8話 説教しつつ、翌日はトラブル
エルゼルドの屋敷に入り、俺たちが通されたのはなんかやたら和風な部屋だった。
何気に畳なんですが……こいつ、かなりやりたい放題してね? どうやって作ったんだよ、この畳は。
「失礼いたします」
エルゼルドが雇うメイドが机の上に三人分のお茶とお茶請けを置くと、部屋を出て行った。
「ここなら防音結界もしっかりしてるんで、いつも通りで大丈夫っすよ、大将」
「あらそう? そういうことなら……ふぅ、あー、やっぱ疲れるぜ、あれは」
前ほど疲れはしないが、それでも疲労感は出る物。
やっぱ、素が一番だよなー。
あれも楽しいけど。
「お、これこれ! 大将の180度違う口調! いやー、久々に見たっすよ」
「そりゃ一年いなかったしな」
俺が素の喋り方をすると、なんかエルゼルドがやたら嬉しそうな表情に。
懐かしいのかね。
「んじゃ、早速本題に入らせてもらってもいいっすか?」
「えぇ。じゃなかった、おうよ」
「大将、地味に戻しきれてないっすよ?」
「仕方ねーだろ? ここ数日、ずっとあれだったんだからよー」
うぅむ、やりすぎるとなんか定着しそうだなぁ……下手したら、モノローグもあのままになりそうで怖い……。
まぁ、外見的にはそこまで変じゃないんだろうけど。
「ともかく、だ。早速本題に入るぞ。いいか? エルゼルド」
「うっす!」
「問題なしだな。んじゃ、早速話していくが……俺たちがここに来たのは、ちょっとした調査のためでさ」
「調査、っすか?」
「おうよ。最近、なーんか王国の騎士が怪しい動きをしてるらしいじゃん? しかも、うちの支配地にも入っては誘拐してるって話じゃねーの。それの調査で、俺が来たんだ」
「あー、それっすか……」
理由を告げると、エルゼルドは苦々しい表情を浮かべる。
「やっぱ、かなり困ってる感じか?」
「そうっすね……こっちとしちゃぁ、大事な住民がいなくなってるんで、そりゃ困るってもんです。ただ、俺が下手に動けば余計に面倒なことになりそうでして……」
「へぇ? つまり、お前はどうすることもできず、結果的に見過ごすことしかできてない、ってことか」
「面目ねぇっす……」
「あー、いや、いい。これに関しちゃ、マジで人手不足が原因だ。ロビンウェイクにも所謂下っ端構成員って奴が基本的にいねぇからなぁ」
いやまぁ、正確にはいるにはいるんだけども。
だが、悲しいかな、下っ端というのはすぐに死んでしまうのである……。
しかもあいつら、死ぬときクッソ辛い断末魔を上げるもんだから、俺たちプレイヤーが感情移入しちまって、結果的にあいつらは基地で平穏に暮らしてもらうことにしてるんだよ。
あ、普通に労働はしてもらってるけどな?
あいつら、強い職業には就けないが、技術は身に付けられる。
だから、料理や建築を任せているのだ。
これが結構有能なんだ。
実際、基地にあるビルとか温泉施設なんかを建てたの、その構成員たちだしな。
「そうっすね……ってか、まさか大将自ら出てくるとは思わなかったっすよ。なんでっすか?」
「まぁ、お前らが困ってるみたいだったしな。それに、このままだとうちの運営資金がまずいことになるんだよ。それは知ってるだろ?」
「そりゃまぁ。しっかし、大将は相変わらず優しいっすねぇ」
「ん? どこがだよ? 真に優しい奴ってのは、誰かれ構わず自身の身をなげうってでも助ける奴のことだと思うんだが?」
「アリス様、それですと世の中に優しい人という方がいなくなってしまいますよ~?」
「エヌルの言う通りっすよ。少なくとも俺らは優しいって感想っすよ」
「そ、そうか?」
うーむ、別にそんなつもりはないんだが……そう面と面向かって言われると、気恥ずかしくなるな。
「ってか、いきなり優しいとか言うけどさ、なんでそんなこと言ったん? お前」
「いやほら、大将が運営資金に悩むってことは、俺らを心配してのことっすよね?」
「まあな。お前らを飢え死にさせるわけにもいかんし、路頭に迷わせるわけにもいかねぇ。だから今回の問題はすぐに対応しなきゃならんからな」
「そこ、そこっすよ大将。俺ら、一応悪の組織っすよね? なのに、なんでそんな正義側みたいなこと言うんすか?」
あー、なるほど、そう言う理由か。
いやまぁ、普通に考えりゃそういう感想を抱くわなぁ……。
つっても、それに関しちゃ大した理由は無かったりする。
「ま、俺は人を不当に酷使するってのが死ぬほど嫌いでね。だから、俺はお前らを大事にするんだよ。ってか、そうじゃなきゃ組織の長としてやってられないよ」
そもそも、俺がなぜ組織の基地の外観をビルにしたのか、という理由についてもちゃんとした理由があるのだが。
それには、ブラック企業が関わってくるが……まあいいだろう。
「そっすか……。じゃあじゃあ、大将は今度俺たちに休みをくれてもいいんじゃないっすかね? 長期の!」
「長期休み? まあ、全然構わないが……って、ん? ちょっと待て。なぁエルゼルドお前……だけじゃないな。おい、エヌル、他の奴らって休みは入れてるのか? この場合、週二回の休みでも構わん」
「「え、えーっと……」」
……Oh。
二人が目を逸らしながら曖昧な笑みを浮かべているのを見て、俺は天を見上げた。
つまり、こいつらあれだ。
……多分休んでねぇ!
「おいバカ! 俺はお前らに最低限週二回は休めって言っただろうが!」
こいつらの休日について気付いてしまい、俺は声を荒げた。でもなんか、声がただの可愛らしい少女の物だからか、全然迫力がないけどな!
「い、いえ~、だって、アリス様方が不在の間に、組織が無くなったら困ってしまいますから~……」
「こ、こっちもっすよ? ほ、ほら、街の統治とか地味に大変だし? なかなか仕事が片付かないしで、休む暇が、ね? しかも最近は愚王が厄介ごとを持ち込んできてるんで……」
「……はああぁぁぁぁぁぁ」
「「ひっ」」
俺が額に手を当てながらクソデカ溜息を吐くと、二人は小さな悲鳴を上げた。
ったく、こいつらは……。
「あのな? 俺は別に、自身の体を壊してまで組織で働いて欲しくないわけよ。働くんなら、きちんと休んで、そうして働けばいいんだよ。まったくお前らときたら……」
「す、すみませぇん~……」
「申し訳ないっす……」
「あー、いや、いい。これに関してはマジで不幸な事故みたいなもんだ。そもそも俺らがいなくなるなんて想定もしてなかったろうからな……。だがとりあえず、ありがとうな」
叱るのは後回しにして、今は礼を言うべきだろう。
「俺たちがいない一年の間、ロビンウェイクを守ってくれて」
「あ、アリス様~……」
「大将……」
「正直、お前らがそうやってくれてなかったら、俺は一人ぼっちになっていたかもしれん。そう言う意味じゃ、お前らが休まず動いてくれていたからだ。そこは感謝するよ、ほんとに」
それに、初期の頃とかいきなり俺らがいなくなったわけで、相当パニックになった可能性があるからな……。
にもかかわらず、こいつらは組織が崩壊するなんてへまをすることなく、今日まで運営してきたわけだ。
その忠誠心やら働きぶりは感心するし、普通に嬉しいんだが……だが、だがしかし。
「だがな、休みなしはダメだ! せめて一日くらいは休めよ! いやもう、この辺に関しては仕方ないんだろうし、後の祭りだけど!」
「「はいぃ……」」
二人は、俺のやや怒気の籠った言葉に、体を委縮させる。
どうやら、反省自体はしているようだ。
「まったく……まあいい。今後は気を付けるように。すくなくとも、今回の一件はこっちで何とかするつもりだからな。それが終わったら長期休みをずらして入れるよ」
「え、じゃあ大将が解決に動くんすか?」
「まあな。ってか、さっき調査しに来たって言ったろ?」
「そうっすけど、俺はてっきり調査だけしに来たのかと……」
「いや、さすがにそれだけじゃ意味がない。そりゃ、うちの方に実害が出てなくて、尚且つ無関係だったらほんの少し調べるだけで済んだが……生憎と、実害が出てるんでな。これで動かなきゃ、俺は総帥失格になっちまうよ」
しかもこの街、ふっつーにいい街だったから尚更だな。
子供が楽しそうに生活できてる時点で、いい街なんだろうと思えるからな。
「いやいや、大将は十分やってくれてますって」
「そうか? だけど俺、一年もお前ら放置だぞ? さすがにそれで十分やってるはないだろー」
十分やってる奴ってのは、自分が運営している物をほっぽり出すことなく、真面目にやってる奴のことだと思うんだ。
少なくとも、突然一年も失踪して、放置になるなんてことをする奴じゃないだろ。
「おっと、話が逸れた。で、だ。俺たちが調査するにあたって、お前からも話を聞いておきたい。とりあえず、訊きたいのは……被害状況だな」
「了解っす! んじゃ、軽く説明させてもらうっすけど……」
そう前置きして、エルゼルドは事情を話し始める。
ことの発端は半年ほど前。
その日は偶然、他の街で統治しているうちのNPC……いや、よくよく考えれば今って別にゲームのキャラじゃないな? じゃあ、まぁ、幹部でいいか。
その幹部たちが集まって、現在の収支状況や街の運営状況なんかを報告する会合のようなものがあったらしい。
その間は当然、幹部たちもそこからいなくなる。
街のトップがいなくなる、裏を返せばこれはその街で最も強い人物がいなくなる、ということでもある。
もともと、俺たちが支配している地域というのは、その街を収める奴らからぶんどったものと言える。
そう言う意味じゃ、向こうに正当性があるように見えるが……もともとぶんどられた原因は向こうにある。
何せあいつら、無理な労働を強いるわ、若い男は徴兵だとかなんとか言って無理矢理連れてくし、女子供相手にも容赦がない、なんて背景がある。
そんな設定がある街を俺たちは狙ってぶんどっていたわけだ。
もちろん、ちゃんとした労働環境にしたぞ?
じゃなきゃ奪う意味がない。
おっと、話が逸れたか。
で、話の続きを言うと、どうも発端となった事態というのは、幹部たちがいなくなったのが原因らしい。
あんの愚王、どうもうちの幹部たちがいなくなったのを見計らって、騎士たちを忍び込ませ、住民たちを誘拐したらしいのだ。
そしてどうやっているのか、その日以降、定期的に人が消えているとのこと。
「――というわけっす。これが各地で起きてるようでして……」
「なるほどな。ちなみに、一番酷いのはどこだ?」
「ここっすね」
「ふむ……」
酷いのはこの街、か。
「被害状況の大きさは?」
「少なくとも元の労働力から、一、二割減ですね~」
「マジか」
それはかなりでかいな……。
百人の労働者がいたとして、十人~二十人の労働者が奪われた計算になる。
いやまぁ、あくまで単純計算だから実際の数はわからんが、だとしても普通にダメージになる数だな……。
「問題は、なぜこの街が一番酷いか、だが……」
どういうこった?
うちの幹部は、エヌルとイグラスを抜くと九人。
一部地域は二人で行っているが……それを抜きにしても、ロビンウェイクが所持している地域は八ヵ所。
地域は全部グラント聖王国内だが、なぜこの街だけが多く狙われるのか。
そして、どうやって幹部たちの目を掻い潜って誘拐しているのか……それがわからない。
この街を最も多く狙う理由……いや、狙いやすい、のか?
考えてみりゃここ、聖都から近いよな……じゃあ、どんな手段で誘拐を?
これがわからん。
「エルゼルド」
「なんすか?」
「見張りに関しては二十四時間やってるのか?」
「そりゃ当然。住民の安全を守るのも、俺の仕事ですんで!」
「だよな……」
監視がある以上、まず正面からの侵入は難しいだろう。
こう言っちゃなんだが、うちの幹部共の索敵能力は基本的に高い。
もちろん、その性能差はあるが、それでも街一つ、下手すりゃ都市でも対象を発見することができるほどだ。
というか、プレイヤー間では、NPCにある程度の索敵能力を搭載するのは当たり前だったしな。
なので、こいつらの索敵を搔い潜るとなると、かなり厄介なんだが……一度侵入した後、ってのが解せない。
ということは、その一回で、行き来する方法を確立し、それを仕掛けたってことだろ?
何をどうしたらそうなる……?
「あー、わからん」
「方法がですか~?」
「あぁ、そうだよ。そもそも、見張りを素通りって……あー、わからん! だが、何らかの方法で出入りしてるのは確かだ。いくら俺たちが強いとは言っても、限度がある。つまり、あいつらは俺たちの知らない方法でちょっかいを出してるってことになるな」
「そうっすね……」
「「「うーん……」」」
何も思い浮かばず、三人でうーんと唸る。
これは困った……まだ来たばかりでいきなり解決! とはやっぱいかねーか……。
「はぁ、仕方ない。エルゼルド。数日間滞在させてもらってもいいか?」
「え、大将泊まってくんすか!?」
「ん? なんか問題あるか? 無理なら宿を探すが」
「いやいやむしろ逆っすよ! いやー、まさか大将が泊まってくれるのが嬉しいんすよ! 歓迎するっすよ!」
「あぁ、助かるよ」
「いやいや! エヌルも部屋を用意するっすね! いつもの場所でいいっすかね?」
「大丈夫ですよ~」
「じゃ、二人ともこっちすよ!」
「あぁ」
さて、ここでの宿泊はどうなるかね?
エルゼルドに案内された部屋は、それはもう快適な部屋だった。
やたら広いのがちょっとあれだったが、そこに目を瞑ればなかなかに過ごしやすかった。
あと、エルゼルドが世話係のメイドを付けようとしたのだが、
「アリス様の御世話は私が致しますので~」
という、エヌルの殺気が滲み出た待ったにより、エヌルがすることとなった。
うーむ、なぜそこまで執着するのか……いや、理由は俺の側近兼メイドだからだろうけどさ。
ともあれ、料理はさすがにあれなので、俺たちはエルゼルドが雇う料理人の料理に舌鼓を打った。
普通に美味しかったし。
だがしかし、イグラスが作った飯の方が美味いと思ってしまったのはなんというか……申し訳なかったところだ。
あのおばちゃんのところの料理も美味かったが……この世界は料理が全体的に美味いのだろうか? それとも、俺がこの世界で食べた料理の数が少なすぎて、まだ下限と上限を知らないだけなのではないか。
なんて思うわけで。
いや多分そうだろうけど。
いつかは旅をしたいものだな。
なんてことを思いながら、夜も更けて行き、翌日になった。
「ふむ……」
ちょっと困った。
目の前の状況を見ながら、俺は非常に困った事態に陥っていた。
一体何か。
この数日間で、俺は今の体をある種の呪いだと思っており、この身はいつか何かをやらかすのではないかと本気で心配になっている。
いらぬトラブルをホイホイしてしまいそうだし、何より絡みがうざくなりそうで仕方ないだろう。
それに、これがただ可愛いだけだったらかなりマシな状況だったかもしれない。
だがしかし、俺の種族はサキュバス(いやまぁ、実を言うと厳密には違うんだが……実際は大きな差は無いので、サキュバスでOK)。
否が応でも、俺はなぜかエロい雰囲気を漂わせてしまうし、何より自然と魅了してしまうのである。あ、自惚れでも自慢でもないぞ? ってか、中身男が外面女になっても、男にモテたいとは思わんやろ。特定の人たちを除き。
で、だ。
正直言って今の状況はまたしても俺の可愛いアリスが問題になったと言っていい。
つまり、どういう事になっているかと言えば……。
「私と結婚していただけないでしょうか!?」
「いや、この俺と!」
「何を言うか、この可憐な方に似合うのは、この僕だろう!」
そう、ゲリラ求婚である。
いや、なんつーか、さ……これに関してはマジで弁明させていただきたい。
なんで昨日の今日でいきなり問題起こしてんだよと思うだろう。
だから、何が起こったかを説明させてもらうと……。
1.俺がいつも通りにロールプレイ状態で外を歩く
2.適当にふらつき、露店に魅せられていくつか商品を購入
3.気に入った喫茶店のテラス席で優雅に茶をしばいていたら、適当にふらついていたツケが来たのか、おそらく道中ですれ違った男たちがやってくる
4.ゲリラ求婚
今は四番目である。
いやー、簡潔にまとめたけど……いやマジでなんでこうなった!?
しかもさぁ、普通に金持ちっぽいのもいるし、下手したら、え、お前貴族だよね? みたいなやつもいるんだよ!
つーか、マジですれ違っただけだぞマジで!
いや、中にはぶつかってしまって、無表情だと申し訳ないから、微笑みながら謝ったこともあるけど! だとしても、普通それで結婚まで進めようとするか!?
あと一つ言いたい!
俺にゲリラ求婚を仕掛けた奴の中に一人、明らかにこう、超太った奴がいる!
お前はまず痩せてから言えや!
サキュバスの種族的あれこれで、何気に美醜判定が出来んだよ! お前、痩せたら超モテるぞ!? 顔立ち悪くねーもん! 普通にイケメンになりそうだもん!
ってか、なんで俺はこんなことになっているのかっ!
くそう、エヌルを置いて、とりあえず一人でふらつこうとしたのが仇となったかッ……!
ちなみに、本日の俺の服装。
ぶっちゃけ、俺が身に付けているエプロンドレスは洗濯の必要がない。
そのため、今日も今日とてエプロンドレスを纏っており、さらに言えば、この世界何気に今は季節が夏一歩手前で暑いのだ。
俺は元々、夏は嫌いでもない、好きでもない、そんな感じだったのだが、どうもこの体はそうもいかないらしく、普通に暑いのが嫌だった。
なので、日傘も差していたのである。
傍から見るとどう見えるか。
そう、いいとこのご令嬢か何かだ。
だって俺の見た目、どう見てもいいとこのお嬢さん、みたいな感じだもん。
そりゃぁ、サキュバスとのシナジーも生まれるわなぁっ……!
と、とりあえず、目の前の奴らをどうにかせねばなるまい。
つか、こいつらの目が怖い。
やっぱサキュバスだと、相手の性欲も地味に強めてしまう疑惑がある以上、下手に誤魔化すのはやめておいたほうがいいだろうな。
よし。
「ごめんなさい。わたしはそのようなことに興味がないの。それに、わたしは自由気ままにする方が好きなの。だから、他を当たってくれるかしら?」
少し困ったような微笑みで、断りを入れた。
奴らは顔を赤面させた。
いや、赤面させてどうすんだよ。
「それでは、わたしはそろそろお暇させてもらうわ。店員さん、お茶とお菓子、美味しかったわ。これ、お代」
「あ、ありがとうございました……」
にこっと笑みを浮かべながら店員(女性)に言えば、店員はなぜかぼーっとしたような、まるで見惚れるような表情でそう言う。
あれ、女にも効くの? サキュバス特性。
うっそーん?
とはいえ、これで離脱するとしよう。
俺は会計を済ませて、席を立ち上がりそのまま立ち去ろうとしたんだが……
「ま、待てよ! まだ話は終わっていないだろう!?」
フラれたにもかかわらず、ゲリラ求婚を仕掛けてきたうちの一人(推定貴族)が俺の腕を掴んできた。
うーむ、往生際が悪い。
「……離してもらえるかしら?」
いつもと変わらぬ無表情だが、僅かに苛立ちを浮かべる。
落ち着け、落ち着け俺。
いきなりゲリラ求婚かまされた挙句、立ち去ろうとしたら腕を掴まれた程度で怒るな俺……いやこれ怒っていいのでは?
日本だったら、問答無用でプチ炎上案件では?
ふむ……だがしかし、ここは異世界。
下手に事を大きくすれば厄介になことになるだろう。
少なくとも、現代日本よりも治安がいいわけじゃなさそうだしな。
特にこの国は。
「この俺が求婚してやってるんだぞ! 普通は泣いて喜ぶほどなんだぞ!?」
あー、うっざい!
いきなり初対面の相手にそれはマイナスにしかならんだろうに……。
仕方あるまい。
「ふぅ……一言申し上げるわ。初対面の女性にそのようなことを言うのは悪印象にしかならないわ。わたしからしても、不愉快よ」
「なっ……!」
まぁ、見た目幼女(正直美少女でもいいとは思うが)に、こんなドストレートに言われたら、誰だってイラっとすると思う。
俺は子供の言う事だからイラっとはしないが、精神は抉られると思う。
「それに、わたしは今忙しいの。やることが多くて、色恋にかまけている暇はないわ。だから、わたしはこれでお暇させてもらうので」
そう言って、するりと男の手を解くと、俺は立ち去るが……。
「こ、このっ、俺をコケにしやがって……!」
ふぅむ、暴力と来たか。
生憎と、不意打ちで俺の頭を殴ろうとしたんだろうが、ふっ、俺とて索敵系のスキルはマスターしているとも。
後ろから俺の後頭部目掛けて飛んでくる拳をくるりと体を回転させることで回避し、流れるように手に持っていた日傘の先端を男の首数ミリ手前に突き付ける。
「ごめんなさい。わたしと付き合うのならば、わたしよりも強い方であることが最低条件なの。理解出来たのなら、すぐに立ち去りなさい」
少しだけ殺気を込めて言い放つと、男の顔はみるみるうちに青ざめて行き、ガタガタと震えだす。
それをひとしきり見てから、傘を下ろすと、どさりと腰を抜かしたのか、地面に座り込んでしまった。
「それでは、ごきげんよう」
ふっ、これで解決、と。
……ん?
「アリス様に暴行……アリス様に暴言……アリス様に求婚……万死!」
俺の視線の先には、木の陰からこちらを無表情で覗くエヌルの姿があった。
すみません、リアルで握力だけで木の幹が割れる所を初めて見たんですが、怖いんですが。
「え、エヌル!? いつの間に!?」
「……お嬢……私に、アイツを殺す許可をくれませんかねェ?」
あ、口調と表情が違う……。
あかん、スイッチ入った奴やこれ。
「き、気にしないでいいの! ほら、行くわよ!」
「ですが、あのクズ、お嬢に手をッ……!」
「わたしは気にしてないから大丈夫! 向こうで一緒にお散歩でもしましょ? ね?」
「わ~い~! アリス様とお散歩ですよ~!」
お前の豹変ぶりが怖いわー……。
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