9話 厄介ごとの予感

 エヌルの暴走を何とか阻止し、俺たちは適当に街をふらつく。

 いざ歩いてみたが、この街は意外に広い。

 多分、日本で言うところ、一つの町と同じくらいなのではないか。

 あれ、結構広いんだよなぁ……。


 VEOの時は普通にファストトラベルがあったからマシだったけど、いざ生身で歩いてみるとクッソ広い。

 うーむ、一つの街でこれくらいなら、都市はどれくらい広いんかね。

 そのうち行ってみたいものだ。

 あの頃はファストトラベルばかりで、まともに見なかったし。


 あとはまぁ……悪の組織なので、たまに都市内(クソ野郎しかいないエリア)にて、バイクを乗り回していたが、あれは別カウントで。

 うーむ、しかし気になるのは騎士の……というより、愚王の動向だな。

 適当にふらつく、とは言ったが、俺がこうして歩いているのはある種の賭けでもある。

 というのも、被害に遭っている以上、ここには誘拐された人物の友人や家族がいると考えられるからな。


 その親族がどうしているのか、というところが疑問だし、何よりまた来る可能性もある。

 というか、白昼堂々とやる可能性すらあるわけだろ?

 こっちに来ている方法を解明しない限り、どうすることもできないんだよなぁ……。

 仕方ない、ここは一人で色々考えるとしよう。


「エヌル、申し訳ないのだけれど、少し一人にしてもらえる?」

「お一人で大丈夫ですか~?」

「問題ないわ。そもそも、その辺の暴漢に後れを取るほど軟じゃないわ。先ほども、切り抜けていたでしょう?」

「ふふ、そうでしたね~。では、私の方も色々調査してきますね~」

「えぇ、お願い」

「それでは~」


 そう言い残すと、エヌルの姿が消えた。

 おー、なんか密偵っぽい動きだ。

 なんかリアルで見ると感動する物があるねぇ。


「さて、ちょっと外に出るとしようかな」


 街の中も大事かもしれないが、外を確認する必要はあるからな。

 そんなわけで、俺は一旦街の外に出ることにした。




「ふむ、何もなし、か」


 街の外へ出るなり、俺は街の周囲をぐるりと回り、何か不審な者がないか確認していく。

 しかし、何か何かと探していても、特にこれと言った物は無く、あるのはなんてことない街道と草原が広がる程度。

 というか、今更だがこの世界の空気は綺麗だし美味いな……。


 現代だと、今でこそ化石燃料による発電や自動車等の運転等が無くなって、昔よりかはマシになったみたいだが、それでもすぐにその空気が抜けきるかと言われればそうではない。

 悪いものは悪い。


 だがしかし、この世界にそんな排気ガスをやたら出すような乗り物や発電施設なんてものがあるわけじゃない。

 おかげで、空気は澄んでおり、非常に過ごしやすい。


「うーむ、しかし一体どうやって中に……?」


 魔力的痕跡は無く、それと同時に物理的な痕跡も特に無い。

 街をぐるりと囲む壁の高さはおそらく二十メートル程度。

 普通の人間ならまず間違いなく飛び越えられないし、登るのも一苦労だろう。


 だがしかし、ここは異世界だ。

 空を飛べる奴はいるし、魔法で脚力を上げることだってでき、下手したら素の身体能力で忍者の如き動きをする奴だっているだろう。

 そう考えれば、二十メートルなんて合ってないようなもんに思えるかもしれないが……正直言って、プレイヤー間でもそのレベルの跳躍ができる奴なんてあんましいなかったけどな。


 そもそも、あのゲームプレイヤーにおける鉄則事項は、とりあえず、防御と攻撃を上げて、あとは自分が伸ばしたい方向性にステータスを振る、ってものだからな。

 たまに紙装甲の奴とかもいたけど、あれ完全に自分の死をトリガーにしたデバフをかける感じだったし。


 ちなみにだが、俺にとってこの壁はあってないようなもんだ。

 だって俺空飛べるし。

 いや今はしないけど。

 だって、今やったら色々と厄介だからな。


 人間、亜人、魔族という大まかな種族がいるこの世界だが、直接的な敵対とまではいかずとも、あんまり関係は良くないんだよ、魔族。

 その理由と言えば……力こそ正義、って弱肉強食な世界ではある種の真理だけど、現代だとリアルじゃ受け入れられないよね、みたいな状態ってわけよこれが。


 とはいえ、表立って敵対するような国は今んとこない(俺が知るこの世界の一年前時点では)し、そう毛嫌いされているってわけでもない。

 ただ、稀に問題を起こすのが魔族ってだけで……ちなみに、サキュバスとかインキュバス、あとは吸血鬼なんかは人気らしい。美形だからね、あいつら。俺もだけど。


 というより、この辺りは割とマシって感じかな。

 ヤベーのは……あー、悪魔とか、鬼人とか、ワーウルフなんかはごりっごりの武闘派なので、かなりめんどくさい。

 実際、あいつらが一番の力こそ正義! を体現してやがるからな。


 ……尚、その種族を選んだプレイヤーたちも、他よりも攻撃力を上げやすい種族性能なため、脳筋が集まり、全員筋肉と攻撃力に飲まれて、バーサーカーになったというオチがあったりする。


 酷いね。


「なんて、くだらないことを思い返しながらもう一回歩いてみたが、特になし、か」


 見落としがあるかも、なんて思ってみたが収穫は0。

 こりゃ参ったな……。

 試しに外に出てみたはいいが、無駄骨になっちまったよ。


 くっ、おのれ愚王ッ……!

 お前が変な方法で面倒ごとを起こしたおかげで、ひたすら面倒になったじゃねぇか!

 くっ、あいつ次会ったらマジ殺すか……? いや、殺しはダメだな、うん。

 今の俺は、少なくとも人間の体じゃない。


 一度でも人を殺せば確実に慣れてしまうだろう。

 この世界、人間はともかくとして、一部の亜人や魔族は、人殺しに対する忌避感が薄いと言ってもいい。

 正直、躊躇いなく殴れるのも、この種族的部分が大きいだろうな。

 気を付けねば……。


「とはいえ、暴力沙汰になるようなことなんて早々起きるわけでもな――」

『きゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!』

「……う、ううんんんんっ……!」


 どこからか聞こえてきた悲鳴に、俺は苦虫を嚙み潰したような顔で天を見上げた。

 いや、なんつーか、うん……え?

 もうイベントですか? マジで言ってます?

 ついさっきもゲリラ求婚があったが、今度はあれか? 女性が襲われるという出来事に遭遇ですかこの野郎。

 えぇ?


『だ、誰かっ! 誰か助けてください!』


 くっ、俺の予感がとんでもなく面倒くさい出来事だと訴えているっ……!

 だが、だがしかしっ! 気付いてしまったのは、もう無視できない。

 これでも義賊をやってんだ。

 行くしかないか……。


「えーっと、声がしたのは向こうか」


 んー、あっちの方だから……お、いたいた。

 ……あー、なるほど、そう言うパターンか。

 ともあれ、今は急がなきゃだよな。


「すぅー……ふっ!」


 思いっきり足を踏み込むと、かなりの速度が出た。

 おっ、やっぱVEO時代と同じ感覚で動けるな。

 いや、既に理解してるけど、改めて感じるぜ。

 お、もう近くになってきたぞ?


「や、やめてくださいっ!」

「ははっ! おい見ろよお前ら! こいつはかなりの上玉だぜぇ?」

「ひゃはは! こいつは、明日の朝までかぁ?」

「おいおい、順番だからな?」

「離してっ、離してくださいっ!」


 うわー、なんつー、テンプレ的イベントだこと。

 しかも、見事な三下台詞もセットだ。


 襲われているのは……大体、高校生くらいの歳の女性だな。うん。

 蒼い髪が印象的だが……はて、蒼い髪か……なんか、どっかで見たことがあるような気がするが……今はそんなことはどうでもいいだろう。

 あの女性を助けるのが先だ。


「お取込み中に失礼するわ」

「あぁ? って、うっは! おいおい、また一人えれぇ上玉がのこのこやってきたぜ!」


 うーわ、話を聞かないタイプ。

 普通、尋ねてんのにそう言うこと言うかね?

 まあいいや、どう見てもカタギじゃないし。


「おいおい嬢ちゃん、何しに来たのかはわからねぇがよぉ、こーんな危な~い奴に話しかけるってのは、かなり危険なんだぜぇ?」


 ニタニタと、気色悪い笑みを浮かべながら、全く持って本気じゃない忠告をしてくる変態。

 うん、殺したくなるわ。


「危険? そうかしら? わたしには少なくとも、この場に危険と判断するような物は無いと思うのだけれど」

「おうおう嬢ちゃんよぉ! もしかして、俺らのこのマークが見えねぇってのか?」

「マーク? ……その芋虫みたいな模様の事かしら?」

「て、てめぇっ!」

「まあまあガキの言う事だ、いちいち苛立ってんじゃねぇよ。おいガキ、お前、俺らがスレイブドラゴンと知ってて話しかけて来てんだよなぁ?」


 スレイブドラゴンて。

 クッソだせぇなぁおい。

 俺もあんましネーミングセンスがある方じゃない(むしろ、壊滅的だと思う)けどさ、少なくともかなりダサいし、なんつーか……痛いよな、これ。

 まあいいや。


「ごめんなさいね。それなりの強者であればわたしも憶えているのだけれど……スライムドラゴンなんて組織、憶えがないの」

「おい、俺らをおちょくるのも大概にしとけよ? 俺らはいつでもお前を殺すことだってできんだからな?」

「殺す? ふふ、わたしを殺すと? それは無理だわ」

「おいおい、実力差もわからねぇのかぁ? それに、数じゃこっちが明らかに上、お前は一人だ。これでどう動くってんだ? なぁ、オイ」

「あ、あなたっ、わたくしのことはいいのです! 早くお逃げなさい!」

「おっと、お前は黙ってろよ。な?」

「むぐっ! んんっ! んんーっ!」


 おっと、俺を案じてのセリフを言ってくれたみたいだぞ、あの人。

 自分が捕まってる中怖いだろうに、普通はできないと思うぜ。

 俺的にそういうのはポイントが高いが……。


「逃げる? 逃げる必要なんてないわ。それに、見ず知らずの人にそう言われても、困るだけよ」

「おい嬢ちゃん、いい加減に――」

「あなた方ももっと早く動いていれば痛い目を見ずに済んだのに……」

「は? んごぱっ!?」


 ドズンッ! という鈍い音共に、男が吹き飛ぶ。

 俺はと言えば、拳を振りぬいた後の体勢で止まっていた。

 生憎と、こちとら既に準備は終えてるんでね。

 既にグローブは着けてますとも。

 むしろ、いつ攻撃するか待っていたのに、こいつら何にもしてこねぇんだもん。

 こっちも待てなくなるってもんよ。


「あら? ほんの少しの力で小突いただけなのだけれど……本当に、強いのかしら?」

「て、てめぇっ! やりやがったな!?」

「やりやがったも何も、相手を弱いと思い込み、自分たちなら人数も多いから捕まえられる、などと自身の力を過信した結果だと思うわ。だから、こんな風に」


 俺は少し離れた位置にいた盗賊Dに一瞬で肉薄すると、呆けた顔を晒している男の顎に掌底を叩き込んだ。

 すると、男は脳を揺らされて意識を落とされたのか、特に何も言うことなく上に吹っ飛んでそのまま地面に落ちた。


「呆気ないものね。さぁ……次は誰?」

「な、なめんじゃねぇぞ!」

「一斉にやっちまえ!」

「ふむ、短絡的思考。それは敗北に限りなく近付く悪手よ」


 一人じゃまずいと思い、こちらに一斉に向かってくる男たちに向かってそう吐き捨て、俺は一番近くにいた盗賊Bに近づき、ハイキックを叩き入れ、その隙をついてか別方向から盗賊Fが俺に切りかかってくる。

 だが、不意打ちなどあってないようなもの。

 軽く横に体をずらし、振り下ろされる剣の腹に拳打を入れ、弾き飛ばす。


「は?」

「もう少し、剣術を覚えることをお勧めするわ」

「がふっ!?」


 アドバイス的なことを言ってから、獲物を失ってアホ面を晒している男の顎を蹴り上げて宙返り。

 その際に、試しとばかりにアイテムボックスモドキから棒を取り出し、両サイドから迫ってくる盗賊CとGに棒を軽く振り回して打撃を与えると、見事に吹っ飛んだ。

 おー、なんて奇麗に飛ぶんだ、あの盗賊たち。


 なんとなく、流血沙汰はヤバいと思ったから棒を選んだが、普通にありだなこれ。

 さて、残るはあと一人なわけだけど……。


「チッ、全員情けねぇ。こんなガキ一人に負けるたぁ、後で罰を与えなきゃな」

「あら、自分は勝てると思っているのかしら?」

「おうよ。こっちには、この魔剣があるからよぉ」


 そう言って、頭らしき男は、腰元に佩いていた剣を鞘から抜くと、それを構えた。

 ふぅむ、魔剣、ねぇ?

 正直、それを魔剣と呼ぶには性能的にギリギリじゃなかろうか。

 軽く触れたと思うが、俺も一応鑑定は持っている。


 ただ、この体になったからだろうな、やたら性的な方面の鑑定ばかりになっちまったが、それでも武器なんかの鑑定もできるっちゃできる。


 ……同時に、こいつの性癖なんかも見えちまったが……忘れよう。メッチャ盗賊らしい外見(スキンヘッドで顔に傷があって、ゴリマッチョな男)なのに、実は幼児プレイが好きというアホみたいなアレが見えたことは忘れよう。


 人は見かけによらねぇんだなぁ……。


「なんだぁ? その哀れみの籠った目はよぉ」

「あら、ごめんなさいね。少々、なんとも言えない事実を知ってしまった物だから」


 お前のおぎゃりたい願望をな。

 とはいえ、あいつの魔剣の効果は至ってシンプル。

 斬撃を飛ばすだけ。

 以上。


 正直それ、魔法剣とか、単なる魔道具的アイテムだと思うし、なんだったらその武器、VEOのガチャのハズレ武器なんですが……。

 しかも、一番下から数えて二番目の奴。


 ちなみに、一番ハズレなのは、ただ刀身が光るだけで、しかもそれがちょっとしたライト程度の奴という……。

 なんとも悲しい武器だろうか。


 尚、あの武器が飛ぶ斬撃を放つ、という物だが、射程は三メートル程度だし、威力も武器の攻撃力×0.1とかいう本当にどうしようもない武器だったがな。


 あともう一つ悲しい事実をば。

 一番外れの武器の方が、まだ暗がりのなかライトとして機能するからマシ、という評価を貰っている反面、この魔剣(笑)は初期の雑魚的ことスライムにしか有効打を与えられず、大体は武器の強化素材になるという悲しき武器だったり……。


 それがなぜ、魔剣と呼ばれているのか、マジで謎なんですが。


「ともあれ……その武器を使うと言うのなら、止めることをお勧めするわ」

「おいおい、俺様の魔剣に恐れをなして、命乞いってかぁ? そういうことならこっちから行かせてもらうぜ?」

「ご自由に」

「ちっ、いちいち癇に障るガキだ……まあいい、これで吹っ飛べや! 《飛撃》!」


 あぁ、思い出した、《飛撃》だよ《飛撃》。

 射程三メートルという、『それ、普通に銃でいいし、槍で良くね?』とか言われてる、クソ雑魚武器スキルの《飛撃》さんだよ。

 どっちかというと、飛撃じゃなくて、悲劇って言われてたけどな。

 さて、その悲劇さんこと、《飛撃》だが……正直避けるのはたやすい。


 弱点その一、剣を振った際の動きの形でしか斬撃が飛ばない。

 弱点その二、そもそも遅い。

 弱点その三、やっぱり威力が低い。

 そして、最大と言ってもいい弱点その四、実はこの斬撃……。


「ふっ――!」


 バギャンッ!


 なぜか打撃で割れるのだ。

 いやまぁ、打撃じゃなくても割ろうと思えば割れるし、普通に切断できるけどな。

 というか、割れるし切れる斬撃って何?

 もしかしてあれか? この斬撃、実は斬撃ではなくガラスを放ってるとか? だとしたら、面白いよなぁ。


「……なん、だと?」


 いや、弱点を知ってる奴からするとマジで哀れみしかない武器だし、スキルなんですが。

 正直、この程度でラスボスに自分の攻撃が効かなくて絶望した時のイキリ噛ませみたいな反応をされても……。


「その魔剣、誰につかまされたのかはわからないけれど……少なくとも、かなり弱い武器だから、次からは強力な武器を使うように」


 もっとも、こいつのレベルだといい武器なんて手に入らないだろうからな。

 あのゲーム、妙なのがやたらごてごてした装飾品が施されているガチャ産の武器よりも、マジで見た目なまくらにしか見えないような鍛冶師が作成した武器とかの方が性能がずば抜けて高かったりするからな。

 と言っても、中にはごってごての装飾品が施された武器の中にもクッソ強いものがあったわけだが……そこはいいだろう。

 尚、やっぱりカッコいい武器や可愛い武器ってのはどうしても人気があるようで、組織抗争の際には、そう言った類のものを賭ける場合もあった。俺も奪ったしな。


「さて、まさかそれだけで終わり、というわけでないわよね?」

「う、うるせぇ! 俺にはまだ、剣術が残ってるんだよッ!」


 ほう、剣術とな。

 とりあえず観察……と思ったのだが、なんつーか、そうだな。

 昔友人にいた、とりあえず習い始めて二ヶ月が経った頃に、剣道を自慢したあいつのよう、と言うべきか。

 つまり何が言いたいかと言えば……。


「弱いわ」


 弱い、一言である。

 そりゃぁもう、型をなぞるだけで読みやすいし、攻撃法も一辺倒。

 というか、お前それでよく盗賊(だよな?)をやれてたよなぁ、なんて思ってしまうほどである。


「はぁ……がっかりね」

「んだと!?」


 ほら、すぐ激昂。

 とはいえ、本人がすんごいいい笑顔で俺に攻撃をしてきてる最中、ため息交じりにがっかり、なんていわれりゃ、そりゃぁイラっと来るよな。


「そろそろ、わたしも私用の続きをこなしたいから、お遊びはここまでね」

「は? てめぇ、一体何を――」

棒術|空冥穿《からくらうがち》」


 頭が振り回す剣をまるで糸かなにかで絡め取るかのように弾き飛ばした後、その動きを一切止めることなく流れるような動作で相手の喉と、水月を撃ち抜いた。


「がァッ――!?」


 そんな呼気を吐いた後、男はどさりと前のめりの倒れた。


「ふぅ……」


 初めて戦闘系スキルを使用したが、VEOの時と変わらずに動けてたな。

 あのゲームスキルアシストがなかったからなぁ……だから、スキルを覚えてもその動作が出来なければ意味が無いと言う、なかなかの鬼畜難易度だったため、物理職よりも魔法職の方が多かったりする。

 俺は必死こいて覚えたよ。


 ちなみに、今の技は、相手の攻撃を棒によって無効化しつつ、相手の喉と鳩尾をほぼ同時に撃ち抜くと言う、かなりえげつない技である。

 あれだ、沖田総司の三段突きみたいなもん。

 それを棒術に落とし込んだ技と言えるな。


 ……この技のえぐい所は、突いた際の衝撃を逃がすのではなく、喉と鳩尾から全身に循環させると言う部分である。

 リアルで使うと、殺しかねないなこれ……。

 今回使った棒武器が、少々長いだけの棒っての幸いだったな。


 あと、この技は槍でも使用可能。

 ただし、殺意が増すけどな。


「さて……これ、どうしようかしら?」


 全滅させたところで、俺は目の前の光景を見て少し後悔。

 せめて一人か二人くらい意識を残しておくべきだったな、これ。

 それで、そいつに《誘惑》を使用してこいつらを詰所まで連れて行かせるんだが……これだと、通報するか、俺が自力で引きずっていくかの二択になるな……。


 うーむ、こいつは困った。

 前者がおそらく一番理想的かもしれないが、事情聴取とかされるかもしれん。正直、そんなことになったら面倒だし、変に目立つのは勘弁。

 そこ、既に目立ってるとか言わない。

 そもそも、サキュバスで生きてるんだから、あれくらい日常茶飯事だと思うしな。


 ……いや、ゲリラ求婚が多発する日常とか嫌だわ。

 相手が女ならまだしも、男相手だとなぁ……少なくとも、恋愛的好みは普通に女性だし。


「うーん……」

「あのー……」


 おっと、どうやら例の襲われ貴族(推定)が話しかけてきたようだ。


「ごめんなさいね。あなた、怪我は?」

「あ、はい、これと言った怪我はないです、けど……その、あなたは一体……?」

「自己紹介が必要だったわね。初めまして、わたしはアリス。よろしくね?」

「は、はい、えっと、アリス、ちゃん、ですね? 危ない所を助けていただき、ありがとうございました。わたくし、リリアと申します。以後お見知りおきを」


 助けた女性はかなりの美少女だった。

 青空を思わせるような、綺麗な水色の髪に、アクアマリンの如き宝石を思わせる透き通った瞳。

 顔立ちは……可愛いと言うよりも、美人系だろうか?

 かなり整ってるな。

 スタイル自体も別段悪くなく、均整がとれた体つきと言えよう。

 少なくとも、かなりモテるであろう容姿なのだが……。


「……リリア?」


 正直、そんな美少女な外見よりも、名前を聞いて、思わず聞き返してしまった。

 ふむ、女性相手だから効果が薄いが、僅かに嘘の色が見える……この感じだと、嘘と本当が混じってる、っとこか?


 ということは、名前の部分、か。

 なーんか引っかかる名前なんだが……それに、この人の髪色に容姿。

 どう見ても、平民じゃないだろう。

 おそらく、上流階級出身だろうな。


 問題は、この国にそんなまともな貴族が一体どれだけいるかどうか、だが。

 酷い貴族が多いからなぁ、この国。


「そう、ですけど……その、わ、わたくしの名前、変でしょうか……?」


 どうやら、俺は少し変な顔をしていたらしい。

 あと、動揺の色も見えるから……少なくとも、名前については触れない方が良さそうだな。

 意図的に隠してる感があるし。

 まあ、初対面の相手だ。そこまで詮索する必要はないだろう。


「いいえ、少々気になっただけよ。……ところで、あなたはなぜ襲われていたのかしら?」

「あ、えと、その……ちょ、ちょっと道に迷って……と言いますか、人生を迷っていると言いますか……」

「……何か訳ありみたいね」

「えっと、そのぉ…………はい……」


 ふむ、どうやらかなり参っている様子。

 何しろ、人生迷っている、と言った時の諦念の籠った笑みがなんとも哀愁を誘っていたからな。

 何があったのかねぇ。

 しかも、よくよく見ればかなり疲労の色も見えるし、服もかなり汚れている。

 ただ、なぜ髪の毛だけ汚れていないのかが気になる。そういうスキルでもあるのだろうか。

 まあいいや。

 これはちょっとばかし、事情を聞く必要がある。


「……とりあえず、街の喫茶店で話しましょ。何かご馳走するわ」

「い、いいんですか!?」


 うおっ!? なんかすんごい食いついた。

 こりゃもしかすると……かなりの厄介ごとかも知れないなぁ……。

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