゼルドが不意打ちを仕掛けてきた騎士たちを切り捨てた。
「まったく、未だに力量差がわからないのって、騎士としてどうなん? 普通、組織のトップってのは、相手の力量を把握し、相手に敵わないと思えばすぐに撤退をさせるのが普通ってもんだろ。じゃなきゃ、ただ犬死にするだけだし」
追加の死体となった騎士たちを見下しながら、騎士団長に話す。
「って、何逃げようとしてんの? 俺、逃げていいって言ってないぜ?」
死体になった騎士から視線を外し、改めて騎士団長に視線を戻せば、そこには腕を無くしたせいで、芋虫のように床を這って逃げようとする騎士団長の姿があった。
それに気づくと、エルゼルドは騎士団長に近づき、仰向けにしてから腹部を踏みつける。
「あぐあぁぁっ!?」
「はぁ、こんな小物相手に下手に出ていたと思うと、自分が情けなく感じるぜ、まったく。まいいや。とりあえず……んー、まぁ、全員戦う意思なし、ってとこかね? で、あんたは……」
周囲の騎士たちには、既にエルゼルドに攻撃を仕掛けようとする者などすでにおらず、むしろ恐怖で体をすくませるほどだ。
目の前にいる騎士団長も、先ほどの威勢はどこへやらと言わんばかりに、酷く怯えた姿を見せる。
「とりあえず、ボスは捕らえろって言ってたしなー。それに、お前に怒りを募らせた国民たちもいるしなー。んじゃま、気絶の方向性で」
「へ――がふっ!?」
にんまり笑って言い放った直後、エルゼルドは騎士団長の頭部を強打し、意識を刈り取った。
「じゃ、あとはお前たちね。とりあえず……一ヵ所に集まってよ。そしたら、互いに適当なロープで縛って動かないように。もし、妙な動きをしたら……物言わぬ死体になってもらうんで」
この場に似つかわしくない、スマイルと共に、エルゼルドは命令をした。
騎士たちは死にたくないと言う一心で、エルゼルドの言う通りにし、一ヵ所に集まるとお互いを縛った。
それを満足げに頷きながら、さて、とエルゼルドは次の問題を片付けるために動く。
「悪いね、時間が無くて目の前で凄惨な光景を見せちまった。障害やらトラウマが残らないよう、後で大将に言って、血みどろな部分だけ消してもらうよ」
「あ、あの、あ、あなたは……?」
「ん? 俺? んー、まぁ、わけあってムカつく愚王一派を成敗しに来た……あー、悪人?」
「ひっ、じゃ、じゃあ、わ、私たちも殺すんですか……?」
エルゼルドの放った、悪人という部分に、顔を青ざめさせて怯える女子供たち。
そんな怯えた様子の女子供たちに、エルゼルドは慌てて弁明を行う。
「いやいやそんなことはしないって! ってか、うちの住民がここに誘拐されててね。その人たちを助けるついでに、酷い扱いを受けている人たちも助けに来たんだよ。なんで、君らも助けるんで」
「お、お家に帰れるの?」
「おうよ! ってか、それがうちの大将の命令でもあるし、俺もそうしたいし。だから、安心してくれよ」
なるべく安心させるために、エルゼルドは優しく笑いかけながら、助けると告げた。
それらは、酷く不安になっていた女性や子供たちを安堵させるものとなり、中には泣き出す者までいるほどだ。
「……チッ、ここまでするのか、ほんと腐ってるな……まあいいや。とりあえず、そうだな……あー、君ら、食事とかってどうしてた?」
「ざ、残飯です……」
「うわ、それマジで? ったく、給仕させるんなら、ちゃんとした飯を与えなきゃ意味ないだろうに……そこも、当然、って部分なんかね? よーしわかった! 君ら、同じような境遇の人は? できれば全員」
「こ、この先の大部屋に……」
「りょーかい。で、もしかしてこの鍵がそこの大部屋のか?」
「あ、は、はいそうです!」
「んじゃ、これ使って出してきな。俺はちょいと飯を作ってくるよ。まあ、イグラスには負けるけど。じゃ、よろしくー」
ひらひらと手を振りながら、エルゼルドはどこかへ行ってしまった。
と思ったら、十分ほどで戻って来た。
それと同時に、何やら大きな鍋を持ってきていた。
「あ、あの、それは……?」
「わぁ、いい匂い……」
「お兄さん、それはなに?」
「これは俺特製、栄養満点! 具沢山シチューだ! あ、パンもあるぞー」
「わ、私たちに?」
「まあね。ってか、君ら全然食べてないでしょ。俺、貧困って大嫌いでね。それに、子供なんて飯食ってなんぼだろ? やっぱ、成長には飯が一番! ってね。ほれ、皿を持って並んだ並んだ!」
エルゼルドがそう呼びかければ、子供が先に列に並び、その後ろに申し訳なさそうに、けれど嬉しそうな様子で女性が並ぶ。
皿を受け取れば、そこにいっぱいのシチューを入れ、同時にパンを一つ手渡す。
普通に死体があるが……そこは言わぬが花である。
恐る恐ると言った様子で子供たちがシチューを口に入れると、
「おいしいっ!」
「はぐっ、はぐっ!」
「あったかくておいしいよぉ……!」
夢中になって食べ始める。
中には涙を流しながら食べる子供いるほどで、エルゼルドはその光景に胸を痛めた。
それくらい、酷かったのだろうとわかった故に。
「こんなに美味しい料理は久しぶりです……」
「私も……」
「もう、ダメかと思った……」
そして、女性たちは久しぶりに口にしたまともな食事に、涙を零す。
もっと早く来ればよかった、そんな言葉がエルゼルドの頭の中に浮かぶ。
「とりあえず、イグラス待ちだなぁ。あっちはどうなってるかね? あとは、エヌルと大将もだけど……ま、あっちの二人は問題ないでしょ。ってか、あの二人が不測の事態に陥ったら、俺ら普通に全滅だし」
なんてぼやきながら、エルゼルドは獰猛な笑みを浮かべた。
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